-6- 痛む場所の違い
「ただいま……」
道端で泣いてしまい、また菫に迷惑をかけてしまった。
そんな罪悪感を胸に玄関を開くと家の中はシーンと静まり返っていた。
サヤ……いるんだよな?
「サヤ?帰ったぞ…」
何だこの違和感、自分の家じゃあないみたいだ。
まあ、元を辿れば自分の家じゃあないけど。
「……」
恐る恐るリビングのドアを開けるが、空っぽ。
サヤはいないみたいだな。まあ、あいつだって24時間付きっ切りじゃあかわいそうだし。所属しているところで休憩でもしているんだろう。
「風呂でも入るか」
久々にまともな運動をしたので汗をかいた……しかも寝汗までかいたので少し服がべたつく。
ご飯はその後冷蔵庫にあるもので適当に作ろう...まさか空ではないだろうし。
カバンをソファーに置いて脱衣所に向かう。
「……?」
なんかいい香りがする。
「――なっ!」
扉に手をかけようとしたところ、ノブの位置が勝手に横にずれた。
そして……目をまん丸に開いたサヤが呆然と立っている様子が見えた。
真っ白い肌と美しいラインは思わず目を引くが、多分直視したら殺されるので条件反射に近いレベルで後ろを向く。
見てない、ツンドラだと思っていたあいつが意外と富士山だったこととか、思ってた以上にすっげースタイルいいところとか全然見てない。
「帰ってたんですか……お帰りなさい」
「た、ただいま……」
怒ってない?絶対首絞められると思ってたけど……何でだ。
疑問を抱え後ろを振り向こうとした瞬間――真横をナイフが通過し、目の前の壁に突き刺さった。
「着替えますから後ろ向かないでください」
「は、はい……」
当てるつもりがなくともナイフを投げてくるのはどうなんだよ!お前の性格知ってる俺じゃあなく他人だったら漏らしてたぞ!
とりあえず、離れよう……ここに居たらあと二、三本ナイフが飛んできそうだ。
「ストップ」
動こうとした瞬間、またもや頭の横をナイフが通過する。
「何だよ!別にみようとしたわけじゃあないぞ!」
「知ってます」
「なら何でだよ!」
「話があるから呼び止めただけです」
「普通に呼べよ!」
こいつ、ナイフで刺されても死なないのか?
十分可能性はあるが、自分がそうであっても他人はそうでないことを自覚しろ!俺の命は一つだ!
「改めて、今日はお疲れ様でした。祝いとしては物足りないと思いますが、何か食べたい物ありますか?ないなら勝手に作りますけど」
「ない……」
「そうですか、分かりました。もういいですよ」
後ろで堂々と着替えているサヤに心の目でガンを飛ばしながら去ろうとするが……やっぱり引っかかる。
「なあ、サヤ」
「はい?」
もう半分ほど服を着終えたサヤは何のためらいもなくドアを全開にした。シャツを適当に着て……下は……
「なんですか?」
「服着ろよ」
「着てますよ。何ですか、まるで私が露出狂のような言い方ですね」
「鏡見てからもういっぺん言ってみろ!」
「はい?」
サヤはてくてくと鏡に向かって歩いて行き、さっと自分を観察したあとに戻ってきた。
「着てますよ。何ですか、まるで私が露出狂のような言い方ですね」
こいつガチで言いやがった……恥ずかしくないのか?
「また下が...その...」
「私、下ははかないタイプですけど。セクハラですか?殴りますよ」
「どっちがだよ!ってかはけよ!」
「別に迷惑かけてないからいいじゃないですか」
「今かけてんだよ!!」
俺の言葉にサヤは分かりやすくめんどくさい表情を浮かべ、仕方なく下着をはきに戻った。
「何がそんなに不満なのか私には分かりません」
「俺もだ。何だよ、『パンツじゃあないから恥ずかしくない』ってか?」
「いいですか?パンツが見えるから恥ずかしいんです。『はいてないから恥じるものもない』んです」
「もっと恥じるところだろうが!」
ああ、絶対理解できん一生かけてもできない、ってかしたくない。
普通なら、正確にはゲーム内なら飛び上がるほど嬉しいイベントだと思う。
サヤは確かに綺麗だ、スタイルもいい。だが相手は俺をかなり嫌っている。
そうだ、こいつは俺の事が大っ嫌いなはず……俺がわざわざ話しかけた理由は……
「なあ、サヤ。お前、何で最近俺に優しいんだよ」
「はい?普通ですよ。何ちょっと調子に乗ってるんですか」
「乗ってねえよ!明らかに出会った時と態度が違うだろう!」
少し前までゴミでもみるような目で俺を睨んでいたサヤ、最近はボーっと眠そうな、恐らく普通の視線を送る。
それどころか色々助けて、人が変わったように優しくしてくれる。
明らかに何かおかしい、おかしく思わなかったら生きているのがおかしいぐらい鈍感な2D主人公だ。
きちんとした答えがもらえないとこの先色々とモヤモヤして発狂してしまいそうだ。
「私はゴミが嫌いです」
いきなり声のトーンが下がり、少しばかり肌がピリピリする重い雰囲気を感じる。
「ゴミを飾る綺麗な言葉がありますが、それでも私はゴミが嫌いです。無害でその場にあるならともかく、有害であれば嫌悪の対象としては文句なしです。ですが、ゴミ以外に嫌いなものはとくにないです。なのであなたに普通にしてます」
「どういうことだよ」
「言ったじゃあないですか、『あなたはリサイクル出来るゴミ』って」
確かに言われた覚えはあるが……
「ゴミじゃないものをゴミ扱いするのは最低です。ですから普通に接しているだけです。何か問題でも?」
「い、いや……わかった」
とりあえず、サヤの中で俺を再評価して普通に接してくれているってことか。
ゴミの評価基準が気になるとこだか、深くは聞かないでおこう。
「お前のこと理解できそうにない」
「奇遇ですね。私もです。でも……だから、一緒に居られます」
「なっ!」
いきなり笑顔ほ向けるサヤに背筋が凍りつくが、そんなこと気にせず彼女は台所へと向かった。
※※※
夕食時、今までサヤが料理を作っている姿を見たことがなかったが……以外と普通だ。
てっきり指鳴らしたら料理が出てくるんだと思っていたが...そんな万能ではない様子、普通にエプロンまとって手慣れた動きで次々と料理を完成させる。
若干鼻歌混じりで作業しているので、とても違和感を覚えるが……そこは黙っておこう。
「サヤ、ちょっといいか?」
「はい」
「一つ、聞いておきたいことがある。菫のことだ」
こいつの料理している姿をこれ以上眺めたら自分の中の何かが壊れそうだったので、話題を振る。
「この世界はゲームが元となっている。だが、ゲームを完璧に現実化することは不可能だろう?だから菫とかの設定も色々変わっているんじゃあないかって思って」
「確かにゲームの設定全てが反映されているとは限らないですが、花島さんの設定は特に変化なしです。基本的にキャラには手加えてないので」
「特にって……微妙なのもフラグに影響する可能性が………」
「それなら井波さんの設定を聞くべきだと思いますが?何故花島さんの設定を聞いてくるんですか?」
「そ、それは……」
菫ルートは未完成かつ、好感度の目安は遭遇回数でしか分からない。
謎多きヒロインであると同時に、恋愛関係に発展することのないヒロイン。
春真はマヤルートを、俺は菫ルートを進んでいる以上...どこかでマヤたんのルートに切り替えが必要だ。
「菫ルートは..マヤたんのルートにも大きく関係するから把握しておきたい」
「そうですか、まあ……答えてあげてもいいですが、そこは花島さんに聞いた方がいいかと。あなたと花島さんは大分、いええ、致命的に会話不足です。何故友人関係が成り立っているのか私は不思議でなりません」
そこを言われると返す言葉一つないが……そうだよな。
菫は色々言わなくても理解してくれているけど、やっぱり会話不足は深刻だ。
でも……正直怖い、菫のことを聞くのも俺の事を話すのも…。もし、話したら菫はそれでも友達でいてくれるのか?
憶測ならいくらでも言えるが、今ほしいのは確信、俺は菫とずっと友達でいたい。
なら……危険な賭け事はしない方がいいんじゃあないか?
「何考えているか知りませんけど、花島さんに隠し事しない方がいいですよ」
「何でだ……」
「まあ、男のあなたには理解できないと思いますが……とりあえず女の私からの肝に刻むべき忠告です」
「それだけじゃあ肝に刻めねえよ」
「恐れてばかりでは前には進めないですよ」
「……」
とりあえず菫の事は菫に聞けってこと……まあ、それが一番であるのは理解できた。
菫に俺のことをどこまで話せるか分からないが……そうだよな、友達の仲で隠し事とか卑怯だよな。
※※※
次の日、ゆったり学校にいく準備をしていると……ここに来て初めて玄関のチャイムが鳴り響いた。
「……?」
「何故私をみるんですか、ここはあなたの家ですよ」
そりゃあそうだが……今俺は……まあいい。文句を言ったらきりがない。
素早く制服に着替えて玄関ドアを開けると………
「おはよう、創くん」
相変わらず可愛らしいツーサイドアップの青い髪、浮かべる満面の笑みはモニターを見ていると錯覚してしまうほどの非現実的な人。
流石ヒロインらしく文句のつけどころがないスタイルとその風格に心が躍る。
優しい声で普段よりちょっと早い挨拶が耳に入ると、朝から元気がみなぎる声の主は……もちろん菫だ。
「お、おはよう………」
菫なのは理解できたが、何で俺の家に……距離的に遠くはないが、兄弟が多い菫は朝、修羅場のように忙しいはず。
わざわざ時間を割いて来てくれたのか……?
「うんうん、きちんと着てるね。朝ご飯食べた?」
「う、うん……」
「教科書の準備は?入部届ちゃんとある?お弁当は?あとは……」
遠足に向かう子供を送り出す母親のよう……気の利いた言葉にはすごく嬉しいが……何故か罪悪感が湧き出る。
「す、菫……朝は忙しいんじゃあ……」
「うん、でも今日は運よく早く支度できたから心配しなくていいよ。それより体の調子はどう?」
「だ、大丈夫……」
「よかった……でも今日は体育休もうね。私から先生に言ってあげようか?」
「い、言えるから……大丈夫」
「ふふ、分かった。でも無理しないでね」
それはこっちのセリフだ。
下に5人も弟妹がいて、ほとんどその面倒を見ている菫だ……ゲームなら普通に成立していたが、ここは現実、絶対無理しているに決まってる。
俺まで迷惑かけるわけにはいかない、しっかりしないと……
「ちょっと待ってて、すぐ出る準備するから」
「うん、ごめんね。突然来ちゃって」
「だ、大丈夫……」
いったん玄関を閉めて大急ぎでカバンを取りに向かう。
ちょっと驚いたけど、勇気が出た、今日……きちんと菫と話そう。
※※※
1年10組に到着すると、全員の視線が俺に集中する。
な、何だよ……別に冷たくも温かくもないけど……ぬるい感じが肌を逆なでしているみたいで気持ち悪い。
「おはよう、創。委員長」
「おはようですぅ!」
そんな中、自分の席に座っていた主人公とマヤたんがこちらにくる。
「まあ、とりあえずクラスだけは誤解は解いた。これから休み時間に井波と一緒に全クラス回るつもりだから。安心してくれ」
「はい……?」
全クラスって、一体どれだけあるんだと思ってるんだよ……
2年3年まで回ると何週間は普通にかかるぞ。
「噂は足が速いが、追えるだけ追ってみたいと思う。一人でも多く誤解を解けるように努力する」
それはありがたいことだが……なんか違う気がしてならない。
なので……
「そこまでしなくても……新聞部とかに話題を持ち込みしたらいいじゃあないか」
「「あ」」
二人そろってバカだな!普通は思いつくだろう!1+1が0とかお似合い過ぎるだろう!
「ありがとう、後で新聞部に行ってみる」
「ああ……とりあえずクラスの誤解を解いてくれてありがとう。それと……もう一度……俺も悪かった。まっ……井波さん」
「いえいえ」
元を辿れば俺の自爆が原因だ、この二人に落ち度は一つもない。
この二人は申し訳なさそうにしているが、完全なる筋違い本当のこと言って謝りたいが……そうすると、この世界が作られたものとか色々と説明がややこしい。
サヤは特に何も言ってないが、暗黙のルール的なものだと思う。大体こういうのってお約束だしな。
「二人とも入部届は持ってきたか?」
「ああ」「うん」
「ありがとう、今日の放課後に一緒に部室へ行こう。創はともかく……花島さんは初心者だし」
まあ、一通りの知識がある……ってか、軽く解説者ができるぐらいの知識はある。
これからの展開は覚えている。メインヒロインルートは俺が最も多くプレイして、覚えた道。
マヤたんの好感度はマイナスからゼロに戻ったわけだし、これからはきちんと上げないと……ガチで春真に取られてしまう。
「な、創……まだ怒ってるんじゃあ……」
「え……?」
「なんか目が怖かった」
「……すまん。生まれつきだ」
「絶対違うだろう?!なあ怒ってるんじゃあないのか?」
「違う――――って」
「今の間は何だよ!」
はあ……春真に面倒くさいバグを作ってしまった。
今の状況、春真は思い込みで人を変態にでっちあげた悪者、正義感が強いこいつは自分がどうしても許せないし、多分一生傷として残るだろう。
これがフラグに影響しなければいいんだが。
「はいはい、もうすぐチャイム鳴ちゃうよ?そろそろ席に戻ろう。後は休み時間に」
手を軽く叩きながら仕切る菫に皆は同時に頷き、春真は何かぶつぶつといいながら渋々席に戻った。
心から悪いと思ってる。ごめん……変な黒歴史を作ってしまって、この借りは必ず返すから……
「さて、私たちも席に戻ろう」
「うん……あ、あの菫」
「なに?」
今がチャンスだ。
きちんと言って置かないといけない……きちんと、俺の口から誘わないといけない。
「きょ、今日の……お昼……時間ある……?」
「何言ってるのかなー?いつもどおり一緒にご飯食べるでしょう?」
「そ、そう……だけど……その……話があるんだ」
「話?」
「俺の話とか...菫の話」
「……そうなんだ。うん。分かった」
満面の笑みを浮かべながら菫は俺の手を握った。
「無理、しなくていいからね」
「うん……」
また気を使わせてしまったか……本当情けないな。
でも、きちんと話して……菫が満足するかどうか心配だけど、それでもきちんと話した方がいいと思う。
※※※
肩に力が入ったまま授業を受け、気がつけばもうお昼休みになっていた。
若干の頭痛すらする状況で心配そうに話をかける少年春真。
「お、おい…創、どうした?」
自分の頭を机に打ち付けていると、大分心配そうな視線を送ってくる春真。
悪いが今お前に構っている余裕がない。
「ちょっと体操を」
「どうみても自傷だろう!」
「有酸素運動だ」
「どこから酸素取り込んでるんだよ!傷口からか?!」
こいつ……思ってはいたが、結構反応いいな。
さすが主人公、何故ヒロインやら友達やらがからかうか少し分かってきた気がする。
以外と楽しいな……これ。
「なあ……まだ怒ってるのか?」
「しつこいな……怒ってない。ちょっと考えことがあって……」
「まさか……」
「ネガティブ過ぎるだろう」
何で俺がツッコミした?
はあ……これは致命的なバグだな、近いうちにどうにかしないとフラグにも春真にも悪い。
「なあ、春真……」
「何だ?」
「お前、女子と話したことあるか?」
「まあ……普通に会話ぐらいなら」
だろうな、今思えば俺のような人が少数だ。
菫とどう話せばいいか……なんて直に聞くことができなかったので言い回しを考えていると、机の下からニョキニョキとマヤたんが生えてきた。
「ふっふっふ、わたし知ってますよー創さんは菫さんのことが好きなんですよね?!」
「……」
「あ、あれ?」
俺が沈黙すると困ったように春真を見るマヤたん。
「好き……とかじゃあないけど。どうしてたらいいか分からないから……俺、女の人と話したことあんまりない、ってか友達ができたことすらない。でも菫は俺のこと知りたがっているような気がする……なら、話してあげるべきか?」
真剣な質問だと受け取った二人は数秒間沈黙する。
「知らない方がいい事実ってあるものだが……でも、本人が求めているなら俺は教える。相手は委員長だろう?当然受け入れくれるはずだ」
「わたしは友達の話はきちんと聞きたいです!もっと仲良しになりたいですし!」
二人とも話した方がいいってことか……分かってもいるし、決心もしたけど揺らいでしまう。本当……ダメダメだな。
「ありがとう、それじゃあ……またあとで」
「ああ、頑張れよ」
「ふぁいとーおう、おうー!!です!!」
二人の応援を後押しに、俺は菫の席に近づく。
「す、菫……」
「うん、準備できてるよ。行こう」
「ああ……」
緊張する……また頭が痛くなってきた。
と……菫はまたいつものように俺の冷え切った手を掴む。
「そんなに緊張するような話?」
「いや...そういうわけじゃあないけど...あんまり話したことなくて...」
「そっか...それじゃあ一緒だね」
そう言うと菫は俺を教室の外へ連れ出した。
初めて俺の手を掴んで連れ出してくれたあの日……そうだ。菫は大丈夫……信じていいんだ。
※※※
いつもの場所に来てお弁当を広げる菫。
俺もコンビニ弁当を開けてゆっくり食べながら話すタイミングを伺っていると……
「うーん……ちゃんと野菜も食べてる?」
「う、うん……」
「心配だな……私がお弁当作ってあげようか?」
「い、いいよ……家族の分とかあるし……」
「みんな給食でるから問題ないよ。作るのは両親と自分のだけ」
「で、でも……朝忙しいし、お、俺は大丈夫だから……」
「ふーん、当分は様子見かな」
有罪、執行猶予がついてしまった。
菫は本当俺のことが心配なんだな……何でこんなに優しくしてくれるのか……答えは『友達だから』と言ってくれたけど、正直あまり納得していない。
一番納得できる理由は、ゲーム本編では明かされなかった菫ルートのフラグを俺が踏んでいるから。
主人公春真に対してもかなり優しい菫ではあったが...ここまで親身になってくれることは無かった。
この先夏祭りの時に一緒にデートするヒロインを選ぶイベントが存在する。
その時一緒にデートするヒロインが一定好感度に達していれば、恋人ルートに突入する。
しかし、菫ルートでは好感度の条件を満たしていても恋人にならず...別のヒロインを選択した場合菫は部活を引退する。
「創くん、創くん!」
「は、はい!」
考え込んでいるといきなり卵焼きが目の前に現れた。
その後ろには菫がニコニコと笑みを浮かべている。
「はい、おすそ分け、あーん」
「えっ……そ、その……」
今まで一度もあーんされたことないので俺には無理!頭が水蒸気爆発を起こし、そのまま頭を俯く。
少し落ち着いたところで顔を上げると――
「えいっ」
菫の箸が俺の口に入った。
「あ……え……」
もう考えることができない。
卵焼きは確かに美味しいが……それ以外認識できない。
多分顔がありえないぐらい真っ赤になってる。免疫ないにもほどがあるが……ないもんは仕方ない!
だって生まれてこの方似た状況にすら一度も遭遇したことない!!
「美味しい?」
「う……ん」
「よかった」
嬉しそうに笑みを浮かべる菫を見て俺も自然と笑みがこぼれる。
色々気にするところはあるが、とりあえず無視しよう……今なら話せそうだ。
「菫……俺のことを話したい」
「いいの?」
「うん……菫には知ってほしい」
「分かった」
菫はお弁当を置いて俺の手を掴んだ。
さらに勇気が湧き出たところでゆっくり口を開く。
話した内容はくだらない俺の過去の話。
元の世界ということを伏せたまま、俺が今まで経験したことを話した。
医者だった両親から俺も医者になることを望まれたが、俺は決して優秀ではなく期待に応えられなかったこと。
見限った両親は俺と5歳離れた子供を養子に迎えて、俺は放置されたこと。
両親から捨てられた俺は...イジメられ学校に行けず、引き籠って誰も信じられなくなったこと。
こうして今は...頑張ってみようと思っていること正直に告げた。
「……」
俺の手を握る菫の手に力がこもる。
怒っているのだろうか……何に?
「ごめん……私には何も言えない。でも……」
菫は顔を隠しながら俺を抱きしめた。
若干体が震えている。泣いている……?こんな俺のために?
「しばらくこうさせて……」
「うん……」
震える声でそういう菫、俺は何もすることなく……ただ菫の体重を預かった。
雲一つない青い空なのに……何故か菫の頭には雫が零れ落ちた。