第三話 レイヴィス・カストリエル②
レイヴィス・カストリエル──
《エーデルシュタインの花嫁》の攻略対象の1人で、俺が最初に選んだ男だ。
白に近い銀色の髪に褐色の肌。アクションシーンではタンクとして防御系の技を主に習得する。
貧民街で行き倒れていたところをヒロインに拾われ、家庭教師として彼女の家に住むことになる──いわゆる「血の繋がらないお兄ちゃん」ポジのキャラだ。
しかしその裏にはとんでもない秘密を隠していて──みたいな。
このビジュアルと習得するスキルを見れば、その秘密なんかはバレバレなんだけどな。
「エデ嫁」のヒロインは17歳。レイヴィスは確かヒロインより結構年上のはずだが、今の段階でどう見たって10代には見えないから、5歳から10歳程度は年上なのかもしれない。
その辺の細かいキャラのプロフィールは、あんまり興味がないので読んでなかったのが悔やまれる。
死ぬ前の俺が27歳だから、それより若いくらいだろうか。わからん。
とりあえず俺は森の中からなんとか人間も通っていそうな道へ抜けて、街へ到着した。
この街には見覚えがない。
「エデ嫁」は街の中も比較的自由に歩き回れるタイプのゲームだ。
でも、ヒロインが公爵の義理の娘だから貧民街なんかには行かないし、主な行動範囲は学校か家。
こんな、道の舗装もされていない、いかにもな「貧民街」には縁がない。
もしかして、ここがレイヴィスが最初に居た場所なんだろうか。
ゲーム開始時のレイヴィスはこの貧民街の顔というか、有名人みたいな所はあったようだし、そうなのかもしれない。
しかしレイヴィスは一体どうやってこの貧民街で成り上がったんだろうか。
気持ち程度に設置されている壁を乗り越えて街に入った途端に向けられる鋭い眼光に、背筋が伸びる。
街の中には、どんよりとした目の人間が地べたにそのまま座り込んでいた。
服も汚れているのかくすんだ色をしていて、俺の格好でも肌寒ささえ感じるのに子供は細い手足を放り出している。
トイレもちゃんと機能していないのか、街中に動物園のような匂いがするのも不快だった。
死ぬ前に見た海外のスラムと同じくらいか、それよりも悪い光景だ。
確かにレイヴィスは攻略対象だし、戦闘スキルだって持っているイケメンだ。
でもそれは外側の話! 今レイヴィスの中に居るのはただのアラサー日本人だし、勿論喧嘩経験もない!
FPSでのキルレートはそこそこ自信があるが、ステゴロ戦闘なんか絶対無理!
もしもレイヴィスがこの腕っぷしで成り上がっていたんだとすれば、俺は完全にこの場で「詰んだ」ことになる。
何も考えずにこの服のままここまで来ちまったのもまずかったかもしれない。
俺はコソコソと家の影に入ると、ボタンを引きちぎってポケットに入れてから、上着を脱ぎ捨てた。
ボタンを引きちぎったのは、ゲームの中で序盤に獲得出来る換金アイテムの中に「ボタン」があったのを思い出したからだ。
金のボタン、銀のボタン、銅のボタン。
この3種類はゲームが開始してすぐにヒロインが屋敷のクローゼットや棚の中から獲得出来る。
よくある「このアイテムを売って初期装備を揃えましょうね」的なアイテムだろう。
多分、この服についているボタンは「金のボタン」くらいの価値はあるんじゃなかろうか。
多少傷がついていても、売ることが出来そうなくらいにはきれいな色をしている。
ジャケットは捨てたとしても、その下のシャツは流石に捨てられない。
仕方なく、俺はその場の土をシャツに擦り付けてわざと汚した。
あちこちに血や泥はついているが、それでもいい布で出来ているのがわかるシャツだ。
このまま着ているのはあまりにも危険だろう。
すでに土からして臭いけれど、まぁ我慢できないほどでもない。
「レイ様ーー!! レイ様、どこですかーーー!!!」
そこまでやって少しホッとした時、俺はボロ家の影でとんでもない大音声を聞いた。
レイ様。それは、「エデ嫁」をプレイしている乙女たちがつけたレイヴィスのあだ名だ。
まさかここでそんな声を聞くとは思わずに、俺は咄嗟に身体を低くした。
「レイ様ーー!! この声が聞こえていたらなにとぞ! なにとぞお返事をーーー!!!」
「お、お嬢様っ! あまり大きい声ははしたないですっ」
「レ"イ"ざま"ーーーー!!!」
声の主は、多分女だ。お嬢様、と呼んでいる声もあるし、声の感じからして多分子供。
なんでそんな子供が「レイ様」を呼んでいるんだ?
それも、声がガラガラになるまで大声を出してまで、どうして探しているんだ?
首を傾げながら家の影に隠れていた俺は、そこでフと気付いた。
「エデ嫁」プレイヤーしか知らないレイヴィスのあだ名を、この段階で呼んでいる少女って、なんだ?
ハッとして、そっと家の影から声のする方を伺う。
レイヴィスが「レイ様」と呼ばれているのは、レイヴィスがヒロインの家で働いている時に素性を隠して「レイ」と名乗っていたからだ。
ヒロインは年上の頼れる男であるレイのことを「レイ様」と呼び、それがファンにも浸透したとか。
なんでその呼び方を、この世界の人間が知っている?
「もしかしてまだ居ないのかしら……いいえ、私のヲトメセンサーがもうレイ様は爆誕していることを感じ取っている! レイ様はここに……居る!!」
「流石ですお嬢様!!」
「レイさまーーーー!!!」
なんだなんだ! ヲトメセンサーってなんなんだ!!
家の影から大通りを覗いた時に見えたのは、どデケェ馬車とその屋根の上で仁王立ちする少女。
それから、少女を見てドン引きする貧民たちと、少女を応援する赤毛をお下げにしているメイドだった。
少女の髪は金髪ウェーブに大きなリボンをつけていて、着ているワンピースにはレースがふんだんに使われてこれもお高そうだ。
彼女の金髪は美しく陽の光を弾いていて、一見するだけではこんなトンチキな叫び声をあげそうには見えない。
けど、あのメイドの方には見覚えがある、ような?
いやでも、「エデ嫁」のメインキャラにメイドなんか居ただろうか?
わからん! 設定資料集買っておけばよかった!
「はっ……! そこに居るのは……レイ様っ!」
「ひぇっ」
頭を抱えて悩んでいた俺の方を、不意に金髪の少女がロックオンする。
その勢いたるや、まるで「レイ様がここに居る」ということを疑っていないような……
全てが分かっているとでも言うような、勢いで。
同時に、赤毛のメイドが動いた。いや、動いたような気がした。
赤毛のメイドが居た場所の土が僅かに抉れ、乾燥した土がわずかに舞っているのが見える。
しかしそう認識した次の瞬間には……俺は赤毛のメイドに背後から羽交い締めにされていたのだった。よん
読んで頂きありがとうございます。
不定期更新ですが地道に更新していきます。