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能ある鷹は爪を隠すが、裏切り者には容赦しない ~陰キャを演じる天才ハッカーの俺を嘲笑った幼馴染たちが、社会的制裁で破滅するまで~  作者: ledled


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8/11

毒を吐くウサギの末路 ~承認欲求の化け物が、夜の底で腐っていく話~

薄暗い個室の中、ブルーライトだけが私の顔を青白く照らしている。


ネットカフェの狭いリクライニング席。

テーブルの上には、飲み干したエナジードリンクの空き缶と、コンビニ弁当の容器が散乱している。

空気は淀み、隣のブースからは男のいびきや、独り言のような呻き声が聞こえてくる。


「……うざっ」


私は舌打ちをして、ヘッドホンを耳に押し当てた。

流れてくるのは、流行りのアイドルソング。でも、今の私にはノイズにしか聞こえない。


スマホの画面をスクロールする指が止まらない。

Twotterのタイムラインを、意味もなく更新し続ける。


『佐藤ミカ』

『毒吐きウサギ』

『万引き』

『未成年飲酒』

『自業自得』


検索窓に自分の名前を打ち込むのは、もうやめようと思っているのに、指が勝手に動いてしまう。

五年前の炎上騒動。

その残骸は、ネットの海に永遠に残り続けている。

私の顔写真、加工前のすっぴん画像、晒された裏アカのスクショ。

それらを見るたびに、胸の奥が焼け付くような感覚に襲われる。


「なんで……なんでまだ消えてないのよ……」


私は画面をタップし、まとめサイトの記事を開いた。

『【悲報】イキりJK佐藤ミカ、裏アカバレて人生終了www その後どうなった?』

コメント欄には、私の不幸を喜ぶ見知らぬ他人の言葉が並んでいる。


『今は風俗で働いてるらしいぞ』

『いや、ホームレスになったって聞いた』

『どっちにしろざまぁみろだわ』


「死ね。全員死ね」


私は小さく呪詛を吐いた。

画面の中のアイコン――加工アプリで盛りに盛った、最高に可愛かった頃の私の笑顔――が、今の私を嘲笑っているように見えた。


鏡を見るのが怖い。

今の私は、二十二歳には見えないほど老け込んでいる。

肌は荒れ、髪はプリン状態でパサパサ。安物の服は薄汚れ、体からは安宿特有の湿っぽい臭いがする。

かつて「一軍女子」として教室の中心にいた私は、もうどこにもいない。


ここにいるのは、社会のゴミ箱に捨てられた、ただの「燃えるゴミ」だ。


あの日。

教室で私の裏アカが暴露された、あの日から、私の人生は狂い始めた。


学校では針のむしろだった。

今まで仲良くしていた友達は、手のひらを返したように私を無視し、陰口を叩いた。

「犯罪者」「万引き女」

聞こえるように言われる悪口。机への落書き。

私が駆にしていたことと同じこと、いや、それ以上のことが私に降りかかった。


家に帰っても地獄だった。

ママはヒステリーを起こして泣き叫び、パパは無言で私を殴った。

「お前のせいでパパの会社での立場がなくなった」

「近所歩けないじゃないの! 恥さらし!」


誰も私を守ってくれなかった。

陽菜も、蓮司も、親も。

みんな、自分が可愛いだけ。私がスケープゴートにされただけだ。


だから、私は逃げた。

退学届も出さずに家を飛び出し、夜行バスに乗って東京へ来た。

東京なら、誰も私のことを知らない。

新しい自分になれる。また、キラキラした私に戻れる。

そう信じていた。


甘かった。

砂糖菓子よりも甘くて、脆かった。


歌舞伎町のネオンは、田舎者の私を歓迎しているように見えたけれど、実際は巨大な捕虫灯だった。

「可愛いね、家ないの?」「仕事紹介しようか?」

優しく声をかけてくる男たちについていけば、居場所ができると思った。


最初は楽しかった。

「キッズ」と呼ばれる、家出少女たちのコミュニティ。

同じような境遇の子たちと屯して、酒を飲んで、愚痴を言い合う。

「親とかマジうざいよね」「学校とか行く意味なくない?」

共感し合える仲間。承認欲求が満たされる場所。


でも、そんな生活には金がかかる。

親の財布から抜いてきた数万円なんて、一瞬で消えた。


金を稼ぐために、私は何でもやった。

最初はパパ活。次はガールズバー。

年齢確認の甘い店を探して、年齢を偽って働いた。

チヤホヤされるのは気持ちよかった。

「ミカちゃん可愛いね」「指名するよ」

客の言葉がお世辞だと分かっていても、私はそれに縋った。


そして、出会ってしまった。

ホストの、レイ。


「ミカは特別だよ。俺の姫だ」


甘い言葉。優しい笑顔。

私が一番欲しかった「特別扱い」を、彼はくれた。

私は彼にのめり込んだ。彼のためにシャンパンを入れたくて、もっと稼げる仕事に手を出した。

違法な風俗。裏オプション。

体を売るたびに、心が削れていくのが分かったけれど、レイに会えば全部忘れられた。

「ありがとうミカ、愛してるよ」

その一言を聞くためだけに、私は泥の中を這いずり回った。


でも、それも嘘だった。

ある日、レイが他の客の女と歩いているのを見た。

「あいつ? ああ、ただの金ヅルだよ。メンヘラでウザいけど、体張って稼いでくるから便利なんだわw」


笑っていた。

私が貢いだ金で買ったブランド物のスーツを着て、私が一番嫌いな、あの「見下すような目」で笑っていた。


頭の中で何かが切れた音がした。

私はレイに掴みかかり、店の中で暴れた。

結果、店を出禁になり、レイからは暴行の慰謝料と称して法外な金を請求された。

借金取りに追われる日々。

住んでいたシェアハウスも追い出され、行き着いた先が、この薄汚いネットカフェだ。


「……金、ないなぁ」


財布の中身を確認する。千円札が一枚と、小銭が数百円。

これでどうやって生きていけというのか。

また体を売るしかないのか。

もう疲れた。何もかも。


スマホの通知音が鳴った。

ビクリと肩が跳ねる。借金取りからの催促かと思ったが、違った。

ニュースアプリの通知だ。


『IT業界の風雲児、相沢駆氏が語る未来』


「……は?」


その名前に、心臓が凍りついた。

相沢駆。

カケル。

あの、陰キャメガネ。


震える指で通知をタップする。

画面に映し出されたのは、洗練されたスーツに身を包み、堂々とインタビューに答える男の姿だった。


嘘でしょ。

これがあいつ?

あの、教室の隅で本ばかり読んでいた、キモいオタク?


『僕たちは、理不尽なシステムを変えたいんです。誰もが正当に評価される、そんな世界を作るために』


綺麗な言葉。自信に満ちた表情。

かつて私が「陰キャ」と見下し、ストレス発散の道具にしていた男が、今や日本のトップリーダーとして脚光を浴びている。


「ふざけんな……」


私はスマホを握りしめた。


「ふざけんなよ! なんであんたが! なんであんたばっかり!」


声が漏れる。

隣のブースから「うるせえぞ!」と壁ドンされたが、構わなかった。


おかしい。こんなの間違ってる。

私は一軍だったのよ。カーストの頂点にいたのよ。

あいつは底辺だったじゃない。

踏みつけられる側だったじゃない。


なんで逆転してるのよ。

私がこんなドブみたいな場所で這いつくばってるのに、なんであいつは光の中にいるのよ。


「私のせいじゃない……あいつのせいよ……」


そうだ、あいつがあんなことしなければ。

私の裏アカを晒したりしなければ、私は今頃、大学に通って、合コンして、普通の幸せな人生を送っていたはずなのに。

全部あいつが壊したんだ。


逆恨みだと分かっている。

でも、そう思わなければ、今の自分の惨めさに押し潰されてしまいそうだった。


私は衝動的に、Twotterの投稿ボタンを押した。

かつて「毒吐きウサギ」として何千人ものフォロワーを持っていたアカウントは凍結され、今はフォロワー数人の捨て垢しかない。


『相沢駆はクズ』

『あいつはいじめられっ子だった』

『私が知ってるあいつの過去、全部バラしてやる』


指が震える。

これで何かが変わるわけじゃない。

でも、何かせずにはいられなかった。あいつの足首を掴んで、こっちの泥沼に引きずり込みたかった。


投稿ボタンを押す。


『送信しました』


数秒待つ。

反応はない。

数分待つ。

インプレッション数はゼロのまま。


「……誰も、見てない」


当たり前だ。こんなフォロワーもいない弱小アカウントの呟きなんて、ネットの海では塵にも等しい。

私の怨嗟の声は、誰にも届かない。

世界は相沢駆を称賛し、私なんて存在していないかのように回っている。


「うぅ……ぐすっ……」


涙が溢れてきた。

悔しい。悲しい。惨めだ。

かつてあれほど承認欲求を満たしてくれたネットの世界でさえ、今の私には冷たい。


「お腹、空いたな……」


感情が一周して、虚無感が襲ってくる。

恨む気力さえなくなって、動物的な本能だけが残る。


私は立ち上がり、ふらつく足でネットカフェを出た。

夜の歌舞伎町。

雨が降っていた。冷たい雨だ。


傘なんて持っていない。

濡れるに任せて歩く。

ネオンサインが水たまりに反射して、毒々しい色を放っている。


「お姉さん、仕事探してる?」


スカウトの男が声をかけてきた。

以前なら無視していたような、うさんくさい男。

でも今の私には、この男だけが「私を見てくれた」人間に思えた。


「……すぐ、金になる?」

「なるよ。ちょっとハードだけど、日払いでいける」


男がニヤリと笑った。

その笑顔の裏にある悪意に気づかないふりをした。

もう何でもよかった。

この空腹を満たせるなら。今夜眠る場所が確保できるなら。


「行く」


私は男の後ろについて歩き出した。

路地裏の、さらに奥へ。光の届かない場所へ。


ふと、大型ビジョンを見上げた。

そこにはまだ、相沢駆のCMが流れていた。

彼の瞳は、真っ直ぐに未来を見据えている。

私の方なんて、一度も見ようとしない。


「……さよなら」


誰に向けた言葉だったのか。

過去の自分にか。それとも、光の中にいる彼にか。


私は視線を落とし、暗闇の中へと足を踏み入れた。


***


数時間後。

私は雑居ビルの薄暗い部屋にいた。

カビ臭いソファ。シミだらけの壁。

目の前には、太った中年の男が座っている。


「へえ、元JKねぇ。ちょっと賞味期限切れだけど、まあいいか」


男は私を品定めするように舐め回した。

屈辱的だった。吐き気がした。

でも、逃げ場はない。入り口には怖い顔をした男が立っている。


「さっさと脱げよ。時間ねえんだから」


男が紙幣をテーブルに投げ出した。

一万円札が三枚。

私の価値は、たったこれだけ。


高校時代、パパに買ってもらったバッグは十万円だった。

美容院代だけで毎月二万円使っていた。

ランチに三千円使うのが当たり前だった。


それが今、私の体、私の尊厳すべて込みで、三万円。


「……はい」


私は震える手で服のボタンを外した。

涙が止まらない。

なんで、どこで間違えたんだろう。

あの日、ミカちゃんグループに入れてと陽菜に言った時?

それとも、蓮司たちと一緒に駆を笑った時?

もっと前、中学で地味な自分を変えたいと思ってメイクを始めた時?


全部だ。

私の選んだすべての選択肢が、この地獄へと繋がっていたんだ。


服を脱ぎ捨て、裸になる。

冷たい空気が肌を刺す。

男の下卑た笑い声が聞こえる。


私は目を閉じた。

心を殺す。何も感じないようにする。

私はただの肉塊。感情のない人形。

そう思い込むしか、耐える方法はなかった。


行為の最中、頭の中に浮かんでいたのは、かつての教室の風景だった。

夕日が差し込む放課後の教室。

私の周りには友達がいて、みんな笑っていた。

「ミカちゃん、ウケるー!」

「今度カラオケ行こうよ!」

「ミカちゃんって本当おしゃれだよね」


あそこには、確かに私の居場所があった。

偽りだったかもしれないけれど、虚勢だったかもしれないけれど、私は確かにそこで輝いていた。


「……戻りたい」


小さく呟いた言葉は、男の荒い息遣いにかき消された。


終わった後、私はシャワーも浴びずに服を着た。

テーブルの上の三万円を鷲掴みにする。

これが私の命綱。明日の食事代。


「また来いよ。次はもっとサービスしろ」


男の言葉を無視して、部屋を飛び出した。

外はまだ雨が降っていた。


私は路地裏でうずくまり、嘔吐した。

胃の中には何もないから、黄色い胃液だけが出てくる。

苦しい。気持ち悪い。死にたい。


「うぅ……うあぁぁぁ……」


声にならない叫びをあげる。

誰も助けてくれない。

通り過ぎるネズミだけが、私を見ていた。


その時、スマホが鳴った。

通知ではない。着信だ。

画面には『非通知』の文字。


借金取りか、警察か。

あるいは、奇跡的に親からの電話かもしれない。

私は一縷の望みをかけて、通話ボタンを押した。


「……もしもし」

『よう、久しぶりだな、ミカ』


その声を聞いた瞬間、全身の血が逆流した。


西園寺蓮司。


五年前の、あの威圧的な声ではない。

嗄れて、疲弊しきった、幽霊のような声。


「……蓮司? なんで、私の番号……」

『探したぜ。昔のツテを使ってな。……お前、今東京か?』

「……そうだけど。何よ、今更」

『俺もだよ。もう田舎にはいられなくてな。……なぁ、会わないか?』

「は?」

『俺たち、同類だろ? 駆の野郎に人生狂わされた被害者同士だ。……傷の舐め合いでもしようぜ』


蓮司が笑った。乾いた、狂気じみた笑い声。

かつての王の威厳など欠片もない。ただの負け犬の遠吠えだ。


でも、今の私には、その声が甘い誘惑のように聞こえた。

「同類」。

そう、私たちは同じだ。

光ある世界から追放された、闇の住人。

彼なら、私の惨めさを分かってくれるかもしれない。

一緒に、駆を呪ってくれるかもしれない。


「……どこにいけばいい?」


私は尋ねた。


『新宿のガード下だ。待ってるぜ』


通話が切れた。

私は立ち上がり、雨の中を歩き出した。


それが、さらなる地獄への入り口だと分かっていても、私は進むしかなかった。

孤独に耐えられなかったから。

誰でもいい、私と同じ「底辺」の体温を感じたかったから。


雨足が強くなる。

私の姿は、夜の闇に溶け込んでいく。

かつて「毒吐きウサギ」と呼ばれた少女は、毒に侵され、泥にまみれ、やがて誰の記憶からも消え去っていくのだろう。


ビルの隙間から見える空には、星ひとつ見えなかった。

ただ、冷たい雨だけが、私の罪を洗い流すこともなく、降り続いていた。

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