-13- ルート不明Ⅱ
「創様!ふぁいとですの!」
「創くん!頑張って!」
菫と青泉さんの応援が体育館の中に響きわたる。
だが、それに負けないぐらい……
「創さん頑張ってください!春馬も頑張ってください!」
俺と春馬の両方を応援しているマヤたん。
もちろん嬉しいが……嫉妬とは別の意味で春馬は応援してほしくない。
このバカ、力加減下手くそだから……
「アクティブコイン!!」
応援を受けるとすぐ突進する。
イノシシがお前は、アイテムのコインも使ってまさに能力通りの【神速】に相応しいスピードを出している。
最初は対応することが出来なかったこのスピード...今でも目で捉えて対応することは不可能。
だが、ここまで試合を重ねていると、見えなくても行動パターンで予測することが出来る。
「アクティブコイン!ディスペル!!」
ディスペルは能力の打ち消しに成功した時、一定時間相手のコイン無効化とアイテムの出力低下を起こす。
使い勝手もいいし、とてもいい能力だが...狙いを定めるのがとても難しい。
動き続ける相手に対してはその相手を常に捉えておく必要があるため、一瞬でも目を離すとディスペルの効果対象外となってしまう。
春馬の場合、次の行動地点が分かっているため...先置きで捉えていると――
「ぐはっ!」
簡単にディスペルを適応させることが出来る。
勢いよく転んだ春馬からエアを奪いゴールまで走る。
「はい、これで終わり」
軽く3点ゴールを決めて試合は終了。
装備である程度のステータスは保証されているが、そもそもの体力が鬼門。
アイテム使ったら一気に息が上がった……
春馬との勝率は6対4ぐらい……もちろんこれは春馬がコイン以外のアイテムの使用がない場合だけ。
使用すると一気に勝率が0対10になる。
未だアイテムが使えないので本当困りものだ……シールダーの壁はある程度大きくはなったが、以前使い物にはならない。
「創様カッコイイですわ!!」
「あ、ありがとう……」
青泉さんが目を輝かせながらタオルを渡す。
そういえば、サヤが幻滅したような目で「二股とはゴミですね」と毎日いってるので気づいたが…青泉さんの好感度が上がり過ぎている自覚はある。
どっちつかずな態度は悪いと思っているが...イベントのためには仕方ないと思っている。
「創くん、疲労度がかなり上がってるからしっかり休んでね」
「あ……ああ」
俺のステータスを確認した菫が笑みを浮かべて自分の隣に座るように手招きする。
「創様!喉乾きませんか?冷たいレモンティーを用意していますわ!」
「あ、そうだ。私軽くサンドイッチ作ってきたんだ。食べてくれる?野菜ジュースもあるよ」
二人の激しいアフターケア合戦に巻き込まれそうになっていた矢先、後ろから部長が肩を掴む。
「仲睦まじいところ悪いが、少しお知らせがあってね。みんな聞いてくれるか?」
「はい」「「はーい……」」
落ち込む気味の二人を気遣いながら部長の方を見ると……その後ろに見慣れた男性が立っていた。
担任の先生?何で……
「あ、そうか。創のはまだ紹介してなかったな。うちの顧問の内村先生だ」
ゲームでは顧問が出てくる場面はなかったが、さすがに現実では必要か……
でも担任が顧問とか普通だと息苦しい組み合わせだな。
「改めてよろしく、古山君」
「は、はい……」
この人若干苦手なタイプなんだよな……てか、俺は先生って分類があまり好きじゃあない。
確かに内村先生は他の先生とは比べ物にならないぐらい生徒思いの人だ。
単純に自分の問題だ...先生という人物にトラウマがある。
「よし、菫さんと青泉さんは早く話が終わってほしいみたいだし。早めに本題に入ろう」
「そ、そうなことは……」
「先生の話はちゃんと聞きますわ!」
「はは、それならいいけど。さて、今回みんなを招集したのは……近々親善試合をしたいと思っています」
1年生のイベントの中でかなり印象深いイベント、そろそろ来る頃だとは思っていたが心が締め付けられるような感覚になる。
このイベントはいわゆる負けイベント...ヒロイン含めて全員がかなり落ち込んでしまう難問を突き付けられることとなる。
「相手はどこですか?」
春馬はやる気満々で質問する。だからお前はイノシシかって。
「近くの青崎高校だよ」
「げっ……」
先生の言葉に立ち止まるイノシシ、さすがに自分より大きい獣を前にすると少しは恐怖を感じるか。
「はあ……」
「そういえば春馬の第一志望校は青崎高校でしたね」
マヤたんが春馬の背中をさすると、力なく頷いた。
「でも、ここに来てよかったと思ってる。あそこは...ちょっと...」
ライバル高校ということもあり、ゲーム内で確かに嫌なやつだったり勝利以外見えていない人も多い。
春馬...主人公はそのことを知って青崎の入学を辞めている。
「創なら分かるだろう?」
「春馬風にいうなら、あそこのエアは汚いとは思う」
それぞれが抱えている難題を突き付けられるイベント...一応好感度を一定以上確保していないとバッドエンドに突入してしまう。
それ点に関してはクリアしているが...ゲームでみるのと現実でみるのは全く違う。
「あっちの主力は出でくるんですか?猛撃ロンゴミニアドと、神壁のアイギスとか」
「ろんごみにあど?」
「アイギス?」
ロンゴミニアド、かの有名なブリテンの王、アーサー王が所有していたという伝説の聖槍。
聖剣、エクスカリバーに並ぶほどの武器だったと言われるその名を持つ人物がいる。
まあ、自分の口から「走れ!ロンゴミニアド!!」と叫んでいる中二病であるが、実力は確かで、エアを槍の形にすることができる。
一方アイギスはギリシャ神話に登場する知恵の女神アテナが所持している盾。
めちゃくちゃ固い壁を作れるやつで2人合わせて西日本では間違いなく最強のペアだ。
「と、いうわけ」
ざっと二人の説明を終えると、周りから拍手が起きる。
「すごいです創さん!ギリシャ神話?とか、プリンの王様―-」
急に可愛らしい王様になったな。
「とかよく知ってますね!」
「説明ありがとう、そうな相手がいるんだね」
「さすが創様ですわ!」
「いやいや……ただの雑学だ」
対戦相手のことまでしっかり把握しているような部活でもないし...相手の情報がないのも当然か。
親善試合で相手側のエースが出てくる可能性は低いが...一応伝えてもいいだろう。
「ロンゴミニアドは正直菫の魔球以下だ。でもアイギスは邪悪を払う盾……その名のようにペア以外がそのバリアに近づくことすらできない」
「どういうことですか?」
「まあ、実体験した本人に聞いた方が早い」
俺は春馬を見る。
すると、大きくため息をつき悔しそうに話し始める。
「創の言うとおり、あいつがバリアを張った瞬間近づくことが出来なかった。なんか……バリアの周りにもう一つ壁があるみたいで……」
単純に言うと出力が大きいから生まれる風のような壁が接近を止めている。
とにかく、あの二人は出力がバカみたいに強い。それだけの話だが……二人に届かない選手は山ほどいる。
それが才能の差ってやつだ。
「ちょっといいか?」
みんなの表情が固くなる。
今楽しくエアをしている皆にとってはあまりにも遠すぎる...俺はそのことを察知して手を上げた。
「みんなが心配するのは分かるけど……でも俺はあの二人が出てくるとは思わない」
「どうしてだ?」
春馬の疑問に俺はみんなの顔色を伺いつつもハッキリと伝えた。
「それは……うちが弱小高だからだ。あっちは公式大会も出る。親善試合でわざわざ秘密兵器を出すこともないだろう」
実際ゲームでも対戦しないし、あいつらが試合したくっても顧問が止めるだろうな。
「そうですね…」
「創の言うとおりだな」
「はあ…仕方ないよね。弱小なのは事実だし」
「うう……心がむしゃくしゃしますわ!」
自分たちの立場を再認識したところで、先生が俺の肩を叩く。
「まあまあ、弱小なのは事実だけど……今は、でしょう?みんなは上に登れる目をしている。私はそう信じているよ。それで、親善試合はどうする?」
「受けて立ちます!」
「はい!わたしもです!」
「他校の戦闘スタイルもよく見ておかないとね」
「創様!親善試合なら私もペアを組んでください!」
全員のやる気が確認できたところで、先生に挨拶をし練習を再開する。
その途中、ふと青泉さんが練習している姿に目が止まった。
アイテムで作ったラケットでエアを打つ度、キラキラ輝く金髪が激しく揺れ、小さい体なのに目いっぱい背伸びして動作を大きくしている姿が何故かとてもかっこよく見えた。
一度は俺に希望をくれた人、その姿を間近でみると……やはり負けていられない。
「創様!見てくださったのですか?!」
一息ついている途中、俺の視線に気づいた青泉さんが手を振ってくる。
「あ、ああ。カッコイイぞ」
「ふああ!嬉しいですわ!創様、感謝いたしますの!」
本当……なんて言うか、ゲーム通りの純粋な人だな。
でも…一緒にいて悪くはない。むしろ若干元気をもらう―――
「た・く・み・く・ん?」
ゾッ。
後ろから若干殺気だった声が聞こえてくる。
最近菫の嫉妬というか何かが大きくなっている気がするが...
「が、頑張ってるって思ってただけだって……」
「へえーそうなんだ。ふふふふ」
菫さん、目も口も笑ってないです。
「ふう……何だか弟を取られてる気がして腹が立つんだよね」
弟に世話が掛からなくなって少し寂しいと思っている感じか...?
理屈は分かるが感情としては理解できないものだ。
そう考えていると、菫は思い出したように質問を投げたきた。
「そういえば青泉さんとは知り合いだって聞いたけど」
「知り合い……ってほどお互いのこと知りえてないと思う。一回挨拶しただけだし……」
現実と二次元じゃあ知り合いたくってもできないから、この話自体真っ赤な嘘なんだけど。
「そうなんだ。青泉さんが自慢げに言ってたから幼馴染ぐらいだと思ってたけど」
「違う……」
「そうなんだーふふふ」
何故かいきなり菫がご機嫌になる...まあ、正直どっちにも嘘をついている身としては心が痛む。
「でも、創くんが見込んだだけあって、青泉さん、強いよね……基礎体力もすぐついたし。アイテムでラケットを作ってエアを打つって……本当一人だけ違うスポーツしてるみたい」
確かに斬新なプレイスタイルであるが、菫も同じだとは思う。
あっちはテニス、こっちは野球……両方ともエアマジックとは違うスポーツだ。
「そういえば、ロンゴミニアド?さんは私以下だって言ってたけど……」
「ああ……ロンゴミニアドは鋭いエアに変化するから力が一点に集中する。そのあかげでほとんどのバリアを破壊して進めるだけだ。本人に菫ほどの投球力はない。だから菫以下ってこと」
「なるほど……私も頑張ればバリア壊せるかな?」
「どうだろう……流石にアイギスは厳しいと思うけど、春馬と俺ぐらいだったら楽々と……」
バリアはアイテムのクロスより固い壁を作れるため、出力の差を投球力で補うしかない。
菫ルートでアイギスとぶつかることはないが、正直菫が2年生までエアマジックを続けていたら勝てると思う。
「それ聞くと私のボール人に当たったりすると怖いな...」
「あ、それは大丈夫」
エアには安全機能が搭載されていて、ケガをするぐらいの威力で生命体に近づくと、消滅する。
以前部長の腹に激突した菫の魔球だが、部長はケガをしなかった。
装備もある程度防御機能を持っているし、エアでケガをすることはまずない。
「っていうこと、だから安心してバンバン投げていい」
「へえ……よくできてるね」
まあ……旧式のエアはその安全機能に異常があってけが人が出たが、現在旧式のエアは全て回収されている。
言う必要はないよな、不安を煽るだけだ。
※※※
練習が終わり家に帰宅すると、何故かサヤが玄関で待機していた。
「お帰りなさい」
「あ、ああ……ただいま」
「一つ、お話いいですか?」
「いいけど」
サヤは俺からカバンを取るとリビングへ案内した。
すると……そこにはめちゃくちゃ綺麗な銀髪美女が座っていた。
身長は170前半ぐらい、目を閉じているので細目の優しいお姉さんに見える。
サヤと同等ぐらいの美人で、サヤよりそびえ立っている山脈……そして、修道院のシスターをイメージした白い服。
美人とシスター....どっかの宗教勧誘ですか……?
「紹介します。こちら私の同期のスターニアさんです」
「初めまして」
サヤから紹介を受けると、スターニアさんはゆっくり立ち上がって頭を下げた。
日本人には見えないけど……日本語が普通に上手い。
「で、何でこの人を紹介したんだ?」
「これから数日、一緒に過ごしてもらうからです」
「は……はぁ?!」
正直サヤの言動に慣れてきたと思ったが、突拍子もないことを当たり前のように言うのは慣れないものだ。
「また急になんで...」
「何ですか?スターニアさんでは不満ですか?ロリの方がよかったですか?」
「違う!お前がいるのに何でいきなり増えるんだよ!」
「私がいなくなるから代打を頼んだんですよ」
「は?」
いなく……なる?
「しばらく席を空けます。まあ簡単にいうと上司に呼び出されたので」
苦虫を嚙み潰したような表情をするサヤに、俺への態度がまだましだったことに気づく。
何だよ……数日だけか、でも……なんか、変な気分だ。
「そうかよ……それは分かったけど、何でこの人なんだ?」
「他に頼める人がいなかったので」
「は、友達いないんだな」
「そうですが何か?」
なんでそこまで堂々と言えるんだ...羨ましいぞ。
「ふふ、お二人は本当に仲がよろしいのですね」
「どこがだ!」「どこがですか」
また変なやつを連れて来やがって……いや、まだ変な人と決まったわけじゃあ――
「これも神のイタズラですね。二人は争っているようで実は争っていない。二人は奥深くで知らぬ会話をしているのかもしれません。ああ、わたくしにそれが分からないのは試練が足りないからでしょうか?ああ……神よ……」
スターニアさんはいきなり祈りを捧げ、涙を流す。
あ、やばい。この人サヤを軽々と上回るやばいやつだ。
俺は別に宗教に関しては何とも思わないが、スターニアさんが信じているやつはなんかやばい匂いが漂ってくる。
「おいサヤ!あの人何だよ!」
スターニアさんの言動に驚きサヤに抗議するとサヤも困ったようにため息をつく。
「まあ...あれです。多めにみてくださいあの人信仰心以外はいい人なので」
「それが問題なのではないか?」
「まあ神を冒涜するようなことさえしなければ死ぬことはないですよ」
「いや...なにそれ怖いんだけど」
異端審問官かよ...普通に不安になってきたんだが。
「まあ、余程のことがない限り彼女が手を出すことはないですよ。基本私たちはこの世界に手出し禁止なので」
「そ、そうかよ……」
どっちにせよ火薬入りの箱だ。
正直親善試合もあるのに、こんな重い荷物まで背負ってられない。
「なあサヤ……無理言うが、ここに居たらダメか?」
「は、はい?」
無理を承知でお願いしてみると、サヤは頬を赤くしてちょっ照れているように感じた。
「何でちょっと頬を赤くしてるんだよ。あんな荷物背にあると安心して過ごせないじゃあないって話だ」
「あ、あ……そ、そうですか」
なんだよその新しいボケ。……ボケ、だよな?
「ふう、すみませんが無理な相談ですね。私たちの世界は上の人間の命令は絶対なので」
「そうかよ……じゃあ他の人に交換とかは?」
「私、友達いないので」
「あれは?」
「同期です。困っていたら引き受けてくれた優しい?同期です」
「優しいに疑問形を入れるな!余計不安になるじゃあないかよ!」
はあ……どうなってるのか未だ理解できないが、とりあえずスターニアさんと数日一緒に過ごすことは確定らしい。
「で、いつ帰ってくるんだよ」
「不明です。早めにとは思っていますが……何せ相手が曲者なので」
「親善試合が1週間後にあるんだ。それまでには戻ってきてほしい」
「何故ですか?」
「重要なイベントになるからだ。あそこで一つ歯車が狂えばその後全部のイベントが狂うんだ」
「分かりました……頑張ってみます」
無理を承知ではあるが、今更新しい人と交流を持つ程の余裕はない。
スターニアさんには悪いが、サヤが早く戻ってくることを祈るばかりだ。
※※※
時間が経過し、夕食時になった。
一応スターニアさんの歓迎会と称して、豪華に食事を用意しているサヤ。
いつものようにその後ろ姿を眺めていると、スターニアさんがくすくすと笑い始めた。
「な、何かおかしいですか?」
「ミスタータクミは本当サヤのことが好きですね」
「いや……だから違いますから。あいつとは天敵関係です」
「日本にはいい言葉がありますよね?ケンカするほど仲がいいと。ワタクシはそう思っていますが……」
「違うますから、俺とサヤはただの……ただの………」
何の関係だよ。今更だが、俺とサヤは何の関係だ?
そんな気にすることもなかったが……いや、気にすることないじゃあないか。
普通に考えろ、普通に……
「ただの知り合いです」
「知り合いにしては親密に見えますが?」
「……じゃあ知り合い以上友達未満です」
「そうですか…なるほど、でも適切な言葉ですね。あなたとサヤは友達であって友達ではない。ああ、これも神のイタズラでしょうか?」
なんかまた始まった...これちょっと怖いから止めてほしいんだが。
「ミスタータクミ」
「創でいいですよ……」
「そうですか、それではタクミ。あなたは、サヤと友達になる思いはないですか?」
「ないです。1gも、1mmもないです」
「何故ですか?サヤがあなたに何かしたのですか?」
「ええ、何回もころされ――」
言葉より早く俺の前にポークが突き刺さる。
「すみません、手が滑りました」
「嘘つけ!どうしたらこっちにポークが飛んでくるんだよ!!」
「よくあるじゃないですか、物理的にどう考えてもこけてそんな体制にならないどろうって」
「二次元は何でもありなんだよ!ここは現実だろう?!」
「すみません、ここだけ物理法則をずらしたので」
「もう意図的って言ってるじゃあないかよ!」
「まあまあ、仲睦まじいですね。ふふふ」
「どこがだよ!!」「どこかですか」
はあ、正直コントやっている時間も少し疲れた。
思ったより疲労が溜まっていると自覚した俺は静かに席を立つ。
「どこ行くんですか」
「ちょっと休んでくる。色々話しすぎて疲れた……ご飯できたら呼んでくれ」
「はい、分かりました」
「お休みなさい、タクミ」
二人を背に部屋に向かう。
ベットに寝転んだらいきなり眠気が襲ってきて、すぐに寝れる気がした。
アイテムの練習に親善試合……そしてマヤたん攻略、確かに全部完璧にするのは難しい。
でも……これって青春だと思う。勉強して、部活して、恋愛して………やることは常に多い。
俺は今、元の世界でできなかったことをしているんだ。それは……幸せと言ってもいい、幸せとしか言えない。
正直そのチャンスが意味分からない実験だとしても、与えられたチャンスはありがたく掴ませてもらう。
もう逃げないって決めたんだ。もう……以前の俺とは違う、以前の環境とも違う。
逃げる理由は何処にもない、なら、前を向いて進むだけだ。
マヤたんと一緒に歩く華々しい未来……を。
「あれ……何だ?」
何故か胸の奥が痛くなった。まあいい……今は疲れたから少し休もう。―――明日も頑張ろう。
※※※
創がいなくなったリビング。
ぐつぐつと鍋から音がしているだけで、サヤとスターニアに会話はない。
二人は同期だが、それほど仲がいいわけでもない。
もっとも、二人が居る世界では人に心を開く事がとても難しい。
「サヤ、いえ……古山さん」
「人の本名勝手に言わないでください。創が聞いてらどうするんですか」
「いいじゃあないですか、タクミは自分の部屋で寝ています」
「……千里眼ですか。うらやましいですねそれ」
「ふふ、光を失った私がもう一度光を受けた証です。私、生前は目が見えなかったと知っているではありませんか」
「そうでしたね。すみません」
「いいえ。それで…サヤ、一つ質問いいですか?」
サヤは鍋の火を消すと、スターニアの方に視線を向ける。
「何でしょう?」
「何故あなたは自分の感情に正直じゃあいなんですか?」
「……何ですかいきなり、十分正直ですよ」
「本当は再会が嬉しいはずでは――」
「うるさいですね。再会もどうもありませんよ……彼と私は一度も出会ったことがない。彼が覚えてないなら、それは出会いではありません」
「まだ幼かったからでは?」
「彼が元の世界を投げ出したように私も元の世界を投げ出しました。だから――私は彼を捨てたんです」
サヤは大きくため息をつくと、鍋を食卓に運ぶ。
「悲しいことを忘れるってことは、嬉しいことも忘れます。私は彼に悲しさしか与えられなかったんです」
「あなたは極端過ぎる傾向がありますよ?自分にも他人にも厳しい……」
「それが私です。甘々なままではこの世界で生きていけない。それはあなたも分かっているはずでは?」
2人の間に数秒沈黙が流れる。
お互いここまで来るのに苦労している。だからこそ――
「まあ、創をよろしくお願いします。ご飯をあげれば勝手にやる人なので」
「はい、料理は任せてください。サヤは……そうですね、なんと言葉をかけていいか……」
「いいですよ。このタイミングでの呼び出しがかなり気になりますが、とりあえず行ってみます。さて、先に乾杯でもしておきますか?」
サヤは指が指を鳴らすとテーブルにシャンパンが現れた。
かなり高級品にみえるそれをためらいもなく開け、スターニアのグラスに注ぐ。
「それでは、これからあなたの苦労に乾杯」
「ふふ、サヤに幸福があることを祈って乾杯です」
グラスの透明な音が響き、二人は一気にシャンパンを飲み干す。
呼び出しを気にしているサヤは以前少し表情が固いが、スターニアは一杯飲んだだけでほろ酔いになり、ほわほわと揺れていた。
その後、創が起きてきた時に二人が酔って寝ていたのはまた別に話だ。




