第六章、三千八年~三千九年 1
第六章、三千八年~三千九年
作品の評価は、言うまでもありません。キースの言葉通り、世界がまた、動きました。
「こうなることはわかっていたさ。その自信があるからこそ生まれた作品だ」
「僕は少し、不安を感じていたよ。あまりにも凄すぎる作品は、時に拒否されることもある」
「それは違うな。その作品は、ただ凄いだけだ。いい作品を作れば、それは必ず認められる。時間が経てば、必ずなんだ。なんでだかわかるか? いい作品には意思が宿る。ほっといても誰かに見つけられてしまうんだ。けれどそれはな、当たり前のことだ。いいものはいい。当たり前だろ? けれどな、凄すぎるものは、別なんだ。拒否することさえできないからこそ、凄すぎると言えるんだからな」
作品が発表されてからのことは、周知の通りです。今でも僕には信じられません。あの出来事は、幻のようです。
その日、世界中で戦争が止まりました。誰一人として、殺し合いをしませんでした。街中で、みんながライク・ア・ローリングストーンの音楽を聴いていました。絶え間なく続く、音の洪水は、夜になっても止みませんでした。夜の街が、朝になるまで明かりを灯していました。
「あれが永遠なら、どうなってたと思う?」
「僕はそれを望むよ。これからの社会は、あの日のような幸せを求めるべきだ」
僕の言葉に、キースは鼻で笑っていました。
「お前はなにもわかっていない。だからダメなんだよ。あれはまやかしだ。あんな幸せが続いてみろ。世界はまた、つまらなくなってしまう。以前のように変な会社に支配されてしまうんだ」
「それじゃああれは、なんだった? キースはああなることを望んでいたんじゃないのかい?」
「俺はなにも望んじゃいない。俺は世界中をまた、音楽で溢れさせたかった。以前とは違う、俺たちのやり方でな。結果として、ああなっただけだ。俺が望む世界はな、誰もが必死に、毎日を楽しく生きられるような世界なんだ。無気力にただ生きている、そんな奴らに世界の楽しさを伝えたかっただけだ」
その想いは、確かに伝わっています。無気力に生きている者は、今では少なくなっています。しかしそれが、戦いを助長させる結果にもなっています。
殺し合いのない幸せな時間は、一週間ほどで消え去りました。
「大勢の人が死んでいる。キースの言葉は不思議だ。人を生かすことも、殺すことも自由だ」
「人はな、そういう生き物なんだ。自然の姿に近づいているだけだ」
その日から、今でも街には音楽が溢れ続けています。時には銃弾や爆弾の音に遮られることもありますが、一日中音楽が止むことはありません。夜の外出禁止も、消灯時間も、解除されました。
街で流れる音楽は、ライク・ア・ローリングストーンの曲だけではないのが現状です。しかしなぜなのか、どこでも必ず、ライク・ア・ローリングストーンの曲が流れています。他の曲に紛れていても、その存在感を消すことはありません。