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その日、彼らは僕に連絡を取ってきました。その前にあちこちに連絡を取り、代わりのパイロットを探していたそうですが、上手くいかなかったようです。旅客便のチケットも残ってはいませんでした。直行便だけでなく、あらゆる乗り継ぎを考えたそうですが、それでもチケットは手に入りませんでした。困った彼らは、なにか方法はないかと、僕に聞いてきたのです。僕に聞いたところで答えが見つかるとは思っていなかったそうですが、手当たり次第に聞きまわり、万が一を期待していました。
彼らは運が悪かったのです。僕はたまたま、一つの方法を知っていました。ちょうどその日、彼らが向かう場所の隣の国に向かう予定の人物を知っていたのです。この伝記本を書くにあたってのインタビューにも答えてくれた、ジョン・ディランがその人です。ジョンもプライベートの飛行機を持っていますから、同乗させてくれないかと頼んだのです。僕との交流はもとより、彼らとの交流も以前からあり、快く承諾してくれました。
撃ち落とされた飛行機は、ジョンのものではありません。隣の国から乗り継いだ飛行機が、撃ち落とされたのです。対飛行機用の大型ロケットで、中型の旅客機ならば、跡形もなく吹き飛ばすことが可能です。
その便のチケットは、簡単に手に入れることが出来ました。彼らがライブをする予定だった国と、ジョンが向かった先の国とは常にロケット弾が飛び交うほどに緊迫した敵対状態にあります。僕は当然、そのことを知っていました。彼らも同様です。それなのに僕は、その方法を提案してしまったのです。彼らにはそれがいかに危険な方法なのかを説明はしました。彼らは納得の上で、その方法を選んだのです。ですがやはり、間違いなく大きな責任は僕にあるのです。
つまりは僕が彼らを殺したも同然なのです。冷静に考えれば、なにも飛行機で乗り継がなくてもよかったのです。車を使って国境を越えるべきでした。それもまた危険を伴うのは確かなのですが、少し遠まわりをすればよかったのです。一度他の国に出て、そこから入国をすれば危険も少なく、事故にも遭わずに済んだはずなのです。それではライブ時間に間に合わなかったという現実を考えなければの話ではありますが・・・・
しかしきっと、他にも方法があったはずなのです。最悪はライブをキャンセルしてもよかったのです。お金の力を使って無理にパイロットを雇うことも、出来なかったとは言い切れません。
後悔をしだすと、きりがありません。僕はそのことでだいぶ頭を悩ませました。周りのみんなは僕には非がないと言います。仕方のないことだと言うのです。失ったものは大きいのですが、それもまた彼らが選んだ結果の道なのです。
そんな中、ポールだけが僕を非難しました。本気で僕が悪いと言っていたわけではありません。僕にはなんらかの責任を取る必要があると言ったのです。そして僕には、それが出来ると言うのです。彼らとの付き合いは、僕が一番長いのです。それこそ家族以上の付き合いを重ねています。そんな僕ならば、彼らの全てを伝えることが出来ると言うのです。そして世間がそれを待っていると言うのです。
すぐにではありませんが、僕は決意を固めました。そこにはきっかけなんてなく、僕の憂鬱な気分を晴らすには、それしかないと気がついたのです。そして僕は、インタビューなどの資料集めを終え、こうして伝記本を完成させるために言葉を並べているのです。
ヨネ・タカマキ