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グッドモーニング①

 竜人族とは、いわば種族の頂点であると教えられた。空を駆け、血の魔術で他を圧倒する。人族や魔族、獣人族やエルフ族など、この世界に根付く種族の数を上げたらキリがないが、祖である竜族が消えたこの世界では、我々竜人族は、それらを糧として生きる頂点捕食者であると、子供にはいささか残酷な話と共に頭に叩き込まれた、まるで足元からジワジワと浸食してくるかのように、その考えは俺の認識にこびりついた。それを教えてくれたのは誰だったか知り得ないが、きっと碌な奴ではなかったのだろう。


「グッモーニーング、ヒラガナァ、今日の天気は雲一つない快晴だぁ。まさに、飛行訓練にはもってこいの一日、鳥さんたちも優雅に空を泳いでいるから、衝突には気を付けろよぉ」


 “通信魔法”によって一歩的に届けられる男の声は、軍人とは思えない程だらしなく間延びしていて、まるで緊張感を憶えない間抜けさである。けれどいつもの事なので、俺は特に気に留めず「あいよ」とだけ返答をした。


「なんだあ、そのだらしない返事は? 管制官には敬意をもって接しろと、座学で何も学んでこなかったのかお前は」

「はいはい、悪かったよ」

「分かりゃいいんだよ。ホラ、離陸許可が下りたぞ、準備しろ」

了解ウィルコ


 彼、“クイン”のような管制官は、誰しもが就けるポジションではない。俺のような空中騎兵に絶えず情報を送り続けるため、明け暮れるまでにおよぶ通信魔法の持続はもちろんのこと、敵味方が入り混じる空中戦において、常に戦局を把握するために、鷹の眼を借る“使役魔法”の同時使用が必須となる。


 要するに、目の前の敵をただ堕とすことだけを考えればいい俺たちとは比べ物にならない負担を強いられるのだ。それが一人の空騎くうきにつき一人、数はおよそ1千、ダガトワル王国が、最強の軍事国家と言われる所以が、まさにこの数字である。


「さあ、今日こそは音の壁をブチ破ってやれ、ガーゴイル!」

「ああ、いくぞ!」


 音の速度を上回ってようやく、空騎は最強の兵士とされる。だがそう容易いものではない。基本的な飛行姿勢に始まり、加速力、持久力の向上、洗練――――けれどこれで終わりではない。音の壁を超えたはいいが、バードストライクによって死んだ兵士も数多くいる、鳥や空中をぷかぷかと漂う浮石などの障害物にも目を配らないとならないのだ。そしてそれらを克服し、成し得た兵士は、竜騎兵ドラグーンと呼ばれるようになる。ダガトワルの歴史上、ドラグーンのコールサインを与えられた者は、100人にも満たないという。


「離陸する」


 竜人族の強みは、他の飛行種族とは違って翼をもたないこと。魔力で得る浮力によって飛翔することから、空気抵抗を最小に保つことができ、速度が出やすいことにある。そして何より、その速度は、かつて世界を支配していた竜から引き継がれた最速。他を置き去りにして突き出る速力は、音を後ろに、光を前に、雲を突き抜け、その先へ。


「はっはあっ、よくやったヒラガナ! こちらでもソニックブームを観測した、音越え成功だ!」


 通信魔法による念話で直接頭へと届けられる声に、俺は一つの達成感を憶え、空中と言う、誰もいない正に俺だけの空間で、強く拳を握って振り下ろした。ああ、それと声も張り上げたか。こんな姿は誰にも見せられない。しかし、これまでの努力が実を結んだという事実は、ためらいもなく俺にそうさせたのだ。


「どうだ()()()()()、そこから見る景色は。いつもと変わらないか?」


 目の前に広がる雲海は、さながら白い絨毯を思わせ、空に蔓延るダークブルーは、名状しがたい神秘を孕んでいる。太陽と2つの月は言わずもがな、職業柄、この風景には見慣れていたと思っていたが…………。


「いや、クソほど綺麗だよ」

「っは、そう言ってなかったら殴ってたところだ」


*******


 地上に戻ると、俺の専従管制官のクインと、その他の管制官と空騎が数名、それと、ここサルナフロント基地の司令官が拍手をしながら出迎えてくれた。その誰もが、満面の笑みを面に浮かべながら。そしてその歓迎に俺が敬礼で応えると、基地司令官のマクドナルドが握手を求めてきた。それも両の眼から大量の涙を流しながら。


「おい、ヒラガナ! 俺は嬉しいぞこの野郎! 豆粒みたいに小さい頃から面倒見てきた小僧が、ここまで成長してくれたことがな!」

「大袈裟ですよ司令、他の奴らも見てますから、泣かないでください」

「馬鹿野郎っ、泣かずしていられるものか! 今日は当直の者以外を集めてパーティーだ!」


 またか、という言葉が、他の者の表情から見て取れる。オーク族のマクドナルド司令は、どんな些細な事でも、めでたいことがあると基地を挙げて全力で“お祝い”を実行する人柄で知られている。そうだ、この前なんか、地上支援班の一人に子供が出来たからと言って、一晩中大騒ぎをしていたな。けれど、戦争中という時世の、ましてや敵国ウラシアナに近い前哨基地である故、ここは士気が落ちやすい。だから司令の人となりは、ここの奴らからは大いに歓迎されていた。


「こうしちゃおれん、今すぐ食堂の全従業員に伝えろ、今夜の食事は豪勢に作れと。この間のパーティーではケチりやがったからな!」

「無茶言わないでくださいっ、本国からの支給にも限度があるんですから!」

「やかましいッ、これは上官命令だ」


 そういって、副司令官の抑制も聞かずにマクドナルド司令はこの場を後にした。気持ちのいい人ではあるが、その性格のせいもあってから、同じくオーク族である副司令のアンダーソンは苦労しており、マクドナルドとは反対に、毛深いはずの体毛が、日に日に薄くなっていってる気がする。


「はっは、苦労人だよな、アンダーソン副司令は」


 遠ざかる二人の背中を眺めながら、俺の専従管制官である、人狼のクインがそう言って笑った。俺も司令と副司令の関係性を知っているが故に、クインに同意しつつ「噂じゃ、抜け毛が悩みらしい」と笑って返すと、クインが「換毛期のせいじゃなさそうだな」と言ったので、二人して暫く笑いあった。


「ところで、今夜のパーティーには、お前の姉ちゃんも呼ぶのか?」と、クインは視線を依然固定したまま、肘で俺を突きながらが訪ねてきた。「まあそうだな、一人で家で留守番じゃ、あとで何言われるか分からんし」と俺が言えば、クインは小さくガッツポーズをしながらこう言う。


「よし、今日こそはお前の姉ちゃんを落としてやるからな」

「はは、結果は目に見えてるな」

「言ってろ」


 クインは俺の姉さんに首ったけである。先ほど、俺はああ言ったが、心根では、奴が姉さんにちょっかいをかけるのを、全身全霊で阻止するつもりであった。


 名前も知らない生まれ故郷から連れ去られ、ダガトワルに奴隷として売り飛ばされた俺と姉さんは、今日まで手を取り合って生きてきた。クインは確かにいい奴だが、姉さんを任せるには少し気概が足りない。姉さんに見合う奴は、屈強で、誠実で、軍人ではないことが俺の中での条件なのだ。

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