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能ある鷹は爪を隠すが、裏切り者には容赦しない ~陰キャを演じる天才ハッカーの俺を嘲笑った幼馴染たちが、社会的制裁で破滅するまで~  作者: ledled


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第四話 巨塔の倒壊・特権階級の失墜

翌日。


教室の空気は、前日とは打って変わって異様な緊張感に包まれていた。


佐藤ミカの席は空席のままだ。昨日の騒動の後、彼女は早退し、そのまま不登校になったと聞いた。机の上には誰かが置いたのか、菊の花が一輪供えられている。悪趣味な冗談だが、誰もそれを片付けようとはしない。


クラスの支配者構造に、亀裂が入ったことは明白だった。


だが、その頂点に君臨する男、西園寺蓮司だけは、依然として虚勢を張り続けていた。


「おい、誰だよこんな花置いたの! センスねーな!」


蓮司は供えられた花を掴み取ると、ゴミ箱へと放り投げた。


「ミカのバカが勝手に自爆しただけだろ。俺たちには関係ねーよな、陽菜?」


同意を求められた橘陽菜は、ビクリと肩を震わせた。


彼女の顔色は悪い。目の下にはクマができ、厚塗りのファンデーションでも隠しきれていない。ミカの裏切りと破滅を目の当たりにし、自分もいつ足元をすくわれるか分からないという恐怖に怯えているのだ。


「う、うん……そうだね、蓮司くん」


陽菜は震える声で同意する。彼女には、蓮司という「虎の威」にしがみつく以外に生き残る道がないと思い込んでいる。


蓮司は鼻を鳴らし、ドカッと椅子に座ると、不機嫌そうに俺の方を睨みつけた。


「おい、相沢。お前、昨日ミカのこと笑ってたよな?」


完全な言いがかりだ。俺は昨日、驚いたふりをしただけだ。だが、今の蓮司には理屈など通じない。彼はミカを失ったことで揺らぎ始めた自分の権威を、俺という「サンドバッグ」を殴ることで再確認しようとしているのだ。


俺はいつものように背中を丸め、怯えた表情を作った。


「そ、そんなことないよ……びっくりしただけで……」

「口答えすんな!」


蓮司が立ち上がり、俺の机を蹴り上げた。ガシャンという音と共に机がズレ、筆箱が床に落ちて中身が散乱する。


「お前みたいな陰キャがいるから空気が悪くなるんだよ。詫びにジュース買ってこい。購買のパンもな。金はお前持ちだ」


典型的なパシリ。クラスメイトたちは見て見ぬふりをしているが、その目には以前のような「蓮司には逆らえない」という諦めだけでなく、「いつまでこんなこと続けるんだ」という冷ややかな色が混じり始めていた。


俺は無言で散らばった文房具を拾い集めた。


その最中、俺の視線は床に落ちたシャーペンではなく、蓮司の靴に向けられていた。


一足十万円はするであろう、海外ブランドのスニーカー。制服の下に着ているTシャツもハイブランドのものだ。


彼のその身なり、そして学校への多額の寄付金。その全ての原資が、どこから来ているのか。


汚れた金だ。


産業廃棄物の不法投棄で浮いた処理費用、談合によって吊り上げられた工事費、そして架空の従業員で水増しした人件費による脱税。


俺は拾い上げた眼鏡をかけ直し、小さく「はい……」と答えて教室を出た。


廊下を歩きながら、俺はポケットの中のスマートフォンを強く握りしめた。


時刻は十一時五十五分。


運命の正午まで、あと五分。


俺は購買へは向かわず、人通りのない特別棟の階段踊り場へと足を向けた。


そこは校内Wi-Fiの電波が届きにくいデッドゾーンだが、俺が独自に構築した衛星回線経由のネットワークなら関係ない。


俺はスマホを取り出し、画面をタップした。


表示されたのは、昨夜徹夜で組み上げた『プロジェクト・バベル』の最終実行画面だ。


送信先リストには、そうそうたる名前が並んでいる。


東京国税局査察部(通称・マルサ)。

警視庁捜査二課。

公正取引委員会。

そして、大手新聞社五社と、テレビ局の報道部、さらには暴露系YouTuberやインフルエンサーたち。


添付ファイルは、合計50ギガバイトにも及ぶ「西園寺建設」の裏帳簿と内部告発資料だ。


俺が入手したデータは完璧だ。社長である蓮司の父親の直筆サインが入った二重帳簿、政治家への賄賂の領収書、そして不法投棄を指示する音声データ。これらは全て、匿名の内部告発者(正体は俺だが)からのリークとして構成されている。


「……蓮司。お前は親の権力を自分の実力だと勘違いしていた」


俺は画面上の「送信」ボタンに親指を添えた。


「その親の力が消えた時、お前に何が残る?」


何も残らない。ただの、性格の悪い無力な子供が残るだけだ。


俺は親指に力を込めた。


画面に『Sending...』の文字が表示され、プログレスバーが一瞬で右端まで到達する。


『Sent Successfully』


完了だ。


賽は投げられた。いや、巨塔の爆破解体スイッチは押された。


俺は深呼吸を一つし、表情を「パシリをさせられた気弱な生徒」に戻すと、購買へ向かって歩き出した。


パンとジュースを抱えて教室に戻ると、ちょうど四時間目の終わりのチャイムが鳴った。


昼休みだ。


俺は蓮司の机に買ってきたものを置いた。


「れ、蓮司くん。買ってきたよ……」

「おせーよノロマ。パンが潰れてんだろ、貸せ」


蓮司は俺の手からパンをひったくると、袋を開けてかぶりついた。


「ま、お前が役に立つのなんてこれくらいだしな。せいぜい感謝して食ってやるよ」


彼がモグモグとパンを咀嚼しているその時。


教室の前方に設置された大型テレビから、緊急ニュースを告げる不穏なチャイム音が響いた。


普段、昼休みにはバラエティ番組が流されているのだが、画面が突然切り替わり、ニューススタジオの緊迫した映像が映し出されたのだ。


『番組の途中ですが、ニュースをお伝えします』


アナウンサーの硬い声に、騒がしかった教室の生徒たちがふとテレビに目を向けた。


『本日正午過ぎ、東京地検特捜部と東京国税局は、県内の大手建設会社「西園寺建設」に対し、法人税法違反および贈収賄の疑いで強制捜査に入りました』


「……は?」


蓮司の手から、食べかけのパンがぽろりと落ちた。


画面には、見慣れた景色が映し出されていた。地元なら誰もが知っている、西園寺建設の巨大な本社ビルだ。


その正面玄関に、段ボール箱を持ったスーツ姿の捜査官たちが、列をなして次々と入っていく。カメラのフラッシュが焚かれ、リポーターが早口で状況を伝えている。


『関係者によりますと、西園寺建設は過去五年間にわたり、架空の外注費を計上する手口でおよそ二十億円の所得を隠し、脱税していた疑いが持たれています。また、公共工事の入札を巡り、地元議員への多額の賄賂が渡っていた疑いも浮上しており――』


「おい、これ……」

「西園寺建設って、蓮司の……」


クラスメイトたちが、ざわめき始める。視線がテレビと蓮司の間を行き来する。


蓮司は顔面蒼白で、口を半開きにしたままテレビを凝視していた。


「嘘だ……なんだよこれ……親父……?」


彼は震える手でポケットからスマホを取り出し、父親に電話をかけようとした。


だが、繋がるはずがない。今頃、彼の父親は捜査官に囲まれ、スマホを押収されている最中だろう。


『現在、社長の西園寺剛造容疑者の自宅にも、家宅捜索が入っています』


画面が切り替わり、今度は蓮司の自宅――豪邸として有名なあの家――が映し出された。門の前には規制線が張られ、マスコミが殺到している。


「俺の家……!」


蓮司が悲鳴のような声を上げた。


教室の空気が一変した。今まで彼が纏っていた「絶対的な権力者の息子」というオーラが、音を立てて剥がれ落ちていく。


「おい、二十億だってよ……」

「脱税に賄賂? 真っ黒じゃん」

「親父さん逮捕されんじゃね?」


ヒソヒソ話が、徐々に大きな声へと変わっていく。


そこに追い打ちをかけるように、俺の仕込みが作動した。


「うわ、Twotterのトレンド一位、『西園寺建設』になってる!」

「YourTubeにも動画上がってるぞ! 内部告発だって!」

「え、何これ。『不法投棄の証拠音声』? 聞いてみようぜ」


誰かがスマホの音量を上げた。


『あー、その廃棄物は適当に山に埋めとけ。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。どうせ警察にも金握らせてある』


ノイズ交じりだが、間違いなく蓮司の父親の声だ。


「うわ、最低……」

「山に埋めとけって、犯罪じゃん」

「金握らせてあるって言ってるぞ」


軽蔑、嫌悪、そして敵意。


クラス中の視線が、鋭い刃となって蓮司に突き刺さる。


「ち、違う! 親父はそんなことしない! これは捏造だ! 誰かが俺たちを嵌めようとしてるんだ!」


蓮司は立ち上がり、狂ったように叫んだ。


「お前ら信じるなよ! 俺の親父だぞ! 西園寺建設の社長だぞ! こんなニュース、すぐに揉み消せるんだ!」


だが、誰も彼に同調しない。


陽菜でさえも、青ざめた顔で後ずさりし、彼から距離を取ろうとしていた。


「陽菜! お前は信じるよな!? 俺の味方だよな!?」


蓮司が陽菜に詰め寄る。


「い、いや……その……」


陽菜は視線を泳がせ、助けを求めるように周囲を見回した。


「触らないでよ!」


陽菜が叫んだ。


「え……?」

「犯罪者の息子なんでしょ!? 私に関わらないで!」


陽菜の口から出たのは、自己保身のための決定的な拒絶だった。彼女は沈みゆく船からネズミのように逃げ出し、自分だけは助かろうとしたのだ。


「お前……」


蓮司が呆然としたその時。


ガラララッ!


教室の扉が勢いよく開いた。


入ってきたのは、血相を変えた教頭先生と、二人の男たち。


一人は制服警官。もう一人は、鋭い目つきをしたスーツ姿の刑事だった。


教室が水を打ったように静まり返る。


刑事は教室を見回し、蓮司を見つけると、真っ直ぐに歩み寄った。


「西園寺蓮司君だね」


刑事が警察手帳を提示する。


「え、あ、はい……」


蓮司は腰を抜かしたようにへたり込んだ。


「西園寺建設の不正経理および特別背任の件で、君にも話を聞きたい。任意だが、署まで同行してもらえるかな」

「は……? 俺? なんで俺が……俺は高校生だぞ!?」


蓮司がパニック状態で叫ぶ。


「君の名前が、関連会社の非常勤役員として登記されているんだよ。そして、君名義の口座に、使途不明金が毎月百万円以上振り込まれている。それが何を意味するか、分かるね?」

「役員……? 口座……?」


蓮司は何も知らなかったのだろう。父親が税金対策のために息子の名前を勝手に使い、裏金のプール先にしていたのだ。


だが、法的には彼も立派な「共犯者」となる。


「そ、そんなの知らない! 親父が勝手にやったんだ! 俺は関係ない!」

「詳しい話は署で聞こう。君のお父さんは、すでに逮捕されたよ」


刑事が淡々と告げた。


同時に、テレビのニュース速報テロップが流れる。


『【速報】西園寺建設社長・西園寺剛造容疑者を逮捕』


画面には、両脇を捜査官に抱えられ、顔をコートで隠して連行される父親の姿が映っていた。


「親父……嘘だろ……親父ィィィ!!」


蓮司が絶叫し、床を叩いた。


「立て、行くぞ」


制服警官が蓮司の腕を掴み、立たせようとする。


「離せ! 俺は西園寺家の長男だぞ! お前ら全員クビにしてやる! 俺に指図すんな!」


蓮司は半狂乱で暴れ、警官の手を振り払おうとした。


その無様で滑稽な姿。昨日までこの教室の王として君臨し、俺を見下していた男の末路。


俺は眼鏡の奥で、その光景を冷徹に録画していた。


「公務執行妨害も追加するか?」


刑事の低い声に、蓮司はようやく抵抗をやめた。


彼の目から涙が溢れ出し、鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている。


「うぅ……なんで……どうしてこんなことに……」


彼はよろよろと歩き出し、ふと俺の前で立ち止まった。


俺は彼を見上げた。


怯えた陰キャの顔ではない。


ほんの一瞬、俺は口角を上げ、蔑むような視線を彼に送った。


『ざまぁみろ』


声には出さない。だが、唇の動きで確かにそう伝えた。


蓮司の目が大きく見開かれた。


「お、お前……まさか……!?」


彼が何かに気づいた瞬間、警官が彼の背中を押し、教室の外へと連れ出した。


「待て! 待ってくれ! あいつが! 相沢が!」


蓮司の叫び声は廊下に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


残された教室は、台風が過ぎ去った後のような静寂に包まれていた。


「……連れて行かれたな」

「西園寺、終わったな」

「役員ってマジかよ。あいつ、犯罪で得た金で豪遊してたのか」


生徒たちの囁きが、次第に大きな非難の声へと変わっていく。


権力の失墜。


昨日まで彼に媚びへつらっていた連中ほど、掌を返して彼を叩き始めている。


その中心で、橘陽菜は震えていた。


彼女は、自分の最大の盾であった蓮司が消え、さらにミカという取り巻きも失い、完全に孤立してしまった。


陽菜が恐る恐る視線を上げた。その先には、俺がいる。


彼女の目が語っていた。


『助けて』

『カケル君なら、私を受け入れてくれるよね?』

『私たちは幼馴染だもんね?』


そんな甘ったれた期待が見て取れる。


俺は無表情で彼女を見つめ返した。


かつて図書室で、俺に優しく微笑んでくれた少女の面影は、もうどこにもない。そこにいるのは、強者に媚び、弱者を踏みつけにし、最後には全てを失った哀れな道化だけだ。


俺は彼女から視線を逸らし、自分の机に向き直った。


鞄の中から、一通の封筒を取り出す。


表には『退学届』の文字。


この学校での俺の役割は終わった。


蓮司という巨悪は排除され、その取り巻きも崩壊した。このクラスはこれから、互いに責任を押し付け合い、疑心暗鬼の泥沼に沈んでいくだろう。


そんな場所に留まる理由は、もはや1ミリもない。


俺は立ち上がり、教壇にいた呆然とする教頭先生の元へと歩み寄った。


「先生」

「え、あ、ああ、相沢くん。なんだね、今は取り込み中で……」

「これ、お願いします」


俺は退学届を教頭に押し付けた。


「えっ? 退学届? な、なんで急に……」

「一身上の都合です。これ以上、こんないじめと犯罪の温床のような学校にいたら、僕の将来に関わりますので」


俺はわざと大きな声で言った。


クラス中が静まり返り、俺に注目する。


「いじめ……? 犯罪……?」

「西園寺君や佐藤さんからのいじめの証拠は、全て教育委員会とマスコミに提出済みです。学校側が見て見ぬふりをしていたことも含めてね」


俺の言葉に、教頭の顔色が土気色になった。


「な、何を言って……」

「さようなら、皆さん。せいぜい、泥舟の中で仲良くやってください」


俺は踵を返し、教室の出口へと向かった。


「待って! カケル君!」


背後から、陽菜の声がした。


椅子を蹴る音がして、彼女が走り寄ってくる気配がする。


「待って、行かないで! 私、どうすればいいの!? ひとりぼっちになっちゃう!」


彼女は俺の袖を掴もうとした。


その手を、俺は冷たく振り払った。


「触るな」


今まで見せたことのない、氷のような声。


陽菜が凍りついたように立ち止まる。


「カケル……君……?」


俺は振り返り、彼女を見下ろした。眼鏡を外し、本来の鋭い眼光で彼女を射抜く。


「君が選んだんだよ、陽菜。君は僕を売って、彼らを選んだ。その結果がこれだ」

「ち、違うの! 私は、怖くて……」

「恐怖で人を裏切る人間を、僕は信用しない。君は被害者じゃない。加害者だ」

「カケル君……」


涙を流す彼女に、俺は最後の一撃を放った。


「君の顔、もう見たくないんだ。さようなら、他人さん」


俺は教室を出た。


背後で、陽菜の泣き崩れる声が聞こえた。


廊下を歩く俺の足取りは軽い。


窓の外には、抜けるような青空が広がっていた。


校門の前には、黒塗りのハイヤーが待機している。社長が手配してくれた車だ。


俺は学校の敷地を出ると、ネクタイを緩め、ブレザーを脱ぎ捨てた。


「……終わったな」


いや、始まりだ。


これからは、相沢駆というエンジニアとして、本当の人生を歩むのだ。


俺はハイヤーのドアを開け、後部座席に乗り込んだ。


「出してくれ」


車が静かに走り出す。


バックミラーに映る学校が、どんどん小さくなっていく。


あの中にいる彼らが、これからどんな地獄を味わうのか。それはもう、俺の知ったことではない。


ただ一つ確かなことは、因果は巡り、罪は必ず償わされるということだ。


俺はシートに深く身を沈め、目を閉じた。


久しぶりに、深い安らぎが訪れていた。

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