表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

どうやら始まったみたい①

『こちら管制官、コールサインはタワー・スリー(3)ワン(1)。オーク3、そろそろ作戦空域に到達する――――どうだァ、初舞台は、緊張で洩らしてねえだろうなぁ?』


 栄えある晴れ舞台に相応しい、まさに青天井の空中を駆け、下方に広がる雲海を巻き上げながら、目標に向かってただ突き進む。こんなに気持ちのいい航行は人生で初めてだと、俺は感謝の意を伝えるべく、祈りを込めて空に中指を立てる。


「奴らが崇める邪神に感謝するよ、こんな相応しい舞台を用意してくれたことに」

『その意気だ相棒。たった今、貴隊は作戦空域に進入した。攻撃魔法の使用を許可(ウェポンズフリー)。暴れてやれドラグーン』


 クインからの通信を境に空気が一変する。まるで大気が圧縮されたような緊張感、荒れ狂う呼吸、震える手足、だが恐怖によるものではない。


「アンバー3、スパイク、スパイク! 敵のGAMだ、12時方向」

「早速かい! アンバー3、回避行動を取りな!」

「ウィルコ!」


 タッグを組んでいる隣の隊の空騎が敵に狙われている。作戦空域に入ったばかりだぞ。距離はおよそ60キロメートル先、敵に優秀な魔術師がいるな。


『オーク3、64キロメートル先に敵集団を確認、高度1600、方位210。攻撃はそこからだ』

「おーし、全員聞いたな、別の隊騎が狙われている、つまり俺たちも鍋の上ってわけだ。オーク隊は二手に分かれて敵の殲滅にあたるぞ」

「ウィルコ、オーク3、エンゲージ(戦闘開始)

「オーク2、エンゲージ」

「オ、オーク4、エンゲージ!」

「いい返事だシェイキー! オーク3の足を掴んで離すんじゃねーぞ!」


 ノイズの言葉の真意は、俺からひと時も離れるなという意味なのだが、言葉の意をそのまま受け取ったユリーカは。「おい! 足を掴めってそういう意味じゃないぞ!」なんと、本当に俺の足を掴んできたのだ。


「あ、あ、すいません!」


 ユリーカに足を掴まれたおかげで、機動力が著しく低下。だがそれが不味かった。突如、全身に走る寒気、これは魔力同士の衝突によって起きる拒絶反応。敵にロックオンされた証拠だ。


『オーク3、ホスタイル(敵集団)からロックオンされている』

「分かってる! オーク3、スパイク! 回避行動に移る」


 すぐさま魔力による飛翔を止め、姿勢を変えて頭を下方に向けると、体は垂直落下を開始する。これでGAMの追尾性能も弱くなるが、まだ微弱な魔力――――魔術師であれば常に流れ出ている魔力――――が漏れているため、それよりも強い魔力源を生成し、なるべく遠くへ飛ぶよう、両手の平から勢いよく射出する。


疑似魔力源デコイを使用」

『GAMを回避、まだ来るぞ! 時速730、方位150!』

「亜音速かよ!」

「オーク3、そっちへGAMが接近してるぞ、デコイを使え!」

「デコイ使用、ブレイク!」


 くそくそくそ!

 多数の地対空魔法(GAM)を差し向けられ、一つ躱してもまた一つ向かってくるという、まさに八方ふさがりの状態であった。けれど俺は――――。


「あーくそッ、楽しいねえ!」

『次来るぞ! 俺の合図でデコイを使え!』


 クインの適格な指示のお陰で、なんとかここまでGAMを躱し続けられたが、それももう限界だった。魔力切れではない――――デコイの消費魔力なんてたかが知れている――――かといって、スタミナ切れによるダウン状態に陥ったわけでもない――――作戦は始まったばかりだ――――限界の理由とは、迫りくる地面にあった。


『おい、聞いてるのか! 俺の合図で――――。』

「ネガティブ、高度が300メートルに達する」

『はぁ!?』

「これでいい、高度300まで落下したところで飛翔を開始、GAMの軌道から外れる」

『マジか』


 標高1500辺りから放たれたGAMは、微弱な魔力を捉えて、速度はそのままに、そして愚直に、緩やかに降下しながら俺へと迫っていることだろう。多分200秒くらいの猶予はある。


「まあ見てろって」

「オーク3、無茶はするなよ、墜落で死んだら笑えねーぞ!」

「大丈夫、見ててくださいよ。オーク4、お前はオーク1についていけ」

「隊長はっ?」

「こっからは単騎行動を取る。オーク1、許可を」

「オーク3、アファーム、死ぬなよ」

『オーク3、高度300に達するぞ!』

「了解!」


 魔力を最大出力し、先ずは自由落下によって生まれた加速度を打ち消す。常人であればブラックアウトするだろうが、竜人は血の魔術を扱う種族、魔力による浮上と並行して、血液をフル回転させる。


「んっぎぎぎぎぎぎぃ!」


 身体が重い、血も重い!

 まるで水中にいるかのように視界がボヤける、眠気もやって来た、頭にもっと血液を。


「うおぉぉらああああああ」

『GAM到達まで残り90秒! 方位180へ数百メートルは移動しないと躱せないぞ!』


 踏ん張りの甲斐あって、落下速度が緩やかになった。血行の促進ははそのままに、あとは全力で前進するのみ。訓練での音越えは、体への負担を最小限に留めながら、段階的な加速を行っていたが、今はそんな悠長なことはしていられない。俺はすぐさま姿勢を整え、最大出力の魔力で加速を試みた。落下速度を緩める時よりも強い負荷が全身に働く。足元へ集まろうとする血液にも鞭を入れ、頭へと向かうよう仕向ける。


『弾着まで60秒!』


 全力で、前へ! 前へ!

 クインの通信が入った瞬間、俺の飛行速度が自己ベストを更新したのが分かった。


『オーク3、GAMを回避、やったなチクショウこの野郎め!』

「はっはははは! 帰ったらエール奢れよ!」

「吐くほど飲ませてやるよ!」


 幾重にも迫りくる難を置き去りにしてやった。その高揚感は魔力による血の促進を助け、あまつさえ、最高速度をも依然更新させ続ける。


「オーク3は高度を維持し、このまま敵陣中枢へと向かう」

「だっはっはッ、ウィルコ、俺たちもすぐに追いつく、先で待ってろ馬鹿野郎」


 音速を維持したまま、GAMを撃ちまくっている敵の方へ向かって突き進む。だがその間にも、仲間たちは次々と。「チクショウッ、ホーク1が被弾した!」安らかなれ、仲間が一人、天に墜ちた。「こちらスパロー4、敵に狙われている!」一人、また一人と、端から奴らに食われてゆく。誰もが見知った仲間であり、家族同然を、まるで蠅虫を叩き落とすかのように、無情に。


『オーク3』

「分かってる」

『ああ』


 山岳地帯の谷間を縫うように翔び、ようやく敵の足元にまで来た。俺は一度地面に足を着き、そして跳躍する要領で真上へと飛ぶ。


「こちらオーク3、タリホー(敵確認)

「ブチのめしてやれ!」


 およそ100メートル先、斜め前方に見える敵の旅団は、そのほとんどが甲冑ではなく厚手のローブを纏っていた。今もなお、俺の仲間に向けて攻撃魔法を仕掛けている。ようやく見えた、こいつらが敵の対地対空部隊だ。「敵だ、正面!」奴らの一人がこちらに気付き声を張り上げる「こいつ、一体どこから湧いてきやがった!」などと、俺を堕とさんと、1個小隊ほどの集団がすぐさま魔法の詠唱を開始した。


「オーク3、マジックアルファ」


 敵の詠唱が終る前に、俺は血の魔術を行使する。竜血とよばれる魔術は、竜人に生まれついた特異能力である。それは、獣人族であれば誰もが持ち合わせており、人間が魔法を使用する際に必要不可欠な“スクロールの読み上げ”を、省くことができる優位性がある。つまり奴らの魔術よりも、俺の方が早い。


「【血一矢ブラッドアロー】」


 事前に抜いておいた血液が入った瓶を砕き、大量の血液から作り出した幾百もの矢を、高速で飛翔しながら奴らめがけて撃ちおろす。そうすれば敵は、詠唱する暇もなく脳天に矢を食らい、集団は一気にカオスへと陥る。


『オーク3、アルファの効果を確認。30人はやったな』

「タワー31、オーク3はこれより地上戦へ移行する」

『ネガティブだネガティブ! 地上戦は小隊単位で実行しろ!』


 クインはそう言うが、敵が混乱している今が好機と見定め、俺は上空3,000メートルから、再び血一矢を発射しながら降下を始めた。


『聞いてんのかオーク3、おい!』

「オーク隊はいつ到着する?」

『お前のおかげでGAMの弾幕が薄くなったから、あと120秒ほどだ。だからそれまで待て!』


 もう一つ、獣人にはある特異がある。それは原点回帰、自らの内に眠る獣の部分を、目覚めさせることだ。


「オーク3、【レグレッション】」


 そう唱えれば、腰からは尾が生え、手足は鱗で固められ歪に曲がりまじめる。竜人の原点は竜、つまりレグレッションとはそれに回帰すること。身体能力は遥かに向上し、手足を覆う竜鱗は、如何なる刃をも退ける。竜人が頂点捕食者と呼ばれる所以である。


「き、来たぞ! 敵の空騎兵だ!」

「衛兵は、衛兵は何をしとるのじゃ!」


 敵陣の真正面に着地した刹那、一人の老齢魔術師がそう叫べば、白銀のフルプレートと、空色を模した外套を着込んだ数十の騎士たちが俺の前に立ちはだかる。つまるところコイツらが魔術師たちの盾といったところであり、騎士たちが俺を食い止めている間に、後方の魔術師たちが詠唱を行うという算段なのだろう。


「敵は一人だ、固まらず、二人一組で掛かれ!」隊長らしき男の指示で、二人の騎士が前に出てくる。「こいつ、竜人か」、「気を付けろ、手ごわいぞ」と、その二人は物怖じすることなく剣を構える。


「参る!」


 その一言が、開幕の合図となった。二人の騎士は大剣を顔の横で構え、剣先をこちらに向け、それを肘で支えながらジリジリと迫ってくる。真っ向から攻めれば突きが飛んできて、隙を見せれば立ち待ち斬られる厄介な構えだが、竜の鱗の前では――――「殺った!」如何なる刃も砕けてしまう。半ばから折れた両手剣、呆気にとられる敵騎士、俺は竜爪をもって、その白銀を朱に染めた。


「こいつ、よくもッ」


 八つ裂きにした騎士の片割れが、上段の構えで背後から迫る。だが、戦場で激情に駆られれば最期。竜脚の瞬発力を活かした後ろ回し蹴り、爪先はそのまま喉を切り裂き、兜と甲冑を分断させた。たった刹那、ほんの数秒間の出来事に他の騎士たちはたじろぎ、この目に動揺を見せた。竜人の前でのそれは、また敗因に繋がることを奴らは知らない。俺はその隙を見逃さなかった。奴らが俺の仲間にそうしたように、今度は俺が、奴らを端から食らってゆく。


 そうして、砕いた奴らの盾が足元に積み重なり、この小隊も残すは、魔術師のみとなった。「ば、化け物めえ!」一人の若い男の魔術師が、顔をくしゃくしゃにし、唾液をまき散らしながらそう叫んだ。あまりの愚かさに、乾いた笑いが喉から漏れる。何も解っていない事の、なんと浅ましい事か。


「次はお前らだ」


 敵の別小隊がこちらへ向かってくる前に、言葉通り、俺は一掃してみせた。生き残りはいない、昔から食べ残しをしない性格故。きっと奴らの眼には、否、悠久から続いた本能が竜の恐怖を感じ取り、絶望の中で死んだことだろう。哀れなり、可哀そうなどと、罪悪感は微塵も感じない、だってこれが…………。


「おい、たった一人に全滅したってのか」

「嘘だろ」


 ようやく援軍であろう敵の別小隊が到着するも、血で染まった惨状に押し並べて尻込みする。「遅かったじゃねえか」と、余裕は見せてみるも、序盤から体力を使いすぎたか、流石に限界である。次の衛兵は、先ほどの23人の様にはいくまい。


「野郎、ぶっ殺してやる」


 一つの魔術師部隊に20数名の衛兵が護衛についているらしく、今度の奴らは、一斉に斬りかかる気でいるようだった。仲間が殺されたという事実に、心意気を昂らせながら。手始めに3、4人討てば士気も落ちるだろうが、果たしてうまくいくかどうか…………とその時、「敵空中騎兵団接近!」という敵の声に続いて、「あーあー、こちらオーク1」聞き覚えのある声、体の脱力に合わせ、強張った表情筋にも綻びが生じる。


「ドラグーン、待たせたなこの野郎!」

「お待たせしました隊長!」

「オーク2、タリーホスタイル、目標に対し攻撃行動を開始する」


 なんと間の良い事か、ここでようやく、オーク隊の仲間が駆けつけてきたのだ。いやそれだけじゃない。遠くの方でも敵部隊と交戦する仲間たちがこの目に映る。


「アンバー隊、コミット、奴らを蹴散らすよ!」

「イーハー!」

「ミノタウロス1からオーク3へ、お前だドラグーン、感謝するぞ、おかげで最小限の被害でここまで来られた」

「上々の戦果だなァ。よくやったオーク3、補給行ってこい」

「音の速さで死ぬかと思ったが、見直したぜー」


 耳に染み付いた馴染みのある声は、仲間たちが今どんな顔をしているのか、容易にイメージさせた。ゆえに浮かぶ笑みは、これまで感じたことのない痛さであった。それだけに口惜しい。この瞬間を共に立ち会えなかった者たちに、見せてやりたかった。


『感傷に浸るのもいいが、まだ仕事は終わってないぞ』

「分かってる。オーク3は補給のため、一時撤退する」

「了解したオーク3。シェイキー、お前は僚騎らしく、援護に付いてやんな」

「ウィルコ!」


 ノイズにそう指示されたユリーカが、大きな翼をはためかせて目の前に着地した。そして手を差し伸べ「行きましょう」と眩しい笑顔を俺に見せてきた。まるで壮麗な女神像のような。これは、前言撤回せねばならない。


 そうしてコップロフト駐屯基地へ向かう途中、地上部隊と敵の騎士団の乱戦を目の当たりにした。しかし戦線は変わらず、こちらの物量に対し、敵は手も足も出ていないと言った様子だった。まだ初日ということもあり、楽観視するのは危険であるが、けれどこの戦況は、そうそう覆るものではないだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ