-2- 何もしていない
「う…うっ…」
ゆっくり目を覚ますと、見慣れぬ天井が映った。
どこだここ…俺何でここに……記憶を辿るとゆっくり悪夢が蘇る。
イベントが何故か不発したこと……変態扱いされて……それで……
「ううっ!!」
強烈な吐き気が襲いかかる。く、苦しい!い、息が!!
「うっ!!ううっ!!」
苦しさに喉をかきむしる。
血が出て手が赤く染まっているのが見えるが、辞められない……苦しい!苦しい!!
「はい、そこまで」
腕に注射器のようなものが刺さり、徐々に体の力抜ける。
同時に頭もボーっとして…異様な平穏が訪れる。
「はぁーせっかく手当したのに。余計なことしないでください。ゴミ」
だるそうな声とともに視界に入ってきたのはサヤだった。
ブツブツと文句を言いながら首に包帯を巻き終えると、俺のベットに腰かけて脇腹を突く。
「バカですか?説明もろくに聞かずに勝手に出しゃばるなんて」
「だって…この世界は…」
「えぇ、あなたはこの世界に詳しい。ですが、一つ、見逃したことがあります」
「え…?」
見逃す?バカな……俺はマヤたんルートを数え切れないほどやっているんだぞ!そんなわけが……
「あなたは主人公ではありません」
「は…?」
「あ・な・たは主人公ではありません」
何…言っているんだ…俺が…主人公じゃあない?
「な、何で…俺はこのゲームの世界に転生…」
「事実的にそうではありますが、誰が主人公に転生するって言いましたか」
「は...?」
「モブAがいきなり主人公のイベントを起こそうとしても無理ですよ。なんでイベントが不発したか...あなたならもうその答えを持っているはずですよ?」
さ、詐欺じゃあねぇかよ!
主人公でマヤたんと一緒に幸せな高校生活を送れるんじゃあないのかよ!
「そう『詐欺じゃあねぇかよ!』みたいな顔しないでください。説明を聞かないまま飛び出したのはあなたですよ」
サヤは大きくため息をついて説明をはじめる。
「今回あなたが失敗した原因を二つ、教えてあげます。一つ、人の話を聞かないで勝手に飛び出した。二つ、自分が主人公と錯覚した」
「くっ...」
「主人公は他にいます。あなたはゲームで例えると…ただのクラスメイトZ過ぎません。私の好意で同じクラスにはしてますが、それだけです」
「は…じゃあヒロインは主人公にしか攻略できないのかよ」
「その問に対しての一般的答えとしては…否です。主人公にしか起こせないイベントは存在しますが、あなたがヒロインを攻略できないわけではないです」
つまり…俺が起こそうとしたイベント。不良からマヤたんを救い出したはいいが、胸を触って許されるのは主人公だけってことか…
主人公とマヤたんは実は幼なじみ…マヤたんだけが、それに最初から気づいている。主人公のやつとは好感度のスタート地点が全然違うってことか…
「ついでにもう一つ聞いてもいいか?」
「質問はいくらしてもいいですよ。非常に理不尽ですが、私は質問に対しての拒否権は存在しません。まあ、一部答えなくていい質問は存在しますので、それを聞いたら殴りますので」
「……」
ずっと思っているが、こいつ……すっごく口が悪い。
綺麗で毒舌Sキャラとか、好みの大分範囲外だこら。
「ゲームの中では色んなルートが存在する。主人公がたどっているルートはどれだ?まさかハーレムとかじゃないよな?」
「はい、主人公は一つのルートしか辿っていません。メインヒロインルートです」
ってことはマヤたんルートか……この先の展開が少し読めなくなってきた。
本当だと、あそこでマヤたんを救うのは主人公…でも俺がそのイベントを台無しにした。
なら主人公はどの道を進む?ラッキースケベイベントは今後の展開に必要不可欠だ。
「なぁ…主人公はどうなった?」
「主人公なら井波 マヤを変態から救ったヒーローとしてクラスで有名になっています」
「は?ってことは…」
俺に関節技を決めたやつが主人公ってわけか…くそっ…
本来なら周りから変態扱いされるのは主人公...その誤解が解けたあとクラスメイトからは高評価になるが、その時期が早まっただけか。
「担任が眠っている間に電話をかけてきたので、『バカでもしない頭受け身を完璧にきめてゴミのように寝ています』と答えておきました。伝言で『井波さんの胸を触った事に関して話がしたい』とのことです」
「……」
そう…なるよな…
最悪だ…あれでマヤたんには完全に嫌われた。あんな嫌がる声…聞いたことがない。
それに…生徒の間で今頃俺は変態として噂だっているだろう……もうゲームオーバーだ。
「ケガに響くと思いますので今日はゴミ箱のゴミみたいにおとなしくしててください。不愉快ですが、看病してやりますから」
無表情のまま毒舌を放つサヤに俺は背を向けて寝る。
「もういいよ…」
「はい?」
「俺の人生もう終わったんだし…このまま死ぬ…」
「……あ、そうですか」
冷たいサヤの声が一瞬極限まで下がった気がした。
サヤは席から立つと舌打ちし、部屋を出て行った。
なんだよその態度……俺は悪くない…知らなかっただけなんだ……
それから数日。俺は部屋に閉じこもりパソコンをしていた。
この世界にも元の世界と似たようなサイトがあるので、愛用していたサイトに似たところで暇をつぶしている。
「やいーやいー引きこもり」
「うるさい…」
ヘッドンをしているのに感情のこもっていない声が鮮明に聞こえる。
サヤは今まで何も言わずにご飯を出していたが、あまり口にしていない。俺は死ぬんだから…
『ブチ』
いきなりパソコンが消える。
電源プラグを確認するも、コードは問題なく刺さっている。
ゆっくり後ろを向くと、そこには相変わらずゴミでも見るように俺に視線を送るサヤの姿があった。
「何だよ…」
「伝えるのをれてましたのでお伝えしますゴミ。この世界でゲームにおけるエンディングを迎えられない場合、その場であなたは消滅しますよ」
「あぁそう…」
エンディング?その前に死ぬからいい…俺はサヤに背を向けボーっとモニターを見つめた。
まだつかない。サヤが何かしているのか?再びコードを確認するため、しゃがむと、いきなり横から蹴り飛ばされた。
「おい、ゴミ。話し聞いてんのかよ」
「はぁ?」
いきなりサヤが敬語をやめた。
ちょっと動揺しているが、それを隠して振り向くと…サヤが殺気を放ち、拳を強く握っていた。
「ゴミだとは思っていたけど、お前、再利用もできないほどのゴミなのかよ」
「うるせぇ…」
「ほざくなゴミ、耳が汚れるから黙ってろよ」
一切感情を出さなかったサヤが、いきなりブチキレている。
そして、俺の胸倉を掴んで床に叩きつけた。
「くっ…何するんだよ!」
「黙れって言っただろう!!人の言うことも聞けないのかよゴミ!!」
「ゴミゴミうるさぇよ!ケンカ売ってるのかよ!」
「こっちのセリフだこのゴミ!!お前は脳ミソ空っぽなのかよ!!」
サヤの言葉に俺の堪忍袋の緒が一気に切れた。あの男と同じ言葉…
我を失いサヤに向けて拳を振る。
「うるせぇぇぇ!!お前に何が分かるんだよ!!お前に俺の痛みが分かるのか?!分からないくせに勝手に人を評価するなクソ女!!」
自分でも言い過ぎたことは分かっている……でも、ここまで来てあの言葉を聞くのは嫌だ。
殴られたサヤは固まったまま何も言わない。
俺が荒く息を吐いていると………いきなり右頬に激痛が走る。
「くっ…なっ――」
「見損ないました。分かりました。あなた、死ぬって言いましたよね?」
右足に何か刺さった。上に乗っているサヤのせいで見えないが、多分注射器…だが、前のと効果が違う。
全身が痺れて指一本動かせない…
「感謝してください。殺してあげます。自分では死ねないくせに死ぬ? 死って言葉をそんなに簡単に出すんじゃあねぇよ!!」
そう言うとサヤは俺の首を絞め始めた。い…息が……!!
抵抗が全くできない…さっきの注射器の中身は何なんだ…クソッ…意識が…
「これが窒息死」
「ゲホ!ゲホ!!」
サヤは奢な体からは想像もできないほど強い力で俺の喉を握り潰していく。
意識が段々遠くなり目の前が突然見えなくなった。
「まだ死なないでくださいよ」
意識が飛びかけた一瞬、洞窟の中にいる俺に外から話しかけているように、遠くから声が響く。
気がつくと、サヤがまだ俺の上に馬乗りになっていた。
体はまだ動かない、抵抗しようとしたその時……サヤの手に鋭い刃物を見せた。
「ううっ!!」
口が塞がれている?!
「刺殺による出血死」
サヤは適当に刃物を突き刺すと、血が流れ意識が遠くなる俺をじっと眺めていた。
その後も延々と俺は殺された。
俺は死んだはずなのにまた生き返ってまたサヤに殺される。
数えきれないほど繰り返し、もうこれ以上の死に方はないぐらい殺された。
だが、サヤの殺意は収まることを知らず、まだ俺に殺気を放っている。
「もう…やめ――」
「ええ、いいですよ。最後に……餓死」
サヤが指を鳴らすと、俺はいきなり体から力が抜け、発狂するほどの飢えに襲われた。
必死に食べ物を探す。すると俺は昨日の食べ残りのご飯を見つけ、最後の力を振り絞って手を伸ばす。
「た…食べ物を……」
「ゴミにあげる餌はありません」
そう言うとサヤは笑いながら食べ物を取り上げ、俺の目の前で食い尽くした。
「あ…ぁ…」
薄れゆく景色の中...サヤは皿を俺に投げつけ、心の底から軽蔑した眼差しで俺の顔を蹴り上げた。
※※※
目を開けると、視界には天井が映った。
もう見慣れた天井…そう、エアマジック・エンジェルズでの俺の部屋だ。
「死の味はどうでした?ゴミ」
「あ、あぁ!!」
俺はサヤが視界に映った瞬間、自分のかけていた布団を投げつけ、部屋の隅へと逃げた。
殺される…また殺される!!
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息が苦しくなる。部屋の中には俺の荒い息がどんどん広がっていく。
嫌だ…もう…もう嫌だ!!
「何で俺だけ……お、お…俺は何もしていないのに…はぁ…はぁ…」
「ええ、そうです。あなたは何もしていません」
「え…?」
次の瞬間、サヤは布団を投げ捨てて俺に注射器を飛ばした。
本能的に腕で防御すると、注射器は腕に刺さり、中の薬品が自動的に注入される。
「あ……あっ」
何度か刺されてわかったが、これは感情の起伏を打ち消すような薬だと思う。
いわゆる鎮静剤...だが、前打たれた時とは違って体の力が抜けたり、異常に冷静になったりはしない。
「あなたは何もしていないんです。何も。だからこうなったんですよ」
「は…?」
「チャンスを掴むことも、失敗を反省することも。次に進むことも。何一つしていません。何もしていないからこうなったのです」
「お、俺は頑張ったんだ!!」
「それは自己評価に過ぎません。私からみるとあなたは何もしていません。勝手に調子に乗って自爆して、死ぬこともできないくせに死ぬとほざいていただけです。努力は主張するものではないのです。見つけてもらうものです。努力を主張した時点でそれは自惚れです」
「あ……」
反論することができない。
俺は勝手に己惚れて、サヤの説明も聞かず突っ込んで、失敗して…見苦しく放棄した。
だが失敗は失敗だ。もうこれ以上続けることはできない……
「あなたは何しにこの世界に来たんですか?」
「そ、それは…マヤたんと幸せになるために…」
「ならそれを実行すればいいじゃあないですかゴミ」
「できないんだよ!主人公じゃあなきゃ…マヤたんは…」
「確かに主人公にしか起こせないイベントは存在します。ですが、言いましたよね? あなたがヒロインを攻略できないわけではないです。ここはあなたが目を閉じても歩ける世界なんですよ。この世界に関してあなたより詳しい人は存在しません」
サヤは俺にカバンと制服を投げつける。
「まだゲームは始まっていません。これからです。あなたのその知識があれば、主人公からメインヒロインを奪うことなんて、たやすいことなんですよ。思い出してください。あなたは何を求めてここに来ましたか?この世界であなたの夢を叶えるんです。それが実現すれば夢は現実へと変わります」
俺はマヤたんが大好きだ。マヤたんだけが唯一の生きる希望だ。
俺は幸せになりたい…大好き人に認められ、誰も俺を傷つけない場所がほしい。
サヤの言うとおり俺は努力してなかった。
それが今すぐできるか?いや、できない……でも……このままじゃあダメだよな。
「分かった。やってやる。俺は…マヤたんと幸せにこの世界で生きるんだ!」
「頑張ってください。応援はしませんが見守ってあげましょう」
相変わらず人を貶すサヤを睨みつけながら俺は制服を手にした。
何ができるかは分からない……でもとりあえず学校に行ってみよう。
変わりたい………初めて心の底からそう思った。