#3
「・・・・・・もしもし、久しぶり」
最初は何気ない会話を切り出すが、終始隠し切れない震える佐藤の声に、友人からは何度も心配された。彼はその度に、大丈夫と取り繕おうとする。世間話を続け、友人の様子の頃合いを見て、突然本題を切り出した。しかし、彼のあまりにも不自然な切り出し方に、
「あぁ、そういう事ね。あれか、ノルマってやつか。そういう事する奴だと思わなかったわ」
佐藤に嫌味を言って電話を切る。
「・・・・・・・・・僕だって、こんな事・・・・・・したくないよ」
佐藤は深い溜め息をついて、スマホを仕舞おうとする。しかしポケットにスマホを入れる瞬間、佐藤の脳裏に黒崎の顔がちらつく。足が、身体が、ガクガクと震え始め、手が痺れたような感覚に襲われて、思わずスマホを落としてしまう。
彼は上司への恐怖に怯えながら、割れてしまった画面に別の友人の番号を表示させ、発信アイコンを躊躇いがちにタップする。
『お掛けになった電話番号への通話はお繋ぎ出来ません』
どうやら着信拒否をされていたようで、無機質なアナウンスが流れてくる。思ってもみなかった音声に耳を疑い、佐藤は何度も掛け直してみた。しかし、何度も同じ音声が流れてくる。
親しかった人から拒絶されたように、彼の心は音を立てて割れていく気がしていた。
「・・・・・・そうだね。逆の立場だったら僕も・・・・・・ああ。そうだ、あの伯母さんなら・・・・・・」
家族や親戚は流石に巻き込みたくなかったが、彼は断腸の思いで親戚の伯母に連絡をする。
最初は彼の近況を聞かれるような会話だったが、佐藤が電話の目的を話し始めると和やかな空気は一変して、伯母が急によそよそしい態度を取り始める。
結局、やんわりとだが断られてしまう結果となった。
気付けばすっかり日も暮れてしまい、辺りは薄暗くなっていた。結局、その日取れた契約は一つもなかった。このまま会社に戻るのが怖いと、佐藤の足は無意識に駅に向かっていた。
佐藤はベンチに腰かけ、無気力な顔でぼうっと向かいのホームの先を見つめていた。
日々溜まり続ける疲労。日常的な睡眠不足。上司からの度重なるパワハラ。ノルマの重圧。
『夜中までオフィスのデスクで契約プランを作り直していた日々・・・・・・。
外回りの営業をあくせくとこなしては、人に頭を下げていた日々・・・・・・。
資料や報告書の羅列した文字が頭を駆け巡るような、佐藤の脳内でグルグル、ぐちゃぐちゃ
とそれらの記憶と感情が混じり合う。
薄暗い部屋へ帰宅する彼を、温かく迎えてくれる家族はいなかった。』
そして、佐藤の中で何かがプツリと音を立てた。
『・・・・・・まもなく電車がまいります。白線の内側におさがり下さい』
佐藤は不意に立ち上がり、フラフラと歩き出す。目は虚ろとしており、彼の耳には周りの音が遠く感じる。電車待ちをしている人達が佐藤を見て何か話している。でも彼にとっては遠い声、はっきり聞こえない雑音だった。