準備は万端
人形の姿になったアーリーンを前にあたしとサキは呆然と立ち尽くす。
さっきまであんなに神々しいまでの美しさだったというのに今はただのぬいぐるみと言ってもいいと思う。
「さっきまでの姿は長い時間をかけたからできた姿だったの? じゃあ今度またあのきれいな姿になるにはどれほどの時間が必要になるのさ」
人形姿のアーリーンは首をかしげるようなしぐさをする。
「はっきり言ってわからん。今持ち得ている力はお前たちを異世界へ飛ばすだけの力しか残っとらんからのお。まったく、無駄な時間をかけさせおってからに。お前たちがあーだこーだ言わなければさっさとことを進めたものを」
「でもさ、誰かには聞いてほしかったんじゃない? さっきの言い方からするとかなーりうっぷんは溜まってたみたいだったしさ。実際かなりすっきりしたんじゃないの?」
サキの言葉にアーリーンは何とも言えない顔をする。
「ま、まあそれは全くないと言えばうそになるのお。私の前に誰かが現れるのは実に久しぶりなことじゃったしな。まあそれはいい。さて、理由も話したしそろそろお前たちを異世界へ送るとしようかの」
あたしはまたまた待ったをかける。
「ちょ、ちょっとお!! それとこれとは話が別でしょ!? まだあたしたちはその異世界とやらに行くなんて言ってないし行く気もないし、さっさと元の世界に返しなさいよね!!」
「なんじゃい! 私の受けた仕打ちを聞いておきながらそれでも行かんというのか! なんと薄情な奴なんじゃ!! 少しでも同情したなら素直に行ってくれてもいいではないか!!」
「誰が同情なんかするもんか!! 全部自分のせいじゃないの! 自分がやったことを責められたうえ間違いを認めなかったから封印されたんでしょ! そんな勝手な都合に振り回されてたまるもんですか!!」
そこまで言うとアーリーンはピタリと止まる。
な、なによ、今度は何をしでかすっていうの!?
身構えているとアーリーンはその場でぱったりと仰向けに倒れる。そして短い手足をばたつかせながら今度は泣きわめき始めたのだ。
「うるさいうるさい!! どいつもこいつも私のことを馬鹿にしおって!! 私は偉いんじゃ!! 最初の人の血を濃く受け継いだ特別な存在なんじゃ!! それをなんじゃ!! 皆で寄ってたかって非難しおって~!!」
あとは泣くわわめくは。およそ偉い存在がとるとは思えないような行動をとり続けるアーリーンにあたしもサキもあきれ返って何も言えず、アーリーンが泣き終わるのを待つしかなかった。
こんなのが一つの大陸を作り出すほどの力を本当に持っているのかね。ただのわがままな子供にしか見えないんですけど……
それからどれくらい時間がたっただろうか。一時間以上は続いたと思う。
なんか途中から「酒が飲みたい~」だとか「団子が食べたい~」だとか全く関係ないことをわめいたりもしていた。
しかし二時間もたつ頃にはさすがにわめき散らすのもつかれたのか、ヒックヒックとしゃくりあげむくりと起き上がる。
でも今度は泣きすぎたのかなかなか泣き終わることができないようで、「あの、」とか「その、」とか言いながらなんとか言葉にしようとするんだけどまったく言葉にならないらしい。
あるよね。小さい子供が泣きすぎて泣き止むことができなくなる時って。
幼児でもあるまいし……
あたしたちは体育座りをしながらアーリーンが喋れるようになるのをひたすら待つ。
それからさらに三十分後。やっとのことで泣き止んだアーリーンはまた喋り始める。
「まあそれでじゃ、お前たちはもうここから元の世界に戻ることはできん。先ほども言ったようにもう異世界へ送る力しか残っておらんからな。どうしても元の世界に戻りたいというならばそれなりの時間が必要なんじゃ。待ってみるかの?」
すっごい嫌な予感。
「大体どれくらいの時間が必要なの」
「うむ、大体百年といったところかの。それだけの時間をかければ元いた世界に送り届けることができるわい。どうじゃ? 文句があるならまってやってもよいぞ」
この女、今度は自暴自棄になったなあ~?
「つまりはもう異世界へ行くしか道はないって言いたいのね?」
「それはお前たちしだいじゃぞ~。私にはいくらでも時間はあるからの。さ~てどうするどうする? 百年間ここで待ってみるかの~?」
そう言われてしまってはもう元の世界に戻せとは言えなくなる。
百年もたってしまったら家族も友人もいなくなってるだろうし、地球がどんな世界になってるのかさえ分からないんだから。
「分かったわよ! 行くわよ行けばいいんでしょ!? あんたが作った異世界の大陸とやらに行ってやるわよ!!」
あたしはもう本当に自暴自棄になりたい気分だ。
するとサキがアーリーンに詰め寄る。
「あたしもアキの言葉に賛成だけどただではいかないからね」
「ほう、ではどうするというんじゃ?」
アーリーンの言葉にサキは言葉を続ける。
「その異世界に行くにあたってあたしたちに有利な力をつけてほしいの。一つ目は当然高い魔力。二つ目は容量無限中の時間経過がなくどこででも出し入れ自由、あたしたち以外は使用できないアイテムボックスという魔法。そして三つ目!! これが一番肝心なこと!! 全属性の魔法を使える条件で無限に歌魔法を作り出す能力!! これが欲しいの!! この三つだけは絶対にあたしたちに与えてほしいの」
「む、それは詩人が使えるものと思ってもよいのかの?」
「うん、まあ似てるんだけど、あたしたちが求めてるのは後方支援や付与魔法だけではなく、ちゃんと敵を攻撃することができるそういう歌魔法が欲しいの。これくらいは許されるよね?」
アーリーンは少し首を傾げたけど納得したんだろう。
「その三つを付ければ行くんじゃな? よし分かった! それではそろそろ異世界におくるとしよう」
アーリーンがそう言いかけた時にサキが待ったをかけた。
「外見を変えることはできないの? できれば今よりもう少し美人さんにしてほしいんだけど」
「どんな外見がいいんじゃ?」
「えっとね、そうだな。あたしはアーリーンの元の姿がいいな! とってもきれいだったもの」
「むむ、私の元の姿じゃと? むーん、まあよかろう。して、アキはどうするんじゃ? サキと同じく私の姿でいいのかの?」
「あたし? あたしは、うーん、まあやっぱり双子だしサキと同じ姿がいいからアーリーンと同じ姿でよろしく!」
「よーし! 分かったぞい! これで問題なく異世界へ行くんじゃな? それでは準備にかかるかの!」
あああ、どうしても異世界に行かなくちゃいけない時が来たのね……
もうこうなったら出たとこ勝負よ!! 異世界でもどこでも行ってやろうじゃないの!!
「それでは何かあればこちらから指示を出すでの。しばらくのお別れじゃ。」
アーリーンの言葉はそこまで。
あたしとサキの意識はそこで途絶えた。
次の話から異世界への話になると思います。
これからも読んでやってください!