昔のままじゃいられない
湯気の立つ筑前煮が、テーブルの真ん中に置かれる。 甘辛い匂いが鼻をくすぐって、自然とお腹が鳴った。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、空気がふっと緩む。
「ほら、冷めないうちに食べましょう」
お母さんに促されて、みんなで食卓を囲んだ。
「いただきます」と声を揃えて箸を取る。
私は、隣に座る光希をちらりと見た。
落ち着いた表情で箸を動かす仕草も、食べる速度も、知っているまま。なのに、肩幅とか、喉仏とか、そういう細かいところが、前と違う。
やっぱり男の人なんだ……
すると光希のお母さんが、
「相変わらず、味しみてるわね」
「だろ?」
と、お父さんがちょっと誇らしげに胸を張った。
その様子を見て、みんながくすっと笑う。 さっきまでの処理落ちが、嘘みたいに。
そしてお母さんが、私と光希を交互に見ながら、
「並んでると、やっぱりお似合いね」
「ち、違うから! 幼馴染なだけ!」
「はいはい」とからかうような笑顔を見せるお母さん。
隣の光希をチラッと見ると、どこか悲しそうな笑顔を浮かべていた。
食後、私が食器を運ぼうと立ち上がると、光希も同時に立ち上がった。
「手伝うよ」
と、光希が私の手に手を重ねてきた。
心臓が跳ねて、慌てて手を引っ込める。胸の奥が、ざわっとして落ち着かない。
「光希……動けない……」
「ああごめん、わざとなんだ。僕をもっと意識してほしいから」
頭が一気に真っ白になって、言葉が出てこなかった。なんとか絞り出した言葉は、
「何を……言って……」
「そのままの意味」
光希は私の手首にそっと触れるだけで、力は入れていない。なのに振りほどけなかった。
光希の低くなった声が、すぐ近くで、
「小春ちゃん。ずっと僕のこと、昔のままだと思おうとしてるでしょ」
図星だ。言い返せない。
「それが悪いって言うつもりはないよ。でも……」
光希は少しだけ困ったように笑って、
「ちょっと、傷つくな……」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「それでも、ちゃんと見てほしい。小春ちゃんを、絶対堕としてみせるから」
光希はニヤリと笑ってから、皿を持って台所に行ってしまった。
何事もなかったかのように、私のお父さんと話し始める。
何を話しているかなんて分からない。でも、外堀を埋められているような、そんな感覚がした。
絶対堕としてみせる、って……。冗談にしては、目が本気だった。
ただでさえ、心臓が持ちそうにないのに、本気で来られたら……考えただけで顔が熱くなるのが、自分でも分かった。




