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「不思議だよな。いつものように音楽を楽しむだけのはずなのに、今から緊張をしている」
いよいよライブの当日を迎えました。観客はその日、撮影があることも、ゲストが来ることも知らされていませんでした。いつもと同じ、最高のライブを楽しみに待っていました。
「いよいよだな。カメラの前での演奏は初めてだ」
緊張気味のキースが、ステージ裏でうろうろと歩き回っていました。初ライブでも、デビューライブでも、そんなキースを見ることはありませんでした。
しかし観客は、普段通りです。この微妙なギャップが、僕は見ていて楽しく感じました。
「本当に予定通りのライブをするのかい?」
この言葉がいけなかったのでしょうか? それとも元々キースはその気でいたのかもしれません。キースは僕の言葉に、笑顔だけで答え、ステージへと飛び出しました。
普段のライク・ア・ローリングストーンはまず、チャーリーとダリルがステージに立ち、少し遅れてロンとミックがギターをかきならしながら登場します。観客は一気に盛り上がり、ミックは時にステージを駆け回りサービスをします。突然歌い出すことも、何度かありました。そして会場の盛り上がりが頂点に達した頃、キースが飛び出していきます。観客は限界を超えた盛り上がりを見せます。長い活動の中ではいつくかの例外もありましたが、それが普段の、ライク・ア・ローリングストーンのステージです。
「今日は最高のライブを楽しもう!」
なんの音もなく、突然一人きりで現れたキースの姿に、会場がざわめきました。なにかが起こる予感、それはファンならずとも感じていました。
熱心なファンなら覚えていると思いますが、以前にも一度、こんなことがありました。それは、ブライアンが死んだ翌日のライブでのことです。
キースはその時と同じように、アカペラで歌い出しました。
と、その曲の途中、誰もが気がつかないうちにバンドのメンバーがステージに上がっていて、静かにその演奏をキースの歌声に重ねていました。
しかしなにか、違和感がありました。僕はなにも知らされていませんでした。よくその音に耳を傾け、姿を見てみると、その演奏をしているのが、ジャジョーカのメンバーだったのです。
こんなにもキースの歌声とジャジョーカの演奏がはまるとは思いもしませんでした。
キースの歌声に、いつもとは違う不思議な懐かしさを感じました。その理由がなんなのかは、わかりませんでした。暖かい母親のお腹の中にいるような、安心できる気分です。
曲は徐々に盛り上がりを見せ、キースの歌声にユッスンの歌声が重なります。観客は思わず、ため息のような歓声をこぼしました。
そのまま二曲、演奏が続き、その後ライク・ア・ローリングストーンのメンバーとダリルが加わり、総勢十二人での演奏が始まりました。
予定されていた曲順は知りませんでしたが、どうみても決められた曲順通りのステージには感じられませんでした。
「初めの一曲だけだな。気分が盛り上がると、予定なんて気にしていられない。ああなることは予想できていた。けれどその分、いいライブになっただろ?」
ライブ終了後、キースから直接聞いた言葉です。
「けれど驚いたのは、これも全て、ジョージの予定通りだったってことだ。あいつは俺たちとの付き合いが長いからな。きっとこうなると予想をしていたってわけだ」
ジャジョーカがステージを去ってから、ライク・ア・ローリングストーンだけのステージが始まりました。キースはいつも通り、自由に楽しんでいました。
一時間を過ぎた頃、曲の途中で突然、クリープのメンバーが姿を見せました。流行りの先頭をいっているバンドの登場に、曲の途中だと言うのに、大きな歓声が上がりました。中には悲鳴も混じっていました。
それは全くの予定外でした。キースはもちろん、ジョージも予定していませんでした。トムが勝手に、メンバーをひきつれて登場してしまったのです。
キースは少しの驚きと、嫌悪の表情を見せていました。しかしすぐ、トムに近寄り、一つのマイクで一緒に歌って見せました。その姿に観客が大きく盛り上がりました。トムは少し、引きつった表情を見せていました。
クリープのメンバーは、楽器を手に持ってはいたものの、ステージ上で固まってしまいました。キースは曲が終わると、クリープに自身の曲を歌ってくれと言いました。その言葉に、観客も大喜びでした。
予定では、クリープはライク・ア・ローリングストーンの曲を演奏することになっていました。クリープのメンバーは、戸惑いを隠し切れていませんでした。
キースはまるでそんなことお構いなしに観客からリクエストを求めていました。クリープが人気を得るきっかけとなった、アイム・ビッチを求められ、メンバーは静かに演奏を始めました。
「俺は別にいじめをするつもりはなかった。あれが俺流の楽しみ方だったんだ。観客は喜んでいた。演奏のできも、最高だっただろ?」
トムの歌声に、キースの歌声が重なりました。キースはなんだかんだと言っても、いい奴です。クリープのゲスト出演が決まると、その作品全てを聴き、歌えるようにしていました。トムはかなり、驚いていました。そしてかなり、不満げな表情をしていました。しかしあまりにもキースが楽しそうにしているのを見て、次第にトムも笑顔を見せるようになりました。
「正直、僕はムカっとした。僕たちのせっかくのチャンスを無駄にするつもりだと思ったんだ。けれどキースは、そんなつもりがなく、ただその瞬間を楽しんでいただけだった。だから僕も、一緒になって楽しむことにした。最高の瞬間だったよ。やっぱり間違っていなかった。僕たちのヒーローは、ライク・ア・ローリングストーンしかいない」
曲が終わるとすぐ、少しの間も置かずにミックのギターが鳴きました。次もまた、クリープの曲でした。その演奏の主導権は、完全にライク・ア・ローリングストーンが握っていました。
「彼らにはこの先、敵うことが出来ないと悟ったよ。悔しいけれど、それが現実なんだ。僕たちのちっぽけさを感じてしまった」
その演奏は、クリープの演奏を忘れさせるほどの素晴らしさでした。ライク・ア・ローリングストーンの曲と言っても、おかしくないほどでした。
「他人の曲を演奏するのは、楽なんだ。すでに形が出来上がっているからな。そこに俺たちの色を加えればいいだけだ。失礼なことを言わせてもらうが、他人の荒はよく見える。よりよい曲に仕上げるのは簡単だ。ビートルズの曲でさえ、本物よりも俺たちの演奏の方が人気がある。そんなものなんだよ。ビートルズだってそうだろ? 他人の曲を自分たち流に演奏をして人気者になったんだ」
クリープも必死に演奏をしていましたが、全ての演奏が飲み込まれてしまいました。トムの歌声はかき消され、観客でさえ、そこにクリープがいることを忘れていました。その姿が、消えたかのようでした。演奏が終わり、キースがクリープに感謝の言葉を述べた時、観客がざわめきました。クリープの存在を、思い出し瞬間です。
「屈辱だとは思わないよ。あれが僕たちの置かれている現実なんだ。演奏自体は素晴らしかった。文句のつけようがない。僕たちは、あの場に参加できただけで幸せなんだ」
その後また、ライク・ア・ローリングストーンだけのライブが始まりました。勢いをそのままに、最後まで楽しませてくれました。
僕にとっても、誰が見ても、文句のつけようのないライブでした。
「最高のライブになったことは間違いない。俺は楽しみにしているよ。映画としての出来も、ジョージならきっと素晴らしいものに仕上げてくれるはずだからな」
ジョージはその後もライク・ア・ローリングストーンの撮影を続けていました。ライブ後の打ち上げだけでなく、あの事故の当日まで、カメラが回されていました。予定ではジョージもその飛行機に乗ることになっていました。今現在一番危険な地帯と言われているその国でのライブを最後に、撮影を終える予定でした。しかし予定が狂い、乗ることができませんでした。一般の飛行機では全ての機材を運ぶことが出来ず、ジョージは撮影を断念し、飛行機には乗りませんでした。もしも一緒の飛行機に乗っていたのなら、映画が完成することはあり得なくなっていました。ジョージがいなければ、その映像を映画にするなんて、出来ません。