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能ある鷹は爪を隠すが、裏切り者には容赦しない ~陰キャを演じる天才ハッカーの俺を嘲笑った幼馴染たちが、社会的制裁で破滅するまで~  作者: ledled


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9/11

羊たちの沈黙と掌返し ~傍観者だった俺が見た、教室という名の処刑場~

教室には、目に見えない線が引かれている。


教卓の周りや窓側の日当たりの良い席を占拠するのは、西園寺蓮司を中心とした「一軍」グループ。

派手に着崩した制服、大きな笑い声、高価なブランド物の小物。彼らは教室の空気を支配し、ルールを作る。


対して、廊下側や教室の隅っこで息を潜めているのが、俺たち「その他大勢」だ。

俺、鈴木翔太すずき しょうたもその一人。

成績は中の下、運動神経も普通、趣味はスマホゲームと漫画。特筆すべき才能なんて何もない、どこにでもいる平凡な高校生だ。


俺たちの処世術はシンプルだ。

「空気」を読むこと。

一軍の機嫌を損ねないこと。

そして、ターゲットにならないこと。


この教室では、西園寺蓮司が絶対的な王だった。

父親が地元の有力者で、教師たちも彼には頭が上がらない。それをいいことに、彼は気に入らない奴をいじめ、女子を侍らせ、好き放題に振る舞っていた。


正直、胸糞悪かった。

大声で下品な話をしたり、掃除当番を押し付けてきたりする彼らのことが、俺は大嫌いだった。

でも、誰も逆らえない。逆らえば、次の日からは自分の上履きがなくなることを知っているからだ。


だから俺たちは、見て見ぬふりをした。

それが、この教室で生き残るための唯一の方法だったから。


***


あの日も、そうだった。


放課後、蓮司の気まぐれで始まった「罰ゲーム」。

ターゲットにされたのは、相沢駆だった。


相沢は、俺たち「その他大勢」の中でも、さらに影の薄い存在だった。

分厚い眼鏡に猫背。休み時間はいつも一人で本を読んでいる。会話をした記憶すらない。

無害だが、面白みもない。クラスのカースト最下層と言っていいだろう。


「好きです! 私と、付き合ってください!」


教室の中央で、橘陽菜が叫んだ。

陽菜は一軍女子グループのマスコット的存在だ。無理して明るく振る舞っているのが透けて見える子だったが、蓮司たちには逆らえなかったのだろう。


その告白を聞いて、俺の周りの連中もクスクスと笑い始めた。

俺も、口元を歪めて愛想笑いを浮かべた。


(うわ、キッツ……)


心の中ではドン引きしていた。

あからさまな嘘告白。晒し者にするためだけの茶番。

相沢が可哀想だと思った。陽菜も、やらされている感が満載で痛々しい。


でも、俺は笑った。

「ギャハハ! マジかよ!」と大げさに手を叩く蓮司に合わせて、俺も小さく肩を震わせた。

ここで真顔でいたら、「なんだよ鈴木、ノリ悪いな」とターゲットが俺に移るかもしれない。その恐怖が、俺の良心を押し潰した。


相沢はおどおどとして、「僕なんかでいいの?」と答えた。

その反応がさらに笑いを誘う。


「住む世界が違うの。勘違いしないでね」


陽菜の冷酷な一言で、ショーは終わった。

蓮司たちは満足げに教室を出て行き、残された相沢は呆然と立ち尽くしていた。


俺はそそくさと鞄を持って教室を出た。

相沢に声をかけるなんて、そんな勇気はない。

「災難だったな」の一言さえ、もし誰かに見られていたらと思うと怖くて言えなかった。


帰り道、俺は友人の田中とファミレスに寄った。


「西園寺たち、マジで性格悪いよなー」

「ほんとそれ。相沢も運が悪いよな」

「てか、橘陽菜も断れよな。あいつも性格悪くね?」


俺たちはドリンクバーのメロンソーダを飲みながら、安全圏から彼らを批判した。

自分たちが加担した笑い声のことは棚に上げて、「俺たちはあいつらとは違う」と言い聞かせるように。

そうすることでしか、薄汚れた自尊心を保てなかったのだ。


***


潮目が変わったのは、翌日だった。


一時間目の授業中、教室中に奇妙な通知音が鳴り響いた。

ピロリン、ピコン、ブブブッ。

マナーモードにし忘れていた奴らのスマホが一斉に鳴り出したのだ。


俺のスマホも震えた。

画面を見ると、クラスのグループLINEや、保護者連絡網からの通知だった。


『【重要】本校生徒の不適切な行動について』


添付された画像を見て、俺は息を呑んだ。

そこには、一軍女子の佐藤ミカの「裏の顔」が暴露されていた。


『毒吐きウサギ』という裏アカ。

万引きした化粧品の自慢写真。未成年飲酒の証拠。

そして、友人である陽菜や、俺たちクラスメイトへの罵詈雑言。


「うわっ……これ、ミカの?」

「マジで? 万引きって犯罪じゃん」

「俺らのこと『有象無象のモブ』だってよ。ふざけんな」


教室がざわめき始めた。

今までミカのご機嫌を取っていた女子たちが、真っ先に彼女を睨みつけた。


「最低」「信じられない」

「あんた、私の悪口も書いてたわよね?」


ミカは顔面蒼白になり、弁解しようとしていたが、蓮司にスマホを破壊され、最後は担任に連れられて教室を出て行った。

廊下に響く彼女の絶叫を聞きながら、俺は背筋が寒くなるのを感じた。


(誰だ? 誰がこんなことを?)


こんなに正確に、個人情報を特定して、絶妙なタイミングで拡散するなんて。

ただの生徒にできることじゃない。

俺はふと、相沢の席を見た。

彼はいつも通り、無表情で教科書を開いていた。


まさか、な。

あんな大人しいやつに、こんなことができるわけがない。

俺はすぐにその考えを打ち消した。


だが、恐怖の連鎖は止まらなかった。


翌日の昼休み。

今度は「王」である西園寺蓮司が堕ちた。


教室のテレビで流れたニュース速報。

『西園寺建設、脱税と贈収賄の疑いで強制捜査』


画面に映る、蓮司の父親が連行される姿。

そして、蓮司自身の口座が不正に使われていたという事実。

さらに、ネットに流出した蓮司の父親の音声データ。


「嘘だろ……」


俺は呟いた。

あの絶対的権力者だった西園寺家が、一夜にして崩壊したのだ。


教室に警察が入ってきた時、蓮司は泣き叫んでいた。

「親父が!」「俺は悪くない!」

無様に泣き喚き、警官に引きずられていく姿は、かつての威光など見る影もなかった。


その瞬間、教室の空気が爆発した。


「ざまぁみろ!」

「今まで散々偉そうにしやがって!」

「犯罪者の息子が! 消えろ!」


今まで彼に怯えていた連中が、一斉に石を投げ始めた。

俺もだ。

俺も、心の中で「いい気味だ」と叫んでいた。

今まで抑圧されていた鬱憤を晴らすように、口々に彼を罵った。


誰も彼を庇わない。

陽菜でさえも、「私に関わらないで!」と彼を突き放した。


それは、革命というよりは、暴動に近かった。

支配者がいなくなった途端、抑圧されていた民衆が暴徒化し、死体に唾を吐きかけるような、醜い熱狂。


俺たちは、自分たちが「正義側」に回ったと錯覚していた。

悪を叩くのは気持ちいい。

安全な場所から、転落した人間を叩くのは最高の娯楽だ。


だが、その熱狂を一瞬で冷やした男がいた。


相沢駆だ。


蓮司が連行された直後、彼は静かに教卓へ歩み寄り、教頭先生に退学届を叩きつけた。


「いじめと犯罪の温床のような学校にいたら、僕の将来に関わりますので」


その声は、よく通る、冷徹な響きを持っていた。

いつもの弱々しい喋り方じゃない。

背筋が伸び、鋭い眼光で教室を見渡すその姿は、まるで別人だった。


俺は震えた。

気づいてしまったからだ。


ミカの裏アカ暴露。

西園寺建設の内部告発。

これら全てを仕組んだのが、誰なのか。


(相沢だ……あいつがやったんだ……)


俺だけじゃない。クラスの何人かも気づいたようで、青ざめた顔で彼を見ていた。

彼は、いじめられているフリをしていただけだった。

俺たちが蓮司に怯え、ヘラヘラと笑っている間、彼は虎視眈々と証拠を集め、ナイフを研いでいたのだ。


「さようなら、皆さん。せいぜい、泥舟の中で仲良くやってください」


彼はそう言い捨てて、教室を出て行った。

追いすがる陽菜を冷たく拒絶し、一度も振り返ることなく。


俺は動けなかった。

「泥舟」。

その言葉が、胸に突き刺さった。


彼は知っていたのだ。

俺たちが、見て見ぬふりをしていたことを。

蓮司のいじめに加担し、ミカの悪口に同調し、そして今、掌を返して彼らを叩いている俺たちの醜さを。


彼は俺たちに復讐しなかった。

いや、する必要すらなかったのだろう。

俺たちのような「有象無象」は、彼の視界にすら入っていなかったのだ。

それが、何よりも恐ろしく、そして屈辱的だった。


窓の外を見ると、黒塗りのハイヤーが彼を乗せて走り去っていくのが見えた。

俺たちは、ただ呆然とそれを見送るしかなかった。


***


あれから五年。


俺、鈴木翔太は、地元の小さな商社に就職し、営業マンとして働いている。

毎日上司に怒られ、取引先に頭を下げ、安月給でやりくりする平凡な日々だ。


今日は、高校時代のクラス会だった。

集まったのは十人ほど。

居酒屋の個室で、ビールを飲みながら昔話に花を咲かせる。


話題は自然と、あの当時のことになった。


「そういえば、西園寺のやつ、指落としたらしいな」

「マジ? 工場で働いてたんだっけ」

「ミカは行方不明だし、橘陽菜もなんか暗い事務員やってるらしいぞ」


彼らの転落人生は、俺たちにとって格好の酒の肴だ。

「俺たちはあそこまで落ちぶれてない」という安心感を確認し合うための、残酷な儀式。


「結局、真面目が一番だよなー」

「そうそう、普通に生きてりゃいいんだよ」


誰かがそう言って笑った。

俺も愛想笑いをして、ビールを煽った。

普通。平凡。

それが俺たちの勲章だ。


その時、店内のテレビからニュース番組の音が流れてきた。


『今夜のゲストは、IT業界の若きカリスマ、ネビュラ・ソリューションズの相沢駆さんです』


場が静まり返った。

全員の視線がテレビ画面に釘付けになる。


そこに映っていたのは、洗練されたスーツを着こなし、堂々とした態度でインタビューに答える相沢駆だった。

年商数百億。世界的なシステム開発。

その肩書きは、俺たちの想像を遥かに超えていた。


『相沢さんは、高校時代からプログラミングで活躍されていたそうですが?』


アナウンサーの問いに、相沢は涼しげに微笑んだ。


『ええ。高校は通過点としか考えていませんでしたから。周囲の雑音には耳を貸さず、自分のスキルを磨くことに集中していました』


雑音。

ノイズ。


俺たちのことだ。

俺も、田中でさえも、彼にとってはただの背景音に過ぎなかった。


「……すげえな、あいつ」

「俺らと同級生だったなんて、信じらんねえよ」

「住む世界が違うって、こういうことか……」


誰かがポツリと言った。

さっきまで蓮司たちの不幸を笑っていた俺たちの顔から、優越感の色が消えていく。


俺は画面の中の相沢を見つめた。

彼は、俺たちとは違う。

俺たちが教室の空気に怯え、長いものに巻かれている間に、彼は自分の力で世界を変える準備をしていた。

俺たちが「普通」というぬるま湯に浸かっている間に、彼は遥か高みへと登り詰めていた。


「……乾杯するか」


俺は努めて明るい声を出した。

これ以上、惨めな気分になりたくなかったからだ。


「そうだな! 相沢の成功に乾杯!」

「俺らの同級生が有名人だなんて、自慢できるじゃん!」


みんな、空元気でグラスを掲げた。

そうやって、自分を誤魔化すしかなかった。


俺はビールの苦味を噛み締めながら、ふと思った。


もしあの日。

陽菜が嘘の告白をした時、俺が「やめろよ」と言えていたら。

相沢が一人で本を読んでいた時、俺が「何読んでるの?」と話しかけていたら。


何かが変わっていただろうか。

俺の人生は、もう少しマシなものになっていただろうか。


いや、無理だ。

俺にはそんな勇気も、才能もなかった。

俺は鈴木翔太。

ただの傍観者。エキストラA。

物語の主人公にはなれない人間だ。


画面の中の相沢駆は、未来について熱く語っている。

その光は眩しすぎて、直視できないほどだ。


俺はテレビから目を逸らし、焼き鳥の串を手に取った。

冷めた焼き鳥は硬くて、味がしなかった。


「なぁ、次の注文どうする?」

「ポテトでいいんじゃね?」


俺たちはまた、どうでもいい会話に戻った。

そうやって、日常の中に埋没していく。

それが、俺たち凡人に許された、唯一の生き方なのだから。


ただ、一つだけ確かなことがある。

俺は一生、あの教室の風景を忘れないだろう。


王が堕ち、道化が笑い、そして天才が去っていったあの日々を。

何もできなかった自分の無力さを。


俺はジョッキに残った温くなったビールを一気に飲み干した。

喉の奥に、苦い後悔の味がいつまでも残っていた。

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