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2 呪いのノート



 アンヌが王太子の【婚約者候補】に選ばれたことは、もちろん学園でも大きな話題となった。

 誰もが完璧令嬢オレリアが王太子の正式な【婚約者】として発表されると思っていたのだ。なのに、蓋を開けてみれば、アンヌとオレリアの二人が【婚約者候補】――まさかの展開に憤慨しているのは、オレリアを「美の女神」と崇拝している男子生徒達だ。


 学園の教室で、聞こえよがしに会話する男子達。

「なんでオレリア様に決定じゃないんだよ! おかしいだろ!」

「そうだよな~。こう言っちゃなんだけどオレリア様とアンヌ嬢じゃ『月と鼈』だもんな~」

「あははは!!」

「どーせボージェ侯爵家が捻じ込んだんだろ」

「絶対、そうだよな!」


 アンヌは怒りの余りワナワナと震えた。

 アンヌは腐っても侯爵家令嬢である。侯爵家よりも家格が低い貴族の息子である彼らがバカにして良い相手ではないはずだ。なのに何故か、オレリア信者の男子達はアンヌのことを軽く見ているのである。


「あいつら全員、ぶっ飛ばしてやる!」

 アンヌは自分の悪口を言った男子どもを睨み付けた。

 その時、アンヌの手を握り締めてきたのは仲の良い友人たちだ。

「アンヌちゃん、ダメよ。ここは堪えて」

「落ち着いて! アンヌちゃん」

「そうよ、今のアンヌちゃんは王太子殿下の【婚約者候補】なんだから。短気を起こしてはいけないわ」

 友人たちは口々にアンヌを宥めた。

 アンヌは人によって態度を変えたりしない(出来ない)為、上位貴族のみならず下位貴族の女子生徒たちとも仲が良い。友人から「様」付けで呼ばれると何だか落ち着かないので気軽に名前を呼んでくれと頼んで以来、仲の良い友人は皆アンヌのことを「ちゃん」付けで呼ぶようになっている。この辺りの(上位貴族の令嬢にしては)雑な感覚も、アンヌがオレリア信者に舐められる要因になっているのだが、アンヌ本人はあまりわかっていない。


「う、うん。わかった」

 友人たちの言葉に頷くアンヌ。

 確かに王太子の婚約者候補たるものが学園で騒ぎを起こすのは不味かろう。だが、あいつらを許す訳にはいかん!

 アンヌは不敵な笑みを浮かべて言った。

「ぶっ飛ばす代わりに、屋敷に帰ったら、あいつらの名前を秘蔵の【HAGEノート】に書き込むわ」

「え? アンヌちゃん【HAGEノート】って何?」

「そのノートに名前を書かれた者は必ず禿げる、呪いのノートよ」

「「「「「えぇぇぇぇっ?」」」」」

 仰け反る友人たち。

「年老いてから禿げても意味が無いからね。婚姻前に禿げる呪いなの」

 何故か自慢気に説明するアンヌ。

「あっは。何それ? 素敵!」

「ぷぷぷっ。さすがアンヌちゃんね!」

「ぶっほぉ。だから好きよ! アンヌちゃん!」

 友人たちは笑い転げた。

 

 その時、オレリアが教室に入って来た。

 アンヌとオレリアは、学園に入学以来同じクラスである(現在2年生)。王立貴族学園は5年制で、その5年間一度もクラス替えは行われない。つまり、二人は卒業までずっとクラスメイトということ――昨年の入学時にその事実を知ったアンヌは軽く絶望したものだ。

 教室に入って来たオレリアを、すぐさま取り囲む信者の男子生徒達。

 横目でその様子を見ながら、アンヌは心の中で毒づいた。

⦅いつもいつも男を侍らせて、王太子殿下の婚約者に相応しくないのはどっちよ!? 絶対にあんな女に負けないわ! 王太子妃になるのは私よ!⦆


 アンヌは未だ王太子ときちんと話したことはない。【婚約者候補】と発表された際に王宮に招かれて挨拶はしたが、その後(今のところは)特に交流は無いのだ。つまりアンヌは王太子の人柄をほとんど知らないのである。王太子は王族特有の美しい金髪と碧い瞳を持つ美男子だ。だが、男の容姿に頓着しないアンヌは、イケメンを見ても「男のくせに綺麗過ぎだろ。いけ好かねぇな」という感想しか持たないタイプの女だった。もちろん、王太子に会っても一目惚れすることなどなかった。つまり、今の時点で、アンヌは王太子に特に好意は抱いていない。それなのに「王太子妃になる!」と決意しているのは、ただただ大嫌いなオレリアに負けたくないと思っているからに過ぎないのである。

 

「私は必ずなる! 王太子妃に!」

 アンヌは鼻息荒く、友人たちに誓った。

「アンヌちゃん、その意気よ!」

「アンヌちゃんのような女性が王太子妃になってくれたら、国民もワクワクよね!」

「フレーフレー! アンヌちゃん!」

「アンヌちゃん、万歳!」

「ぃよっ! 未来の王太子妃!」


 盛り上がっているアンヌと愉快な仲間たちを見遣りながら、アンヌの幼馴染ジスランは、自分の席で一人そっと溜息を吐いた。

「アンヌのやつ、そんなに王太子殿下と結婚したいのかよ……」




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