狂った「時計」とホットケーキ、んなもん、ほっとけい
「あら。お祖父様、時計が狂っていますわ」
朝のティータイムが近いはずの時間。
だというのに、本棚に置かれた時計の針はおよそ丑三つ時を指していた。
「はあん? 時計が狂っただと? んなもん、ほっとけい」
没落貴族。
右手に赤ワインの空き瓶を、左手に芋焼酎の空き瓶をぷるぷる震える手で握り持つのは、この家の前当主だ。熊のような大男で、赤ら顔に血走った目をギョロつかせ、アルコール臭を口からぷわんと漂わせている。
没落の理由は前当主による事業の失敗と痔病の悪化とアルコール依存。前当主はたんまり借金をこさえ酒に溺れた後、入婿に爵位を譲った。
「これではお茶の時間なのか、草木も眠る時間なのか、まるで分かりませんわ」
酸味あるローズヒップの上品な紅茶の香りと、完熟見切りバナナ入りホットケーキの甘い香り。
くるっぽー、くるっぽー、くるっぽー、くるっぽー、くるっぽー、狂っぽー
時計から白い鳩が飛び出し、狂い鳴く。
「お茶にしませんこと? お祖父様」
「酒だ、酒を持って来い」
孫娘は美しく微笑みながら小さく独り言を漏らす。
「あらあら荒々しい仰り様。アル中であらせられますものね。鮭の中心で酒と叫べばよろしいのに」
「サケだ、サケを持って来い」
「ふふ、熊似のお祖父様にはとてもお似合いですわ」
テーブルに縁が欠けた皿とカップを粛々と並べ、孫娘はティータイムの準備を整えた。
「お祖父様も、さぁご一緒に。折角のホットケーキが冷めてしまいますわ」
「はあん? ホットケーキだと? んなもん、ほっとけい」
辛辣な言葉を返されても健気に、いつも微笑みを絶やさず祖父たる前当主に接する孫娘。
トポンッ
小瓶を逆さにして、中の液体を紅茶に入れた。
「まあ、そうおっしゃらず、お酒入りの紅茶ですわ。お祖父様の大好きなワインを入れましてよ?」
ティーカップを奪い取った前当主がゴクゴク飲み干すのをじっと見詰める。
時計の針がピタリと止まるように、前当主の手の震えも心拍も、パタリと止んだ。
「おやすみなさい、大好きだったお祖父様」
孫娘は時計に手を伸ばし、ギギギ、 ギギ、時計の裏のぜんまいを巻く。
カチ、コチ、カチ
時計は狂ったまま、針が小刻みに動く。
くるっぽー、狂っぽー
飛び出た鳩がまた鳴いた。
ガシッ
飛び出た鳩を片手でむんずと掴む。
ボキバキボキッ
鳩は遥か灰色の空へと飛び去った。
平和の象徴を失った時計はただ静寂を生む。
孫娘は美しく微笑み、ホットケーキを素手で持ち、ガブリ、かぶりついた。
イラストは 茂木 多弥 様 が描いてくださいました!
めっちゃ可愛い!! 毒をはらんでいそうな赤い目、意思の強そうな孫娘に、没落貴族家に相応しい派手過ぎない落ち着いた色味のクラシカルな衣装♪
とっても素敵なイラストをくださり有り難うございました(>_<)♪
●肉フェス(長岡更紗 様 主催の「肉マッスルフェス3」)参加作品『どうしてもハニーブレットを手に入れたい騎士と、どうしても教えを乞いたい令嬢の話』
https://ncode.syosetu.com/n9629hl/
●肉フェス(長岡更紗 様 主催の「肉マッスルフェス2」)参加作品『マサル大衆食堂』
https://ncode.syosetu.com/n9729gt/
●企画無関係の詩作品『カミキリ虫がすくったら』
https://ncode.syosetu.com/n0292he/
にも 茂木 様 に描いて頂いたイラスト有ります♪