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エアマジック・エンジェルズ  作者: 雨ヶ崎 創太郎
8/9

-8- 歓迎会

「いたたっ……」


最近サヤに頼んで身体づくりをしているが、あいつにとって肉体的な外傷は考慮するものではないらしく。

 毎回三途の川って見えるんだな……今こうして生きているのはお決まりのサヤの不思議な力のおかげ。

 筋肉痛が激しいが……まあ、耐えられないほどではない。


「おはよう、創くん」

「お、おは……よう」


肩を回していたところ、後ろからちょんちょんと突かれ振り向く。

 いつもの優しい笑みを浮かべている菫がいる……これだけでもう一日は軽く乗り越えられる。

 本当、色々お世話になってるけど……今のところ何一つ返せてない。

 ここ数日で今後のイベントについて考えてはいるが、菫が主人公に対してここまで手厚いサポートすることがないため先が読めない。

 菫はヒロインの中で『お母さん』と呼ばれるぐらい抱擁力が桁違いに高い。

 だが、だがだ。確実にここまで優しさはなかった。

 これは菫の本心なのか…?主人公にもここまでしないのに何で俺に……そこのところが引っかかる。


「どうしたの?寝不足?夜遅くまでなーにしてたのかなー?」

「な、何もしてない……って」

「うんうん、男の子だもんね」


いや、違う、菫が今思っていることと全然違うから!


「早く行こう。遅刻しちゃうよ」


いつも通り菫が俺の手を掴み前に立つ。

 温かい体温が手から全身に伝わり笑みがこぼれる――――と同時に。


「うひぃ!」


疼いていた筋肉が悲鳴をあげるように激痛が走る。

 なんか変な声出たな!でもそれぐらい痛い!!


「ど、どうしたの?!」

「い、いや……ちょっと筋肉痛で……」

「そ、そうなんだ、ごめん――――え?筋肉痛……?」


何だか菫の目が鋭くなり口元がニヤリと横に伸びる。


「あれあれー?運動は禁止だったよね?まさか……」

「ちょっと重いもの持っただけ!少し確認したいことがあって倉庫あさってた!」


怖い……一瞬鬼かと思った。

 間違いなくこの世界で一番怒らせてはいけない人だ。


「ふーん、無理したらダメだよ。もう……」

「ご、ごめん……でも大丈夫だから」


何とか誤魔化しつつも学校へと急ぐ俺たち。

 変わらない日常ではあるが、幸せな日々がはじまる。


※※※


学校に到着すると朝練組の春真とマヤたんが手を振って歓迎した。

 ちょうどいい、このメンバーがそろっている間に言ってしまおう。


「「おはよう」」

「おう」「おはようですぅ!」


軽く挨拶を済ませ、俺は春真とマヤたんの間に立つ。


「今日、放課後時間ある?」

「なくはないが……どうした?」

「実は……エアの装備を買いに行くんだが……みんなで行きたい」

「「おお!」」


装備を買うと聞くなり春真とマヤたんの目の色が変わる。

 本格的にエアマジックを始めるというサインでもあるし、二人にとってはようやく仲間が増える実感が湧くのだろう。


「やっぱり【And・Heir】だよな?!創に合うのもあるはずだ」

「デザインも大事ですよ!カッコイイの買いましょう!」


ブランドとか知らないし、これも追加設定か……

 って、マヤたん……もしかして今のエアの装備って性能とか見てなかったのか?


「菫さんもご購入ですか?!」

「あ……私は保留中かな?装備って結構高いし。でも今日行って色々みたいな」


確かに、エアの装備は明らか高価、花島家の家計から捻出するのは結構難しいと思う。

 でも……菫の装備って……


「それなら花島のも今日準備しに行こう」


突然生えてきたように現れた部長に俺以外が驚いていると、部長は自信満々で言葉を続けた。


「中古のエアを探してたら合うのがあるなら無料でくれるそうなんだ」

「え……本当ですか?」

「ああ、新しい選手(マジシャン)への投資らしい。大丈夫、その人は他の人にも似たようなことしてるから」


ゲーム内でも同じ展開、菫の装備は中古品……とりあえず手に入ることにはなっている。


「よし、今日の部活は装備品の購入にしよう!色々買う物もあるし、それでいいか?」

「「「「はい!」」」」


装備購入費用はサヤから渡されているが、特注になると金額が跳ね上がるし...少し心配だ。


※※※


お昼休み、今日はコンビニによらなかったので売店に向かおうとすると……マヤたんと菫が俺の前を塞いでニッコリ笑う。


「え……え?」


首を傾げるより早く両腕が二人にがっしりと捕まれ後ろから春真が俺を押す。


「な、何?!何!!」


怖い!なんか怖い!!

 意味も分からないまま連行された先はいつもお昼を食べている屋上だった。


「え……?」


屋上の真ん中には大きめのシートがひかれ、俺は誘導されるまま真ん中付近に座る。


「な、何……」

「ふふふ、何でそんなに怖がってるの?」


いや、わけも分からないまま三人囲まれて連行されればビビリますよ。


「これから楽しいお弁当たいむです!」

「昨日菫から連絡受けてな、『みんな仲直りしたんだからこれから仲良しになろう』ってな。もう部活の仲間なんだし、こうしてお昼に集まって食べるのって当たり前だろう?」


俺はゆっくり菫を見つめると、菫はイタズラが成功したように笑いながら俺の頬に手を触れた。


「今まで創くんの周りは酷い人しかいなかったけど、これからは違う。それを教えてあげたかったの」

「俺はお前のこと何にも知らないけど、まあ……これからゆっくり教えてくれ、何か力になれるかもしれないし」

「わたしも力になります!男の人は胸を触ると元気が出るって聞きましたから!いつでもどうぞ!」


なんかマヤたんが未だに誤解しているが、今は……そんなのどうでもいい。


「さて、食べる前に連絡先交換しよう。私が一番かな?」

「そんじゃあ俺は二番だな」

「あ、ずるいですぅ!」


震える手でスマホを取り出してゆっくり、みんなの連絡先を入れる。

 菫、春真、マヤたん……順に入れて行く間、液晶画面にぽつぽつと温かい雨が降り注いだ。


まだ涙の余韻が残る中、菫とマヤたんがそれぞれ3段重ねの大きな弁当箱を開いた。

 色とりどりのおかずと炊き込みご飯……二人とも胃袋つかめるほどの実力はあるよな……うん?でもマヤたんは………


「創さん!どうぞ!自信作です!」


と、マヤたんは俺に明らかに緑あふれる卵焼きを差し出した。

 純粋にマヤたんからのあーんは嬉しい、飛び上がるぐらいだ。

 でも……何だ、この緑色の卵焼きは……


「な、何でみど――ふむ!」

「グリーンピースです!」


答えとともに卵焼きが口に入る。グリーンピース……………?!


「うあああああっ?!」


鼻が焼けるような感覚……これワサビだろう!!しかも量がえげつない!!


「あ!あ!ああ!!」


思わず飛び上がり地面を転がり回る。痛い!鼻がありえないぐらい痛い!!

 そうだった……この頃マヤたんの料理にミスが非常に多い、しかもこれ主人公のイベントだし!!何で俺なんだよ!!


「ご、ごめんなさい!」

「み、水!清崎くん早く!」

「確かここに………あった!」


水をもらって一瞬で飲み込む。

 とりあえず収まったが、量が量だったのでさすがにまだピリピリする。

 だけど……


「はは、ははは、はははは!」

「創くん?!だ、大丈夫?!」

「わ、ワサビが頭に入っちゃったんですか?!」

「ほ、保健室行くか?」


楽しい……嫌がらせで何度かこんなことされたけど……でも今回は嫌じゃあない。だって……みんな俺のことを心配してくれる。

 ワサビで辛いだけなのに……こんなに心配した表情を浮かべてくれる。

 どんなことをしても振り向いてくれなかった周りだったのに……今は違う、みんな俺のことを見てくれる。


「ご飯食べよう。俺、大丈夫だから」


久しぶりに満面の笑みを浮かべられる。

 ここなら変われる……ダメダメだった俺から、いつかみんなの手を掴んであげられる存在に。

 もらった以上のものを返したい、もちろんマヤたんは譲れないが……でも、それ以外なら……全部譲ってあげたい。


※※※


マヤたんの料理は卵焼き以外は当たりだったので、満足にご飯を食べた。

 ここ数年の間で一番食べたと思ったが……俺が箸を下すと菫とマヤたんの顔が曇る。


「口に合わなかった?」

「ま、また外れありました?!」

「い、いや……お腹いっぱいで……」

「「「?!」」」


そんなに驚くか?それほど俺が食べる量って本当少ないんだな。


「めまいとかしない?」

「たまに……持病だし」

「本当にお腹空かないんですか?!」

「あ……う、うん」

「だからそんなに体が細いのか……」


確かにここに来て平均体重にはなったものの、そこから5㎏減った。

 どうも馴染めない部分もあり拒食気味...サヤからは特に心配ないとは言われているが、他の人からみると心配になるのか。


「これから運動すれば食べる量も自然に増えるだろう。無理して食うと辛いからな」

「ああ……」


そうだといいが……心の問題が大きいから前進するのは難しい。

 ってか、ここに来てから薬に頼っていないから改善は出来ている?

 やっぱり心の持ち方が変わったから色々軽減したのだろうか?

 敵がいないってだけで楽ではある……さらに味方がいることで落ち着いていられるってことか。


「あ……そうだ。春真、聞きたいことがある」

「ああ、何でもいいぞ」

「エアについては自信あるんだが……エアの装備はあまり詳しくないんだ。その……お勧めのブランドとかあるか?」

「断然【And・Heir】かな。国内ブランドだし」

「国内ブランドにこだわる理由は?」

「エアの装備っていうのは生態情報を計測し続けているんだ。心拍、呼吸、汗、疲労度とか数えるのも大変なほど色々なものを計っている。でも人それぞれ全く違うわけだし、生活習慣が異なる外国となればどうしても大きくズレが生じる。だから自分の国のブランドの装備を買った方が単純に当たりが多いってことだ」


かなり精密機械って設定になっているのか、また爆発するのはごめんだし、ブランドはそこにしておくか。


「それに……まあ、外国のブランドの一部は結構違反ギリギリいってるからな、装備のせいで出場禁止とかいやだろう?」

「違反……?」

「ああ、大会によって装備のスペックって最大ラインが決まってるんだ。平均基準ギリギリいってると出場できない大会が出てくるから」


大会...ボールであるエアの出力制限は聞いたことがあるが、装備にも詳細なステータスが追加されているからの設定。

 とりあえず大会経験者である春真のアドレスに従っていれば大会に出れないってことはないか。


「ありがとう……」

「いやいや、これぐらい朝飯前だ」


情報も得たし、当分は手探り状態ではあるが次のイベントまでゆっくり力をつけよう。

 ある程度作戦は立てているから、それまではみんなと一緒に少しずつエアマジックを覚え楽しもう。


※※※


期待で膨らむ胸を抑えながら俺はカバンを手にした。

 ごちゃごちゃとものが入って重いはずのカバンが軽く感じる。足がふわりと軽く次の地面へ踏み出す。

 こんなに楽に歩いたのはいつぶりだろう……


「よし、行こうか!」

「れっごーです!」


俺以上に期待している朝練組、若干の温度差を感じる。


「それじゃあ二人には先頭してもらおうかなー私たちはゆっくり歩こう」


菫が俺の手を掴んでニッコリ微笑む。

 傍からみると恋人にでも見えるんだろうか...でもこのグループの中では菫は俺の保護者的な立ち位置だ。


「いや、先頭は俺に任せてもらおう!」


なんかの戦隊物の登場シーンに見える恥ずかしいポーズを完璧にきめながら現れた部長。

 それにマヤたんが目を輝かせながら同じポーズをとろうとする。

 忘れてたな……あの二人の精神レベルは僅差だ。


「よし、それじゃあエアマジック部、特別部活動開始だ!」


こうして装備を買いに行くプチ旅が始まった。

 俺にとってこの街はマップでしか見た事がない、だからマップでは背景でしかなかった細かな店は全く知らない。

 だからこうして実際歩くととてもうきうきする。こんな店があったんだ……と思うと、やはりここが現実だと実感する。


「創くんはこの辺知ってる?」

「ちょっと……だけど」

「そうなんだ。それじゃあ後でみんなで探索するのもいいね」

「あ!したいです!わたし昔はこの街にいましたが、小学生の時に引っ越してしまって……」

「初耳だな……おっと、それじゃあおっかー!だな!」

「たっだー!です部長!」


さらっと重要情報を話すマヤたんだが、部長がタイミングよく誤魔化してくれた。

 まあイベント会話でも同じパターンだった...だから――


「……」

「どうした春真?」

「あ、何でもないです。部長」


幼馴染がマヤたんかもしれないと思っているな。

 でもそれはまだ早い、自覚するとフラグと俺の計画に多大な影響が出る…ここで話題を変えよう。


「ところで、この辺ってやけに賑やかだな……」

「あ、ああ。この周りは観光客が多く訪れるんだ。名物はあれだ」


と、春真が指さす先には巨大なタワーがあった。

 青泉タワー、その高さ、1231m……高さの由来は青泉グループの会長の孫の誕生日の日にち。

 しかも孫の誕生日に合わせようと1か月前に人員を100倍に増やして完成されたあのタワーは会長の孫バカの象徴である。

 そのせいか……孫バカ、親バカたちの聖地とされている。


「おお!高いです!!」

「ライトアップもド派手だから観光客があとを絶たないんだ。まあ、おかげで街は賑わってるよ」


観光地として有名なら買い物で色々儲かっている店は多いだろう。

 人通りも多くなってきてしまって、慣れない場所ということもあり少し気分が悪くなる。


「創くん……?」

「....」


異変にいち早く気づいた菫はニッコリ笑うと俺を人通りの少ない道に誘導した。

 路地をくねくねと何回も曲がると……誰もいない静かな公園にたどり着いた。


「ゆっくり深呼吸して、すうって思いっきり吸ってゆっくり吐くの」

「すうっ」


菫の指示どおり数秒間呼吸すると大分楽になってきた。

 すごいな……こんなときの対処法まで知ってるなんて。


「大丈夫?」

「ごめん...ありがとう……」

「よかった。昔弟が初試合の時にすごく緊張して……創くんみたいに過呼吸になったの。だからその辛さは半分ぐらい分かるかな?」


そうか……そうだったな。

 菫の優しさは全部弟や妹たちに囲まれる生活の中で鍛えられたもの。

 俺に対しての菫の認識は【目を離せない弟】だろう……家でも大変なはずなのに……すごく申し訳ない。


「さて、ちょっと休んでから行こう?連絡は入れとくから」

「え、でも……」

「私疲れちゃったの、久しぶりに繁華街にきたから。うーん、ちょっと体が重いな」


絶対嘘だ……でも、菫はベンチに座ると空席の隣をポンポンと叩く。


「し、失礼します……」


ゆっくりその隣に座り誰もいない公園を眺める。


「この公園、今年度で取り壊しなんだって」

「そ、そうなんだ」

「うん、昔この辺住んでたから……よく通ってたのに……寂しいな」

「引っ越したの……?」

「再開発地域だったし、ちょうど私も中学校に入る頃だったから。広い家に引っ越せて文句はないよ」


文句はない……それにしては菫が公園を見つめる視線には執着を感じた。

 ここで、何か大事な思い出があったのだろうか?それは……多分フラグに大きく影響する。

 大切なキーワード...それを獲得すると菫ルートに大きく足を踏み入れることになる。

 ここは現実、別に一つのルートを選択したからって他のルートが閉ざされるわけじゃあない。

 だが……現実だからこそ一つに絞るべきだ。

 もし……二つのルートが絡み合って予想外の事態が発生したら……俺は対処できないし、最悪人間関係が崩壊する。

 マヤたんを攻略すると決めている俺は、うかつに他のルートに手が出せない……でも、菫の話は聞いてあげたい。

 俺の話を真剣に聞いてくれて、涙まで流してくれた。そんな菫の話を聞かないなんて……人間としてどうかって思ってしまう。


「すみ――」

「あ、いました!」


声をかけようとした瞬間、マヤたんが手を振りながら駆け寄って来た。


「大丈夫ですか?!」

「うん。大丈夫だよ」

「あ……うん」


マヤたん……タイミング悪すぎ、でも……これでよかったのかもしれない。

 菫には悪いけど、俺がこの世界にきた目的はマヤたん攻略、その目標を曲げるわけにはいかない。

 これでいいんだ……これで……


「行きましょう、みんな待ってますよ」

「うん、そろそろ行こうかな?」

「うん……」


心が疼く。菫を直視することができないが、菫は優しく手を握ってくれた。

 握っていていいのだろうか?俺は、この手に包まれる資格があるのだろうか?

 そう自問する中でも、菫は俺をみんなの元へ連れていってくれた。


※※※


エアマジック装備を専門に扱うスポーツ店【天空】。

 ポピュラーなものからマニアックなものまでそろっている店舗で、物語を進める中でも重要なイベントがここで起こったりする。

 まさに、今俺はこの店舗初入店というビックイベントが発生して……


「ようこそ!お得意様候補307号様と308号様!」

「わ、わりゃくしたち天空はお客様の要望にそってどんな商品でも取り扱いましゅ!」


露骨に商売魂を燃やしてくる茶髪の若い店長と、その奥さんであるかみかみロリ副店長が両手を広げ入店を歓迎した。

 と、副店長はパフォーマンスを終えるとものすごいスピードで奥へと逃げていった。


「店長こんちは」

「こんにちは店長」

「店長さんこんにちはです!」

「おう、部長君とお得意様1号と2号さんじゃあないか」


朝練組が1号2号なのかよ。候補は三桁いるのに……


「えっと、今日は――」

「知ってるよ。そこのお得意様候補307様が新しくエアマジックを始めたから装備を買いにきたんでしょう?」


何で分かるんだよ!


「目がそういう感じだったからね。ふんふん」


心読むなよ!怖いな!


「よ、要件が分かっているなら早速ですがお勧めを……」


さすがの部長も引き気味で注文する。と、店長はしばらく停止すると……


「予算はいかがでしょうか?」

「えっと……」


サヤから封筒を預かっていたけど、一度も開いたことがない。

 封筒を取り出してゆっくり中身を取り出す。


「え」


カードが一枚...金属製で家でも買えそうなレベルのものだと誰が見ても分かる。


「なっ!」

「え……」

「は、ははは……」

「……」

「何ですか?」


状況が分かっていないマヤたんだけがカードをまじまじと見つめる。

 確認してなった自分も悪かったが、サヤはこういう部分適当だということを忘れていた。


「お客様、喉は乾きませんか?」

「いや、いいです……」


この店長……まともな人だけど、金には目がなかった。

 ああ、厄介な事になった……もらった時に確認しとけばよかった!


「た、創は結構お金持ちなんだな……」

「ま、まあ……親が結構な役職だから……」

「そうか……すまん」

「いや、大丈夫……とりあえずこれは返すとして……」


封筒を大事にしまい、ポケットに手を入れると財布が入っていた。

 中身を確認すると、きちんと普通のカードが入っている。


「とりあえず予算は余裕があります……あの、俺は……」

「あ、そこは知ってるよ。心拍数とか早くて情報量が多いんでしょう?そうだね……余裕があるならあれかな?」


だから何で知ってるんだよ!

 俺が朝練組と部長を見つめると3人は首を振る。

 一体何者なんだこの人……ゲームの中と全然変わらない……


「それじゃあ307号様はこっちへ、308号様は中古品が欲しい人だよね?」

「は、はい……」

「僕は中古品の在庫はよく分からないんですよ。だから彼女について行ってほしいです」


と、店長が指さす先には壁に半分ほど隠れてもじもじとこちらを見ている副店長の姿が見えた。

 ピンク色髪の完全ロリっ子だが、成人してるし、しかも店長との間に子供までいる。

 ゲームではヒロインよりあの人が好きっていうやつも多かったな……まあ、可愛いし、そう思うのも仕方ないかもしれない。


「こ、こっちらです。お客様……」

「菫さん!一緒に行ってもいいですか?」

「うん、いいよ。それじゃあ行ってくるね」

「う、うん……」


菫は心配そうに俺の手を離して副店長の元へ向かった。


「よし、俺たちも行くぞ!」


俺より楽しそうな部長と春真...まあ、こういう装備を見るのが好きなのか。


「こちらでございます。お客様ー」


店長はガラスのケースに入っている、見るからに高そうな装備を勧めてきた。

 おいおい、露骨過ぎるだろう。


「おお……これは……」

「中々いいな」


何故か春真と部長の反応がちょうどいいチョイスをしたと言わんばかり……

 装備って思っていたより結構高いものなのか……?


「And・Heirの人気作、狂戦士の羽衣EX-5。フルセット税別42万8千円です」

「なっ?!」


高いとは思っていたが、かなり高価...でも部長と春真が驚いていないところをみると、意外と平均価格なのか?


「は、春真……お前の装備っていくらだ?」

「改造も少し入ってくるけど……元は10万ちょっとだ」


普通に高いじゃあないか!約4倍だぞ!!


「お客様は確か脈拍が速い方ですよね?」

「は、はい……」

「このシリーズは生体情報が一度に大量に流れてしまうような特徴を持った人向けの商品で、これはその最終版、お値段はそこそこしますが……揃えてしまえば二度と変えることはないでしょう」


理にかなっているってことか。


「しかも、狂戦士と名かつくだけあって、ものすごく固く強いです。はい、もうそりゃあステータスが見事に全部筋力向きに行ってます」


そういえばゲーム内で名前は出なかったけど、そんなスペックの一番無駄な装備があった気がする……まさか自分が買うはめになるとは……


「春真……ちなみにステータスが全部筋力向きだとどうなる?」

「めちゃくちゃバランス悪いな。筋力は基本自分で賄うものだ……装備は補助的な感じで少し付くぐらいはいいが……全部だと……うん、ガチバーサーカーだな。ちょっと相手に触れるだけで相手が吹き飛ぶぞ。それだと反則負けする」


だろうな!

 俺は不満たっぷりの表情で店長を睨むと店長は「あはは」と笑いながら口を開く。


「ですが!これは最終版、そこんところも保安されてます!あなたに合わせてステータスを振り分けできますよ!しかも筋力は基本ボーナスがあるので振り分けないでいいですし、全部他のステータスに回せますよ!」

「改良されているから安心していいってわけか...」


つまり、本来補助用に振り分けるはずの筋力ステータスがいらなくなる。

 おそらく基本ボーナスでも高すぎる筋力があるのだろう。

 俺には合うかもしれないが……狂戦士って……なんか感じが悪い。


「うん………春真はどう思う?」

「いいと思う。値段はさすがに引くぐらいだが、まあ……店長のいうとおり買い替える必要がなくなるだろうな」

「今ならポイントが2倍ですから他の装備も十分買えますよ!」


他の……装備……?

 そうだ。これを買うとポイントで菫の装備を買ってあげられるかもしれない。

 何もできてないんだ…これくらい恩返しがしたい。

 他の……と言うとまたとんでもない値段の装備が出てくるかもしれない。ここらで腹をくくろう。


「買います。カードでもいいですよね?」

「もちろん!他の装備を見ますか?!」

「はい、女子用を」

「「「え……」」」


いきなり三人がドン引きする。おい……おい。


「菫のですからね!」

「「ああ」」

「それじゃあ副店長には二人を足止めするように言っときます!よいサプライズですね!」


喜んでくればいいのだが……なんか怒られそうで心配だ。

 しばらくして菫とマヤたんの二人と合流した。


「残念でしたねー」

「まあ、誰かが使ってた物だからね」


中古品は手に入らなかったことにしている。

 本当は合うのがあるのだが、ここは店長と副店長が口裏を合わせてくれた。


「す、菫……」

「あ、装備はちゃんと買えた?」

「う、うん……今調整中……」

「そうなんだ」

「菫は……?」

「うーん、サイズがね」

「そ、そうなんだ……」


恥ずかしくて話が切り出らない。

 だけど……きちんと言わないといけない。

 ちゃんと、俺からアクションしないといけない。


「す、菫!」

「お、う、うん」


思わず大きい声が出てしまったが、このまま勢いで渡す!


「こ、これ!!」


俺が横にはけると、店長と副店長が装備を持ってきた。


「こちら、And・Heirの妖精の羽シリーズ、フェアリーナイトAA-8でございます!」

「しょ、初心者向けでバランスタイプとなっております!女性に大人気のシリーズで、特にフェアリーナイトはカワイイとカッコイイを融合させたデザインとなっておりましゅ!」

「「こちらの商品、あちらの紳士の方からのプレゼントとなります!」」


いちいちゲーム内と同じダサいポーズを決めながら紹介されるのが恥ずかしくてたまらない。

 店長と副店長は菫が口を開くより先に装備を押しつける。


「え……これ、高いんじゃあ……」

「お客様、友情は金では買えないんですよ!」

「お、お客様、紳士の心はお金など気にしないのですよ!」

「まあ……俺の装備を買ったポイントで買ったんだ……他に買うものもないし」


店長と副店長が俺を担ぎ上げるが、恥ずかしいので真実を述べる。


「俺が一緒にやりたいって言ったんだ。だから……これぐらいさせて」


顔が真っ赤になったので少し横を向いて言うと、菫は満面の笑み浮かべ、装備をギュッと抱きしめる。


「ありがとう……創くん。大事にするよ」


その笑顔がみれれば……もうお返しなんていらない。

 よかった……喜んでくれた。


※※※


会計を終えて装備は家に配達してもらう手配をした。

 その後店長から長々と営業をされたため、少しばかり店を出るのが遅くなってしまった。


「みんなは?」

「外で待ってるよ。これから歓迎会に行くって」

「歓迎会……?」

「うん、清崎くんと、マヤさんと私と創くんの歓迎会」

「ああ……」


少し時期はズレたが、菫の装備が揃った時点で歓迎会イベントが発生する。

 意図してないが、結構上手い感じで元のイベントに合わせることができた。


「創くん?」

「あ、えっ……?」

「まだ調子悪い?」

「う、うんん……だ、大丈夫……」


繫華街に出て多くの人を見て疲れはかなりあるが、問題はない。

 みんなといるおかげで楽しい時間を過ごせた。


「熱あるのかな?おでこ失礼するよ」


と、考えている間、菫は俺の前髪を後ろに流し、自分のおでこを当てた。


「ちょっ!」


思わず後ろに体重移動するとそのまま床に頭が激突する。

 でも痛くない……恥ずかしいよりこっちの方がましだ!


「ああっ?!大丈夫創くん?!」

「う、うん……」

「ごめんね...つい弟にするみたいにして...」

「うん……………」


女子に免疫がないのは分かってはいる……けど、全く改善しない。

 今まで女子とろくに話したことないし……むしろ敵だったし。

 大体俺は他人の前に立つと冷や汗をかいたり、緊張で頭が真っ白になり、体が震える。

 若干人間恐怖症も入ってるので改善は難しいが、諦めようとは思わない。

 だって、これからはみんなと一緒に過ごすんだ。足を引っ張ることだけはしたくない。


「行こう……歓迎会」

「うん!」


菫は俺の手を引っ張って起こしてくれた。

 そう言えば……免疫なら一つついた。

 正確に免疫がついたのかは分からないが……菫に手を握られても慌てなくなっている。むしろ……ものすごく落ち着く。


※※※


「ここだ!」


繁華街の外れにある商店街。

 その一角で如何にも穴場的なラーメン屋の前に俺たちはいる。

 ここも知っている。よく主人公たちが部活帰りによる店だ。

 歓迎会って聞いたから他のところ行くと思ったけど……結局元通りってことか。


「部長もここ知ってるんですか?」

「ああ、常連だぞ」

「わたしもこの店知ってます!」


まあ、朝練組は知ってて当然だが……何だか菫もニコニコしている。


「菫、ここ知ってるの?」

「うん、たまーにくるよ?安いし量多いから。繁華街のあたり住んでた時には毎日のように通ってたけど」

「そうなんだ……」


これは初耳だ。

 そうか、元にイベントでは菫はこの場所についてとくに話すことがない。

 俺が加わったことで知った事実……菫ルートの鍵はいくつか拾っているが、開けるわけにはいかない。

 何度も言うが、俺はマヤたん攻略のためにこの世界にきた。マヤたんが……一番なんだ。


「創くん?」

「あ、え……?」

「あはは、ごめん何でもないんだ。ちょっと創くんが暗い顔してたから」

「そ、そう?」

「でも大丈夫。行こう?みんな先に行っちゃったよ?」


約2名が舞い上がってますからね……うん?そう言えばなんかここで小ギャグが入ったような………


「いらっしゃい!」


筋肉質の店主がガッツリ気合の入った声で出迎える。

 現実でみると威圧感半端ないな……ここでメシ食えない気がする。


「よーしみんな、好きなもの頼んでいいぞ!俺のおごりだ!」

「「おお!」」


あ、そうだ……そうだった……


「ぶ、部長……」

「うん?どうした」

「辞めといた方がいいですよ……あの二人……」

「ははは!大丈夫だ!ここは先輩の顔を立たせてくれ!」

「は、はい……」


後でとんでもなく痛い目に会うが…とりあえず忘れようか、忠告はしたんだし。


「「ジャンボラーメン一つ!」」

「はいよ!」

『?!』


二人の注文に店の雰囲気が変わる。

 ジャンボラーメンとは……この店が誇る総重量1.5kg(汁含まず)のラーメンである。

 チャレンジとかではないためクリア景品とかないし、価格は相当高く、しかも量がバカみたいなので頼む人はそうそういない。

 結論……そのラーメンを二つも頼むバカもそうそういない。


「ジャンボラーメン上がり!」


俺と菫が驚きながら席に着く頃には二人の器の中身は半分まで減っていた。

 この二人、早食いで大バカ食いする。とても現実では考えられないが……そこはゲームの設定に充実ってことですか。


「おかわり!」「おかわりですぅ!」


って……想像以上に食うのが早い。

 こっちはまだ注文もしてないんだぞ、おい。


「創くん何にする?」

「ジャンボラーメン以外なら何でも……おススメとかある?」

「えーっと……普通に醤油ラーメンかな?でも量は少し多めだよ」


ジャンボラーメンのくだりがメインだから、他のメニューはよく分からない。

 まあでもあの2人はバカみたいに食べるから、少し部長の財布を労わってあげよう。


「ハーフ炒飯でいいかな。あれみてるとちょっと気が引けるし」

「あはは...そうだよね。私もそうしようかな……実はうち家族全員でない外食は禁止なの」


兄弟喧嘩を避けるためなのだろうか?

 外食するなら全員で……ってことだろうが、中々厳しいルールだな。


「大変だな...」

「弟と妹が喧嘩しちゃうからね...店長さんハーフ炒飯二つください」

「はいよ!久しぶりだな菫!」

「はい!相変わらずお元気そうで」


店主と知り合いなのか……まあ、常連だったみたいだし……


「おかわり!」「おかわりですぅ!」

「おい?!」


部長の悲鳴混じりの驚きとともに店主は嬉しそうに注文を受ける。

 だから言ったのに……この二人に『いくらでも』って言ったらガチでいくらでも食べるから……


「「おか――」」

「もう止めてくれ!!」


※※※


しばらくして全員で帰宅する途中、部長が……


「す、すまない。出してもらって」

「いええ…これから迷惑かけますし……迷惑料の前払いです」


結局、部長が持っていたお金で全然足りなかったので俺が出した。

 こんなこともあろうとお小遣いとしてもらっていた分を取っておいてよかった。


「これで明日からも頑張れます!」


マヤたんは腹八分って感じなのか、ちょうどいい満腹感で幸せそうに笑った。


「部長、明日からはどうします?」

「うん……創、運動はどれぐらい控えた方がいいんだ?」

「あと数日だと思いますけど……」

「そうか、じゃあ全体的に筋トレだな。エアマジックは体力勝負のところが大きいからな」


アイテムも今日注文したので届くまで数日かかる。

 俺が表向きに完全に運動できる頃には届くと思うけど……アイテムもどれぐらい使用できるか早く試してみたいな。一番派手な技術だし。


「よーし、明日から気合入れていくぞ!」

「「「「はい!」」」」


自分でも驚くほど気合が入った声が出る。

 気になることは山ほどあるけど、とりあえずやれることをやって行こう。このメンバーとなら……頑張れる気がする。

 そう思いながら夕日が沈む色鮮やかな街をゆっくりみんなと歩いた。

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