新婚さんごっご
二月の夕方。まだまだ寒い日々が続いていた。
家で温かい紅茶を飲みながらぬくぬくしていると、インターホンが鳴った。
画面を見ると、そこには見慣れつつある光希の姿があった。
玄関の扉を開けると、レジ袋を持った光希が立っており、
「小春ちゃーん!」
と、いきなり抱き着いてきた。
「会いたかったぁ~、小春ちゃんあったかーい」
「ちょっと……離れてよ……」
「えー良いじゃん。減るもんじゃないし~」
精神は確実にすり減ってるんだよ……! お願いだからイケメンなのを自覚してほしい。元から美人だとは思ってたけど!
「小春ちゃん、今日の晩御飯決めてる?」
「いや、まだだけど……一応米は炊いてる途中」
「じゃあ僕に作らせて」
そう言いながら、光希は玄関の鍵を閉めて、部屋に上がってきた。
「スーパーで買い物してたら、あの時のこと思い出してさ」
「あの時?」
「ほら、幼稚園の時によくやった遊び。『新婚さんごっこ』」
光希はそう言いながら、食材が入ったレジ袋を置き、腕をまくった。
「『小春ちゃんがお嫁さんで、僕が旦那さん』ね?」
レジ袋から、挽き肉や玉ねぎ、卵、牛乳など、ハンバーグの材料が出てきた。
「ハンバーグ作るの?」
「今日は寒いから、煮込みハンバーグを作るよ」
しめじとトマト缶も出てきた。
光希は手を洗い、煮込みハンバーグの調理を始めた。私も急いで手を洗い、料理を手伝い始めた。
ボウルの中でひき肉と細かく刻んだ玉ねぎが混ざり合い、卵とパン粉が加わるたびに、粘り気を帯びていく。光希の手のひらで空気を抜きながら丸く整えられたタネは、表面がなめらかで、とっても綺麗だった。
一方で私は、しめじをほぐしたり、玉ねぎをくし切りにしていった。
隣で光希が、フライパンにオリーブオイルを入れ、成形したタネを入れた瞬間、ジュッ、と高い音が弾ける。
しばらくしてひっくり返すと、焼き目はきれいな飴色で、肉汁がわずかににじんでいた。光希って、両面焼くタイプのやつ、妙に上手いんだよなぁ……。
「小春ちゃん、トマト缶開けておいてくれる?」
「うん、分かった」
トマト缶を開けようと、プルタブを引っ張ると……パキッ、と取れてしまった。
何か月か前にお母さんが置いて行った缶切りの存在を思い出し、急いで引き出しから取り出すも、使い方が分からず、立ち尽くしてしまった。
そんな私に気付いた光希は、火を止めてからそっと背後から私を包み込み、缶切りを持っていた私の手に、手を重ねてきた。
「缶の縁に刃を当てて、レバーをしっかり握ってて。いくよ」
缶を時計回りに回しながら、缶の蓋を切っていった。
完全に切る前に止め、缶切りの突起を使って持ち上げると、
「開いた……」
すると光希が耳元で、
「缶切りはこう使うんだよ。覚えた?」
私は急いで、光希の腕の中から逃げて後退った。
「はは、小春ちゃん顔真っ赤」
光希はクスクス笑いながら、煮込みハンバーグ作りを再開した。
無自覚なのか、それともわざとなのか。いや絶対わざとだ。
幼稚園の時からそうだったもん。
幼稚園で新婚さんごっこしてた時、さっきみたいに後ろから抱き着かれたことがあった。
「みつきちゃん、なんでうしろから、ぎゅーってするの?」
「しんこんさんならやるよ! お父さんとお母さんもやってたし! しんこんの時もやってたってお母さん言ってた! だからする!」
「そっかぁ」
あの時は納得してたけど、今思えば、光希は私にくっつきたかっただけの可能性がある。
「小春ちゃん、お皿出してくれる?」
ハッと我に返り、私は急いでお皿を出した。
やがて、キッチンにトマトソースの甘い香りと、肉の旨味が混ざった匂いが満ちていく。ぐつぐつと小さく泡立つ音が、どこか心地よかった。
「もう少しだけ煮込んだら完成だよ」
光希がフライパンに蓋をして火を弱める。その間に、私は炊き上がったご飯をよそい、テーブルにお皿と箸を並べた。
しばらくして光希が蓋を開けると、湯気と一緒に、艶やかなソースに包まれた煮込みハンバーグが姿を現した。しめじと玉ねぎがとろりと絡んで、見るからに美味しそうだ。
お皿にハンバーグがそっと盛り付けられ、横にご飯が添えられる。続けて、光希は自分の分も盛った。
席に座り、光希は手を合わせた。
「じゃあ……いただきます!」
「いただきます」
箸でハンバーグを切ると、じゅわっと肉汁が滲み出てきた。口に運ぶと、トマトの酸味とコクが広がって、思わず声が漏れる。
「おいしい……」
「よかった。そう言ってくれて嬉しいよ」
光希はそう言って、満足そうに笑った。
その笑顔に心臓が跳ね上がる感覚がした。
心臓がなかなか落ち着かない。でも、嫌じゃない自分がいた。
もしこれが、『ごっこ』じゃなくなったら……なんて、思ってしまう。




