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「お前は本当に・・・・」
キースは僕に抱きつきました。
「最高だな」
僕の唇が、奪われました。ついでに舌が、絡み合いました。
「テイラーとの音楽は、楽しい。ブライアンとは違う喜びを与えてくれる」
「あぁ・・・・ 僕はそのつもりで紹介したんだ」
「俺たちはまた、新しいステージに到達できる」
テイラーの加入後、ライク・ア・ローリングストーンはすぐに新作の準備を始め、その作品の発表前にまず、新ギタリストお披露目ライブを行うことになりました。
お披露目ライブの前日、突然の訃報が届きました。ブライアンが、死んだというのです。自宅のプールで、溺死です。しかし、本当の原因は、別にありました。ブライアンは、薬に溺れていたのです。
人間の神経を破壊する薬は、いつの時代にも作られるものです。その薬は、気持ちを高揚させてくれます。疲れを忘れさせ、羞恥心を失います。全ての感覚が、鈍くなります。
しかし人間は、勘違いばかりをします。そんな薬を喜ぶ連中が多いのです。感覚が鋭くなるといい、眠気が覚めるといい、気持ちがよくなるといい、本来の目的を無視して使用を続けてしまうのです。
本来は、痛みを和らげるために使用をする薬なのです。そんな薬には必ずといって中毒性があるものです。取り扱いには、細心の注意が必要です。しかし人間は、その場の快楽を求めることを優先してしまうのです。
僕からいわせれば、そんな薬は、クソです。使用しても具合が悪くなるだけで、なんの効果ももたらしません。当時はまだ、薬の使用が違法にはなっていませんでした。僕も薦められ、使用をしたことがあります。
薬には様々な種類があります。花や草木から作られるものや、科学が生み出したものもあります。僕が試したのは、葉っぱでした。煙たくて目眩がする、それだけのものでした。キースも他のメンバーも、みんなが一度は体験しています。しかし、一度きりでうんざりでした。ただ一人、ブライアンをのぞいて・・・・
ブライアンの音楽性に目立つ変化が見え始めたのは、薬を服用するようになってからです。当時はミュージシャンたちの間で薬が流行になっていました。ブライアンのように中毒になっている者が、他にも大勢いました。
中毒なんていう言葉は、嫌いです。それはただ、意志の弱さを示しているだけです。ブライアンは自分自身に負け、結果として死んでしまったのです。
薬が直接の原因での死亡は、ブライアンが初めてでした。それは大きな事件になり、それをきっかけに薬が違法化されました。特別な許可なしには作ることも売ることも、原料を栽培することも出来なくなったのです。その法律は、今でも残されています。
「ブライアンが死んでも、ライブは続くんだな。バンドの状態は最高だ。けれど俺の精神は、ボロボロだな」
弱気なキースを見るのは、やはり辛いものです。しかしこの時のキースは、なんだか不思議な雰囲気に包まれていました。
「それでもキースは、歌うんだ」
キースが僕に、笑顔を見せてくれました。そしてライブが、始まりました。
新ギタリスト紹介のライブは、ブライアン追悼のライブにもなりました。
この日のキースは、とても神秘的でした。まずはブライアンのためにと、演奏なしで歌っていました。静かながらも勢いのある曲です。その曲はステージで何度も演奏されていましたが、その日のその曲は、まるで別物になっていました。キースの感情が表に溢れ、ブライアンの魂を探しているかのようでした。
その後もキースは、神秘的な表情でブライアンの魂を求めた歌を歌っていました。
観客はかなり、戸惑っていました。二曲目に入るとテイラーをのぞくメンバーも登場し、その演奏を始めていたのですが、観客たちはどう盛り上がればいいのかわからないようでした。ただ呆然と、キースの姿を見つめていました。歓声の一つも上がりません。ため息をこぼすことも出来ず、生唾を飲み込む音だけが聞こえていました。
四曲目を歌い終えた時、キースの表情に変化が起きました。それまでの表情も神秘的ではあったのですが、それは言葉を使った表現でしかありませんでした。本当にキースの表情が、謎に満ちた神のそれになったわけではありません。しかしその時、キースの表情が神々しく輝いたのです。僕はまだ現実の神には会ったことがないのですが、世間がイメージしている神そのもののような表情のキースが、そこに立っていました。
僕は、僕だけでなく、ライク・ア・ローリングストーンのメンバーはみんな、神を信じています。それは、なにもかもが完璧な存在としての神ではありません。そんな神がいるのなら、以前の世界も、今の世界も、失われた歴史以前の世界も、この星ごと破壊されていたことでしょう。完璧な存在の神から見れば、僕らは実に愚かなのです。
僕たちが信じているのは、僕たちを生み出した神の存在です。どんなに科学が進んでも、生命誕生の起源はわかっていません。進化論にしても、不自然な点はいくつも見受けられます。人間がサルの仲間だといえば確かにそうなのかもしれません。しかし僕には納得がいきません。この星の生き物の中で、人間だけが特別なのです。人間は、特別に卑しく、野蛮で愚かな生き物です。
だからきっと、神がいるとして、人間によく似ていると考えていたのです。しかし僕のその考えは、間違いなのかもしれません。キースのその表情は、見ていてウットリするほどに美しかったのです。どんな比喩を使っても、それ以上の表現が見つからないほどに、ただただ美しかったのです。
輝き出したのは、顔だけではありません。その輝きは、スッと、キースの身体に吸い込まれ、パッと爆発をし、身体全体を輝かせました。
観客が、静かに騒ぎ出しました。誰もがキースのその姿に感動しているようでした。
僕もそうでした。訳もわからずに感動し、涙までこぼしてしまったのです。ミックやビル、チャーリーでさえ涙をこぼしていました。
キースはそのまま、次の曲を歌い始めました。すると、僕の耳には確かに聞こえてきたのです。僕だけではありません。観客もその音色に気がつき、ざわめき立ちました。
ミックとビルは、ステージ上でただ立ち尽くしていました。チャーリーもまた、スティックを手に、立ち上がっていました。三人は楽器の演奏をせず、青い空を、見上げていました。
その音色は、間違いようがなく、ブライアンのギターの音色でした。特徴的なキッチリとした演奏も、ブライアンならではのものでした。キースはそれがまるで当然だというかのように、普通に歌っていました。ブライアンのギターが聞こえていることに、少しの不思議も感じていないようでした。
キースの歌声が次第に激しくなり、ブライアンのギターが耳を攻撃し、頭を揺さぶらせました。ドラムやベースがないのに、信じられないほどの分厚い音が響いていました。
曲が終わるとすぐ、キースの身体の中に、全ての輝きが吸収されていきます。
「今までありがとう!」
青空に向かい、キースが言いました。
観客から、拍手と歓声が上がりました。キースはその様子を、隅から隅までゆっくりと眺め、一つのため息をこぼしました。穏やかな表情の中に、小さな影が浮かんでもいました。複雑な表情でその複雑なため息をこぼすと、キースはすぐに笑顔を浮かべ、ミックたちに顔を向けました。
「初めるぞ!」