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エアマジック・エンジェルズ  作者: 雨ヶ崎 創太郎
3/9

-3- ルート不明Ⅰ

通学路、やけに女子達の視線が痛い…予想通り俺は変態として扱われているらしい。

 すぐにでも家に帰りたかったが、それをグッと堪えて早足で学校へ向かった。


※※※


職員室で先生に事件の事を説明すると、案外あっさり信じてくれた。

 実際に絡まれていたマヤたんを助けたのは事実のため、その後の事故も信じてくれた。

 噂もかき消してくれるだろうが…この広い学校だ、数は相当かかるだろう。

 初登校からずいぶん遅れてが…俺のクラスは1年10組。マヤたんも主人公もこのクラスだが、今はお昼休み。二人でどこかへ行っているのだろう、姿が見当たらない。

 俺がクラスに入った時、女子は分かりやすい嫌な顔をし、男子はヘラヘラと笑っていた。ここはゲームを忠実に再現した現実。だから…こんなこともある。


「…」


窓側の自分の席に座り、ぼんやり空を眺めていると…サヤが視界に乱入した。


「お弁当作るの忘れました。お金あげるので好きな物買ってきてください」

「食欲ない…」

「…餓死する苦しみを味わってよくそれが言えますね。まだ死に足りませんか?」

「うるせぇ…こんな状況で食事が喉を通るかよ」


ストレスのせいで俺は色々と苦しめられた。 

 元の世界でもストレスを感じると食欲が異常に無くなってしまうが、今回も胃がキリキリして食べる食べないどころではない。


「そうでした…すみません。認識不足でした」


素直に謝るサヤに驚く。自分の非はきちんと認めるんだな…でもちょっと気持ち悪い。


「でも、少しは食べてみてください。体を壊しては元も子もないです。ここの名物の焼きそばパンでも買ってくるので」

「心配してくれてるのか?」

「はい?勘違いしないでください。とても不愉快です。あなたに何かあれば私の責任になりかねないので困るんですよ」

「あ、そう」


やっぱりこいつは嫌いだ。相手もそのようだが、仕事だから仕方ないような顔をしている。

 そういえばサヤは何者なんだ?いろんな薬を持っているみたいだし…殺したり生き返らしたりしてたし……まぁ、聞いても答えてはくれないだろうが。


「5分で行ってきます」


そう言うとサヤはいきなり視界から消えた。

 人間でないことは明らかだな…他の人には見えていないみたいだし。


「……」


これからどうするか…とりあえず一番近いイベントは……入部。

 マヤたんの提案で主人公も入部しているはず 。主人公はエアマジック経験者だから拒否することなく入るだろう。

 だが、一つ気になることがある。

 俺は主人公のイベントを奪った。本当なら変態扱いされるのは主人公、そして…この後、若干面倒なことに巻き込まれる。

 今変態扱いされているのは俺、なら…その系統のイベントは全部俺の物になるのか?


「はぁ…」


胃が痛い…クソッ…イベントは不発するわ、変態扱いされるわ、散々だな。

 状況を覆す手段はいくつか浮かぶが、どれも今起こせるイベントではない。つまり…この状態が当分続くってことだ。


「いっ…」


窓の外を見ていたらいきなり消しゴムが頭に飛んでくる。

 後ろを振り返ると、何人かの男子の集団がヘラヘラと笑っている。

 その中に、俺が追い払った不良がいる。ゲーム通りだと同じクラスじゃあない。

多分クラスが近いのだろう。クソッ…誰のせい――はあ、そうだ。これは自分が犯した過ちだ。


「戻りました。どうぞ、出来立てほやほやですよ」

「…食べたくない」

「何ならまた飢死を再現してもいいですよ?この世で一番美味しい焼きそばパンが食べられるはずです」

「勝手にしろ」


クソ…サヤまでケンカを売りやがる。どいつもこいつも俺をストレスで殺したいのか?


「………ここに置きます」


ケンカ口調だったサヤがいきなり普段通りの無感情な声で焼きそばパンを机に置いた。

 何なんだよ…ケンカ売ったり、心配するふりしてケンカ売ったり、いきなりおとなしくなったり。面倒くさい女だな。


「いっ…」


また消しゴムが飛んでくる。クソッ、もう我慢の限界だ。

 俺は席から立ち上がり教室から出ようとしたその時――――目の前に一人の女子生徒が現れた。


「こんにちは、えっと…古山 創くんだったよね?私はクラス委員長の花島(はなしま) (すみれ)。登校してくれて嬉しいよ」

「あっ…」


変態扱いされた主人公に起こるはずだったイベント、菫ルート。

 薄い青色の髪をツーサイドアップにして、その髪はゆらゆらと風に揺れている。

 大人びた顔立ちと一凛の花のように美しくもどこか儚い笑みを浮かべながらそっと俺を見つている。

 周りが騒然とする中、彼女は堂々と俺に握手を求め微笑みかける。


「もしかして握手は嫌い?」

「い、いや…その…」


緊張で固まっている俺を見て、菫は何の迷いもなく手を掴んだ。


「よかったら学校を案内したいけど、時間大丈夫?」

「えっ…あ…え、う、う…ん…」


緊張で呂律が回らない。

 だが、菫は俺の返事を聞いてニッコリ笑うと手を引っ張って教室の外へ連れ出した。

 正直、学校内も目をつぶっても移動できるぐらい熟知しているが…何故か菫の提案を断ることが出来なかった。

 さすが…ヒロインの中で「お母さん」と呼ばれている人…優しさが眩し過ぎる。


「どこから案内しようか?古山くんはどこがいい?」

「えっ…あの…てっ、手…」

「手?ああ、ごめん握り過ぎた?」


そう言うと菫は俺の手を離して目の前に立った。


「どうしたの?顔赤いよ」

「そ、それは…その…花島さんがいきなり手掴むから……」

「あっごめんね、私は手掴むのに抵抗がないから…ついくせで」


とにかく、オーバーヒートした頭を冷やすため深呼吸していると、菫がくすくすと笑い始めた。


「ど、どうかした…?」

「うんん、やっぱり古山くんの噂、何かの間違いなんだなって思って」

「え…?」

「こんなに女の子に免疫がない人が井波さんを押し倒して胸を貪る獣だって。本当、噂って信用できないね。井波さん何も言ってなかったし」


噂膨らみ過ぎだろう!やけに視線が痛いと思ったよ!

 そんな噂がある中よく声をかけたな……決まっているイベントとはいえ、少し気になる。


「何で…花島さんは俺に声を?」

「うーん、大義名分としてはクラス委員長だから。でも本心では…話しがしてみたかったからかな?」

「もし…俺が噂通りの変態だったらどうするんだ?」

「結果論だけど、そうじゃあなかったからいいと思う」


菫はニッコリ笑いながらまた俺の手を掴んだ。

 くっ…俺免疫ないって……あと、菫の体温高いな…手がすごく温かい。


「古山くんって体温低いね…氷みたい…ひょっとして冷え性?」

「えっ…あ、う、うん…」


俺が低いだけだったか、人と手を繋いだのはそれこそ何年ぶり だから分からなかった。って…そもそも何年 も人肌に触れてないな。叩かれたのは触れたに入らないだろうし。

 手を繋ぐって…こんなに心休まるものなんだな…初めて知った。


「古山くん…?」

「え…なに…?」

「……うんん。何でもない」


一瞬驚いた顔をした菫はすぐに笑みで塗りつぶした。

 そして、そっと俺の手を引く。


「行こう、私がどこへでも連れてってあげる」


冷たい俺の手をギュッと握る菫は笑顔で前へ進んで行った。

 本当にどこへでも連れてってくれそうなその雰囲気に、花言葉のように【小さな幸せ】を感じた。


※※※


授業中、ノートを取りながらこれからのイベントについて考える。

 入部イベントはもうとっくに発生している。

 なら次……あ、そうか…菫がエアマジック部に入らないといけない。

 どうもイベントに関して、「俺」という存在はかなりバグの根源らしい。

 俺がいないとすいすい進むはずのイベントが俺の存在によって足止めを食らっている。

 この先俺に関わってくるヒロインは2名。

 一人は花島 菫。そしておそらく2週間以内にもう一人が絡んでくる。

 そのもう一人が絡んでくるまで…俺は菫とエアマジック部に入らないとこの先のイベントが狂ってしまう。

 菫だけ入部させる のは簡単だが…俺も入るとなると……汚名返上をしないといけない。

 最悪だが、入ること自体は難しいものではない。でも…マヤたんと主人公のやつと付き合っていかないといけないので、これがまたかなり厄介だ。

 はぁ…マヤたんの性格上、既に忘れている可能性が高いが…主人公のやつは違うだろう。

 この先、エアマジック部に入らないと色々と不利なので今のうちにケリをつけないといけない。

 同じクラスだし…いつまでも逃げるわけにもいかないし……

 俺はノート片隅に文字を書いてペンを軽く叩いて、宙に浮かんでいるサヤを呼んだ。


【主人公設定はどうなってる?】

「ゲームのままです。女の子を泣かせるやつは許さない的な感じだと思いますが?名前は清崎(しんざき)春真(はるま)です。ついでにあなたに対する好感度はマイナスです」


だろうな。

 じゃあ、正々堂々 なところは同じか…イベント戦闘等が有効なら、何かしらのイベントを誘発できる。

 ゲーム内の戦闘イベントはエアマジックしかない………設定どおりなら主人公は()()()()が行動原理となっている。


【俺の身体能力はどうなってる ?】

「平均ぐらいですかね」


平凡な男子高校生と言ったたろこか...サヤが転生特典とかくれるような人間には見えないし。

 強制的にイベントを発生させて、勝てる可能性は9対1だな。もちろん俺が1だ。

 まぁ、実際やってみると0になるかもしれないけど……


「それじゃあ、これまで、委員長」

「起立」


いつの間にか授業が終わり、慌てて起立する。

 その姿をみて廊下側の男子どもが笑うが、さほど気にならなくなった。


※※※


放課後。

 俺はうつ伏せになった状態でマヤたんと主人公が教室から去るのを待つ。

 現状だとトラブルにしかならないため、悔しいが避けるが一番。

 一クラス40人以上もいるんだ。まだ顔を覚えきれていないだろうし、こうしていれば当分はごまかせる………はずだと信じたい。


「古山くん」


菫が前に来て俺の手を掴んだ。

 温かい体温が伝わり、緊張が溶けていく。


「二人ならもういないよ」

「そう…」


ゆっくり立ち上がると、菫はニッコリ笑って口を開く。

 菫が気を利かせてくれているおかげで現状で2人と接触はない。

 少し安心していたが、菫はカバンを持って手を引っ張る。


「それじゃあ、私達も帰ろう」

「え?」

「うん?もしかして何か用事あるの?」

「いや…今……一緒に帰るって…」

「うん。古山くん私と家近いし。それに……」


俺の手を握っている菫の手に力が入る。

 包むかのように握りしめた手。そして…優しく微笑んだ口から俺は耳を疑う言葉を聞く。


「私達、友達でしょう?」

「え………」


友達。

 俺 にずっとできなかったもの。

 ずっと一人で起きて、一人でご飯を食べ、一人で遊び、一人で寝た。

 苦しみも喜びすら分かち合う友など、俺には存在しなかった。

 ずっと一人が当たり前。だから他人がいることに対して拒絶を感じ、いつの間にか人間自体を避けていたのに……何でだろう…心がすごくチクチクする。

 熱いお湯に入った時、温度差で若干痛みを感じるように…俺は菫の優しさに火傷を負っていた。


「あっ…」


菫が少し周りを気にしながら俺の頬にハンカチを当てる。

 泣いているのか…?

 これは…嬉し泣きなのか?俺は嬉しいのか?分からない…友達ができて嬉しいってこんな気持ちなのか?


「う…うっ…」


力が抜けてしまって椅子に座り込む。

 とても心が痛いけど…でも苦しくない。変な気分だ……


「よしよし…」


菫は俺の頭を軽く抱きしめる。周りの目なんて全く気にならない様子。

 何で…何で菫は俺にこんなにも優しくしてくれるんだ?


「友達だからだよ」


いつの間にか声に出ていた疑問を、菫は満面の笑みを浮かべながら答えた。

 その優しさに、力が抜け、菫にしがみついて涙を流した。

泣くのは辛いはずなのに…すごく幸せな気分だ。


下校路。

 落ち着いた俺が立ち上がれるようになった時には、隣のクラスの生徒まで見物にやってきていた。

 もちろんすぐに先生が追い払ってくれたけど……【変態】に加え【子泣き(じじい)】ってあだ名まで追加されてしまった。

 菫も俺のせいであまりよく思われなくなったらしい。

 サヤが風のごとく最新情報を実況するのですごく耳が痛かったが…


「花島さん…」

「なに?」

「ごめん…なんか…色々と迷惑かけて…」

「迷惑なんてかけてないよ。私が好きでやったことだし」


本当、優しさもここまで来ると恐ろしいな……菫が本当に人間なのか疑ってしまう。


「古山くんは家族何人?」

「いない…俺一人……」

「そうなんだ……私はね。妹と弟に囲まれている長女なの。だから…古山くんのこと弟みたいで目を離せない…かな?だから色々しちゃうの」


エアマジック・エンジェルズにおいて攻略できるヒロインは全部で4人。

 その中で最難関、フラグ管理が難しく用意されているエンディングもノーマル...恋愛関係に発展せず親友止まりで終わってしまうのが菫ルートだ。

 追加コンテンツとして各ヒロインに追加シナリオが予定されており、菫はその追加コンテンツで本編では到達出来なかった真のハッピーエンドを迎えることが出来る...予定だったが。

 あいにく、菫ルートの制作に携わったシナリオライターの人が退社したため、菫ルートは謎を残したまま終わることとなってしまった。

 だから、正直菫のことはよく分からない。

 ゲーム内で唯一好感度が可視化されていないヒロインだったが...現実になると余計に分からない。


「こんな弟がいると姉は相当苦労するぞ………誰しも嫌がると思う」

「そうかな?世話が掛かる可愛い弟は大歓迎だけど」


もう菫には頭が上がらない。

 時間が経てば噂は消えるが、菫のためにも状況を逆転させる必要がある。

 やはり主人公との強制イベントを発生させる必要がある。

 条件をつけて対決し、その雄姿を多くの人に見てもらう...秘策はある。


「それじゃあ、古山くん。また明日。ちゃんと学校来てね」

「あ…う、うん…」


本当…少しは耐性をつけ た方がいいな…まともに会話できてないような気がする。でも…友達が出来たんだよな。

 嬉しさで逆に緊張する……菫が見えなくなるまで手を振った俺は、強く拳を握りしめた。


「サヤ…」

「はい。何でしょう」

「俺が、エアマジックで主人公に勝てる方法を教えてくれ」

「地道に鍛錬――」

「時間がないんだ。頼む…お前の知恵を貸してくれ」

「……」


俺はサヤに深く頭を下げた。

 これがダメなら土下座だってしてやる。プライドなんていらない…友達が出来たんだ。

 こんなダメダメな俺を庇ってくれる初めての友達を守るためなら…なんだってしてやる。


「いいでしょう。これから私はあなたのコーチです。あなたを地上最強に鍛えてあげましょう」

「いや…誰もそこまで――」

「嫌なら辞めますけど?」

「わ、分かった…」


一体こいつは何を考えているのだろう。

 そんなこと一生分かる気がしない。

 とりあえず、悪魔に魂を売った気がする。

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