第二章、1
第二章、二千九百六十五年~二千九百六十九年
ライク・ア・ローリングストーンのメンバーは、ライブで得た利益を使い個人の録音スタジオを建設しました。そしてそこで数年間、作品作りに没頭することになったのです。
「これなら文句がないだろ?」
キースから手渡された二枚目のレコードは、幻にならずに済みました。素晴らしい作品であることは、その売り上げが証明しています。今ではデビュー作の方が売り上げを伸ばしているのですが、初動の売り上げでは二枚目の方が勝っていました。
「最高の出来ではあるね。けれどこの作品は、ライブ向きじゃない」
「そんなのはわかっているさ。そのつもりで作ったんだからな。意味の感じられないライブをするつもりはないね」
世界中を周ったライブの後、ライク・ア・ローリングストーンは数年間ライブを行いませんでした。その代わりとして、一年に二作品から三作品というかなりのハイペースで作品の発表を続けていました。
僕はキースとの連絡は続けていましたが、月に何度か、彼らのスタジオに顔を出す程度になっていました。彼らの記事を書くようになり、出版社との繋がりが出来た僕は、彼らの後を追って出てきたバンドたちの記事の多くを任されるようになっていました。
ライク・ア・ローリングストーンに憧れていたバンドたちは、彼らの真似をして文化祭でライブをし、作品を発表し、人気を得ると大きな会場でのライブツアーで世界を周っていました。当時はまだ、今のように小さなライブハウスはありませんでした。今のようにライブハウスで人気を集め、その後にデビューするという流れではなかったのです。
新しく出てきたバンドたちは、ライク・ア・ローリングストーンを真似て世に出てきたのですが、彼らのようにライブ活動なしに人気を持続することはできませんでした。ライブで顔を売り続けなければ、すぐに忘れられてしまうのです。彼らのように、その作品に真の力がなかったのです。
ライク・ア・ローリングストーンの七枚目に、事件が起きました。その衝撃は、当時の世界を動かすほどのものでした。
「こいつは凄い! こんな作品、今までに聴いたことがないよ」
「あぁ、これならライブも出来るしな。世界が驚く姿が目に浮かぶ」
世界の驚きは、想像以上でした。ライク・ア・ローリングストーンの作品は、元々が一貫したテーマに基づき作られています。ただ単に新曲を並べただけの作品はありません。しかしその七枚目は、特別でした。
「これをたったの半年で作ったのかい?」
「そんなわけはないだろ? こいつはずっと前から考えていて、他の作品の合間に少しずつ仕上げていったんだ。この半年間はかかりっきりだったけどな」
一つ一つの曲が独立しながらも、作品全体が一つの物語になっているのにはそういう理由があったからのようです。一つ一つの曲に時間をかけ、しっかりと仕上げていたのです。
「けれどこれは少し、危険じゃないか?」
「それはわかっているさ。けれどな、今ならその時期が整っているとも思わないか? 音楽が市民権を得ている今、この作品は本来の力を発揮する」
彼らの登場以後、街に溢れた多くのバンドたちは、彼らほどではなく、そのバンドによっての差もありますが、世間に受け入れられています。音楽は、もはや文化になっていました。
「確かに今なら、若者たちの心を動かせる。けれどやはり、あの会社が黙っているとは思えない」
「それでも今やるからこそ価値がある」
危険なのは、その物語の内容でした。今でこそそれほどの問題にはなりませんが、当時は大問題でした。キースは言葉を使い、失われた歴史の穴埋めを試みたのです。その物語は、キースの空想にもすぎないのですが、キースが見つけた失われた歴史に対する答えにもなっていました。
「実はこの一曲目、あのセカンドを作る前に仕上げていたんだ。本当はあの時、時間をかけてでもこの作品を完成させるつもりだったんだ。二枚目としてな。けれどあいつがダメだといった。それであんな間に合わせを作ってしまったんだ。お前のおかげで発表せずに済んだからよかったけどな」
「どうして!」
僕の興奮は、怒りを感じるほどでした。
「そんな大事なこと! 今まで僕に黙っていたのか!」
僕は勢い余ってキースに掴みかかり、右手を大きく振り上げました。
「お前は政治家か!」
キースが僕の額に頭突きを食らわしました。
「いつもこうして一番に聴かせているだろ? 文句でもあるのか?」
ライク・ア・ローリングストーンの作品が完成すると、その度にスタジオに呼ばれ、感想を求められていました。それ以外にもスタジオに行く度、新曲を披露してくれたり、その場のスタジオライブで僕を楽しませてくれました。曲作りの、名曲が誕生する瞬間に立ち会ったこともありました。
「俺たちはもう、必要以上の名声と金を得ている。これを発表して、万が一にもあの会社を怒らすことになったとしても、困ることは一つもないだろ? 世間が俺たちを守ってくれる」
その言葉は、キースの言葉であることを考えると、少しばかり情けのない言葉のようにも聞こえました。なにに対しても恐れず、思いのままに生きるのが、キースなのです。
しかしこの当時、僕もその言葉に少しの違和感も覚えませんでした。僕自身も、あの会社を恐れていたのです。
「この作品を引っ提げて、ライブに出ようかとも考えている。俺たちも負けてはられないだろ?」