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エアマジック・エンジェルズ  作者: 雨ヶ崎 創太郎
5/9

-5- 入部

昔、まだ――が生きていた頃、俺は紙飛行機が大好きだった。

 ――が病院に入院して…お見舞いにいった時だってずっと紙飛行機を作ってくれとお願いした。

 自分が作る物とあまり変わらないのに…――に会う度に折り紙を渡した。

 そんなわがままを――は笑顔で叶えてくれた。


『創、そんなに紙飛行機が好きですか?』

『うん!大好き!』

『そうですか、仕方ないですね』


どこまでも飛んで行きそうで行かない、でも何度だって飛ぶ。

 そんな紙飛行機が俺は大好きだった。

 何で忘れていたんだろう……紙飛行機とともに俺は大切な思いを忘れていた――


「……うっ…」


過去から目を覚ますと、白い髪の女性が目に映る。

 長く美しい髪、膨らみの無いバストだがスタイルは抜群。

 何の制服か分からない灰色に近い白の制服を着てこちらを見ている。


「起きましたか、心停止から蘇った気分はどうですか?」

「は?何言ってるんだよ……」


体が重い…それになんか横でピピ鳴ってるし……えっ…?


「心電図…?」

「あなた、心臓麻痺になったんですよ」

「は…はは、嘘だろう?エアマジックして心臓麻痺とか、ギャグだろう」

「ええ、だから私、大爆笑しましたよ。普通なりますか?心臓麻痺。プッ、今でも少し余波が残ります。あ、そうでした。あなたは普通とは縁がない人でしたね」


こいつ…相変わらず腹立つ。


「まぁ、原因はエアマジックとは関係ないんですけどね」

「は…?」

「まあ、精神的なものですかね。あなたは脈拍が異常に早くなってしまう時があるので」

「……」


なんか聞き覚えのある言葉だ。

 元の世界でも確かそんな診断をされたっけ...


「さてさて、わざわざ起きるまで待機したんですし。さっさと事を済ませますか」

「は?」


サヤは椅子から立ち上がり、俺を見つめる。

 視線が柔らかに変わり、その顔に初めて優しい笑みが浮かぶ。


「お疲れ様でした。よく頑張りましたね」

「は………?」


こいつ…今なんつった?背筋が凍りつく。


「何ですか?その顔、田舎者が都会に出た時、初めて高層ビルの海をみたような間抜け顔ですね」

「田舎者バカにすんな、それより目を疑う光景が目の前にあったんだよ」

「何ですか?」

「お前の笑顔だよ!」

「何ですか、そのまるで私に笑顔がないような言い方は」

「今まであんな感じで笑ったことなかったじゃあないかよ!」

「そうですか?知りませんけど」


何なんだよ…こいつ…さっきは不意打ちで心がちょっと揺れたぞ。

 まぁ…こいつ、外見だけは美少女だから仕方がないけど……


「俺をゴミ扱いしたくせに…何でいきなり褒めるんだよ!気持ち悪いじゃあないか!」

「確かに、ゴミ扱いしました。ですが、あなたはもうリサイクルできるゴミですから」

「は?」

「まぁ、いいです。それでは私は先に家に戻ってますから」

「ちょっ!」


止めるのも聞かず、サヤは突然目の前から消える。

 神出鬼没かよ!ってか…さっき俺のことゴミじゃあないって……どういうことだ?


「はあ……」


目覚めわるっ……それより、試合どうなったんだ?

 途中で記憶が途切れて何も思いだせない。

 ボールを投げたところまでは覚えてる……その後どうなった?


「おはよう。やっと起きたの?お寝坊さん」

「菫……」


白いカーテンを開け、少し頬を膨らませる菫。

 いつもツーサイドアップにしていた髪をポニーテイルにして少し緊張しているように見えた。

 そう言えば菫は本気出す時は髪型変える設定だったな、でも……本気だすようなことって……まさか。


「し、試合……負けたの?」


恐る恐る質問すると、菫は髪を解いて大きくため息をつく。


「か・ち・ま・し・た・よ!」

「いたたっ!!」


いきなり俺の頬を引っ張ってぐりぐりと回す。

 痛い!笑えないレベルだって!!


「ふう、これぐらいで勘弁してあげる」

「あ、ありがとうございます……」


激痛どころの騒ぎではなかったので、思わず感謝してまった。

 それにしても、勝ったならそれでいいと思うけど……何で菫はこんなに不機嫌なんだ?


「あ、あの……」

「なーにかな?」

「怒ってる……?」

「もちろん、どっかのおバカさんが自分の体も考えないで突進して心停止しましたから私まで心臓止まると思いました」

「す、すみません……」


怒るほど心配してくれたんだ……

 菫は兎に角優しいキャラだ。この世界がゲームを忠実に再現した現実でも菫の優しさは揺るがない。

 たまに…菫は俺が変態扱いされたから構ってくれたのではないかと思ってしまう。もし他の人……例えば本来どおり主人公が変態扱いされていれば菫は主人公を構っていたのでは……?

 ゲームだとそうだし……いや、でもここは現実だし。そんなこと考えると菫に失礼だから思わないようにしているけど………菫の【古山くんをほおっておけない】の根源が何か、どうしても疑ってしまう。


「全く、ちゃんと反省しているか分からないけど。とりあえずは許してあげる。きちんと結果は出せたし……それに……すっごくカッコよかったよ。創くん」

「あ、ありがとう……」


椅子に座って俺の手をギュッと握る菫。

 温かくってずっと握ってほしくなる手……俺がずっと欲しかった温もり……

 それを無条件でくれる菫を疑うなんてどうかしている。菫が本来誰を見るべきだったかなんて関係ない。ここは現実で、菫は今俺の親友だ。


「とりあえず、当分運動は控えるように、だって。当たり前だよ。創くん持病があるんだって?先生言ったもん。私が絶対許さないからね」

「は、はい……」


ニッコリ笑っているが、握る手に圧力がかかる。

 当分は大人しくしよう……でないと殺されるかもしれない。


「それにしても驚いたな……ここの保健室の先生って医師免許持っているんだよ?それに手術できる環境もあるって……」

「へえ……」


まあ、無駄に設備がいいのがこの学校の最大の長所だ。

 エアマジック部だって本当弱小部なのに設備をフルに整えているぐらいだし。


「あ、起きたらもう帰っていいって。運動さえ控えればあとは病院から指示されているとおり生活するように、だって。カバンも持ってきたし……家に連絡を……あっ」


菫は俺が一人暮らしだということを思い出し、あたふたと慌て始めた。

 元々分かってはいたけど…この世界、現実より色々な方面で技術が高い。

 心停止…普通ならしばらく入院だが、一日で帰っていいとされるぐらいには……


「大丈夫……歩くぐらい大丈夫だろうし」

「で、でも体によくないよ……タクシー呼ぶ?お金なら私が……」

「だ、大丈夫……す、菫と歩いて帰りたいし………」


恥ずかしいセリフではあるが、この平穏な生活のために無理をしたんだ。

 少しぐらいわがままでもいいだろう。それにしても...少し調子に乗りすぎたか?


「ふふ、そうなんだ。ありがとう」

「え…え?」


嫌われるどころか感謝された……何でだ……?


「はじめて創くんから求めてくれたね。嬉しい、創くんも私のこと好きなんだね」


待て、落ち着け、冷静になろう。

 菫の好きはLike、Loveじゃあない。

 それには俺は心に決めている人がいるだろう!マヤたんは俺の天使だ!

 菫が嫌いなわけじゃあないけど、俺は最終的にはマヤたんと幸せになるんだ!


「…?どうしたの?顔が真っ赤だけど……熱でもある?」

「い、いや……ちょっと……あの……何でもない……」


本当、少しずつでいいから女に免疫つけよう。

 サヤとは普通に話せるのに……何で菫の前では上手くできないのだろう?

 あ、まあ…サヤは正直女以前に人間としても見てなかったな。


「それじゃあ、帰ろうか?家の前まで送ってあげるよ」

「い、いやでも……」

「選択肢にNOはありませんよ、倒れたら大変だからね」

「は、はい……」


握る手に若干激痛を感じたので全力で頷く。

 怖い、確か菫って握力すごかった気がする……今の体は平均だけど……元の世界の体だとバッキバッキに折れる。


『あ、まだいました!』

『こら、マヤ……保健室で大きな声を出すな』


ちょうど立ち上がろうとした時、カーテンの外が騒がしい事に気がついた。

 声の主は聞いただけで分かる……


「「し、失礼します」」


井波 マヤ、清崎 春真。

 恋人のように二人並んでいる姿に頭に若干血が登る。

 落ち着こう、怒っても何も変わらない。


「ごほん」


春馬は軽く咳払いすると、いきなり頭を深々と下げる。それに続き、マヤたんもゆっくり頭を下げる。


「俺が悪かった!」

「急に声上げてしまってすみません!」


何でマヤたんが一緒になって頭を下げているのか理解できない。

 とりあえず誤解が解けたって認識でいいのか?


「いいよ……分かってくれたならそれでいい。俺も事故とはいえ、触ったのは触ったんだし」

「噂は俺が責任を持って解決する!」

「わ、わたしも頑張ります!」


妙に熱いのがちょっと引くけど……まあ、元々は謝罪されるのも筋違いだ。

 自分で勝手に自爆したんだから。だからもうそろそろ頭を上げてほしい、罪悪感が胸を締め付ける。


「終わったか?」


静かになったところでカーテンを開けてもう一人入ってくる。

 茶色髪、細い目……エアマジック部部長だ。

 名前は……知らない、ってか公表されていない。

 ずっと部長とか先輩とかで呼んでいるので、この人の名前が分からない。

 その部長は俺に近づくと、肩をがっしり掴んだ。


「ぜひエアマジック部に!部員一同、VIP級のおもてなしを約束するぞ!」

「いりません」

「なっ!」


そんな扱いを受けると逆に居づらい。

 第一何でそこまでの扱いを受ける必要があるんだ…謝罪?でも今したし。


「ど、どうしたらうちの部に入ってくれるんだ?!」

「いや……その……」

「わ、わたしの胸で良ければ揉んでいいですよ!」

「は?!」

「男の方がいいなら俺が……」

「いらんわ!!」


何だ、何だ。すごく怪しいぞ、気持ち悪い。

 とか思っていると、部長がいきなり涙目で肩を握り直す。


「ぜひ!ぜひ!!我がエアマジック部に!!」


痛い、肩が痛い!


「ほら、昨日の敵は今日の友って言うだろう?!」


まだ一日だってないだろうが!


「胸いかがですか?!」


変なキノコでも食べたのか?!マヤたん!


「もう!落ち着いてください皆さん!創くんは試合のラストを忘れちゃってるみたいですから、ちゃんと教えてあげないと創くん理解できません!」


菫の言葉に落ち着きを取り戻した。心からありがたい……


「ふぅ。それじゃあ私から説明しますね」

「「「はい……」」」


怒られてしょんぼりしている3人の代わりに菫が説明を始めた。


「創くん、最後にゴール決めたその時、エアが紙飛行機になっていたの」

「は……い……?」


多分、多分だけど……菫は嘘なんかついていない。

 でも……エアで紙飛行機を作った…?俺が??ありえない、そんなことあるはずがない。

 プロのアタッカーでも平面を作るのが限界の人が多数、立体を作るとなればそれこそ一握りだ。

 その立体もごく単純で……大きさを小さくしたり、飛びやすいように少しとがった形にするのが限界。

 紙飛行機は誰でも作れるような簡単な折り紙の一つだが……それをエアで作るなんて……無理、絶対出来ない。

 頭の中で平面の想像から折り紙を徐々に折る工程を考え、その過程をミスすることなく、完成後も維持しないといけない。

 そんなの俺にできるはずもなく……もしできたら多分、日本中が大騒ぎになって全てのニュース番組で毎回取り上げる。


「唖然としたな……槍を作るやつは見たことあるが、紙飛行機なんて難しい物を作れるのは聞いたことがない」


そう言えばそんなやついたな。

 にしても……どうやら本当に冗談でも何でもない様子だ。


「まぐれだって……俺、そんな頭よくないし……」

「とある選手が言っていた。【エアは考えるものではない。会話するものだ】とな。頭の良さの問題ではないんだ!【エアと話せる】これはアタッカーにとって最も強力な才能だ!」


部長の荒々しい鼻息が顔に当たってとても不愉快……まあ、興奮する気持ちは分からなくもないが、ちょっと自粛してほしい。


「まぐれ、それにしては形がクッキリとしていた。あれはまぐれじゃあない。お前の実力だ。俺のせいで色々苦労させてしまって悪いが……どうかエアマジック部に入ってくれ」


春馬はもう一度頭を下げて真剣に頼み込んだ。

 いやだから……


「今度は胸揉まれても悲鳴あげませんから!」

「いや…そこは普通にあげて……」


観点にズレが生じているマヤたんだが……みんなして必死に俺を入部させようとしてる。

 でも、まあ……俺はとっくに答えは出ている。

 拒否する理由は全くない。俺の目的はマヤたん攻略、それにうってつけの場所に招待されているんだ。行かない理由なんてあるか?まあ、あるとしたら……


「うん…?」


俺の冷たい手を握ってくれている菫を見つめる。

 ここまで歩けたのは菫がいてくれたから……これからも一緒にいたい。

 そんな俺の気持ちが分かったのか、菫はくすくすと笑いながら部長の方を見た。


「もれなく私がついてきますけど、いいですか?」

「部員はいくらいてもいい!」

「だって、これから頑張ろう?」

「う、うん……」


ちゃんと口に出してお願いするべきだったのに……ああ、本当女に免疫つけよう。

 どうすればいいか分からないけど、とりあえず普通に話せることを目標にしよう。



「それじゃあまた明日ですぅ!」

「またな、気をつけろよ。創」

「ああ……」


帰り道が逆な二人と別れ、菫と並んで帰宅する。

 今日は菫が家まで送ってくれるので、普段より長く一緒に居られる。


「そ、その……菫」

「うん?」

「だ、大丈夫…?家事とか……あるんじゃあ……部活なんてしたら……」

「うーん……」


花島家の家事柱は菫だ。その菫がいなくなると大分大変になるはずだ。

 ゲームだと気にしないけど……ここは現実、菫が倒れたりすると心が折れてしまう。


「朝練は流石に無理だけど……それ以外は大丈夫だよ?」


確かゲームの設定では菫の家事負担はかなり大きかった気がする。

 現実だとそこはバランス調整されているのだろうか?

 そこらへんはサヤに聞いてみるか。


「そう……あ…今日は本当にありがとう…菫」

「どういたしまして、この借りはで返してね」


いたずら笑う菫に思わず顔が赤くなってしまう。

 からかうのはいいけど、ちょっとは――


「からかうなって……すみ……れ……?」


あれ?何かおかしい。


「どうしたの?」


立ち止まった俺に続き、菫もゆっくり立ち止まり、俺の顔を覗く。

 おい……おいおいおい!俺……菫のこと……


「ご、ごめん!俺花島さんのこと名前で!!」

「え?今気づいたの…?」

「ご、ごめん!!」


女子を軽々しく名前で呼ぶとか……最悪だ。絶対嫌われる。

 ずっと心の中では呼び捨てだったからつい……ああどうする……とりあえず土下座を……


「もう、そんなに慌ててー気にしなくていいよ。私も創くんって呼んでいるでしょう?」

「い、嫌じゃあないの……?」

「何で?」

「いや……名前で呼ばれて……その………」


慌てている俺を菫は優しく手を頭に置いてゆっくり撫でてくれる。


「創くんが今までどんな女性と会ってきたか分からないけど、私は名前呼ばれて嫌がる人じゃあないから。むしろ嬉しいよ?創くんがやっと近づいてくれた気がしたから」

「あ……そ……その……」

「私の名前、もう一回呼んで」

「えっ……」

「はーやーくー」


若干子供ぽく迫る菫、俺はもう顔が真っ赤で頭はとっくにオーバーヒート。

 だから……つい言われるまま……


「す、菫………」

「顔真っ赤、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」


名前を呼んだだけなのに……こんな笑顔を浮かべてくれる。

 何だろう……すごく変な気分、病気にでもかかっているようだ。

 でも……すっごく幸せで、すっごく満たされる。

 俺は本当に手に入れたんだ……理不尽を超えて……やっと……やっと友達に出会えた。

 また涙が流れ、菫は優しくハンカチで涙をぬぐってくれる。

 泣き虫、子泣き爺と言われても構わない……幸せすぎて……涙が止まらない。

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