#6
佐藤はそれに答えるように無言で着信を拒否した。
「・・・・・・・・・・・・」
「アタシさ・・・・・・サルミアクチーってレストランで働いてたんだけど、仕事辞めたんだ」
美加は突然、自分の事を佐藤に話し始めた。なんで話し始めたのか、美加自身にも分からなかったが、きっとただ吐き出したかったのだろう。
「・・・・・・レストランってさ、カッコイイとか華やかなイメージがあって。アタシもさ、子供の頃から憧れてて・・・・・・でも、いざ自分がその業界に入ってみたらさ・・・・・・」
彼女は自分の受けて来た仕打ちを語り出す。飲食店の社員だった彼女は、中年の女性店長からの陰湿ないじめや、パワハラを受けてきた事を吐き出した。
「なにがアットホームな職場よ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・開店二時間前から閉店二時間後までの勤務に加え、短い休憩時間中ですら何かしらの業務をやらされる。休みも週休一日と半日。もともと長い拘束時間のせいで半休でも普通に一日出ているようなものだったわ。残りの一日も・・・・・・他のスタッフ達の急な休みや、予想していた人員で回せない場合にも駆り出されたりした・・・・・・振替休日も無かった」
「・・・・・・そうなんだ」
「やりがい? そんなものあるわけない・・・・・・あのババア。アタシが配膳中に足を掛けてわざと料理を落とさせて客の前で叱責したり、適当な引き継ぎや、前任がミスしたまま引き継がせて尻拭いをさせるなんてのもあった。些細なミスで人格を否定するような暴言を他のスタッフ達の前で言われた」
「・・・・・・・・・・・・」
「故意でなくても、壊れた備品があれば弁償代として給料から天引きされた・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・つらいね」
「・・・・・・業務の役割もかなり曖昧だった。社員の業務でもアルバイトやパートに仕事を割り振り、ちゃんとキッチンやホールで人員を分けているのに、最終的にどちらもやらせるように指示される。私のような社員にも、フツウの社員業務の他に店長業務を丸投げされ、こなせなかったら損失が出たと文句をつけられた・・・・・・他のスタッフの前でも土下座を強要された。殴る蹴る等の暴力もあった。酷い時は後頭部を踏みつけられたりもした・・・・・・」
美加は身を震わせて膝を抱えて顔を埋めた。
美加の脳裏に病院で医師に診断された事が回想される。
ヘルニア直前の腰痛。ストレスによる胃潰瘍。睡眠不足による睡眠障害。そして鬱病・・・・・・。
「・・・・・・若い男のスタッフとか、部長とかには良い顔する癖に・・・・・・若い女は気に喰わないのか、あのマネージャーのクソババアは・・・・・・・・・アタシを何度も何度もっ・・・・・・‼」
語るうちに再び憎悪が生まれ、美加の体が小刻みに震え始めた。
「・・・・・・うあああああああああああっ‼」
「・・・・・・・・・・・・‼」
「嫌だ嫌だ嫌だ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ‼」
突発的に発狂して立ち上がり、佐藤の目の前で美加は持っていたナイフで自身の腕に新しく赤線を深く引いた。
「・・・・・・・・・・・・うぅっ」
傷の痛みや、そこから流れる血で生を実感しているのか。美加は徐々に落ち着きを取り戻していった。
繁華街のとあるオカマバーでは、五木が開店準備をしていた。店内はアニメやゲームのキャラクターのポスターやフィギュアが壁やカウンターテーブルに飾られている。
五木はこのオタク向けオカマバーのママで、営業前に簡単な料理の仕込みや、氷のカット、清掃等を一人でしている。他のスタッフが来る前に全部済ませるのだ。
今日はカラオケ設備の点検と修理でメンテナンス業者の田中を呼んでいた。
「少し劣化が見られましたが、これぐらいなら問題ないですね」
「田中ちゃん、いつもありがとねー。そうそう、それで、さっきの話だけどね」
「あぁ、駅で飛び込みしようとした人がいたんですよね? 大変でしたね・・・・・・」
田中がカラオケ機器やスピーカーの電源を落として、五木の方に振り向く。
「そうなのよー、ほんとびっくりしたわよ! ホームに引き戻した後もぼーっとしててね。あれは人生に絶望したって顔だったわ。あの後、何も言わないでどっか行っちゃったけど、大丈夫だったのかしら、あの人」
『ザッ、ザザッ・・・・・・僕は・・・・・・課長が・・・・・・』
突然、店内のBGM用のスピーカーを通して、謎の声が流れ始めた。
五木が田中の方を見ると、田中は首を横に振る。