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聞いてください、殿下。

作者: 西山景山


 私、アスラナ・マレアットは昔から少し()()()()()


「王子様と婚約、ですか?」


 私が6歳の頃、辺境伯である父の元に国王から手紙が届いた。その内容は、私と第三王子であるシェランク殿下との婚約の打診だった。

 理由なく断れるようなものでも、気軽に受け入れられるようなものでも無い。しかし、父からその話を聞いた私は目を輝かせて即答した。


「私、王子様の白馬に乗ってみたいですわ!!」


 こうして、私と第三王子の婚約は決まったのだった。まあ元から断れるものでも無かったし私のこの発言のせいだとは思わない、ようにしている。

 それから十年の月日が経った。


「そっちに向かいましたわ!! 挟み撃ちにしますわよ!!」


 16歳になった私は、領地の騎士たちと共に魔獣と戦っていた。というのも、ここマレアット領は"最果ての地"の魔獣から国を守る為の重要な場所なのだ。

 マレアット領は国の最北端に位置し、それより北は"最果ての地"と呼ばれる魔獣の巣窟。マレアット領と"最果ての地"を隔てるのは、巨大な石の壁ただ一つ。


 石壁は滅多に壊れるものでは無いのだが、この世に絶対などない。

 だからマレアット領の騎士達は時折、石壁へと近づく魔物達を間引くようにしているのだ。


「そうは言っても、騎士でもない令嬢が先陣を切って出る必要は無いと思いますが」


 場所は変わって、我が家の客間。目の前に座る麗人は、皮肉を込めた言葉を私にぶつけた。

 しかし私は、その言葉を華麗にスルーするのだ。素直に謝っても、さらに皮肉が返ってくるだけだし。


 十年の付き合いを経て私は学んだのだ。


「シェランク殿下はどうしてここに? 今日は学園の入学式だったはずでは?」


 麗人の正体は、第三王子のシェランク殿下。

 私が疑問を投げかけると、殿下は額を抑え大きくため息をついた。


「その入学式の日に、学校どころか王都にも来ていない生徒がいたのですが?」


「あら、そんなだらしない生徒がいらっしゃったのですか? その方にお会いしましたら、私からも『めっ』と叱っておきますわ!!」


 サボり、絶対ダメ!!


「とぼけているようにも聞こえますけど、あなたの場合本気でそう言ってるからタチが悪いですよね。......()()()()()()()、ラナ」


 ラナ。

 二人きりの時、殿下は私の事をそんな愛称で呼ぶ。


「貴族は16歳になれば、学院に入学するのが務めなのです。ラナも今年で私と同じ16歳なのですから、学院に通う義務があるのです」


 「聞いてください」の後にその名前を呼ぶのは、私の間違いを優しく正す時。

 いつもなら黙って間違いを認める私だけど、今日は一味違う私なのだ。


「馬鹿にしないでくださいませ、シェランク殿下。私だってそんな事は知っていますわ」


「だったら何故ラナは学園に行っていないのですか? 私と同じく16歳になったはずですよね?」


「ふふふ、()()()()()()()シェランク殿下。確かに学院に通うのは貴族の義務ですけれど、()()がございますのよ」


 いつもとは逆に、私が殿下の間違いを正すことができる。

 その優越感に思わず溢れる笑みを隠しきれない。


「いつ"最果ての地"から魔物が溢れてくるか分からない故に、領主である父は何時(なんどき)もマレアット領から離れられない。しかし王都に呼ばれたりなどで、どうしても領地を離れなければならない時はあります」


 そこまで言ったところで、殿下が呆れた表情を変えることなく私の言葉を引き継いだ。


「そんな時に代理領主としてラナが領地に残っておかなければならない。だから学園に通う義務を免除された、という事ですか?」


「ええ。母は私が生まれてすぐに他界してしまいましたし、父の子は私以外にはいませんから」


 私がそう言い切ると、シェランク殿下は押し黙った。完璧な論理だ、何も言い返せないはず。

 ついに、ついに殿下を論破した!!


「......ラナ、どうして最近は手紙の返事をくれないのですか?」


 勝ち誇っている私に、殿下はそんな質問を投げかけた。手紙、と言われると心当たりがあるのは一つだけ。

 週に一度、王子としての勤めや日常のふとした事まで様々な事が書かれた手紙が殿下から私の元へと送られてくる。殿下からの手紙が来れば、すぐに返事を書いて王都へと送り返す。


 それは私と殿下の婚約が決まってからずっと続けられてきたことだった。

 ほんの三ヶ月ほど前までは。


「......読んでもいないのに返事なんて書けませんわ」


「っ、なぜ読んでくださらないのかと聞いているんです!! 手紙を読んでいれば、王族の婚約者として()()なく学園に通わなければいけない事は知っていたはずです!!」


 殿下がここまで声を荒げのは珍しい、いや私が見るのは初めてのことだろう。確かに殿下の言う通り、王族の婚約者となればマレアット家の人間であっても学院に入学する義務が生じる。

 でもそれは王族の婚約者であれば、の話だ。


「殿下こそ、三ヶ月ほど前に送った手紙をお読みになられていないのですか? 殿下との婚約を破棄させていただく旨が書かれていたと思いますが」


 もう私はシェランク殿下の婚約者ではないし、愛称で呼び合うような関係でもない。


「一方的に婚約破棄など認められるわけがありません!!」


「殿下のお父様、つまり国王陛下には認めていただきましたわ。もちろん私の身勝手な婚約破棄ですので、賠償金も支払わせていただきました」


「当人である私が納得していないと言っているのです!! たった一枚の紙で突然あなたとの婚約が白紙になったと伝えられた私の気持ちが分かりますか!?」


 きっと殿下は、ずっと前から手紙だけじゃなく直接私の元へ訪れようとしていたはずだ。でも、陛下から止められていた。

 そうするように私から陛下に頼んだのだから。

 

「......殿下が私と正式に結婚すれば、マレアット家の次期当主としてこの領地を治めることになります。この領地はとにかく人手が足りないので、領主も戦地に赴くことは少なくありません」


「そんな事は既に覚悟の上で」


()()()()()()()、殿下。私が、あなたを死なせる覚悟ができないのです」



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