9 求婚されたよ
数日後。
「それでね、『人でなし』って100回繰り返してやったら『ママ、助けて~』って泣きながら逃げ出して行ったのよ。みんなにも見せてあげたかったわ。殿下のあの情けない姿!」
学園帰りに侯爵邸に寄ってくれた友人令嬢5人を相手に、若干(?)話を盛りながら王太子を貶めまくるアンヌ。
「さすがアンヌちゃん! 王族をそこまで追い詰めるなんて凄いわ!」
「でしょでしょ!」
友人に褒められて? 調子に乗るアンヌ。
「でもさ~、アンヌちゃんが怒るのも当然だよね。だってアンヌちゃんは王太子殿下を庇って怪我をしたのに、その傷を理由に婚約者候補から外すなんてゲスの極みじゃん!」
「ホントよね。アンヌちゃんの話を聞いて、何だか殿下にも王家にもガッカリしちゃった」
「私もっ! 王太子殿下って公正で筋の通らぬ事はなさらない方だと思ってたから、アンヌちゃんへの仕打ちを知って正直幻滅したわ!」
友人達の言葉にウンウンと満足気に頷くアンヌ。
「もうね、言いたいことを全部言ったらスッキリしちゃって。あんなケツの穴の小さい男、あの女にくれてやるわ!」
「その意気よ! アンヌちゃん!」
「そうそう。殿下なんてアンヌちゃんの方から捨ててやればいいのよ!」
「むしろ『人でなし』と結婚しなくて済むんだからラッキーなんじゃない?」
「ホント、ホント!」
持つべきものは友人である。
アンヌはすっかり元気になった。
その日の夕暮れ時、友人令嬢達と入れ違いに幼馴染のジスランが侯爵邸を訪れた。
「あれ? ジスラン、こんな時間に珍しいね? 夕食、うちで食べてく?」
「いや。今日はアンヌに大事な話があって来たんだ」
「そうなの?」
子供時代と変わらず、アンヌはジスランが来ると当然のように自室に招き入れる。成人した未婚の男女としてはあるまじき事かもしれないが、誰もそれを指摘しないし、アンヌ自身も「ジスランだから問題ないよね」としか思っていなかった。
珍しく真面目な顔をしたジスランが切り出す。
「アンヌ。俺たち、結婚しよう」
「はぁ?」
「理不尽な理由で王太子殿下の【婚約者候補】を外されてショックだと思う。けど、あんな非情な殿下のことなんかスッパリ忘れて、俺と結婚しよう。お前とだったら楽しい家庭が築けると思うんだ」
「……ジスラン」
「アンヌ……」
「王妃教育でね、ゴリラの生態を教わったの」
「え? は? 何? ゴリラ? 王妃教育って幅広過ぎじゃね?」
「王妃教育の内容は多岐に渡るのよ」
「その話、俺の求婚に関係あるのか?」
「大有りなのよ、ジスラン」
「???」
「30年前、動物学者がある検証をしたんですって」
「う、うん?」
「血の繋がっていないゴリラの雄と雌を小さな頃から一緒に育てたら、成獣になってもお互いを繁殖相手として認識しなかったそうよ」
「は?」
「講師の先生がね『これって人間の場合でも【幼馴染あるある】ですよね』って仰って、その時思ったの」
「ようやく話が見えてきたぞ」
「ジスランと私はゴリラの雄と雌と同じだと」
「言葉を端折り過ぎてるが、言いたい事はわかった」
「ジスランは私のことを繁殖相手として認識できないんじゃない? 私もジスランと交尾するなんて想像も出来ないもの」
「言葉! 言葉がオカシイ! 『繫殖相手』じゃなくて、せめて【異性として】認識できないって言えよ! あと『交尾』なんて令嬢が口にするな!」
「伝わりやすいかなって」
「わかった。お前の言いたいことは、よくわかったから」
そう言うと、ジスランは大きく息を吐いた。
「【婚約者候補】を外された私を心配してくれたんでしょ? ありがとう、ジスラン。でもだからって私に求婚するだなんて。変な気の遣い方はしないで頂戴」
「ははは。そうだな。確かに、俺たちの間にあるのは異性愛じゃないもんな。【家族愛】に近いかな?」
「うん。そうだね。ジスランのことは好きだけど交尾は出来ないもの」
「だから『交尾』って言うな! でもわかるよ。俺もお前を抱きたいと思ったことは一度もないな」
「普段は誰を想像してヌいてるの?」
「やっぱ、あの巨乳のクラスメイト――って、何言わせるんだ!? アンヌ!?」
アンヌの瞳がきらりと光った。
⦅ほほう。『巨乳のクラスメイト』と言えば私の友人令嬢ソフィをおいて他にはいないわね⦆
子爵家令嬢ソフィは、ついさっきまでアンヌと一緒に過ごしていた仲の良い友人5人のうちの一人だ。明るくて優しい巨乳令嬢である。
「ジスラン。私がキューピッドになってあげるわ。任せといて!」
「い、いや。余計な事をするな。イヤな予感しかしないぞ」
「ぐふふふふふふ」
「アンヌ。頼むから放って置いてくれ」
「まぁまぁ、照れなさんなって」
「マジでやめろ!」
やめろっと言われても一度決めたら突き進むのがアンヌである。
自分が王太子の【婚約者候補】を外されたばかりだというのに、早速、幼馴染ジスランと友人令嬢ソフィとをくっつけるべく奔走を始めたアンヌの元気な姿に、周囲は呆れるやらホッとするやらなのだった――