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第二話 レイヴィス・カストリエル①

 俺は死んだ。

 それはもう呆気なく。吹っ飛ばされた時に見た、あの青い空が最後の記憶だ──たぶん。

 自分で死んだという意識すらなく、目が覚めた時になってようやく「何かがおかしい」と気付く程度には、その瞬間は呆気なかった。

 

 目が覚めた時、俺が倒れていたのは土の上だった。

 青臭く、湿っぽい土の上。俺は見た目豪華っぽく見える服をボロボロにして倒れていた。

 ヨロヨロと起き上がって周囲を見回せば、自分の背よりもずっと高い木々に囲まれていて、道路も見慣れた家々もない。

 何があったのかはわからないが、俺が歩いていたのはアスファルトの上で、着ていたのは普通の服だ。

 サラリーマンから足抜けした俺が好んでいたのはファストファッションで、こんな分厚くてごてごてした服なんかじゃない。


 困り果てて、一先ずこの場から逃げようと立ち上がり、水場を探した。

 まさか、まさかだ。

 俺は頭の中でぐるぐると回っている「まさか」の可能性に口をキュッと閉じた。

 自分が死んだと自覚していることと、どこかも分からない森の中で倒れていたこと。

 そして普段自分が着るようなものとはまるで違う服を着ていること……

 

 ──まさか、異世界転生じゃあるまいな?


「ははっ……」

 

 思わず声を出して笑ってしまいながら、森の中を歩く。

 その間にも、自分の身体を調べたり、髪を数本引っこ抜いて色を確認してみたりした。

 髪を引っこ抜くのは勿論痛かったけど、俺は日本人だ。

 無精して茶髪からどんどん地毛の色に戻っていた黒髪は、ある意味ではその証明にもなりえる。

 しかし引っこ抜いた髪は白っぽかったし、空にかざせばちょっと透けて見えるくらいに細かった。

 ごん太毛根がっしりタイプの俺の髪とは、違いすぎる。

 何より肌の色だ。

 所々血が付着している肌を見るためにこの重ったるい服の袖をまくると、健康的な褐色肌が真っ先に目に入る。


 ──まさかまさか、異世界転生じゃねぇよなぁ?


 もう一度考えて、そっとまくっていた袖を戻す。

 俺は、死ぬ前はゲームをプレイすることで投げ銭を貰っていた。

 いわゆるゲーム配信者。

 とある声優に声が似ているとかで地味に話題になり、そのおかげで配信1本で食べていけるようになったから、サラリーマンを辞められた。

 勿論ゲームなんか死ぬほどプレイした。

 得意なFPSにはそれなりに時間を割き、RPGでは隠し要素まで攻略する。

 そして、視聴者からの希望が多ければ普段やらないようなゲームだってプレイしてきた。


 異世界転生系乙女ゲームも、その中のひとつだ。

 俺はそういうものには興味がなかったし、イケメンたちにはピクリとも心惹かれなかったけれど、視聴者が喜ぶならプレイする。

 そういうゲームの中には、勿論褐色で薄い髪色のイケメンが当たり前のように存在したものだ。

 

 俺がプレイした乙女ゲームの中にも、こんな髪色で、こんな肌の色の男が居た。

 しかも、服装もソイツがヒロインとの専用ルートに入ってからの衣装にめちゃくちゃ似ている。

 急いでどこか、せめて水辺でもないかと森の中を走りながら、俺は手で自分の身体を撫でまくった。

 何か自分の身分を証明するものはないかと、考えるのはそればかり。

 だって俺は日本人ですから!

 大人の日本人は最低限マイナンバーカードか免許証かを持っているもんですから!!

 残念ながら生地ばっかり良くてポケットすらろくにないズボンには何も入っていなくて、悔し紛れに心の中で叫ぶ。


 《エーデルシュタインの花嫁》

 俺がつい最近クリアして、珍しくのめり込んだ乙女ゲーだ。

 アクション性が高いのが面白くて無駄にダンジョンに潜ったり、浮いた時間で色んなキャラとの交流をしたり。

 乙女ゲーって案外楽しいんだな、なんて思ったのは、このゲームが初めてだった。


 何より、俺がのめり込んだのには「エデ嫁」のNPCであるベネディクト公爵の存在がデカい。

 幼少期にヒロインを拾ってくれた義理の父・ベネディクト公爵は、こちらがもどかしくなってしまうくらいに健気な男だったのだ。

 もう一言追加で何か言え!!

 そこで行動を起こせ!!

 ヒロインの言葉に選択肢を追加してくれ!!

 ゲームをしながら、一体何度叫んだことか。

 残念ながら俺がどれだけ叫んでも、決まったルートの中でベネディクト公爵は死んでしまう。

 軽く検索してみても、彼は「生存ルートのない死亡確定キャラ」として惜しまれるばかりだった。


 俺がクリアしたのは、レイヴィスと呼ばれる平民男のルートだった。

 銀色の髪に褐色の肌と、「いやコイツ平民じゃないだろ」という風貌のレイヴィス。

 彼は全キャラの中で一番物理防御力が高かったので、タンク役として丁度いいだろうと思って選んだだけのキャラだった。

 しかしレイヴィスルートは別名「ベネ様ルート」と呼ばれる程にベネディクトとヒロインの交流が多いルートだったらしい。

 俺はそれを知らずに淡々とプレイし、まんまとベネディクトの死のシーンで涙した。


 まさか、ゲームに泣かされるとは思っていなかった。

 そう思うと悔しくて悔しくて、ベネディクト生存のフラグやルートを検索するまでそう時間はかからなかった。

 結果は、勿論惨敗。

 そういえば、俺が死ぬ瞬間の直前にも、スマホに届いたSNSの通知をチェックするために立ち止まった時だった気がする。

 俺と同じようにベネディクトに脳を灼かれたプレイヤーが、なんと13周もベネディクトを救うために模索し続けているというアカウント。

 そのアカウントを見るために、俺は立ち止まって──


「マジか……」


 ようやく見つけた水たまりの中の自分の顔に、呆然としてしまう。

 そっと頬に触れると、水面の中でも動く男の姿。

 それはまさに、俺が唯一攻略した「エデ嫁」の攻略対象の1人──レイヴィス・カストリエルだった。

プロローグ第二話です。

これから、エレナ視点とレイ視点で交互にシーンが挟まります。

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