-9- アイテム
歓迎会から1週間が過ぎ、俺は運動は正式に解禁された。
サヤに治療してもらって大丈夫だったが、これで表向きでも問題なく運動ができる。
部長の話では、今日アイテムが届くらしいが……正直心配だ。
あの後、一人でエアを触ってみたが……形は全く変わらなかった。
やっぱりあれはまぐれだ。だいたい、紙飛行機はエアで再現することはできない、不可能なんだ。
「ご飯できましたよ」
「ああ……」
着替えが終わったところでサヤが現れ朝ご飯を知らせた。
と、俺の返事を聞くと少し心配そうな表情を浮かべた。
「……どうしました?元気ないですね」
「ちょっと悩み事」
「エアが変化しなかったことですか?」
「まあな...その他も色々とあるけど。シールダーとしても自信がない」
「やってみないことには誰にも分からないですよ」
「そうだよな...」
エアマジックの才能なんて元の世界では確かめようがない。
現状では色々足を引っ張ってばかりだから、期待されている部分ぐらいは磨き上げたい気持ちはあるが。
「当分は練習あるのみです。あと体力作りですね。とりあえず私の言うとおりにすれば間違いないです。昔マネジャーでし――」
「ふーん、お前マネジャーだったんだ。それは生きてる頃か?」
「ノー……コメントです」
いきなり表情が暗く、固くなった。
こいつの絶対触れてはいけない部分にちょっと触れてしまった気がする。
まあ、俺だってあるし……話題を変えてあげやるか。
「なあ、気になったことがあるんだけど」
「何ですか?」
「この世界で二つのルートを踏んだらどうなる?」
「ゲス野郎ですね。それを二股って言うんですよ」
やっぱそうかよ……じゃあ菫ルートに触れなかったのは正解だな。
多分今の俺はゲームでは知らなかった菫の姿を見れる。
だが……俺はやっぱりマヤたんが……
「……」
「まだ顔が暗いですね」
「恋愛ってなんだろうな」
「はあ?知りませんよ。私歳=恋人いない歴ですから」
堂々としてるなこいつ、まあ俺もだけど……
「まあ、でもこれだけは言ってあげましょう。あなたはもう気づいてるんじゃあないですか?」
「はあ?なんだよそれ……」
「さあ、早く朝ご飯食べましょう。遅刻しますよ」
何だか大事なことを誤魔化された気がする。
これ以上聞いても教えてくれそうにないし……ああ、なんか変な気分だ。
※※※
いつも通り家を出て菫と一緒にクラスに入ると、朝練組が笑顔で手招きした。
「どうしたの?」
「菫さん!今日の放課後にアイテムが届くらしいですよ!!」
「へえ……」
「あ、あれ……?」
「え?」
何だろう、菫とマヤたんは時々大きくかみ合わない。
今みたいに温度差が激しいっていうか…………まあ、今は明らかにマヤたんのテンションが異常だが。
「す、菫さんは魔法とか使いたくないんですか?」
「あー……昔は魔法少女になりたかったかな?」
「それじゃあ!」
「でも、あれって仮想物質でしょう?やっぱり魔法は存在しない――」
「します!魔法は存在します!!」
マヤたんが表情を暗くし、机を叩いて立ち上がる。
先に止めておくべきだったかな……でも、これで菫も分かっただろう。
マヤたんの笑顔の下には隠している闇があるってことを。
「あ、そ、その……ご、ごめんなさい……」
「う、うんん、私もごめん……人の夢を勝手に否定したらダメだよね?」
マヤたんルートははっきり覚えている。ここでアドバイスをすれば確実に好感度を稼げる。
よし、春真が言うであろうセリフをちょっと曲げて………
「井波――」「失礼しますわ」
誰だよ!いいタイミングなのに!!
ドアから入ってきた違うクラスの生徒に全員の視線が集中する。
金色に輝くサイドテイル、身長157、壊滅的バストで特定の層から根強い人気のある3番目のヒロイン。
日本が誇るトップクラスの企業...青泉グループ会長の孫であるご令嬢は、どこかオーラが漂う。
青泉 和。
このタイミングで関わってくるのは少し厄介だったが、警戒していたヒロインでもある。
彼女は若干きつい目でクラスを見回し、敵でも探しているようなその目で映したいのはもちろん……
「あなたが古山 創ですの?」
「はい……」
そう、この令嬢は俺が回収してしまったフラグにくっついてくる人物だ。
本来なら春真が関わる予定だったヒロイン...ということは。
「それでは担当直入に申し上げますの。古山 創!この学校を辞めていただきますわ!」
「嫌だ」
「なっ!?」
即答すると少し慌てるお嬢様。
堂々と言ったならもうちょっと保っていてほしいものだ。
「ちょっ、ちょっと待て……どこの誰だが知らないが、いきなり創に学校やめろとか失礼だろう」
春真が俺の前に出てお嬢様を睨む。
主人公の評判はいいからこのまま追い返してくれたり?いけいけ春真!
「あなた、そこのド変態が何をしたか知らないですの?」
「え……」
「入学式初日にあろうことか女子生徒の胸を触り、そのまま押し倒して服を脱がせ、頬ずりして笑っていたのですわよ!」
おい、ちょっと待って……
「そして、周りの女子生徒たちにセクハラ発言をして……下半身を露出して笑いながら走り去ったのですのよ!」
「そんなことしたら今頃警察にいるわ!」
噂えげつないな!前よりひどくなってるじゃあないか!
と、思わずツッコミを入れてわけだが……すると、お嬢様は動いている虫でもみたような軽蔑した目を向ける。
「黙ってください!変態が移りますわ!」
「子供かよ!」
「よくもまあ、堂々としていられますわね!恥を知ってくださいまし!」
「はあ……それは誤解だって……なあはる――」
いつの間にか沈黙した春真を見ると、魂が抜けたようにフリーズしていた。
「俺の……せいで……俺の……俺の………」
ああ!もうこんな時にバグかよ!
「い、井波さ……」
最終兵器のマヤたんに視線を移そうとすると――
「あなた、なーにを勝手に言ってるのかな?」
ゾッ………背筋が凍りつくほどの冷たい視線を感じ、ゆっくり後ろを振り向く。
が、すぐにまたお嬢様の方に視線を戻す。菫さん、ここはあなたの里ですよ。桑原桑原。
「な、な、な……なんですの!」
膝がバカ笑いしているお嬢様は怯えながらも菫に立ち向かう。
だが、クラスの空気は完全に凍りつき、菫が放つ黒く冷たい何かに全員が身震いしていた。
やばい……ここで打切りにしないと色々ややこしくなる。
「青泉さん……俺から言うのもなんだけど、噂は真実じゃあない。確かに井波さんの胸を触ってしまったけど、あれは事故だ」
「あなたを信じられるわけないですの!」
「へえー………」
「ひぃ!」
菫はそろそろ威圧するのを辞めてほしい……こっちまで話し辛い。ってかだんだん俺も膝が笑い始めてる。
「確かに本人からの言葉は信用できないかもしれないが、ここは知性人らしく穏やかに済ませないか?」
「ふん、変態のあなたから知性という言葉が出るとは……でもいいでしょう。どう穏やかに済ませるおつもりですの?」
「ギャンブルはお好きですか?お嬢様」
俺はずっと前から用意していたトランプを取り出してお嬢様に見せた。
お嬢様対策でずっと持っていたトランプ、ようやく出番が来た。
「ギャンブル……わたくしが勝てば退学するのですか?」
「検討する」
「いいですわ、万が一ですけど……わたくしが負けた場合はどうするのですか?」
「二つばかりお願いを叶えてもらう」
「なっ!ひ、卑猥なことですの?!」
「はいはい、ご想像にお任せします」
面倒くさい……どうやらお嬢様は噂を完全に信用しているらしい。
この当時のお嬢様は色々と面倒だから……理解はするが、相手するには労力がいる。
「勝負は明日、場所は……任せる。競技はババ抜きだ」
「ふざけていらっしゃるの?!ババ抜きのどこがギャンブルですの!」
「立派な駆け引きじゃあないか、自信がないのか?」
「いいえ!わたくしは引きませんわ!いいですわ、その勝負受けました!」
簡単だな、挑発にも簡単に乗るし……本当扱いやすい。
「それではまた明日、最後の学園生活を楽しんでくださいまし!」
お嬢様は礼儀正しくお辞儀をすると自分のクラスへ戻って行った。
よし、これで一件落着。
「創...くん?」
痛い……肩が潰れそうな握力に急いで視線を菫の方に向ける。
「は、はい……」
「何が悪いか分かるよね?」
「は、はい……で、でも……す、菫……俺の言葉覚えてるか?」
「もちろん、検討す…る……え?」
「検討するとは言ったけど、退学するとは言ってないから」
あのお嬢様だったら平気で引っ掛かるだろうと思ったが、疑問にすら思っていない様子。
上手くいってなによりではあるが、何だか菫の反応が悪い。
「創くん……何だか卑怯だね……」
じゃあどうすればいいんですか?!
「まあ、色々言われ続けるのも嫌だし...話し合いの糸口になればと思って」
「そうね...あの感じだとちゃんと話聞いてくれそうにないし」
「そろそろ朝礼始まるし……座ろう」
「そうだね、うん。それじゃあ残りは後でね?」
あ、まだ刑期が終わってなかった。
とりあえず席に向かう途中、ボーっと突っ立っている春馬を見つけ席に座らせておいた。当分バグは解けそうにない。
※※※
お昼休み、屋上でいつものようにお昼ご飯食べるが……まあ、喉を通らない。
菫のお説教はきつかったし、春馬のめんどくさい状態異常のせいでマヤたんにあーんしてもらう始末……うらやましい、でも俺があれやられると気絶する。
好きだけど、アレルギーがあるって気分だな……悔しい……絶対免疫つけてやる。
「ねえ、創くん。少し聞きたいことがあるんだけど……」
「あ……うん……」
「朝礼前に来た人って誰?」
そう言えばあの『ですの!』お嬢様名乗ってなかったな。
「あの人は……青泉 和、ここの理事の孫だ」
「え……そうなの?」
「す、すごい人ですね……」
女子二人はかなり驚いている様子だが、春馬は聞いているのか聞いてないのかよく分からない。
早く治れよ……主人公だろう。
「何でその人がいきなり創くんにちょっかいかけてくるの?知り合い?」
「全然、絡んできたのは噂を聞いて、正義感からだと思うけど」
この頃のお嬢様は正義感だけ強い世間知らずのバカだ。
だから元々この境遇に合うはずだった春真にもこんな感じで絡んできている。
元のイベントでの勝負ネタはテニスだったが……俺にそんな体力はないので、相手がとてもとても下手な競技を選んだ。
しかもこの時にはまだ自覚がない、そしてこのネタは前倒ししても特に問題はない。二つ揃って絶好の打開策というわけだ。
「ふん……これも誰かさんが新聞部との交渉に失敗したせいかな?」
「ぐはっ!」
菫……以外どドSだな。死体に止めとか、かなりの私怨だぞ。
「でも、少し驚きました……まだ、噂残ってるんですね……」
マヤたんが少ししょんぼりしている。
責任を感じているのだろか?元も悪いのは俺なのに……
だからこそ、今回の勝負での願い事を二つにした。
あのお嬢様なら絶対実現できるはずである願い、自分のミスは自分で始末しないと……
「井波さん……気にしなくていいよ。お、俺……考えがあるから。ま、任せてくれ!」
精一杯勇気を振り絞ってマヤたんを安心させる。
まあ、安心できる要素などどこにもないが、女子二人はくすくすと笑いながら俺の頭を撫でた。何でだよ!
「ちょっ……何で……」
「もう、創くんは可愛いなー」
「クマさんみたいですぅ!」
意味わからん。一度も言われたことがない言葉に慌てるが、二人は長々と俺の頭を撫でて微笑んだ。
一体この二人の可愛いの基準ってなんだよ。
※※※
放課後、いつもの通り部室へ向かうと、そのドアの前に【第3体育館に着替えて集合!!】とメモが貼られていた。
「第3って……確か」
「エアマジックの競技ができる施設があるところですぅ!!」
大興奮のマヤたんはそういうと真っ先に体育館に突進。
「あっ待って井波!!」
その後を追って春真も第3体育館へ、早い……あれは追いつけないな。
「もう……あの二人後でお説教かな?廊下では走ったらダメなのに」
「そうだな……」
マヤたんがエアマジックに憧れる気分は分からなくもない。
実際のゲームでこういう細かい部分は省略されているが……現実だとこんな感じだろうか?
「私たちも行こう、創くんも楽しみ?」
「う、うん……早く行こう」
「そうだね、早歩きなら大丈夫かな?」
菫はイタズラぽく笑いながら俺の手を引いた。
新しいことは必ず菫に手を引かれることから始まる……だから……怖くもないし、緊張もしない。
第3体育館、先に到着していたマヤたんは部長が持っているアイテムを取ろうとジャンプしているが……なかなか届かない。
マヤたんの身長164と、そう低くはないが……部長は175以上あるので残念。
「お、来たか」
「ごめんな、先に走って」
部長はマヤたんを軽く無視して俺と菫にアイテムを渡した。
「ああ!私もください!!」
「はーあ、仕方ないな」
ようやくアイテムを手に入れたマヤたんは子供のように喜び、ひょんひょんと跳ねる。
そして、目を星のように輝かせると部長に質問する。
「これで魔法、使えますか?!」
「まだだな、今フィールドを展開するから」
部長が手慣れた感じでタブレットを操作すると、春馬と矛盾やった時の箱状のフィールドが出来上がった。
「よーし、これからアイテムの追加説明と前説明してなかった【カード】について説明する」
アイテムは全部で4つ、スティック、クロス、カード、コイン。
その模様が描かれたメダルを並べると、部長はニヤリと笑った。
「よし、春馬、クロスを使って防御してくれ」
「えっ、俺が練習台ですか?!」
「いくぞ――」
「ちょっ!」
春馬が構えるより先に部長の手から氷の剣が出てきて春馬に向かって突進する。
スピードはさほど早くないが、反応するにはもう遅い、が……
「えいっ!!」
くるりと一回転する春馬、すると周りには突風が巻き起こり、軽い竜巻が生成される。
なるほど……部長がスティックで春馬がクロス…攻撃と防御のよい手本だと思う。
「す、すごい……」
「おお!!」
菫とマヤたんは初めてみる本当のエアマジックに感動している様子。
いずれ自分たちはもっとすごい技を使うのに……それは俺だけが知る未来だ。
「まあ、こんな感じってことで」
「部長、質問いいですか?」
「いいぞ」
「さっき、すごく危なく見えたのですが……大丈夫ですか?」
「確かに、見た目は危なく見えるけど…仮想物質だから実際の質量はそこまでないんだ」
「??」
氷の剣も、春馬の竜巻もまとめてしまうなら幻に近い。
でも実際は柔らかい壁なので当たっても少し後ろに後退するぐらいで痛くも痒くもない。
どれだけ危険に見えても結局のところかすり傷一つつけることは出来ない。
ちなみにスティックとクロスは出力が強い方が貫通するが、だいたい相殺する。
貫通するほどの出力を持った人は……このメンバーでは一人しかいない。
「っと、いうわけで……次に前説明を残したカードを教えよう!」
「って、言ってもここでカードが使える人は一人もいないんだけどな」
春真が苦笑いすると、部長も肩を落とす。
仕方ない、カードはエア並みに扱いが難しい。
「カードはザックリ言うと広範囲に影響を出す万能に近いアイテムなんだ」
「アイテム別に効果が別れてるのに一つだけ万能...」
「何だかチートみたいです」
「と、思うだろう?でも実際使える人は1%にも満たない。エア以上に操作が難しいと言われてるんだぞ」
エアとカードが難しいと言われる理由、根本的には個人の想像力の限界だが、他のアイテムは物の名前を呼ぶ、思うだけであとは補正がついて楽に出すことができる。
が、エアとカードにはその補正が全くない。しかも集中が一度でも途切れると維持できない。
一般人でも変化できる。目に見えないほど短い時間なら。
だから、簡単なものしかできないっていうのに……俺は紙飛行機を作った?本当、ありえない。
「なんか色々難しいね」
「魔法……使えませんか?」
「大丈夫、ある程度訓練すると前みた映像のようにはできる。千里の道も一歩からだ!」
確かに、今は誰も下手くそだが……これから道を進むとトップ選手顔負けの実力になる。
俺も……そうなれると信じたい、でないとみんなと同じ道は歩けない。
「よーし!それじゃあその第一歩のコインを活性化してみようか!」
コイン、個人の個性で能力が決まるアイテム。
一つとして同じ物はないその能力……だからこそ当たり外れが激しい。
「わたし!わたしからしたいです!!」
もう待ったなし状態のマヤたんは目をキラキラさせながら手を上げる。
みな仕方ないと笑いながら部長はマヤたんにコインを渡す。
「どんな形でもいいから一回転させたら活性化する。あと、適正属性とかも出るから――」
「はーい!えいっ!!」
部長の言葉を待てずにマヤたんはコインを上に思いっきり投げる。
そうしたから思いっきり降りてきて壊れる可能性もあるのに……
「うわっ!掴めました……うん?」
何とかコインを掴んだマヤたんは疑問の声を上げる。
まあ、そうだろうな……だってマヤたんの能力は――
「迷子……?迷子になる能力ですか?」
「うん……?迷子?これはまた個性的なものが来たな…ちなみに属性は?」
「火です!」
演出上その人がイメージしやすいものが属性として付与される。
相性は全くなし、使用者の出力で壊わすか壊れるかなので火が水に勝つことだってある。
「よし、あとで試すとして……次は花島行ってみようか!」
「はーい」
菫はコインを受け取ると軽く投げる。
そして活性化したコインは……
「開花……と、土属性です」
「また個性的なものが来たな……開花……と土か、何かありそうだな。よし、最後の創を見て練習してみよう!」
部長はわくわくしながら俺にコインを渡す。
あ、そうですか……俺は一番期待してるから最後ってことね。
「行きます……」
コインを軽く弾いて打ち上げる。
こればっかりは神頼みしかないが、せめて使いやすいものが当たれば――
「おっと…………」
属性は火……能力は………
「ディスペル...ゲームだと敵に有利な魔法とかを打ち消すものですね」
「素直で分かりやすいコインだな。よし、一旦能力を把握しよう!実践あるのみだ!練習台には俺と春真がなろう!」
「えっ……まあ……いいか」
こうして一人ずつコインの試し打ち?と、アイテムの適正を調べることになった。
まず最初は菫。
「えっとこれがこれで……うんうん」
念入りにマニュアルを読みこんだ菫は一つ一つ確認し構える。
「菫はアタッカーだけど、手加減はいらないからな!二人ともシールダーだし、簡単には倒れないから!」
「はーい!」
距離を置いて始まった腕試し、これからあの二人には地獄を見るだろう。
「まずはエアを投げて見てくれ!」
「はい!」
菫は野球の投球フォームし、思いっきりエアを投げた。
女の子が投げるぐらい……だと油断している2名に周辺に強い風を巻き起こしながら凄まじい速度で菫の魔球が飛ぶ。
「えっ――ぐあっ!」
受け取ろうとした部長だか、手を構えた時にはエアは既に部長の腹に到達。
そして、見事のくの字に曲がり、エアの勢いが収まるまで後ろに投げ飛ばされ、気絶する。
「え……なんか普段より力が……」
部長の説明漏れだが、このフィールドに入ると装備のステータスが身体を強化する。
仕組みは不明だが、どうやらこの世界でも企業秘密となっているらしい。
それはそうと……実際みると凄まじいな……装備なかったら即死ですよ……
「す、菫の装備オールバランスステータスだよな……何で……」
「昔弟に付き合って野球の練習してたからかな...?」
菫の握力と肩の力は脅威……男子の選手でも中々出せない数字を叩き出すその力から放たれる球はまさに神速……恐ろしい、設定が現実になると怖すぎる。
部長がオーバーキルされたので代わりに俺が立つ。
正直怖くて足が震えるが、これからやるのはアイテムの使用だし、大丈夫だろう……大丈夫であってほしい。
「よし、それじゃあスティックから使ってみよう」
「はーい」
菫は静かに目を閉じる。
そして、何か呟いたと同時に菫の周り地面から木の枝が生えてきた。
「土属性ってこういうことか……」
少し感心している春馬はいとも簡単に枝を跳ね返す。
木が生えて邪魔なだけで特に問題はない...と思っているだろう。
「うん?」
ボーっと眺めていると、何だか花のいい香りが漂う。
『ピピ』
装備から警告音のような音が鳴る。
すると、春真は胸あたりに手を置く。
「げっ……ステータスが下がってる……ってことはあれか」
春馬がしたとおり俺も胸に手を当ててステータスを確認する。
確かにいくらか減少している……その原因は……
「うわ……すごい」
マヤたんの驚きが納得できるほど、気づけば菫の周りは光り輝くお花畑となっていた。
開花、その能力は一定範囲内に自分の領域を作り、その領域の中での味方のステータスアップ、そして敵は香りを嗅ぐとステータスがどんどん下がる。
とんでもない能力だと思うが……
「あれ?あんまり動けない……」
能力使用中は2~3歩ほどしか動けない。
アタッカーにせよ、シールダーにせよ、上手く使わないとボツも同然。
エアマジックに置いて動けないっていうのはかなりのペナルティーとなる。
俊敏に動き回る選手が多いアタッカーで、固定砲台となれば遠距からゴールを狙うしかない。
だが、相当出力がないとシールダー専用の保護壁は破れないが…………菫の魔球ならなんとか行けそうな気もする……後で春馬を立たせて試してみよう。データも取れるし。
「よし、菫はこれぐらいでいいか……じゃあ次は…」
「はい!はい!はい!!」
俺のも試してみたいが、マヤたんの我慢はもう限界らしい。
春真は少しこちらを見つめるので俺が頷くと……
「よし、じゃあ次はマヤだな」
「やった!!」
マヤたんは素早く配置に立つと、菫からエアを受け取る。
「行きますよ!」
まあ、マヤたんは菫みたいな魔球は投げられないから特に構える必要はない。
気をつけるとすれば……
「うん?どうした、頭なんて抱えて」
「いや、なんか不安で」
頭をがっちりガードしたその時、マヤたんは前にこけてエアが後ろ側に跳ねた。
「いたた……」
「大丈夫――え…?」
春真が駆け寄ろうとしたその時、エアが黒いなにかに包まれ消えた。
そして……弱い光を放ちながら春馬の目の前に現れた。
「うごっ?!」
エアを顔面キャッチした春馬はその場に倒れ込む。
よかった……ランダム出現なのに、運が味方した。
「あれ……?何であっちに行ってるんですか?」
「これが迷子の正体かも……投げたエアがランダムにワープする、それが井波さんの能力だと思う」
「なるほど!カッコイイです!!」
相当くせの強い能力だから上手く使いこなせないとまっすぐボールを投げることも出来ない。
マヤたんはただ能力が使えて嬉しいのだろう。当分はヘルメット被るか……
「迷子と書いてアリスだな!カッコイイ!」
「おお部長!いいですそれ!!」
迷子か、まあ……ゲーム通りだな。
「創の能力は使ってみたのか?」
「まだです」
「おお、それじゃあ俺が練習台になろう!」
あの魔球を腹でキャッチしてよくもまた練習台になれるものだ……まあ、ディスペルってことだし、攻撃的なイメージはあまりない。
デバフ系列かもしれないがバフ系統の可能性もある。それなら味方が居た方が分かるかもしれない。
「菫、一緒に立ってくれないか?」
「いいよ」
「それじゃあ部長と春馬は練習台お願いします」
「またか……」「おう!!」
部長……もしかしてMなのか? そう思いつつ、菫と一緒にフィールドに立つ。
使用方法ってどうだろう?だいたい口にしたりすると発現するけど……なんか恥ずかしい……
「ディスペル!」
【ピピッ】
能力仕様と同時に部長と菫にステータスの変化があった。
お互いに確認すると――
「コインの効果が打ち消されて能力値が下がってるな」
「私は上がってるのかな?」
部長のコインの効果は止まっている間体力回復...パッシブ系統だ。
その効果を打ち消してデバフを入れて...成功したから味方にバフが入っているのか?
「能力値低下の持続は長くないな、でもアイテムが全然使えない...かなり強力だそ」
「私の上昇効果も部長の能力値低下が終わったぐらいに終わってるよ」
メインに能力はアイテムの使用を封じる。
使用を封じることが出来たら敵にはデバフ、味方にはバフをいれる感じか。
「使い勝手はどうだ?」
「部長が動いてなかったからすんなり入りましたが、動いていたら分からないですね」
コインを使用した瞬間、視界に対象を指定するUIが表示された。
最大1名...動きまわる相手を正確に決め打ちするにはかなり精度が要求される。
「上手く扱うことが出来ればいい能力だ。練習にやりがいが出来たな!」
迷子、開花...ヒロインならではの癖が強い能力とは一変、シンプルで使い勝手がいい能力で安心した。
当分は狙いを正確にする練習だな...
※※※
放課後の部活が終わり、帰宅している途中……道中で猫とじゃれているサヤを発見した。
「……」
「ニャァさん、何してるんですか?お腹空きませんか?」
猫に敬語かよ……って、意外と女子らしいところもあるんだな。
「「……あ」」
お互い偶然目が合い、サヤは頬を少し赤くする。
まあ、何も言わないでおこう。イジるとどんな仕返しを受けるか分からん。
「お帰りなさい……」
「ただいま……どうしたんだ。家の外に居て」
「はい?ずっとあなたのそばにいて少し先に帰ってただけですよ?」
「何処に居たんだよ!」
「見えなくしてるって言ってるじゃあないですか、私はあなたのそばから勝手に離れられないんです」
「そうかよ」
仕事とはいえ不憫だな...そりゃあ猫にも癒されたくなるか。
「今日もお疲れ様です。どうでしたか?」
「えっと………まあ、楽しかったし……あと、中々有意義な一日を過ごせたと思う」
「ですよね。あなたの人生の中で一番と言っても過言ではないはずです」
「……」
できれば否定したいが、できないのが悔しい。
俺の人生本当ろくでもなかったし、有意義だと思ったことがほとんどない。
「どうですか、マヤさんの攻略状況は」
「次に関わる青泉をどうにかしないと先には進めない...序盤も序盤だからな」
事が動くゴールデンウイーク前までに準備は整えておきたい。
他校との親善試合...そこで色々とイベントが発生する以上、イベントを発生させれる実力をつける必要がある。
「菫さんはどうするつもりですか」
「...マヤたんの攻略をするって決めてる。友達ENDになるようにするだけだな」
「そうですか」
何故か少し不満げなサヤは家の扉を開ける。
「今夜はカレーです」
猫と戯れてご機嫌かと思いきや、突然ガッカリしたように気力が抜けている。
面倒くさい...と普段なら思っているはずの行動に何故か不安を感じてしまった。