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どうやら始まったみたい②

「オーク3からタワー31へ、コップロフト駐屯基地へ到着した、着陸許可を」

『こちらタワー31、基地から許可は得ている。好きなところに着陸しろ』

「あいよ」


 作戦空域から20キロほど離れたところ、四方を山岳に囲まれ、その山々の懐に抱かれるようにして、コップロフト駐屯基地は佇んでいた。緑豊かな谷間には整然と並ぶ兵舎が点在し、基地の中央には、真新しい石造りの本部が威厳を放ち、山の静寂と相まって厳粛な雰囲気を醸し出していた。それはまるで、死の荒れ地に垣間見えるオアシスのようにも見えた。空軍基地ではないため、サルナフロントよりは所狭いが、美しさにおいては引けを取らないだろう。


「お帰りなさい、食事の用意は出来おります」


 俺とシェイキーが基地に足を着けると、続々と地上支援班が駆け寄って来て「こちらへどうぞ」と、俺たちを建物の内部へと先導した。


 ここコップロフトは、ダガトワルが3年前に統治下においた領土であり、この駐屯基地も最近できたもののため、基地内部はかなり綺麗で、そしてこざっぱりしていた。陸軍の荒々しい性格を考えると意外ではあるが、かなり綺麗に使われていることが分かる。ここの基地司令はよほど厳しい人なのだろう。


「どうぞ、お好きなものを召し上がってください」


 数千におよぶ軍人を養う食堂は、目も眩むほどの広さであるが、しかし戦中ということもあって、利用者はかなり少ないように見えた。今ここに居る軍人は――――食堂の従業員を除いた――――おそらく夜勤の歩哨なのだろう。


「わぁぁ、見てください隊長、食べ物がいっぱいですよ!」


 俺とは違って、シェイキーの目の付け所はズラリと並んだ食事にあった。どれどれと俺も目を配ってみると、まず目に飛び込んでくるのは、長く続くテーブルの上に所狭しと並べられた、色とりどりの料理たち。真鍮の5灯シャンデリアが天井から柔らかな光を放ち、食材の鮮やかな色合いを一層引き立てている。その隣には、焼きたてのパンが並ぶ。バゲットやクロワッサン、フォカッチャが香ばしい香りを漂わせ、バターやジャムも事足りるほどの量である。ほかにも温かいスープがそばに置かれ、食欲をさらにそそる。


 さらに中央にはメインディッシュが並ぶテーブルがあり、ローストビーフが厚切りにされ、ジューシーな肉汁が滲み出ている。鶏のグリルやラム肉も香ばしく焼かれ、ハーブの香りが食堂全体に広がっている。甘いものはもちろんのこと、飲み物も充実しており、フレッシュジュース、さらにはワインやエールも認められるが、仕事中ということもあって、一番魅力的なのは、隅に置かれたコーヒーや紅茶だった。


 このバイキング形式の食堂の、料理の豊富さとそのクオリティの高さに、シェイキーは満足そうな笑顔を浮かべていたのだ。当然、朝っぱらから魔力全開、パワー全開だった俺も、目の前に広がる食べ物の山に垂涎である。


「おいシェイキー」

「はい」

「食うぞ」

「はい!」


 俺たちは手あたり次第に料理を皿に盛りつけていった。ここの料理人たちが見たら愕然とするだろうが、そんなのはお構いなしに、目につく旨そうなものを、肉であれば皿の真ん中に、パンであればその横に、野菜は控えめに余白部分に敷き詰めて行った。そしてこれ以上盛れなくなった皿を両手に持って、席に着く。


()()()()()()


 そして俺は、手を合わせてそう呟いたのだが、それを見たシェイキーが首を傾げて、「なんですかそれ。」と言ってきた。――――そうか、コイツは基地暮しではなかったから知らないのか。


「食前の祈りだよ。意味は知らんが、姉さんに教え込まれてな」

「へえ、聞いたことのない言語ですね」

「まあいいだろ、ホラ食え食え」


 漸くの食事に、俺はがっついた。今も仲間たちが戦っているため、味わうことは二の次に、エネルギー補給を優先して、次々と胃袋へ詰めて行く。対してシェイキーは、まあそこまで働いていないため、しっかりと節度をもった食事をしていた。盛り付けのバランスから見ても、彼女自身そこまで空腹ではなかったのだろう。


「鶏肉って共食いにならないのか?」食事の最中、ふとそんなことを聞くと、シェイキーは“うんざりだ”と言わんばかりの表情で「じゃあ隊長が今食べてるそのワニの肉、共食いじゃありません?」と食器を置いて聞き返してくるので、少し考えて「違うだろ。」と返した。そうすれば「ハーピー種も肉食なんです。ていうかそれ、他の鳥人族にも聞いてます?」と聞かれたので、今度はあまり間を置かず「イーグル種とかホーク種はまんまだから聞いたことないな。」と言えば、彼女は困った顔して「もっと私についても勉強してください。」と、人差し指を立てた。


「ごちそうさまでした」


 この後も長時間動くことになるので、満腹は避け、俺は食後の祈りを済ませる。ユリーカはというと、最初に取った皿を平らげた後は、紅茶をチビチビと啜るだけであったので、既に発つ準備は出来ている様子だった。


「行くか」

「了解」

「こちらオーク3、補給は済んだ、これより戦線に復帰する」

 

 席を立ち、ひとまず報告の通信を入れると、なにやら椅子を倒したような、あるいは何かを机上から落としたような、そんな慌ただしい音とともにクインの咳払いが聞こえてきた。

 

『早いなオイ、もういいのか?』

「かれこれ30分は経ってる、十分だろ。って、お前まさか、寝てたのか?」

『なわけねーだろ、戦の最中だぞ!』


 クインの仕事に対するストイックさは善く知っているため、それが一番ないことは知っていた。おそらく俺たちが休憩中の間、鷹の眼を借りて高高度から戦場の監視を続けていたのだろう。少しからかっただけなのだが、この有様だ。


『お前らが補給している間の戦況を伝える』

「そうこなくちゃ」


 俺とユリーカは食堂を後にし、準備が出来次第飛べるよう、外で地上支援班から装備の補充を受けるが、その間にもクインからの通信は絶えず入っていた。かいつまむと、戦局は依然ダガトワルの優勢。サルナフロント基地から派遣された第8空中騎兵団は、山脈の7合目あたりに陣取っていた対空魔法を使用する敵魔術師団を制圧し、地上支援を行っているらしい。


「聞いたなユリーカ、ここからは地上支援の任務になる。お前は引き続き、俺の僚騎として飛んでもらう」

「ウィルコ!」


 そうして地上支援班の準備も終わり、俺たちは駐屯地を後に、再び作戦空域へと向かった。『作戦空域に進入、気張って行けよ。』クインの通信が入り、戦地に立ち入る。GAMの迎撃が無いため、今朝の行軍とは違って少し気は楽であるが、ユリーカの顔には既に疲れが見えた。だが、それもそのはず。


「大丈夫かシェイキー」

「な、なんとか」


 彼女がひいひい言うのには訳があった。これから行う任務は、主に上空300メートル付近から行う近接航空支援だが、その前に、敵集団目がけ高度約5000メートルからリンゴサイズの鉄球を投下する簡単な任務がある。そのため、駐屯地からここまで、網で包んだ10個の鉄球を持って彼女は飛んできたわけだが、竜人のように魔力ではなく、腕を獣化させて己のフィジカルで飛翔する鳥人族の彼女にとっては、かなりキツい仕事らしかった。


「隊長はっ……ぜぇっ…はあっ…きつく、ないんですかっ。私の、倍は持ってますよね」

「俺は魔力依存だからな。魔力消費は激しくなるが、頑張ればあと2袋は持てる」

「いっ、良いなあっ」


 両腕と同様に、獣化させた足で鉄球を包んだ網を持つ彼女は、目も当てられないくらい、まるで水浴びでもしたかのように汗だくであった。流石に可愛そうなので、さっさと指示をよこせとクインに催促する。


「タワー31、早いとこ投下ポイントをくれ」

『悪いな、たったいま地上から指示があったところだ、付いて来い』

「了解した。行くぞシェイキー」


 もはや返事をする気力もないのか、彼女は眉を八の字に吊り上げ、汗を振りまきながらコクコクと頷くのみだった。そしてそのすぐ後、クインが使役魔法でコントロールするストーム種の鷹が目の前に現れた。奴が付いて来いと言ったのは、つまりそういうことらしい。そうして鷹に付いて行くと再びクインから通信が入る。


『オーク3、インポジション、クリアードホット、投下まで、3……2……1……今』

「砲弾投下」

「オーク4、タイタンハンマー!」


 クインが操作する鷹の方向へゆっくり翔けながら、網に入った砲弾を落としていけば、さながら笛を吹いたような、甲高い不気味な風切り音を響かせ、砲弾が雨の様に降ってゆく。辺りを見渡せば、同様の任務に就いている他の空騎たちも見えた。――――敵は今ごろ大騒ぎしていることだろう、などと耽っているとユリーカが何やら穏やかではない様子で「隊長っ。」と俺を呼ぶ。


「どうした!」

「中高度空域からの航空支援を行う際は、タイタンハンマー(巨人の殴打)ですよ!」


 何事かと思って焦ったが、何も心配することなどなかった。


「ちゅうこうど? たいたんはんまー? 今考えたのか?」

「殴りますよ!」

「冗談だ、準備しろよユリーカ、お待ちかねの近接航空支援(CAS)だ」

「戦地ではコールサインを使ってください」


 最初はどうなることかと思ったが、彼女は存外に感情豊かで、接しやすい人となりであると理解した。氷像のようだと認識した彼女のイメージは払しょくされ、これからも上手くやっていけそうだと、思わず安堵の笑みが浮かぶ。


『グッドヒット、目標多数への効果を確認。これよりオーク3はオーク隊と合流し、近接航空支援に回れ』

「了解した。行くぞシェイキー」

「了解です」


 中高度からの支援任務もようやく終わり、俺たちは高度5000から友軍陣営のほうへ向けて降下を始めた。そうして見えてきたのは、まさに血みどろの戦いを今も繰り広げる地上の様子だった。


 最初に聞こえてきたのは恐らく敵方の角笛の鋭い音。その合図とともに、先陣を切る青いマントを羽織った騎士たちが馬を駆り立て、剣を振りかざして突進する。それに対しダガトワルの軍隊もまた、迎撃の態勢を整え、弓兵たちが一斉に矢を放つ。矢は雨のように降り注ぎ、空を覆うかのように見えた。


「防御魔法、展開!」


 敵指揮官の叫び声が響き渡ると、魔法使いたちが呪文を唱え、空中に光の障壁が現れた。そうすれば味方の矢はその障壁に弾き返され、悉く地面に落とされ、その間にも敵の騎士たちは前進を続け、友軍の陣に果敢にも突入した。剣が交錯し、金属のぶつかる音が戦場に響き渡る。血が飛び散り、地面を赤く染め、前線が混沌と化す中、敵の魔法使いたちは後方から次々と呪文を放った。それは投石器のように放物線を描き、そして着弾と同時に火の玉が炸裂すると、激しい爆発音とともに大気を揺るがせた。


 陣を崩され焦ったのか、「後方支援。」と、こちら側の副官らしきオークが叫ぶと、控えていた弓兵たちが一斉に矢を放つ。その矢は正確に敵兵を貫き、戦列を崩していったが、敵軍の魔法使いも負けじと防御魔法を展開する。しかし、味方の数少ない魔法使い達もまた呪文を唱え、奴らの光の障壁を端から破いていた。


 稜線から覗く眩い光が戦場を照らし、敵陣にかかっていた陰を吞み込んでゆく。青空を信奉する敵の騎士たちは再び奮い立ち、こちらの陣に突撃した。まるで光と闇のぶつかり合い、さながら神々の戦いのようだった。


「押され始めてますね」

「ああ、不味いな」


 太陽一つでここまで盛り返すとは、なんとも安上がりなものだが、こっちの陸騎にも見習ってほしいものである。そんな風に小さく息を洩らしていると、ここで通信が入る。


「待ったかオーク3ッ!」

 

 と、上空で高みの見物をしていた俺たちの後方から、なんともやかましい声。


「だっはっは、陸軍の奴ら、思ったより苦戦してるな。普段、威張り散らかしていたあの威勢は、どうやらクソと共に便所に流したらしい」

「ノイズ、オーク2は?」

「ミュートの奴は便所で気張ってるところだ」

「補給中か」

「隊長、今ので分かったんですか?」

「あてずっぽうだよ」

「なんだシェイキー、お前は分からなんだか! ならば覚えておけ、糞の意味はクソだということをな!」

「同じ意味じゃないですか!」


 さて、ミュートは補給で一時撤退。ノイズには僚騎がいないことになる。となればスリーマンセルでの行動になるが、限りなく敵に近づく近接航空支援ではリスクがデカいな。


「どうするノイズ、ミュートを待つか?」

「否、奴のクソはお袋の産道より長い、俺たちだけで事に当たる」

「もう少し気持ちのいい例えは無いんですか?」

「だっはっは、お前も大人になれば分かるさ小娘」


 俺たちだけ、とノイズは言ったが、しかし彼は一向に動こうとはせず、依然として視線を地上へ注いだまま、ユリーカの指摘に冗談を返していた。“何かを待っている?”そう察した瞬間、再び声が聞こえてくる。


「待たせたなオーク隊」


 低い音程の声と共に、羽を畳んで上空から降って来たのは、オーク隊とタッグを組んでいたアンバー隊の隊長、“オフキー”だった。その獣化した姿はユリーカと似ているが、彼女は鳥人族セイレーン種の獣人。なるほど彼女の登場で、俺はすべてを察した。

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