-12- 結婚?
長年シールダーとして活躍した春馬が驚くほど小さく作り出したあの日から約1週間。
シールダーの練習もこなしながら、俺は相変わらずアイテムの練習をしている。
まあ……未だに煙ほどの壁しか作れないんだが……
「そろそろ休まない?」
だいぶ息が上がってきたところに、菫が水稲を差し出しながら微笑んだ。
気が利くってレベルじゃあないな……まるで俺の心が見えてるようだ。
「ありがとう……でももうちょっと。疲労度もまだ大丈夫だし……」
「本当かなー?」
「う、うん……」
実は80(MAXは100)何だが……こちらからステータス画面を見せないかぎり菫には分からない――
「実は70~80ぐらいだったり」
「えっ……なんでそれを...」
何で分かるんだ?!ハッキングでもされてるのか?
いやいや、エアマジックの装備は何重にもセキュリティがかかってるからハッキングは不可なはず……
「分かるよ。この1週間ずっーと創くんと練習したんだよ?」
「いや……それでも中々分かるものじゃあないと思うけど……」
「うーん、そこは愛の力かな?」
「うっ!」
落ち着け!likeだって!!
免疫がついたと思えばこんな単純なことに同様するのか俺!
「もう、創くんは可愛いなー」
「も、もう勘弁してくれ……」
顔を隠してうつむくと、菫はごめんといいながら俺の手を掴む。
「一緒に休もう?対抗戦が近いから焦りがあるのも分かるけど……無理は絶対にダメだからね?」
サヤに励まされてから結局何も上達していない。
頑張って……勝たないといけないのに、このままじゃあ惨敗だけが見える。
負けたくない……絶対に勝ちたい。
「軽く何か食べる?パンならあるけど」
「あ……それじゃあ1個もらうよ」
「はい、どうぞ」
パンを受けとり、一口食べた瞬間……菫はふと思いだしたように――
「そういえば、清崎くんと井波さん、結婚したんだってね?」
「げほっ!!」
え、何それ?!ゲームでもエンディングは高校2年生までなのに!結婚とか最終エンディングじゃあねぇかよ!
何でだ……どこでフラグが狂った?!どうしてそこまで進んでる!!
「げほ!げほげほ!!」
「あ、ああ……ごめんごめん。結婚って言ってもエアマジック用語だよ?」
「えっ…げほっ!」
エアマジック用語……?
全く聞いたことがない。またこの世界が現実になったことで生まれた用語だろうか?
結婚……何だろう、何かを象徴していると思うが単語自体のインパクトが強すぎて想像もつかない。
「結婚って言うのはお互いのステータス画面を共有すること、創くんなら知ってると思ったけど……」
「じ、実際にやったことはないから……全知なわけじゃあないんだ……」
「そうだよね、私も昨日初めて知ったし」
そうか……ここはゲームみたいにお互いのステータス画面をみれるわけじゃあない。
何か特別な手続きをして見れるようにする……いや、それにしても何で結婚何だよ。
「菫……何で結婚っていうか知ってる?」
「うーん、確か、ステータス画面って色々身体情報満載でしょう?人にみせる時は非表示にできるものが、結婚した相手には筒抜けになるから。信頼性とかの意味を込めて【結婚】じゃあないかな?」
なるほど、つまりマヤたんは春馬になら色々な情報を知られても問題ないってことか。
もう恋人じゃあねぇかよ!!俺敗北決定か?!主人公チート過ぎるだろう!!
「その話は井波さんから聞いたの……?」
「うんん、部長から。私たちもやったらどうかって進められて」
「そ、そうか……す、菫はどう思ってる?」
「うーん、ちょっと検討かな?最近ちょっと肉付きがよくなってるから……」
菫は自分のお腹を少しつまみため息をつく。
いや……痩せてるよ。それ以上減ると低体重だ。
「菫さんが嫌ならわたくしとけ、け……けっこんしませんか?!」
この雰囲気の中で話をしてくる勇気は称えよう...声の方向に視線を移すとそこには青泉さんが立っていた。
そうだった……最近自然に溶け込んでたから気にしてなかつたけど、入部して練習にも積極的に参加してるんだった。
ちなみに青泉さんの装備は【フェアリードレス(白)EX-5】、白いドレスをイメージしたデザイン性溢れる装備だが、機能も色々充実している。
だって……うん十万もするからな。
追加だが、俺の狂戦士の羽衣EX-5とか菫のフェアリーナイトAA-8とかについてする最後の英語と数字は性能の表記で、英語はC~EX。1~10までの表記である。
つまりEX-10が最強なわけだが……そんな商品は存在しない。
日本でももっとも普及している【And・Heir】の商品は最大でもEX-5、それ以上は大会によって定められたスペックのギリギリをいく。
And・Heir商品はスペックを調整しなくても、公式大会全てに参加できる安定性があるため、国内シェア率はトップ...海外でもプロの4割が使用している。
話を戻すと……頑張って練習している青泉さんはとりあえず基礎体力がなかったので、1週間はずっと体力作りをしている。
まあ……アイテムとかがまだ届かないって理由もあるが。
「うーん?私嫌とは言ってないかな?」
「前向きな検討は大体拒否につながりますの!」
「検討は必要でしょう?だってスリーサイズとか――」
「わ、わたくしは創様に知られても恥ずかしくありませんわ!」
心を許してくれることにはありがたい。
だが、他人のスリーサイズを見る前提で話を進めるの誤解を生じるからやめてほしい。
「へ、へえ……創くんと装備つけて練習している間は裸同然なんだよ?」
いや、だから菫……その言い方語弊が――
「い、今裸になっても構いませんわ!」
俺が構うわ!!
「それとも何ですの?菫さんは創様のことを信頼していませんの?」
青泉さんがニヤリと笑いながら菫を挑発する。
本当は仲裁した方がいいとは思うが……そうだな、ちょっと気になる部分ではある。
菫の方に視線を向けると、菫は少しうつむき……
「し、信頼してるよ……でも……は、裸は見せられない……」
そりゃあそうだ。
でも……ちょっと物足りない答え。もう少し違う言葉をかけて欲しかったけど……それは欲張りだろうな。
「はい、ここまで。俺だって身体情報が筒抜けになるのは抵抗がある。そこんところは信頼とはまた違うだろう……性別が違うわけだし」
ここまで言うと青泉さんも理解はしたものの、納得は出来ない様子で、軽く頬を膨らませながら――
「で、でも……春馬さんとマヤさんは結婚してますよ?」
「「あの二人は例外」」
「え、えっ?何でですか?」
「「だってバカだもん」」
すごい、二度もそろった。
まあ、でもあの二人は後先考えない部分があるから……後から恥ずかしくなるパターンだろう。
「と、とにかく!創様!わたくしと結婚してください!シールダーはペアが違うなら2回まで大会に出場可能ですし!」
それはそうだけど……俺今シールダーとして最低ラインだし。
しかも、今は掛け持ちできるほど余裕がない。
「すまないけど……」「ダメ!」
断りの言葉より早く菫の否定が場に走る。
菫は初めて見るふくれ顔で俺の前に立つと青泉さんと睨み合いを始める。
「創くんは私のペアなの!」
「人数がいない時は仕方ないですわ!アダムとイヴのように選ぶ相手がいないなら目の前の相手とくっつくのは当然ですの!」
一応部長もシールダーだけど、眼中になしか。
「何それ?創くんと仕方なくペアになるの?そんな気持ちでペアになるなら尚更許せない!」
「物の例えですの!そもそもアダムとイヴもいくら仕方ないとはいえ、愛し合っていないと結婚なんてできませんの!」
青泉さんがやけに挑発的な態度のせいで、普段温和かな菫までムキになってしまっている。
かなり驚きはあるが、とりあえず仲裁しないと――
「それじゃあ、創くんに聞いてみればいいね!」
「ええ、いいですの!やはりここは創様に決めていただくのが一番ですわ!」
あっこれすごくよくない。
ゲームだとどっちかのフラグが折れるパターンの最悪なイベントに突入しているかもしれない。
「創くん!!」「創様!!」
「は、はい!!」
逃走失敗、どうする……こんな選択できないぞ。
よし、ここは数々の主人公が使ってきたあれを使おう。
「ちょっ……ちょっとトイレ」
「「後でいけばいいでしょう!!」」
「は……はい……」
何でこんな時だけ息が合うんだよ…仲良しか。
はあ……現実で【ちょっと○○へ】は通じないか、まあそうだよな。
「私と青泉さん!」
「どっちですの?!」
俺はマヤたん派ですよ!その二択しかないなら選べない!
「まあまあ、そこまでにしておけ」
この修羅場に助け舟を出したのは意外も意外……部長だった。
ニコニコ笑いながら俺のわき腹を突く。
「創が好きなのは分かるが、ケンカはよろしくないな?それに、その質問は創を苦しめるだけだ。創にとっては二人とも大切な仲間だからな」
何だ……部長、すごく見直してますよ?
今日はすごく冴えてる日なのか?それとも……
「はあ……」
周りを見渡した俺は大きくため息をつく。
そうか……今日は女子バレー部と共同で体育館使用してた。それでもすごく助かったのは確かだ。
部長の言葉に2人も少し落ち着いたのか顔を見合わせて気まずそうに視線を逸らす。
「まあ、創も今はアイテムを使うことで精一杯なわけだし、どちらと組むか、あるいは両方と組むかはまた今度話し合えばいい」
チラチラとバレー部員の方を見ながら話さないでくれたら俺は心から部長を尊敬していたのに...残念だ。
「はい...」
「すみません...言い過ぎましたわ」
「うんん、私もムキになってごめん...」
冷静になった2人は落ち着いて互いに謝罪したものの、この問題自体は先伸ばしされただけだ。
いずれルート分岐が明白になる夏までにキッチリしておかないと...
「部長……ありがとうございます」
「いいよ、大変な時はお互い様だ」
部長は親指を上げて笑みを浮かべる。
まあ……いくら美人が近くにいるからって言っても、これは見直せるな。
「で、アイテムの調子はどうだ?」
「……聞かないでほしかったですね」
「そうか……うん、やっぱり伝え方で苦戦してるのかもな」
「伝え方……」
みんなにはできない俺だけの伝え方、それは未だに見つかっていない。
こればっかりは分からない……でも、続けないと見つからない。だから努力している。
対抗戦はもう間近……本当どうにかしたい。
「まあ、焦るな。何だったら対抗戦はなしにしても――」
「いやです。日程どおりお願いします」
対抗戦はゲームでもあるイベントだ。
それがなくなれば今後に大きな影響がでるはず……なしにするなんて絶対にダメだ。
「そ、そうか……まあ、でも焦るなよ?」
「はい、分かってます」
分かってる……でも、この状況は焦るしかない。
今後みんなと一緒に過ごせるかどうかの問題になるんだ。
「うん?どこいくんだ?」
「練習です。煙から火種ぐらいにはなりたいので」
俺は火属性、まだ煙しか出せないが……いずれは業火さえ出してみせる。
※※※
午後7時、皆はそろそろ帰る準備を進めているが、創は以前練習に励んでいる。
煙ぐらいの壁が生成されてはものの一瞬で消えてしまう。
そんな光景を見て、部員たちは心を痛くしていた。
「た、創さ――」
声をかけようとした青泉さんを菫がそっと止めて首を振る。
そして。
「創くん、私たち先に帰るね。あと戸締りだけだから、お願いできるかな?」
「あ……ああ」
創は息を切らせながら返事をすると、また練習を始めた。
皆は菫引率の元、体育館から去って行く。
「菫さん!何故わたくしを止めたのですの?!」
体育館から離れたところで青泉さんは菫を見て頬を膨らませる。
「今はそっとしてあげた方がいいの」
「花島のいうとおりだな……」
「はい……菫さんが正しいと思います……」
三人の答えに青泉さんは少し戸惑い、部長の方を見る。
が、部長も同意見だと頷く。
「でも...私何かできないかと辛いですわ」
『……』
その言葉もまた正しく、皆の間に静寂が生まれる。
誰も答えを出すことができない、答えは創だけが出せるものだと皆知っているから……
「はい、とりあえず解散。いくら考えても答えは出ないから……今はそれぞれのことをしよう?」
パチッと手を叩いて皆を元気づける菫。
笑顔で明るく見える菫だが、皆は知っている……誰よりも一番辛いのは菫だということを。だから……
「そうだな」
「はい!」
「分かりましたわ…」
「おう!」
こうして、今日はとりあえず解散となったエアマジック部。
その数時間後、菫から春馬とマヤに向けて一通のメルーが送られたのはまた後話。
無慈悲にも時は過ぎ、いよいよ決戦の時がやつてきた。
「ふう……」
着替えを終え、ため息をつきながら歩く創。
ずっと死に物狂いで練習したが……まだ壁は作れない。
それどころか、煙も日に日に弱くなっているので創は最悪な状態で決戦に挑むことになった。
創は何度もため息をつき、体育館に足を踏み入れる。
「…?」
フィールドに部長がいない。部長どころか春馬も、マヤも、青泉さんもいない。
だだ、菫だけがフィールドの真ん中に立ち、自分を手招きする。
だんだんと近づくにつれ、創の疑問は不安へと変わっていった。
菫が……装備を身につけていない。
「菫…?何で装備着てないんだ…?それにみんなは……」
「みんなは今頃前行ったラーメン屋で青泉さんの歓迎会をやってるかな?」
「は?!き、今日は対抗戦なはずじゃあ……」
「うん、そうだよ」
それがなに?と言わんばかりの口調に創は若干怒りを覚え、声荒げる。
「それじゃあ何で!」
「それはね、創くん」
菫はニッコリ笑みを浮かべ、創の肩を掴む。
「対抗戦は終わったの、私たちの負け」
「え………」
自分は夢でも見ているのか?そう覚えしますほど、創は混乱した。
だってそうだ……自分は対抗戦をした覚えがない、でも負けている……ならば。
「まさか……棄権したの?」
「うん」
満面の笑みを浮かべ、自分の努力を水の泡にした菫の言葉、その言葉は創の怒りを抑えていた鎖を断ち切った。
「何で……何で!!勝ち目がないから諦めたのか!俺が、俺がアイテムを全く使えないから……俺が足でまといだから……だから諦めたのか!!」
創は逆に菫の肩を掴んで問い詰めた。自分の中に知らない感情が浮かびあがる。
怒り……単純に言ってしまえば、それは怒りだ。だが……その怒りはいくつも歪なものを宿している。
疑問、恨み、劣等感、自己嫌悪、喪失感……その中で一番大きい喪失感の代わりに怒りが入り込み、嫌悪の類が創に拍車をかけている。
自分は勝たなくてはいけなかったのに……この試合に勝って………勝って…?
「創くん、私を恨んでいいよ。でも……私はの答えは今の創くんと一緒にエアマジックをしたくない」
菫の顔から笑みが消え、トーンが低くなった。
まるで嫌いな相手を見ているような鋭い目……その威圧感に圧倒され、創の怒りは少し抑えられた。
「ど、どういうことだ……」
「創くんはどうしたいの?勝負に勝ちたいの?それともエアマジックが上手くなりたいの?」
「そ、それは……両方とも……」
創の手の力が動揺によって緩む。
すると菫はその手をそっと包み込むように掴む。
「うん、どっちともほしいよね?じゃあ、何で勝ちたいの?何で上手くなりたいの?」
「そ、それは……みんなと一緒にこれからもエアマジックを続けるため……」
「なら、何で勝つ必要があるの。創くんずっとおかしかった。上手くなるのと勝つことと勘違いしてる」
「!!」
イベントだから勝たないといけない……そう勘違いしていた創。
実際対抗戦は行うことに意味があって、勝敗はあまり関係ない。
誰よりもそれを知っていたはずの創、だが……いつの間にか我を失っていた。
「私ね、創くんが誘ってくれなかったらエアマジックに一生出会えなかった。出会えたとしても続かなかった。創くんがいるから今も続けているの。でも……今の創くんは私が知ってる創くんと違う。私は創くんとエアマジックがしたいの」
菫の暖かい手が創の頬に移る。
すると……菫の顔に笑みが戻った。
「弱虫で、泣き虫で、可愛くって、目が離せなくって、ちょっと励ましたらすぐ無理して……いつも助けてるって思ったらいつの間にかその倍助けてもらってる創くんとエアマジックがしたいの」
「俺は……俺はそんなんじゃあない……」
「うんん、それが創くん。私が知ってる創くんなの。だって……今私人生で一番幸せだよ?創くんは知らないと思うけど、私は創くんに何度も救われたの。だから……今度こそ、創くんを助けてあげる」
優しく微笑みながら強く創を引き寄せる菫。
そして……耳元で甘えるように囁く。
「創くん、私と結婚して」
「え………」
「もちろんエアマジックの方だけど、婚姻届けの方がよかったかな?」
「ち、違う!」
「ふふ、可愛いんだから!」
菫は創を更に強く抱きしめると、頭を優しく撫でた。
「私は創くんの隣でエアマジックがしたい、創くんは?」
「俺は………」
本来なら色んな感情がうずめく疑問なのに……創は何故か笑みを浮かべほぼ即答した。
「うん……俺だ」
「よかった」
創自身もこの感情が何なのかは分からない。
だがこの感情は今までにないことと、菫の隣だからこそできた感情だと確信した。
※※※
俺と菫は歓迎会に向かう前に結婚をするため、ある場所へ向かった。
結婚、つまりステータス共有をするためには専用のプログラムが必要である。
だが、そのプログラムは機密性が高い為47都道府県に対して47個しか配布されていない。
つまり、一つの都道府県に一つだけ。
そして、ここ青泉市にはプログラムを所持しているお店がある。
「ようこそ!天空へ!」
青泉市唯一の結婚ができるお店、天空。
大体結婚のためのプログラムは正式な出張所が請け負っているが、天空は唯一の正式代理店としてプログラムを所持しているので他の店に相当な嫉妬をされているとかなんとか。
「おお!創様とそのお付きさんじゃあないですか!」
相変わらずテンション高いな……それにあんたも様づけかよ。
「今日はどうしました?もしや!新型を入るという情報を聞きつけて……」
「いいえ……その……け……」
「ケルケイオン型も置いておりますよ!」
「いや……そのけ、結婚しにきました……」
「……?創様、大変申し訳ないのでずが……さすがに婚姻届けは置いてませんけど…それに年齢的にもまだ――」
「ち、違う!店長!」
ロリっ子の副店長がぴょんぴょん跳ねながら店長の肩を叩く。
すると店長がしゃがみ、副店長が耳打ちをする。
「ああ!ステータス共有のことですね?いやー中々マニアックな用語が飛び出したもので勘違いを」
「「マニアック?」」
「はい、大体結婚なんてあんまりいいませんよ?もちろん正式な用語ではありますけど、その……恥ずかしいじゃあないですかはははは」
それはそうだ。
俺は納得だったが、菫の方はそうもいかない。
ゆっくり菫の方へ視線を向けると、菫はトマトのように顔を真っ赤にして必死に冷静を保っている。
よく我慢できるな……と感心しながら早く話を進める。
「それで……そのステータス共有はできますか?」
「はいはい、もちのろんです。手数料はかかりますが…」
「えっと……」
手数料のことを知らなかった困っていると、携帯がメールの着信を知らせる。
【カバンに財布入ってます。そこに入ってるカードは自由に使っていいので】
相変わらず恐ろしい程にお金に困ることがない……カバンを開けると、見慣れない黒い財布が入っており、そこには前使った得体の知れないカードが入っていた。
「か、カードでもいいですか?」
「もちのろんです!それでは装備を少し預かってもいいですか?副店長ー二人のお茶を!」
ステータス共有には若干時間が必要なので、俺たちは待機室でお茶を出され、副店長が接客をした。
いつもおどおどしている副店長だが、何故か今は嬉しそうに笑みを浮かべ、菫に話かけた。
「よかったですね。これでよりお互いを知り合えますへへへ。私もまたエアマジックがしたいです」
まるで自分のことのように嬉しがる副店長に、菫は笑顔で答える。
「ありがとうございます。副店長さん、エアマジックしてたんですね」
「はい!私こう見えてもプロだったんですよ」
「え?!」
俺は既に知っているので驚くことがないが、菫にとっては初情報。
しかもこんな間近に元プロがいるなんて……
「実は店長もプロだったんです。私と高校時代からのペアですよー」
お盆で若干顔を隠し、体を揺さぶる副店長……完全にテンションが頂点だな。
「でも……私のせいで辞めたんです……今も悲しく思いますが、店長が毎日楽しくしているので少し気が楽です」
「辞めた理由……聞いてもいいですか?」
「はい、いいですよ。誰でもない菫さんですから。創さんはついで聞いてください。お二人は若い頃の私たちに似ているので……心に刻んでほしいことがあります」
副店長はおおらかな笑みを浮かべ、お盆を机に置いた。
「私、すっごくエアマジックが好きで……学生の頃からプロを目指していたんです。でも、生まれつき体が悪くってへへ……それでもプロになりたかったので体にムチを打って上り詰めました。でも……その対価は大きかったですね……色々な病気にかかって、ケガをして……体がボロボロになりました。それでもなお、私はエアマジックの道を歩み続けて……」
副店長は悲しそうに笑うと、言葉を続ける。
「店長の子供を放棄するところでした……」
「え…?」
「店長の子供をこの身に授かって……すっごく嬉しかったですけど……お医者さんに『産むならこれからの選手人生は保証されません』と言われたんです。身体的に難産になるのは必然……最悪命も保証できない。生きてたとしても後遺症が残る可能性がある…とのことでした」
残酷な話だが、何故か副店長は笑顔を保ったまま菫の手を取った。
「だから、私……子供を諦めようとしたんです。すると……店長が私を止めるため、相談なしでプロを引退しました。そのまま行けば殿堂入りは確実な人だったのに……私は彼のプロ人生を奪ったんです。私はその時初めて自分の間違いに気づきました...最初から私が間違えていたんです……子供を諦めるなんて、そんな選択肢、存在してはいけません。彼はそれを自分の人生をかけて教えてくれたんです」
「副店長……」
「ちゃんと話せていれば、私があの時聞く耳を持っていれば…確実に違う結果になったかもしれません。だから、お二人にはきちんと話しあって……二人で未来を決めてほしいです」
副店長は話を終えると少し顔を赤くして菫と俺の手を取った。
「お二人はきっと、きっと私たち以上の選手になれるはずです!」
「そうだそうだ!創様は私が見込んだ人だからね!」
「?!」
後ろからいきなり店長の声が聞こえ、副店長の顔が一気に赤くなる。
「い、いつから……」
「うん?最初からだけど。まーだ気にしてたの?」
「そ、それは……」
「子供は無事小学生になったし。副店長も元気いっぱい、だーれに似たのかすっごく活発的だし。私はこれでハッピーエンドだと思ってるけど、副店長は違ったのかな?」
「ち、違う……わ、私だって幸せだもん!!」
「それならよろしい。いやーすみませんね。一つも笑えない話聞かせてしまって。私……実は結構過去が深いんですよ!」
店長が雰囲気を完全にぶっ壊したところで、副店長がいきなり倒れ込む。
「おっと!」
「え、え?!副店長大丈夫ですか?!」
「はいはい、心配には及びませんよ菫さん。恥ずかしがり屋なんでね...ちょっとキャパオーバーだったみたいです」
と、言っている店長だか、その表情はとても明るく、倒れた副店長をおんぶする。
そして……
「装備の調整は終わりましたよ」
「あ、それじゃあ手数料を……」
「いいです、いいです創様。つまらない話聞いてくれたお礼です。どうぞこれからもご贔屓に!天空はいつもあなたを待ってますよ!」
店長は親指を上げて突き出すと、今度は菫の方に視線を向け……
「菫さんもいつでも待ってます。まあ、主に待ってるのは嫁だと思いますが、こいつ友達少ないですからどうかご贔屓に」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「それでは、それでは!またのご来店お待ちしております!」
金に目がないけどいい人だとは思っていたが……どうやら金に目がないわけでもないらしい。
※※※
「よーし、それじゃあ私たちもラーメン屋に行こう?」
「うん……」
これでペアを変えるのは簡単ではなくなった。
ペアが変わればルートが確実に変化するが……何故か俺は「このままでいい」と思っている。
マヤたんを諦めたわけじゃあない。でも……でも、菫には隣にいてほしい。
「こ、これからよろしく……」
「うん!こちらこそ!」
菫は俺の手を強く握ると、みんながいる場所へ大きく踏み出した。
菫は言った。俺以外ペアを組む気もなく、俺じゃあなかったらエアマジックを続けていないと。
その想いが本心だと俺は確信している。
だって...ゲームで菫は1年生の冬にエアマジックを辞めて、マネージャーになるんだから。
俺も菫がいないとここまで続けられなかったかも知れない。
だから……これからもこうして二人で歩けることを願うばかりだ。




