陰キャな”オレタチ”に「御気分どうですか?」とクソ可愛い看護師さんに質問されたとき、どう答えるかは予めシミュレートしておけよ! というお節介な助言だよ
この助言は普通の人には全くもって必要のないもので、吾輩のように陰キャでコミュニケーションに難の有るごく一部の人物だけに向けたものであることを、まずは断っておきたい。
ほら、あの対人恐怖症の気味がある脚本家で映画監督の三谷幸喜が、著書というか対談集の『気まずい二人』で初見の人と対談をするに際して
「枝豆と大豆って、同じ植物と知っていました?」
というネタを仕込んでおくのと一緒だ。
ナンノコッチャ? と思うかもしれないが、まあ少しの間だけ落ち着いて聞いてくれ給え。
(実を言うと吾輩自身「変な導入を書いてしまった。」と若干は忸怩たる思いがあったりするわけだから。)
話を戻そう。
アナタが新型コロナのワクチン接種に行くとする。
するとまず受付で本人確認、次にお医者さんと面談して予診票の確認と注意事項の説明を受ける。
それが終わればワクチン接種だ。
受付に出頭してから接種が終わるまでに要する時間は15分くらいか。
ここまでは陰キャであろうが社交性のカタマリであろうが、特に何の問題も無い。
コンビニでポテチとコーラ、プラモ屋でガンプラや1/35小火器セットを買うのと変わらんぞ。
針が極細なのか注射自体もアレッ? と拍子抜けするほど痛くない。
「ホントウにちゃんと薬液注入されてます?」と、お医者さんに質問したくなってしまうくらいだ。
何を隠そう、以前入院したときにゴリゴリの新人の病棟看護師さんから点滴の針を刺されたことがあるのだが、その看護師さんは
「じゃ、刺しますね。ちょっとだけチクッとしまぁす。」
と針を刺したは良いが、「あれ?」とか言いながら、血管目指して点滴針であちらこちらをグリグリと探り回すのだ。
これはソコソコ痛い。……いや、正直に告白するとナカナカのものである。
そしてあろうことか「いったん、抜きまぁす。」と針を抜き、「血管、逃げやすいんですね。もう一方の手で試してみましょう!」と再チャレンジ。
それでも上手くいかず、「上手い人、呼んできますね。」と撤退しようとするものだから
「いえいえ。まだ両手の甲の血管が残ってますよ。それが失敗しても掌の付け根もあります。なんなら足首の静脈も。」
と吾輩はブッダのごときアルカイックスマイルで応じたものだ。
「この際だから、練習しておくのも悪くないでしょう。」
普通の人なら、上手い人呼んでくる、と言われたらサラリと軽く「分かりました。」だけで済ませることが出来るのだろうが、根が陰気でコミュニケーション下手だと、変に”あれやこれや”と無い頭を巡らせ過ぎて、明らかに妙な事を口走ってしまうのですな。
そして「終わりました……。」 「……終わりましたね。」と両者安堵の笑みを浮かべたときには、両腕が絆創膏だらけになっているという、ね。
あの時の経験に比べたら、新型コロナの筋肉注射なぞ蚊に喰われるより後味が良い。
(蚊に刺されたら、イラっと来るほど跡が痒いからね。)
問題は”その後”なのだよ。
急性の副反応が出ないかどうか、20分くらいの時間設定になっているタイマーを渡され、椅子に座って待機する。
そして待機時間が終わると、看護師さんが容態を確認しに来る。
他の接種会場では違うのかも知れないが、吾輩の場合はそうだった。
「御気分、どうですか?」
看護師さんは、職業的やさしさをもって質問してくれる。
20分という待機時間は、短いようで結構長い。
いや、仮に”なろう”に投稿する文章を案じているような場合なら、アッと言う間に過ぎ去ってしまう程度の時間でしかない。
吾輩のようなポンコツだと、1000文字書くのに最低3時間は掛ってしまうから、下手すると2~3行分が書けるか書けないかというところだ。
しかし駅で「次の列車まで20分か……」という事になれば、ちょっと駅ソバでも喰うか、と考えるくらいには余裕のある時間である。
しかもワクチン接種会場では着席待機していなければならぬ。
「待ち時間の間、ちょっとソバでも手繰りに。」などと口走ろうものなら、師長さんクラスの怖いヒトが登場して、キッチリ小一時間は教育的指導をキメられてしまうだろう。
けれど安心したまえ。
抜け目のない吾輩は「そんな事もあろうかと。」と余裕のよっちゃんでスポーツ新聞を広げた。
前日に女子ソフトボールが栄光の金メダルを獲得したので、その歓喜を反芻しようと行きがけの駄賃にと購入していたのである。
キミたちも、何か軽い読み物など持って行くとよいだろう。
(まあスマホで”なろう”を読む人ならば、用意はしなくても良いのかも知れない。けれど病院で受ける場合なら、電子機器使用不可の場合もあるもの、と想定の中に入れておいた方がよかろう。)
それはともかく――
「御気分いかがですか?」
その質問が吾輩に向かって発せられたのは、金メダル記事を熟読するのに没頭していた時だった。
すかさず吾輩は
「最高です!」
と即答した。当然であろう。
返ってきたのはコロコロと明るい笑い声と、可愛らしい看護師さんのマスク越しの笑み!
――シマッタ!
逆上した吾輩は
「ええっと、今日で2回目なんで……これで鋼の楯からミスリルの楯に装備更新だし、仮に感染しても重篤化からは免れるなぁ、と……」
などとシドロモドロに弁解するよりなかった。
「ホント、最高の気分です。」
赤面モノの失態である。
看護師さんは、吾輩の醜態を何事も無かったかのように「よかったですね!」と軽く流してくれて、「それでは気を付けてお帰り下さい。」と優しく送り出してくれた。
ホッとしたのは言うまでもないが、同時に”しょぼん”でなくて何だというのか。
しかし! しかぁし!!
トボトボと帰路をたどりながら、吾輩は看護師さんの反応に「愉快なオッチョコチョイさんが居た」という以外に、もう一つの可能性がある事にハタと気が付いてしまった。
賢明な読者諸氏におかれては、既に気付かれているものと愚考するが
『ウケ狙いで、同様な回答をした”お調子者”は、これまでに一人や二人ではあるまい』
という冷徹なる推理である。
たぶん、会場詰めの看護師さんには『布団が吹っ飛んだ』並みに何度も繰り返されたギャグであろう。
あの優しい笑みは「一週間ぶり、48回目の登場!」みたいな高校野球の名門校が如きボケに対する”お愛想”であったに違いない。
その場で七転八倒しそうになったが、吾輩は耐えた。
公共の場で、これ以上挙動不審な行動をとるわけには行かなかったからだ。
吾輩が道端に座り込んで「あ゛~!」とか喚いていたら、親切な人が
「どうしました?」
と声を掛けて来るかも知れないし、その時に「ワクチン接種の帰りで……」などと呻いたとすれば救急車なぞ呼ばれて大事になってしまうという、更なる危機的状況をも招きかねないではないか。
だから接種会場では「御気分はどうですか?」と訊ねられたら、「特に変化はありません。」とか「異常は感じません。」とさりげなく応じるのがソフィスティケートされたオトナの嗜みというもの。
いや、ごく稀には「胸が苦しい。」とか「頭が痛くなった。」とか「急に体温が上がった。」というような急性反応が出ることもあるようだから、そのような場合には待機時間の終了を待たずに申告すべきではあるのだが、報告数を見る限り接種回数に対しての急性反応の発生割合は非常に低い。
アナタが接種するときに、自分自身をも含めて会場で急性反応が出た人を目撃するの成功するには、相当な困難が予測される。
むしろ『寒いオヤジギャグ』の方が、観測できる可能性が高いのやも知れぬ。(大阪会場なんか、高そうな気がする。ま、勝手な個人的想像に過ぎないのだけれど。)
ウソだと思ったら、厚生省やNHK、日経新聞等が公開しているデータサイトを参照すれば良いことだ。
……ただし追記しておくが、データサイトにアクセスしても『各接種会場における寒いオヤジギャグの発生確率』などというデータは載っていないぞ。(念のため)
いやいや。そう言った真面目で有益ななハナシは他に譲るとして、この駄文は吾輩のように
「初見の人とコミュニケーションを取るのに難がある人間が、可愛らしい看護師さんを目の前にして無駄に恥をかかないための一事案の報告」
であると考えて頂きたい。
今後、ワクチン接種を受ける気弱な”オレタチ”の健闘を、陰ながら祈っている。
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追伸
吾輩の場合、2回とも使用ワクチンはファイザーであったのだが、懸念される”二度目の熱発”は観測されなかった。執拗に検温を繰り返したが体温が36.7℃を超えることがなかったのである。
接種した側の二の腕が、翌日から翌々日にかけて少々痛くなった程度。
その痛みもハオコゼやアイゴのような毒魚や、アシナガバチに刺された時などに比べれば――また新人看護師さんにグリグリやられた時に比べれば――余裕をもって無視できる程度の痛みで済んだ。
なので用意した鎮痛剤・解熱剤はそのまま救急箱のストックとなった。
また倦怠感とは言い難いが、接種した次の日には眠気が強かった。
なお吐き気に襲われることは無かったが、猛烈な空腹感がやってきた。熱発で動けなくなった時の用心にと桃缶・コーンフレークス・レトルトおかゆ・チョコバーなど準備していたのだが、発熱しないまま貪り食ってしまったのである。
ただし知人女性からは「鎮痛剤飲んでも、注射した方の腕を下にしては眠れない!」という電話が夜明け前にヤケクソ気味に掛ってきたりしたので、反応の強めな人が居るのも確かだ。
その女性からは
「なんでキミは平気なのよ! 腹立つわぁ。」
などと罵られたが、それは八つ当たりというものであろう。
もしかすると、これが吾輩にとっての最大の副反応被害と言えるやも知れぬ。
以上、報告終わり。