-1- ゲームオーバー
人は生まれながら平等ではない。
恵まれている人間はどこまでも高く上がり、恵まれていない人間はどこまでも落ちぶれる。
死は救済なんて言葉がある。絶望に耐えきれなくなった人はそうやって命と引き換えに現実から脱出する。
『――くん、大好きだよ』
こんな最低な俺でも癒してくれる優しい声、その美しい声は俺の胸の深くから楽になる。
そっと手を伸ばす、届くはずのないパソコンのモニターの先へ。
「マヤたん…俺も大好きだよ…」
現実に俺の居場所はない……そんな俺は居場所を求め、色々な物に手を伸ばした。
パズルゲーム、RPG、恋愛シミュレーションゲーム。
その結果、【エアマジック・エンジェルズ】という大作に出会えた。
バトル、デート、ミニゲームなど豊富なコンテンツは既に恋愛シミュレーションという域を超えており発売から3年だった今でもゲームソフト売上ランキングで不動の1位を維持している。
現実という苦しみから逃げることが目的だった俺にとって、このゲームは全てを忘れさせる楽園。
はじめての恋愛シミュレーションゲームだったが、全てのヒロインを攻略し最愛の推しを見つけるのにそこまで時間はかからなかった。
「かはっ!!」
立ち上がろうとした時、部屋に散らばっていた物に足を囚われそのまま冷たい床に横たわる。
無力感と胸を締め付ける行き場のない不安と苦しみが喉を締め付けるように思えた。
ニートになってからどれぐらいたっただろうか?
自分は最低最悪でこのまま死んでしまったって誰も悲しむ人なんていない。
『――くん?もう!よそみしたらいやだからね!』
パソコンからマヤたんの声が聞こえてくる。
単なる放置ボイスに過ぎないが、少し息が楽になる…マヤたんは…俺にまだ死んでほしくないのかな?
マヤたんだけだ…俺を貶さないのは…マヤたんだけが…俺を癒してくれる…
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息を整えながら薬を飲む。
即効ではないので三十分ほどはまだ苦しい…だが…マヤたんの声と笑顔を見てれば何とか耐えれそうだ。
『ハハハ、本当ゴミクズのような人生。自殺しないんですか?せっかく足を掴んであげたのに』
「え…?」
いきなりマヤたんの声で聞いたことのない毒舌セリフが流れてきた。
バグ…?いや、こんなバグ聞いたことがない。それに…マヤたんが俺にこんな酷いこというわけない!
「何だ!お前マヤたんの振りしやがって!!」
怒りのあまりモニターを掴んで叫ぶと、画面にノイズが走る。
よく見るとパソコンの電源が落ちている。
先ほど物を引っかかった時コードが抜けてしまったようだが...何故モニターがついたままでゲームが起動しているのか意味が分からない。
先程のバグのような現象といい、現実ではあり得ない現象を自覚したことで恐怖を覚えた。
『はぁー』
大きなため息が聞こえる。声はもうマヤたんじゃあない……
モニターから手を離したその時、突然女性の手が現れそのままモニターから這い出るように誰かが現れた。
「うああああ?!」
どこかのホラー映画のようにワンシーンに腰を抜かす。
ゆっくりモニターから出て来たのは紛れもなく人間でしかも女性だった
「ふーう」
少し小柄な体形に透き通るような白い髪、その姿はこの世の人とは思えないほどの美人だ。
そう……まるで二次元の人のように。
彼女は黒い司令官の着る軍服を身にまとい、何処からともなく帽子を取り出し、頭にかぶる。
そして……眉間にシワをよせて鼻を塞いだ。
「くっさっ……酷いとは思ってたけど……ここまでとは」
土足で立ち、周りの物を容赦なく蹴散らしながら足場を確保した彼女はしゃがみ込んで俺を指さす。
「確認ですけど、あなた、古山創ですよね?」
「そ、そう……だけど、誰だ……」
「私はサヤ、あなたに選択肢を与えに来ました」
「せん…たくし?」
彼女はこくりと頷くと、立ち上がり周りを見た後に再び俺の視線を向ける。
「この世にはゴミとそうでないものがあります。ゴミは捨てないといけません。このように」
パチンと指を鳴らした彼女は、不気味な笑みを浮かべた。
すると、部屋にあった全ての物がなくなり、彼女は満足そうに周りを見回した。
「ふん、これでスッキリしました」
「な、何してんだよ!人の物勝手に……どこに消したんだ!」
「火山あたりで燃えているでしょう。それはさて置きです。ゴミはこのように捨てないといけませんが……再生可能なものは再利用しなくては可哀想です」
「何言ってるんだよ!いきなり現れて人の物を消したと思えば再利用とかなんとか……お前一体何者なんだ!!」
「サヤです。あなたに選択肢を与えに来たと言っているじゃあないですか、ゴミ」
「いっ!!」
サヤは俺の手を足で踏みつけると不快そうに舌打ちをする。
こちらに抵抗する気力がないと分かると足をどけて人差し指で俺の顎を押し上げる。
「選択肢一、死ぬ。あなたが望む死を与えましょう。死に至るまでの経緯、そして死の種類を選択することができます。まぁ、個人的にはゆっくり体を潰して死ぬ圧死とかをおススメします」
「何を――」
「私が今喋ってるでしょ」
話を折ることは許されず、サヤの指が喉に突き刺さる勢いで押し当てられる。
「選択肢二、あなたの大好きな恋愛シミュレーションゲーム。【エアマジック・エンジェルズ】の中に条件付きで入って高校生活からやり直す」
「は……?」
もう二番を選べと言わんばかりの好条件……本当できるのか?と疑問を浮かぶが、先ほど一瞬にして部屋から物を消したんだ。
それなら……行ける………本当にマヤたんに会える!!
「に、二番だ!」
「いいんですか?その代わりあたなは全てを捨てないといけませんよ」
「いい……もうこんな世界に未練はない!!煮るなり焼くなり好きりしろ!」
「へえー」
サヤは一瞬だけ嬉しそうな笑顔を見せた。
そしてそのまま俺の首を掴み締め上げながら持ち上げる。
いくら俺が軽いからって言っても女性が片手で持ち上げられるようなものではない。
提案の内容から明らかに人外の何かだと悟るが、もう何をするにも遅かった。
「さて、一旦死んでもらいますか」
「は?!何でそうなるんだよ!!」
「煮るなり焼くなり好きにしろって言ったじゃあないですか。それでは良い死を!」
悲鳴を上げる間もなくサヤは俺の首と胴を引きちぎった。
強烈な痛みと今まで味わったことのない不快感が全身を襲う。
だがそれも刹那、自分の身がどうなっているのか認識する間もなく...俺は現実での生を終えてしまった。
※※※
「いってぇぇ!!何しやがる……ん……だ…………」
頭を抱えながら周りを見ると、見たことのない部屋に俺は横たわっていた。
ゆっくり立ち上がるが、どこもケガしていない……それどころか、何だか体が軽い…嘘のように軽快に動く。
部屋を見回していると、全身鏡を見つけたので恐る恐る覗いてみる。
「嘘だろう……」
鏡に映っていたのは紛れもなく自分だか……服装が明らかに変わっていた。
これは……青泉学園の男子制服、間違いない……マヤたんが通っている学校の制服だ!!
「どうですか?若くなった気分は」
鏡を見入っていると、後ろから手袋を外してネイルを見ているサヤが見えた。
先程着ていた軍服はなく青泉学園の女子制服に身を包んでいる。
「な、何だよ若くって……」
「高校1年生の年齢になってるんです。久しぶりの若い肉体はどうです」
「そんな歳じゃあなかったし!」
っていうか、俺まだ高校生だったよギリギリ!!
「そうですか、まあいいです。現在時刻は7時です。今日は青泉学園の入学式の日になります。軽く説明する――」
サヤの説明を無視して部屋を飛び出す。
あんな化け物みたいなやつの話をこれ以上聞けるか!
それよりも、入学式って重要イベントだろう!何でこの日からスタートなんだよ!
急いで家から出ると、もうそこははじめて来たはずなのに、見慣れた住宅街が広がる。
知ってる。俺はこの道が青泉学園に…マヤたんがいる場所に続いていると知っている。
「ちょっと、話し聞いてください。私が説明責任果たしてないって怒られるじゃあないですか」
走っていると、いきなり横からサヤが現れた。
基本何でもありなんだなこいつ……
「お前より俺はこの世界を知ってるんだ!マップは目を閉じても目的地につけるほど覚えてる!それに入学式だろう?!最初に不良に絡まれてるマヤたんを救ってフラグを立てないといけないんだ!」
「だから、その事も含めて話が――」
話なんてあるものか!
このまま遅れるとフラグが立たない!スタートから終わりだ!!
マヤたんルートは何回もプレイしているからこの先の展開は全て頭の中に入っている。
俺は…この世界でマヤたんと一緒に幸せになるんだ!!
青泉学園正門前。
相変わらず正門からデカい学校だが……正門をくぐったところに見える建物は教室がある校舎ではない、あれは職員室……いや、もう室っていうより職員棟と呼ぶべきだろうか。
生徒はもちろん、教師、職員もかなりの人数がいるが、その数は忘れた。正直覚えている必要がない。
で、この呆れるぐらい巨大な学校は【青泉グループ】という、ゲーム内では世界一の大企業が設立した。
その財力は眩しく、校内はバスが通うほど大規模……本当無駄にデカい。
ゲームでも紹介されていない地域があるが……ここではどうなっているのだろう。
そもそも、ゲームの中に入ったんだよな?ならステータス画面とかは何処だ?
「えっと……困りますぅ……」
ステータス画面を探していると、急に後ろから声が聞こえて来た。
その声を聞いた瞬間、全身が震える……間違いない…この声の主は!!
「この学校広いからさ、一緒に行こうよ」
「すごく可愛い。やっぱ死に物狂いで勉強してよかったぜ!こんな美人揃いの学校に来れるなんて!」
ヤンキーA、Bに絡まれている天使、井波 マヤ
赤く光る綺麗なツインテール。他の生徒とは別格の美しさを放ち、困ったように笑っているが、すごくのほほんとした雰囲気を出している。
中学校は新体操をやっていたせいか、スタイルは群を抜く。
そして…女の子最大の武器はヒロインの中で一番大きい、まあ…スリーサイズは公開されてないけど、その差は歴然だ。
「おい、お前ら。その子が困ってるじゃあないか」
本当ならこんなの体が震えて到底できたものじゃあないが、ありったけの勇気を振り絞ってヤンキーに立ち向かう。
ケンカになるはずはない……今話したのもゲーム通りのセリフだし、このまま行けば問題ない……はず。
「「はぁ?」」
同時にこちらを睨むヤンキーたち、や、やっぱり怖い。だが…こいつらは所詮雑魚に過ぎない。
何よりもマヤたんの前なんだ!怖気づいてどうする!!
「お前誰だよ」
ヤンキーAが俺に近づくと更に睨みを効かせる。
だが……そのセリフは俺に勇気しか与えない。
は!所詮はNPCだな!同じセリフしかいいやしない!
「名乗る意味あるか?いいからその子を解放しろ」
「生意気だなテメェ」
「おっと、手を出すのはやめようぜ。お互い楽しい高校生活が始まるんだ。問題を起こして嫌なスタートきるのはよくないだろう?」
「ちっ…」
周りからも視線が集まり、ヤンキーたちは足早に校内へ入って行った。
よし…よし…最初のセリフと同じことを言うと全く同じことが起きた。
大事なのはここからだ。一旦マヤたんに声をかけて……
「大丈夫?けがはない?」
「あ…は、はい……」
あれ…?何だかマヤたんの表情が固い。気のせいか?それより、ここで近づくと何故か体制を崩してしまいマヤたんの方へこけてしまって、胸を触ってしまうってラッキースケベイベントが起こる。
もちろん、マヤたんは何とも思っていないが、俺は少し悪い噂が立つ。
だがそれも全部イベントだ。時間が経てば自然と消える。
「あっ!」
分かっていたはずなのに足が突然氷の上で滑ったかのように体制が崩れてしまう。
両手には今まで触れてきた何よりも柔らかい感触が伝わり、周りが少しざわつき始める。
いいんだ……これでマヤたんが―――
「へ、変態さんですうううぅ!!」
「ええ?!」
へ、変態?!な、何で…ここは、「うわ、ビックリしました……」だろう?!
何でだ……何でセリフが変わったんだ。何故ゲーム通りじゃあない!!
「おい、お前、何してるんだ!」
いきなり俺の手を誰かに掴まれ、そのまま関節技を決められる。
「い、いっ!!」
「君、大丈夫?」
「あ……はっはい」
マヤたがそう答えると、俺に後ろから関節技を決めているやつは殺気だった声で話す。
「女子の胸を掴むなんて、君、頭は大丈夫なのか」
「ち、違う!これは事故で…」
「黙れ、このまま職員室まで一緒に行ってもらおう」
「だから違うって!足元に急にそれで――」
俺が弁明している最中。周りから嫌な視線を感じる。
気づけば人だかりができていて、女子達が俺を虫でもみるような目でみつめる。
何で…何で俺がまたこんな目で見られないといけないんだ…違う…違う…違う!!
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「くっ!待て!!」
俺は全力で関節技を抜け出し、痛む腕を抱え、我を失い家の方へ走りだした。
何で…全部ゲーム通りにやったのに…何で俺が変態扱いされるんだ?!
あの視線がまた視界に浮かぶ。嫌だ…嫌だ!!
視界がだんだんと黒ずんでいく、あ…元世界を見ているようだ…綺麗で美しい世界は、一瞬にして崩れ落ちた。
見えてくるのは、絶望の色を浮かべる理不尽なリアル。
次第に自分が走っているのか何をしているのか分からなくなる。
気づけば俺は頭から転んでいたらしく、鮮血が道路に流れる。
意識が途切れる一瞬に見えたのは…俺の部屋のような冷たく、赤く染まったコンクリートだった。
息が…できな―――――――。