〜魔女〜
「『魔女』…」
フィムの街で一軒だけ営業している小さな居酒屋に立ち寄る。
魔物が出たと聞きつけた他のギルド、王都からの申請できた騎士団で居酒屋はいつにも増して賑わっていた。目の前にいるガーフィーさんはいつに増して酒の飲む量が多い気がする
飲んだくれ…と心の中で悪態をつきながらフィムの町特産のミミリアの実を使ったジュースを口にするグレン
甘酸っぱい味が口の中に広がり乾いた喉を潤す
「今日立ち寄った教会のシスターから聞いたんだ。商人がミミールの森で魔物を引き連れた『魔女』をみたって」
「…昼間、帝国軍の兵士達も噂をしていてな。
もしかしたら”彼女”があの魔物を作り出したんじゃないか。生き残りが人を攫っているのかとかな」
そう言いながらグイッとさらに頼んだ少し強めの果実酒をぐいぐい飲み干すと真っ赤な顔で俺の顔をじっとみる
本当に大丈夫かよ、このおっさんはと心配になるくらいだ
「”アウラ”…、お前も聞いたことはあるだろ。『魔女』達の中でも高い魔力を持ち、生き残ったと言われている
『大罪の魔女』だ」
「でもその”アウラ”って『魔女』も殺されたんだろ?」
「そう言われている。しかし彼女に子供がいたとしたら可能性が出てくると思わないか?自分の子供だ、必死に逃すはずだ」
『人鬼戦争』
100年前、悪鬼と呼ばれる種族が多くの人間達を食い殺し、それを食い止める為に昔のアスール国王はフィルメーシュ各国の魔術師、剣術に自身があるもの達を集め悪鬼との戦争をはじめた。その中心にいたのは、今はもう生き残りはいないとされている魔女と呼ばれる者だった。
魔女達は、その多大なる力で苦戦を強いられていたアスールに貢献し、そのおかげで悪鬼は姿を消し、多くの人もまた命を落とした
そして、戦争に大きく貢献した魔女達はその後、古都アスール国王が派遣した騎士団の手によって数日間に渡り魔女狩りが行われ命を絶ったとされている
なぜ魔女狩りが行われたのかは諸説ある
「….戦争を起こそうとしているのか、魔物と手を組みフィルメーシュを潰そうとしているのか知らんが、もし本当に『魔女』の噂が本当なら国も彼女の事を放って置くわけにはいくまい」
「…明日その森に行ってくる。地図ももらったし。もしかしたら、行方不明の人達もいるかもしれない。それに、聞きたいこともある」
ざわざわと賑わっている店内の中でも微かに『魔女』『魔物』『戦争』と話をしてる兵士達、他ギルド達でひそひそと話をしているのが聞こえる
「…明日俺は調査を続ける為に今ここにいる帝国騎士達とカリム大池に戻る。お前さんはダンとムイと共にその森に向かって欲しい」
「…なんでムイ」
「俺が呼んだんだ、明日には宿に着くようにと頼んだ。いくらお前でも、魔物と得体の知れない『魔女』の存在。1人で行くよりは、何かあった時の場合対処できるだろう」
ギルド『暁月』
そこに所属している、団長ダンとその娘ムイ
暁月に所属している人数は10人の少人数のギルド騎士団。少人数ながらも、城に貢献するほどの実力派ギルドだ。
ダンはガーフィーの双子の兄である
その娘ムイは幼い頃からギルドで働き魔法を得意としている
グレンが月影に所属してすぐムイと一緒に任務を行ったことがある
「…」
「ムイは知っての通り、魔術はずば抜けている。連携をとってちゃんと任務を行うことだ。いいな?」
「わかってるよ…」
苦手なのだ、彼女だけは…
苦虫を噛み潰したかのような顔をするグレンに対してからからと大きな声で笑うガーフィー
「さ、話は終わりだ。俺はこれを飲んでから宿に戻る。明日に備えてしっかり準備することだ」
「…はいはい」
ドワーフは酒が強いのがただガーフィーが酒豪なのか。あんだけ酒をかっくらっても顔が赤くなる程度で翌朝は普通に任務、事務作業にあたっている
グレンは少しだけ残っていた赤い液体を飲み干すと伝票をガーフィーに押し付け、貼られていた行方不明者の貼り紙を見る
若い女性、男性、子供も数人が行方不明になっていた
「かわいそうに、この女性は子供が生まれたばかりなのに小さな赤ん坊残してどこに行ったんだろうね….。旦那さんは騎士団でなかなか帰ってくることもできない。おばあさんに赤ん坊を預けてもらっているらしいわ。早く見つかるといいけど…」
店主であろうおばさんが若い女性の張り紙を見つめる
張り紙が増えていく一方で、まだ誰も見つかっていない。
「この街もどんどん廃れちまって、ましてや森の奥に『魔女』がいるなんて噂が流れたら…。教会からも近いからあそこにはルーシーって若い女の子がいるんだ、身寄りのない子供たちも…。頼むよ、あんた達ギルド、騎士団が私達にとって頼りなんだ」
頼んだよ、とベリーをふんだんに使用されたクッキーが入った包みを貰った
お礼を言い外に出るとツインムーンが先程より高く辺りを照らしていた
あいつは起きただろうか、脚は少し離れた診療所に向かっていた
ツインムーンの照らす夜は魔物が凶暴になるはずなのに不気味なほどにミミールの町の外から魔物の声も気配もしない
ポツンと少し離れにあるまだ灯りのついている診療所の中に入ると、医院長が医務室で書き物をしていた
「おじさん」
「ぁあ、おかえり、まだあの子は起きていないよ。顔色はだいぶ良くなってきたんだけどねぇ。
ずっとうなされていたから、カーナを炊いてみたんだ。もう夜も遅い、君も少し休んで行くといい。私はここでもう少し仕事をしているから何かあったら呼んだおくれ」
優しい香りが診療所の中を優しく包み込んでいる中を静かに目的の病室まで歩く
ツインムーンが照らす病室のベットの上に静かにまだ眠っている子に近づく
程よい距離に椅子を置き様子を伺いながら椅子に座る
カーラの優しい陽だまりの香りと疲れがどっときて眠気が一気に襲ってくる
『魔女』『魔物』『行方不明者』沢山の事が頭の中をぐるぐる巡るも睡魔に勝つことはできない
「…」
月明かりがキラキラと眠っている子の緑髪を照らす、ふわふわしていてきっと触り心地がいいんだろうな…と
だんだんとふわふわとした心地いい感覚と瞼が落ちてきて、もしこのまま眠ったらこいつが起きた時また怖がらせるのではないか…と考えて思考が遮断された
ーーー…ぉ…….ん
懐かしい音が暗闇から途切れ途切れに聞こえてきた。でも、水の中に入っているようなボコボコという音が邪魔で相手の姿もぼやけていてうまく認識ができない
ずっと聞いてきたような音なのに
ーーあ…ね、ま、…ょさん…
一生懸命に音を綴る”その子”の言葉を沢山聞いてあげたいのにうまく聞き取ることが出来なくて、
ーー…
なんて言ってんだろ
ぼやけて見える”その子”はどこか寂しげで何かを大切そうに抱きしめていた
“その子”に手を伸ばそうと行動を起こそうとした
その時
「…ッダ!????」
いきなり頭に鈍器で殴られたかのような衝撃が走り体が倒れるのがわかった
思考が混乱して何が起きたのかわからない
ここはどこだ?
さっきのは…
辺りを見渡すと、ベットには見知らぬ子供と
鬼の形相でこちらをみているガーフィーが仁王立ちで立っていた
「……」
「……グレン」
「…やっべ」
だんだん頭がはっきりとしてきてサーーっと血の気が体全身から引く感覚がした
そうだ、昨日ここで子供の様子を見にきて
いつの間にか眠ってしまっていた
窓の外を見るとまだ外は陽が登る前なのかカーテン越しでもまだ薄暗い
まだ痛む後頭部を摩りながら仁王立ちしているガーフィーを見る
結構な音がしたが子供はまだ目を覚ます様子はなかった
「…お、おはようガーフィーさん」
「お前はー」
大きな声を出そうと息を呑むガーフィー
チラッと眠っている子供の様子を伺い俺に詰め寄るのをやめる
さっきの音で起きないのが不思議なくらい、熟睡してるらしい
「いいからさっさと準備をしてこい」
「…はいはい」
「返事は一回」
「はーい…」
立ち上がり診療所を後にする
ふわーと大きくあくびと伸びをして、まだ朝日も上がらないひんやりと冷たい空気の中をのんびり歩く
しかし、あの夢はなんだったんだろう、懐かしい声で何かを言っていた
思い出せそうで思い出せないモヤモヤした感情と共に宿へと足を運ぶ
ーーーーー
「グレーーーーン!!!」
荷物を取る為に宿に着いたのはいい….が
宿の扉を開けるや否や強い衝撃と声が同時に物凄い勢いで飛びかかってきた
避ける暇もない、まだ早いから居るとは思わないだろ
「ねぇねぇ!グレン!なんで宿にいないの?!探したんだから!久しぶりにあったのに、もう魔女が居る森に行ったのかと思ったわ!あ、グレン少しまた身長伸びたんじゃないの?あんなに小さかったのにー!で、どうしてお姉さんに会いにこないのー!?ギルド近いのにー!!」
…苦手なのだ
お姉さん寂しい〜!!と嘆くムイ
20歳なんだからもっと落ち着いてほしいし飛びついてこないでほしい
そして耳元で騒がないでほしい、ジタバタと暴れないでほしい
だんだんと呼吸が苦しくなり、あ、俺ムイに殺されるのかと
「ムイ、少しは落ち着け。グレンが死にかけてるぞ」
凄まじい力で首にギュー!!!っと抱きつくムイ
ドワーフは力が強いのは知っていたが、でもこの力はムイが馬鹿力ゆへのものだと思う
小柄なのに大剣を軽々と持ち上げ、魔物を一掃する力を今俺の首に注がれている
「ぐっ…」
「もぉ〜!グレンは弱いなぁ!そんなんじゃ噂の『魔女』にも勝てないよ?今からそんなへばってちゃ」
パッと首に注がれていた腕が離れ笑いながら
俺の背中をバシッと叩くムイ
今まで見たことのない綺麗な草花が咲いていて
川の向こう側に少し見覚えのある人が手を振っていた
何か言っているのが聞こえたが、また背中をバシッと叩かれて正気に戻り、呼吸するために気管に空気が大量に送られてくる
「っは…………川の向こうに叔母さんが呼んでた……」
「あっはっは!もぉ、グレンったら変なこと言わないでよ!」
…お前のせいだよ。お前の…と言葉が溢れそうなのをグッと飲み込む
「…ムイいい加減にしなさい。
久しぶりだなグレン、ムイがすまない」
「…久しぶり」
「…さて、今噂になっている『魔女』ついてだが」
「教会の女の子から聞いた話だと、森の洞窟に住んでるって噂。商人がそこの洞窟付近で魔物を率いている所を見たってさ。それと、行方不明者もその『魔女』が関係してるかもしれない」
ダンから地図を借り昨日教えてもらった森の場所を指す
ここからは少し距離があり洞窟まで行くのには森の入り組んだ場所を通らないと行けない
昨日ルーシーからもらった森までの道のりが描かれた地図をポケットの中から取り出す
くしゃっとなっていたそれを見たムイからため息が漏れ出した
「…男の子ってやっぱりガサツなのかしら」
「うっせ…。…それで、このルートで行くと洞窟まで迷わずに行ける近道らしい」
「よし、ツインムーンの日の後だ。魔物がまだ活性化しているかもしれない、慎重に行動するように。もし『魔女』がいたらこいつの出番だ」
小さな小瓶の中にはふわふわと浮かぶ妖精らしき生き物
不思議そうにこちらをみて首を傾げている
「…妖精?」
「こいつはリンベルっつう妖精だ。俺たちギルドの仲間だ、こいつを外の空気に触れさせると
相手を何日も気絶させるほどの音と光を発する」
「リンちゃんは小さくても強いんだから」
「♫」
ぽぽぽっとリンベルの頬が赤くなり、にこにことはにかむ
「悔しいが、正直言って俺たちだけじゃ『魔女』には勝てねぇ。お前らが強くても、だ。半日で国を滅ぼした力の持ち主だ。『魔女狩り』に携わっていた奴らも道連れだと聞く。だが、噂になっている『魔女』をこのまま放っておくわけにはいかん。魔物を率いているなら尚更ここにいつ被害がくるかもわからないからな、手は打てるだけ打つ。先のことを考えてだ」
「じゃぁ、まずはーーー」
そこから作戦を念入りに立てる
もう王都には『魔女』についての噂が流れているはずだ
でも国は噂程度では動いてはくれない
たとえそれが『魔女』の噂だとしても
俺は本で読んだ事があるくらいでどんな存在なのかまだ御伽噺に登場する人物でしかない
「よし、それじゃ出発するぞ」
「『魔女』ってどんな子なのかしら
噂じゃなく本物の『魔女』がいたら楽しみね」
「遊びに行くんじゃないぞ、ムイ
下手すれば命を落とす」
「わかってるわよ〜」
真剣に話すダンさんを横にルンルンと楽しげに歩くムイ
だが目は笑っていない、怒りが滲み出ており
ぎりっと奥歯を噛み締めているそんな顔をしていた
「ほら、グレン、父さん!さっさとしないと置いていくわよ〜!お姉さんに続け〜」
スタスタと地図を持ちながら軽い足取りでまだ寝静まっている道を歩いて行く
どこかそれは焦っているように見えて
「…ヒーを覚えているか?」
「んぇ?…ぁあ、ムイによく懐いてた子供だろ?」
「行方不明になったんだ」
「…は?」
「情報だと母親とこの町に薬を受け取りにきた際に襲われた。母親も大怪我を負っていてアスールの大きな病院で見てもらっている。一刻も早く、ヒーを見つけてやらんとな…。」
「…」
もう姿が小さくなってるムイの後を追って走る
地図と照らし合わせながら、森の入り口に辿り着く
深い森の中はやはり入り組んでいてルーシーからもらった地図がなければ迷っていた所だ
シンっと静かな森は何時もだと小鳥の囀りが聴こえるであろうものの、動物の気配も全くしない
そして、森を随分歩いたところに大きな洞窟が見えた
「ここが、『魔女』がいる洞窟…」
洞窟の中から何か滴り落ちる音と冷たい風が吹き上げ、
もらったお守りについていた鈴がリンっと静かすぎる森に響き渡り
鼻が取れそうな悪臭と鉄の香りがした