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能ある鷹は爪を隠すが、裏切り者には容赦しない ~陰キャを演じる天才ハッカーの俺を嘲笑った幼馴染たちが、社会的制裁で破滅するまで~  作者: ledled


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第二話 拡散する悪意と静かなる反撃準備

翌朝、登校中の電車内は、いつもとは違う異質な空気に包まれていた。


スマートフォンを操作する生徒たちの指先が、妙に忙しない。そして時折、ヒソヒソという囁き声と共に、粘着質な視線が俺、相沢駆の方へと向けられる。


「ねえ、あれって……」

「ぷっ、マジでいるじゃん。動画のやつ」

「キモっ。よく学校来れるよな」


隠す気もない嘲笑。俺は視線を足元に落とし、いつものように背中を丸めてつり革を掴んでいたが、分厚いレンズの奥にある瞳は、冷ややかに周囲を観察していた。


昨晩の予測通りだ。


家に帰ってから確認したSNS――特に短文投稿サイト「Twotter」と動画共有サイト「YourTube」では、ある一本の動画が局所的なトレンド入りを果たしていた。


タイトルは『勘違い陰キャがクラスのマドンナに公開処刑されてみたwww』。


撮影者は佐藤ミカだろう。手ブレの多い映像には、俺がおどおどと陽菜に「僕なんかでいいの?」と尋ねる姿と、その後の盛大な嘲笑、そして陽菜の「住む世界が違うの」という拒絶の言葉が、余すところなく収められていた。


コメント欄は地獄の様相を呈している。


『これは痛いwww』

『鏡見てから言えよ陰キャ』

『女の方も酷くね? まあ陰キャ相手ならこんなもんか』

『俺なら明日から学校行けねーわ』


再生回数は一晩で数万回を超え、拡散は現在進行形で続いている。特定班と呼ばれるネットユーザーによって、学校名や俺の名字が割れるのも時間の問題だろう。いや、すでに俺の個人情報を特定しようとする動きも見え隠れしていた。


だが、俺にとってこれは「被害」ではない。「燃料」だ。


彼らが騒げば騒ぐほど、デジタルタトゥーは深く刻まれ、後で彼ら自身を焼き尽くす業火となる。俺は心の中で冷静に拡散の推移をグラフ化しながら、最寄り駅のホームに降り立った。


学校に到着し、下駄箱を開ける。


予想していた事態その一。


俺の上履きが消えていた。代わりにそこに入っていたのは、コンビニで売っているような安っぽいプリンの空き容器と、飲み残しのコーヒー牛乳。そして「ゴミはゴミ箱へ」と書かれた走り書きのメモ。


古典的すぎてあくびが出そうになる。


「うわ、くっさ! 相沢、お前何入れたんだよー?」


通りがかった男子生徒がわざとらしく鼻をつまむ。俺は無言で、鞄の中からビニール袋を取り出し、汚された下駄箱の中身を淡々と処理した。


そして、別の袋から予備の上履きを取り出す。


これも予測済みだ。入学当初から、こういう事態に備えて安物を何足かストックしてある。俺は何食わぬ顔で新しい上履きに履き替え、教室へと向かった。


教室の扉を開けた瞬間、クラス中の視線が一斉に俺に集中した。


黒板には、チョークで大きく相合い傘が描かれている。左側には「勘違い男」、右側には「被害者」の文字。そして俺の机の上には、一輪挿しの花瓶が置かれていた。


中に入っているのは、野端に咲いているような雑草の花。


葬式の真似事か。幼稚な発想に呆れ果てるが、俺は演技を続けなければならない。


「あ……」


俺は入り口で立ち尽くし、絶句したふりをする。


「おーい相沢! お前死んだことになってるぞー!」

「成仏しろよー! ギャハハハ!」


教室の後ろで、西園寺蓮司が机に足を乗せて大笑いしていた。その隣には、昨日動画を撮影していた佐藤ミカ。そして、気まずそうに視線を逸らす橘陽菜の姿がある。


ミカがスマホを構えているのが見えた。この反応もまた、新たな動画のネタにするつもりなのだろう。


俺はおずおずと机に近づき、花瓶を手に取った。


「……誰が、こんなこと」


震える声で呟くと、蓮司が立ち上がり、大股で俺に近づいてきた。


「誰だっていいだろ。それよりお前、ネット見た? お前有名人じゃん。俺のおかげだな、感謝しろよ」


蓮司は俺の肩に手を回し、スマホの画面を目の前に突きつけてきた。そこに映っているのは、昨日の動画の再生数だ。


「ほら見ろよ、五万再生だぞ? お前の人生でこんなに注目されることなんて二度とねーよ。あ、それとも印税よこせとか言うか? 貧乏人は金に汚ねーからな」

「やめてよ蓮司くん、カケル君が可哀想でしょぉ?」


ミカがクスクス笑いながら茶々を入れる。


「だってよミカ、こいつ無反応なんだもん。つまんねーよな。おい陽菜、お前からもなんか言ってやれよ」


話を振られた陽菜が、ビクリと肩を震わせた。


彼女は周囲の空気を読み、助けを求めるように俺を見た後、すぐに蓮司の方へ顔を向けた。その表情には、明らかな恐怖と媚びが張り付いている。


もしここで彼女が「もうやめよう」と言えば、俺の復讐リストから彼女の名前だけは消えたかもしれない。だが、彼女は自分の安寧を選んだ。


「……カケル君。その、あんまり暗い顔してると、またみんなに笑われちゃうよ? もっと、明るくした方がいいと思うな……」


的外れなアドバイス。それがいじめに加担している自覚すらない、残酷な保身の言葉。


「聞いたかよおい! 明るくしろってよ! 笑えよ相沢!」


蓮司が俺の頬をペチペチと叩く。


屈辱的だ。普通の高校生なら、泣き出すか、あるいは怒りに任せて殴りかかっている場面だろう。


だが、俺の心拍数は平常時と変わらない。


俺の視線は、教室の天井の隅にある火災報知器の隣に向けられていた。そこには昨日、俺が密かに設置した超小型のネットワークカメラがある。マッチ箱ほどのサイズだが、4K画質で音声まで拾える高性能な代物だ。


蓮司の暴言、ミカの嘲笑、陽菜の加担、そしてクラスメイトたちの傍観。


その全てが、今この瞬間もクラウドサーバーに記録され続けている。


「……ごめん、なさい」


俺は小さく謝罪の言葉を口にし、花瓶を持って教室を出て行くふりをした。背後から浴びせられる爆笑を背中で受け止めながら、俺の口元は微かに歪んだ。


(笑えよ。今のうちに存分に笑っておけばいい)


その笑顔が、恐怖と絶望に歪む瞬間を見るのが楽しみで仕方がない。


授業中も嫌がらせは続いた。


教科書を開けば、重要なページがカッターナイフで切り刻まれている。椅子を引けば、画鋲が仕掛けられている。体育の授業が終わって着替えれば、制服のポケットに泥が詰め込まれている。


教師たちは見て見ぬふりだ。特に担任の男は、西園寺建設から個人的な接待を受けているという噂がある。蓮司が授業中にスマホをいじっていても注意一つしない腰抜けだ。


だが、それも想定内。


俺は黙々と、それらの証拠写真を隠し撮りし、被害状況を詳細にメモに残した。


放課後。


「おい相沢、ちょっと来いよ」


帰り支度をしていた俺に、蓮司が声をかけてきた。


「駅前のゲーセン行くぞ。荷物持ちが足りねーんだわ」

「あ、ごめん。今日は……用事があって」


俺が断ると、蓮司の表情が一瞬で険悪になった。


「あ? 用事? 陰キャのくせに生意気なんだよ。テメェに拒否権があると思ってんのか?」


蓮司が俺の胸倉を掴み上げる。その瞬間、俺の脳内では彼の手首の関節を逆に極め、膝裏を蹴って無力化するまでのシミュレーションが完了していた。実行に移せば三秒で終わる。


だが、今はまだその時ではない。


「ほ、本当なんだ……親戚の、法事があって……」


とっさに嘘をつくと、蓮司は舌打ちをして俺を突き飛ばした。


「チッ、使えねーな。まあいいわ、明日覚えとけよ」


捨て台詞を吐いて、蓮司は取り巻きたちを連れて教室を出て行った。ミカと陽菜もその後に続く。陽菜は一度もこちらを振り返らなかった。


彼らの姿が見えなくなると、俺は乱れた襟元を直し、冷徹な表情に戻った。


「……法事か。あながち嘘じゃないな。お前らの人生の葬式準備だ」


俺は鞄を掴むと、足早に学校を後にした。


向かった先は、自宅ではない。都心のオフィス街にある、ガラス張りの真新しいビルだ。


エレベーターで最上階へ。セキュリティゲートに社員証をかざすと、「ピッ」という電子音と共に扉が開く。


「お疲れ様です、相沢さん」

「遅かったな、カケル」


オフィスに入ると、数人のエンジニアが俺に声をかけてくる。彼らは俺が高校生であることを知っているが、子供扱いする者は一人もいない。ここでは実力が全てだ。


俺は彼らに軽く挨拶を返し、奥にある社長室のドアをノックした。


「入れ」


重厚な声に促されて中に入ると、革張りのソファに深々と腰掛けた大柄な男が待っていた。


ITベンチャー「ネビュラ・ソリューションズ」代表、権田剛ごんだ つよし


元々は外資系金融のトップトレーダーだったが、ITの可能性に賭けて起業し、数年でこの会社を急成長させた切れ者だ。中学生だった俺のハッキング能力を見出し、「その力を正しく使って稼いでみろ」とスカウトしてくれた恩人でもある。


「社長、お時間をいただきありがとうございます」


俺が頭を下げると、権田は葉巻を灰皿に置き、ニヤリと笑った。


「堅苦しい挨拶は抜きだ。それより、例の件はどうなった? まさか、あの天才・相沢駆がいじめられっ子を演じたまま泣き寝入りってわけじゃないだろうな」


権田には、事前に事情を話してあった。


俺は鞄からノートパソコンを取り出し、デスクの上に広げた。


「泣き寝入り? まさか。今は餌を撒いている段階です」


俺はキーボードを叩き、昨晩から収集したデータを大型モニターに映し出した。


いじめの動画、SNSでの拡散状況、書き込みのログ、そして学校内で収集した音声データと映像。


「ほう……こいつは酷いな。特にこの男、西園寺建設のドラ息子か」


権田の目が鋭くなる。


「ええ。主犯格です。そして、これが拡散の起点となったアカウント『毒吐きウサギ』の解析結果です」


俺は画面を切り替えた。


そこには、匿名アカウントの裏で蠢く、佐藤ミカのどす黒い本性が暴き出されていた。


「このアカウント、プロキシを経由していますが、投稿時間の癖と使用されている端末のMACアドレス、そして学校のWi-Fiへの接続ログを照合しました。間違いなく、クラスメイトの佐藤ミカの裏アカウントです」


画面には、彼女が投稿した数々の悪口雑言が並ぶ。


『マジでウケる、陰キャきもすぎ』

『陽菜もよくやるよなー、あんな奴に嘘告とか』

『てか、万引きした化粧品マジ発色いいんだけどw』

『今日未成年飲酒なう~』


「犯罪自慢に、友人の悪口か。典型的なバカだな」


権田が呆れたように鼻を鳴らす。


「これだけでも彼女を社会的に抹殺するには十分ですが、まだ足りません。本丸は西園寺蓮司、そして彼を守る父親の会社です」


俺はさらに別のウィンドウを開いた。


それは、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされたネットワーク図だ。中心にあるのは西園寺建設の社内サーバー。


「西園寺建設のセキュリティは、地方の中小企業にしては堅固ですが、所詮は張りぼてです。彼らが使っている業務システムには、既知の脆弱性がある。そこから内部告発者のふりをして侵入し、裏帳簿のデータを入手するルートをすでに確立しました」


俺の説明を聞き終えた権田は、満足そうに頷き、デスクの引き出しから一枚の書類を取り出した。


「よし、分かった。会社の法務部を動かそう。名誉毀損、プライバシーの侵害、その他諸々で徹底的にやる。費用は会社持ちだ」

「ありがとうございます。ですが、訴訟はあくまで仕上げです。その前に……」


俺はポケットから、封筒を取り出した。


表には『退学届』の文字。


「……なるほど。そこまでする覚悟か」

「この高校に未練はありません。必要なのは高卒認定だけですから。それに、中退して彼らに『追い詰められた』という事実を作ることで、被害者としての立場をより盤石にできます」


俺の言葉に、権田は声を上げて笑った。


「ハハハ! 恐ろしい奴だ。敵に回したくない男ナンバーワンだな、お前は」

「褒め言葉として受け取っておきます」


俺は眼鏡の位置を直し、モニターの中の蓮司の写真を見据えた。


「さて、今夜は忙しくなりますよ。蓮司の父親が隠している『パンドラの箱』を開けに行きますから」


夜の帳が下りたオフィス街。


俺は自分専用のワークスペースに座り、三画面のモニターに向かっていた。


指先がキーボードの上を踊る。画面を流れるコードの羅列は、俺にとって美しい旋律のようなものだ。


まずは前哨戦。佐藤ミカ、通称「毒吐きウサギ」への制裁準備。


彼女の「Mine」(メッセージアプリ)のトーク履歴と、「Owlstagram」(写真共有アプリ)の裏アカウントを紐付け、それをクラス全員が見ている掲示板サイトに流すためのスクリプトを組む。


送信ボタンを押せば、彼女の築き上げてきた虚飾の日常は一瞬で崩壊する。


だが、まだ押さない。タイミングが重要だ。恐怖が最高潮に達し、逃げ場がないと悟った瞬間にこそ、絶望は最大の味となる。


次に、本丸の西園寺建設。


ファイアウォールの隙間を縫うようにパケットを送り込み、深層にあるデータベースへとアクセスする。


『Access Denied』


赤い警告文字が表示されるが、俺は顔色一つ変えない。


「想定通り。バックドアはこちらだ」


以前、彼らの下請け業者のサーバーを踏み台にして仕込んでおいたトロイの木馬を起動させる。


『Access Granted』


文字が緑色に変わった。


宝の山だ。脱税の証拠、談合の記録、違法な産業廃棄物処理の指示書。親子の血は争えないと言うべきか、父親の方も腐りきっている。


俺はそれらのデータを一つ残らず吸い出し、海外のセキュアなサーバーへと転送した。


これで、銃弾は装填された。


引き金を引くのは、明日。


学校という閉鎖的な箱庭の中で、神様気取りで振る舞っていた彼らが、地獄の底へと叩き落とされる瞬間を想像すると、自然と口角が上がった。


「……楽しませてくれよ、蓮司。そして、陽菜」


モニターの光に照らされた俺の顔は、学校で見せる気弱な陰キャのものではない。獲物を追い詰める狩人の、冷徹で凶悪な笑みを浮かべていた。


午前二時。全ての準備が整った。


俺は椅子に深くもたれかかり、天井を見上げた。


明日、世界が変わる。


いや、俺が変えるのだ。

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