君が好きだと言った香り
ホワイトデーが近づいてきたある日。僕は駅前の雑貨屋に来ていた。
店内にはお菓子や小物、アクセサリーが並んでいて、どれもいかにも「お返し」に向いていそうなものばかりだ。
けれど、どれを見ても決め手がない。
なぜなら、この約二十年間で、小物やアクセサリーは、何度もプレゼントしてきてしまっているから。
小春ちゃんに飽きられたくない。
「何が良いんだろう」
小さく呟きながら店内を歩いていると、ハンドクリームのコーナーにたどり着いた。
色とりどりのパッケージが並ぶ棚の前で、試供品のテスターが目に入り、何となく手に取ってみた。
キャップを開けると、ふわりと甘い香りが広がった。
その瞬間、ふと昔の記憶が蘇る。
中学の冬、小春ちゃんが手を見ながら、
「うわ、手ぇカサカサだ……」
「僕のハンドクリーム使う?」
「良いの?」
「もちろん!」
僕はハンドクリームを少し多めに出し、小春ちゃんの手に優しく塗り込んだ。
小春ちゃんの手は、冬のせいか少し冷たかった。
指先まで丁寧にクリームを塗り込むと、少しだけ力が抜けたみたいに手を預けてくれた。
「光希マッサージ上手いね〜」
「そう? ありがとう」
「このハンドクリームいい匂い……光希は本当センス良いよねぇ」
小春ちゃんが優しく微笑んでくれて、すっごく嬉しかった。
僕だけに向け続けてくれれば良いのに。
小春ちゃんは多分、あのことなんてきっと覚えていないだろうな。
僕は、あの日小春ちゃんが気に入ってくれた匂いがするハンドクリームを選んで購入した。
思い出してもらえるかもしれないと思いながら。
店を出ると、夕方の冷たい空気が頬に触れた。
三月とはいえ、まだ冷え込んでいるようだった。
紙袋の中には、小さなハンドクリームが一つ。
大したものじゃない。値段だって高くない。けれど、僕にとってはちゃんと意味がある。
あの日、小春ちゃんが「好き」と言ってくれた匂い。
覚えているのは、多分僕だけだけど。それでも良いんだ。
思い出してくれたら嬉しいし、思い出さなくても構わない。
小春ちゃんがまた同じ匂いを「いい匂い」って笑ってくれたら、それで充分だ。
小春ちゃんの笑顔を想像しながら歩いていると、不意に声をかけられた。
「すみません」
振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。少し緊張した様子で、こちらを見ている。
「お兄さんカッコいいですね♡良かったら連絡先とか」
「ごめんなさい無理です」
思わず食い気味に即答した。
女性がきょとんとした表情をしているのを一瞬だけ見て、それからすぐに視線を外した。
「彼女いるので」
それだけ伝えて、そのまま歩き出した。
せっかく良い気分だったのに。
台無しだ。
失礼だったかもしれないけど、仕方ないことだ。
正直、小春ちゃん以外どうでもいい。
小春ちゃんが、僕の全てだから。




