11 人妻になったよ
そうこうしているうちに、あっという間に半年が過ぎた。
17歳の誕生日にアンヌはエドモンの妻となった。
そう。エドモンが早々に決めていた結婚式の日取りはアンヌの誕生日だったのである。婚約直後にそのことを知ったアンヌは「惚れてまうやろ~」と身悶えしたものだ。【デキる男】はこういうところが違うのだとアンヌは学習した。
結婚式は盛大だった。(公爵家が全額負担してくれると言うので)遠慮なく贅の限りを尽くしたウェディングドレスを身に纏ったアンヌは、参列者達から「綺麗」「美しい」と絶賛されて大満足だ。童顔で子供っぽいアンヌは普段「可愛い」としか言われないので物凄く嬉しかったのである。これがウェディングドレスマジックというヤツか?
もちろん新郎のエドモンは一番最初に「綺麗だよ、アンヌ」と言ってくれた。照れるわ~。
式後にビュシェルベルジェール公爵邸で催された結婚披露パーティーでは、家族や友人達、その他多くの招待客がアンヌとエドモンを囲んで口々に二人の門出を祝ってくれた。アンヌが「今までで1番幸せな誕生日だわ」と感激していると、なんと幼馴染のジスランがもはや【ネタ】と化している毎年恒例の誕生日プレゼント(動物の縫いぐるみシリーズ)を渡してくるではないか。包みの中から出て来た大きな【ゴリラ】の縫いぐるみに一同大笑いだ。完全に余興である。やるじゃん、ジスラン! パーティーは大いに盛り上がった。
半年前に王太子の【婚約者候補】を外された時には、こんな風に幸せな日が訪れるなど想像もしていなかった――あれほど王太子妃になることに固執していた日々が、今のアンヌには遠く600年くらい前のことのように思える。
何であんなに必死だったんだっけ?
⦅ああ、そうだ。あの女に負けたくない一心だったんだわ⦆
アンヌは大嫌いなオレリアに負けたくないからという理由で王太子妃を目指していた。
けれど、エドモンと婚約してからは、王太子のことは勿論、何故かオレリアのことも一気にどうでも良くなったのである。
⦅不思議ね。あんなにあの女のことが嫌いで絶対に負けたくないって思ってたのに、今では何も感じないのよね。もちろん好きではないけれど、もはやどうでもいいっていうか、関心を持てなくなったというか……⦆
もしかすると、エドモンとの婚約以来ずっと彼の深い深い愛に包まれ、アンヌ自身が満ち足りた日々を送っているからかもしれない。アンヌの心はかつてないほど凪いでいた。
心配していた初夜も何とか無事に全うすることが出来た。
予想通りエドモンのモンは凄かった。【月刊貴族令嬢】に図解入りで記載されていた王国男性平均サイズよりもずっと大きいと、男性経験の無いアンヌが一目見て分かるほどに。
ビビりまくるアンヌにエドモンはこう言った。
「驚かせたかい? 我がビュシェルベルジェール公爵家の男は代々馬面で、コレも大きくてね。なので我が家の男には代々妻に痛い思いをさせぬ為の【秘技】が伝えられているんだ。私も父から伝授されている。だから安心してくれ。アンヌ」
【秘技】ってどんな!? とアンヌが戸惑っているうちにあれよあれよとコトは進み、気が付けば本物の夫婦になっていた。すごいぞ!【秘技】!?
エドモンは終始優しく、アンヌに気を遣ってくれた。
背中の傷痕にそっと口付けてくれた時は涙が出そうだった。
労わるような慈しむような愛おしむようなその温かい口付けを、アンヌは生涯忘れないだろう。
この人と結婚して良かったと、アンヌは心から思った。
結婚後は公爵邸から毎日学園に通うようになったアンヌ。
あの事件の後、王太子の【婚約者候補】を外されたアンヌは、同時に学園生徒会の書記も外されていた。もともと王太子との交流を深める為に指名されていたのだから当然と言えば当然だ。
毎週末王宮で受けていた王妃教育ももちろん無くなり、以前と比べ格段に時間の余裕が出来たアンヌ。放課後や休日にエドモンと街デートを楽しんだり、友人達を公爵邸に招いてお茶会をしたり、ちょいちょい実家に遊びに行ったり、公爵夫人(姑)と一緒にショッピングに出掛け遠慮なく欲しいモノをオネダリしたりしながら、毎日を楽しく気ままに過ごしていた。
そんなある日。嬉しい知らせが届いた。アンヌの幼馴染ジスランと友人巨乳令嬢ソフィがついに婚約したのだ。
ビゴー伯爵邸(ジスランの家)で催された婚約パーティーに夫エドモンとともに招かれたアンヌは大はしゃぎだった。何せジスランとソフィのキューピッドはアンヌなのだ。
「ジスラン、ソフィ。おめでとう! 2人が結ばれて本当に嬉しいわ!」
「ありがとう、アンヌ。お前のおかげだ」
照れくさそうに礼を言うジスラン。
「アンヌちゃん。本当にありがとう」
ソフィは目に涙を浮かべている。
「泣くなよ、ソフィ」
と言いながらソフィにハンカチを渡すジスラン。
「泣いてなんかいないわ」
プイっと顔を背けただけで胸がゆっさゆっさ揺れる巨乳のソフィ。羨ましい。
「いや~、めでたい! よしっ! 今夜は無礼講よ! 飲もう飲もう!」
「お、おい。アンヌ。なに勝手なことを!?」
ビゴー伯爵家主催のパーティーだというのに勝手に無礼講宣言する妻に慌てるエドモン。だが上機嫌のアンヌは、夫の言葉など耳に入らない。他の招待客達とよく分からないゲームなどを始めて盛り上がっている。
ずいぶん酒を飲みイイ感じに出来上がってきたアンヌは、更に面白いゲームを思いついた。我ながら着想がグーだと思う。
「次のゲームはね。ジャジャーン【『ビュシェルベルジェール公爵家』って早口言葉で10回言えるまで帰れまテン】だよ! 噛まずに10回言えるかな!? それじゃあ、まず私が挑戦するね! アンヌ、いきまーす! ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家びゅしぇるじぇるじぇる――あっ~! 噛んだ! 残念! 次は私の最愛の夫エドモン・ビュシェルベルジェールが挑戦しま~す!」
勝手にエドモンを指名するアンヌ。
「はぁっ? 何で私が!?」
「いいからいいから。ほら、エドモン様! 頑張って!」
「……アンヌに応援されたらやむを得んな。いくぞ! ビュシェルベルジェール公爵家の跡取りの名に懸けて! ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家ビュシェルベルジェール公爵家びゅしぇるじぇるべーる……うおぉーっ!?」
あともう少しのところで噛んでしまったエドモンが頭を抱える。
招待客達は皆、大爆笑だ。
楽しいパーティーは深夜まで続いた。