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婚約者候補に格下げされた私

作者: さおん




その華やかな集団の真ん中を歩くのは、この国の第一王子であるアルベール殿下。

その周りを囲うように歩いているのは美しい婚約者候補達。

この華やかな集団は学園の名物である。



そして、その華やかな集団を複雑な心境で見詰める私、ヨロウ侯爵家長女リーナリール。

アルベール殿下の正式な『婚約者』である………





殿下の婚約者となって早数年。

正式な書類を交わしたはずの私はいつの間にか『婚約者』から『婚約者候補の一人』に格下げされていた。



私が殿下の婚約者になったのは八歳くらいの時だっただろうか。

あんまり興味もないから正しくは覚えてないけれど、多分それくらいのはず。

だけど、殿下の婚約者に選ばれた理由は覚えている。


私が他の候補者達より年齢の割には落ち着いていたから。


ただそれだけ。


権力に逆らう気力など皆無のお父様は王家のご要望だからと拒否することなく婚約を承諾した。




そして数年経った今、婚約者候補に入っていたのに選ばれなかった娘達は目覚ましい成長を遂げた。

誰もが見惚れる程美しくなった者もいるし、学園始まって以来の才女と言われる者もいるし、魔法の天才もいれば、社交界の華と言われる者も。


今、アルベール殿下の周りには才能豊かな美女達が集っているのである。



子供の頃は少し口が悪くて憎まれ口を何度言われたか分からない程クソガキだった殿下は今では誰もが憧れるキラキラ王子様となられた。


年頃になり、かつての婚約者候補だった者達が目覚ましい成長を遂げて殿下の周りを囲えば、殿下も王家もこう思ったに違いない。


婚約者を決めるのを早まった、と。



そして素敵に成長したかつての婚約者候補達の才能が惜しくなったのだろう。

だって、彼女達は誰を選んでも将来の王子妃、王妃になるにも遜色ない魅力と実力と家柄を兼ね備えた素晴らしい方々なのだから。



いつの間にか正式な『婚約者』だった私は、『婚約者候補の一人』という認識になるのが暗黙の了解となっていた。




他の方々が目覚ましい成長を遂げたのに対して、私には何もなかった。

子供の頃は可愛らしいと言われた見た目は美女に成長することはなく、まあ可愛くないこともないけれど、華やかさはない大人しい見た目のまま。

成績だって上の下。

魔法だって普通の実力だし、これといった目立つ才能も何もないのだ。


そんなことは婚約者に選ばれた時から分かっていた。

だって、大人しかった、ただそれだけで選ばれたのだから。


落ち着きがあると見られたけれど、要は引っ込み思案だったというだけで、他の方々のように誇れるものがないから自信を持って堂々と行動出来なかったというだけである。


私だって王子の婚約者になんてなりたくなかった。


子供の頃、会えば憎まれ口を叩かれた。

お前みたいな地味な女が婚約者だなんてとか、お前みたいな地味な女が着飾ったところで変わらないとか。

何度このクソガキ、と心の中で王子を罵ってきたか。

婚約者としての交流のお茶会は何度も忘れられて放置された。忙しい王子には婚約者よりも大切なことが多かったのだ。


そもそも私に王妃なんて務まる訳がないと子供ながらに理解していたので、私は婚約当初から王子の婚約者なんて嫌だと父に何度も泣き付いていたのだ。



そして学園に入学して年頃になると、王子はとてももて出した。

美女に囲まれて浮わつく王子様。


私はこれはチャンスだと思い、見守ってきた。


そして、優秀な元・婚約者候補者達の活動が目立つと共に、王子は候補者達の中から婚約者を探し中であるという流れに、自然となってきた。


誰を選んでもこの国は安泰に違いない。

それほど優秀な候補者達が何人もいたのだ。


こうなると私と正式な書類を交わしたとはいえ王家の方から白紙に戻すようにとその内言われるな、と覚悟していた。

父も私が昔からこの婚約を嫌がっているのを知っていたからか、王家から婚約解消を言われたら受け入れようと納得してくれた。


私は婚約者候補に格下げされた、ということが暗黙の了解になると、王宮での勉強も候補者というだけなら行く必要がないからと行くのを止めた。

もちろん、婚約者としての交流のお茶会も行かない。

まあお茶会はそもそも王子が来ないで放置されていたから何年もまともな交流なんてしていなかったのだけど。

最後の方は来ない王子を待つのが馬鹿馬鹿しくて五分待って来なかったら帰ることにしていた。



というわけで、我が家としては「正式な婚約者は私だ」なんて抗議などすることなく、このまま自然に消えてしまおうと考えたのである。


王子と婚約を解消された者として今後の私の縁談は難しくなるかもしれないけれど、お父様は身内にはとても甘いので領地の屋敷で暮らし続けるくらいは許してくれるだろう。

今、領地の屋敷には離婚して出戻ってきた叔母と、婿入りしたのに浮気して家を追い出された叔父がいるのだから。

もう亡くなってしまったけれど、数年前まで体が弱くて嫁ぐことなく領地の屋敷で一生を終えた叔母もいた。


王子との婚約が解消されたなら学園も辞めて直ぐに領地に帰ってしまおうか、とも考えていた。

だって婚約者候補に残されているみたいだけれど、あれだけ優秀な人達を前に、勝てる気が全くしない。



なのだけれども。

どうやら王家は婚約解消の手続きがあることを忘れているらしい。

向こうから言ってくるまで待っていよう。

なんて暢気に待ち構えていたら、気が付けばもう学園の卒業も間近。



おそらく学園の卒業式には美女に囲まれ鼻の下を伸ばしている王子も誰か一人に絞って新しい婚約者を選ぶだろうから、その時になって「あれ、前の婚約者とちゃんと婚約解消していなかった」とかうっかり気付くのだろうけれど。


当事者しては早く正式に婚約を解消して欲しい。

おかげで激化する婚約者候補者達の激しい争いに巻き込まれて毒を飲まされたかもしれない(多分ただの食あたりだったけど)から怖くて学園行けない、と言い訳して領地に帰っていたのに、こうやって学園に戻ってくることになってしまった。


王子、私との婚約まだ正式に解消されてませんよ!


と王子を見掛ける度に思うのだけど、いつも誰かといる王子にはこちらからは近付けない。

こうやって見詰めながら視線で訴えることが私には精一杯なのである。







ぐだぐだしている内に、あっという間に卒業式の日となってしまった。

私と王子は成人しているので婚約を解消する為には本人のサインが必要となる。

卒業してしまえば王子と会うのも更に難しくなる。


どうにかしなければと思う一方、どうして私がこんなことで頭を悩ませなければならないのかとイライラする。

婚約の話も王家からしてきたのだし、婚約解消も王家からちゃんとしてくれるべきではないのか。

そもそも婚約解消の理由は王子の浮気だと言っていいのだ。

正式な婚約者がいながら女性を何人も侍らせて鼻の下伸ばしているのは王子なのだから!

いっそのこと素知らぬ振りをして領地に帰ってしまって王子が新たな婚約者と書類を交わす時にごたつかせてやる、という嫌がらせでもしてやろうか。



そんなことを考えていたから卒業パーティーに行くのが遅くなってしまった。

そのまま参加せずに領地に帰ってしまおうか、とも考えたけれど、一応は正式な婚約者として王子が誰を選ぶのか見届けるつもりだ。



会場に入ると、私は二人の女性に捕まった。


「お待ちしておりましたわ、リーナリール様」

「私達と一緒に行きましょう」


二人は王子の婚約者候補だ。

その穏やかな雰囲気で心を落ち着かせてくれる、癒しを求めるなら断然この方、伯爵令嬢のレイナ様。

魔法の天才と言われ、新たな魔法を作り出すだけでなく、薬や治療にも精通していると言われる伯爵令嬢のカーリー様。

二人共伯爵令嬢とあって婚約者候補の中では少し弱いけれど、十分可能性はある方だ。


二人に挟まれて私は問答無用でまるで連行されるように歩くことになった。


どうしてこの二人は私を待っていたのかと考えていると、二人の男女が目に入ってきた。


悲嘆に暮れている様子の美女は婚約者候補の一人、何ヵ国語も話せるという、外交関係に強い侯爵令嬢のシェリル様。


「殿下にわたくしは選ばれないと言われてしまいましたわ。今まで国の為にと異国語を学んできましたのに、この知識が生かせず残念ですわ。それに、今から他の殿方を探すなんて………。殿下に選ばれなかったわたくしと結婚して下さる方なんてきっといませんわ…!」


「シェリル嬢………!私がいます!私では駄目ですか?仕事柄、滅多に国に帰ってくることは難しくなるかもしれませんが、貴女さえ良ければ、私の伴侶となり、国の外から一緒に国家を支えていきましょう」


「ロイ様………!憧れていたロイ様にそう言って頂けるなんてわたくしとても嬉しいですわっ!」


シェリル様と無事結ばれた様なのは外交官の方だったはず。

殿下に選ばれなかったからと、シェリル様のような美女が縁談に困ることなど有り得ないとは思ったけれど、どうやら素敵な方を見付けられたようで良かった。


目の前で一組のカップルが誕生してちょっと感動していると、近くで女性の慌てたような声が聞こえてきた。


「な、なんて仰いましたの!?」


「私と結婚して下さい、と申しました。子供の頃から貴女のことをお慕いしています。殿下に選ばれなかったというのなら、この手を取って下さい」


目の前にひざまつく男性に女性の方は真っ赤になって反応出来ずにいる。


女性は王子の婚約者候補の一人の公爵令嬢のスカーレット様。

私達の世代の中では一番身分が高い令嬢なので王子の婚約者として最有力候補のはずだったけれど、子供の頃は傲慢過ぎる性格のせいで選ばれなかった方だ。

今も気の強さは健在だけれど、成長すると共に感情のコントロールを身に付けられて、貴族令嬢としては許される程度の傲慢さになっているので、成長してからの婚約者候補の中でも最有力候補だった。


スカーレット様に求婚しているのは学園の二学年下の侯爵家嫡男だったはず。

スカーレット様はどうするのだろうと思っていると、私の隣に立つ二人がスカーレット様に駆け寄った。


「おめでとうございますスカーレット様!」

「スカーレット様に素敵な方が見付かって私達も嬉しいですわ!」


スカーレット様は動揺していてまだ返事をしていなかったけれど、二人に祝福されて満更でもなさそうだった。



目の前で二組ものカップルの成立にちょっと胸がキュンとしてしまった。

優秀な候補者候補が何人もいようが、選ばれるのはたった一人なので、選ばれなかった方がどうなるのかちょっと気になってはいたのだ。

優秀過ぎるが故に愛妾になるなんて考えられない方達だし。



この婚約者候補のお二人の良縁を見れただけでも卒業パーティーに来て良かったのかも、と思っていると会場がざわつき出した。

何かあったのかとざわついている方を見ようとすると、レイナ様に前を遮られた。


「リーナリール様はこちらに!」


強引なレイナ様とカーリー様のお二人に両手を取られて私は会場の外へと連れて行かれた。

さっきのざわつきは殿下でも会場に現れただけだったのかしら?



別室に連れて来られた私は問答無用でドレスを脱がされて、別のドレスに着替えさせられた。


まるで殿下の髪色のように赤いドレス。

赤い服は、昔殿下に似合わないと言われてから着ないようにしていたのだけど。


成されるがまま、どうしてドレスを着替えさせられたのか分からずにいると、なんと殿下が部屋に入ってきた。


「すまない、遅くなった」


どうして殿下が?と動揺していると、殿下は真っ直ぐ私の方に向かって来られた。


「リーナ………良く似合っている」


まるで照れたような殿下に思考が追い付かない。

さっきの胸キュンの影響もあってか久し振りに近くで見た殿下の顔に胸がときめいてしまう。

ていうか………殿下に名前を省略して呼ばれる程親しくなった覚えはないのですが。


「雑用は片付けてきた。リーナ、行こう」


殿下に手を取られて会場に戻ることになった。

レイナ様とカーリー様が手を振って送り出してくれたけれど、どーいうことですかー!??


内心叫びながらまるで殿下と親しいような距離で会場内に立つことになった。



殿下がキリッとしたした表情で会場の中心に立つと、ざわついている会場内が静かになって注目の的になる。


「後日、陛下から正式に発表があると思うが、私は卒業を持って王位継承権を放棄し、臣下に下ることを決めた。今後は亡き母の生家である侯爵家を継ぎ、かねてからの婚約者のリーナリール嬢と結婚し、臣下としてこの国を支えて行こうと思う」


会場内は先程よりも騒がしくなった。

殿下の言葉に皆驚いているようだけれど、多分一番驚いたのは私だと思う。


殿下が王位継承権放棄?

それに私と結婚???

意味が、分からない。




いつの間にかさっきの別室に戻ってきていた。

そして、私はもっと驚く話を聞かされた。


「殿下に呪いがかかっているというのですか!?」


私の驚く声にカーリー様が神妙に頷いた。


「殿下は今、悪い魔女に呪いをかけられていて、ファーストキスの相手と百回キスをするまでその呪いは解けないのです。呪いが解けないと殿下は子供を望むことが出来ません」


子供が望めるか分からないから臣下に下ると!?

私は隣に座る殿下に目を向けた。心配する私とは別に、殿下はどこか惚けたように私の方を見ている。

ていうか、隣に座る距離も近いし手を握られているんですが。今気付きました。


「でも、それなら何故私と結婚に………?」


私は婚約者候補に格下げされていたはずだし、何より殿下とファーストキスどころかまともな会話すらしたことない。

私が聞くと殿下は視線を外された。


「それは、その…。子供の頃に、王宮での教育後に貴女が泣き疲れて眠っている時に………」


え………いつの間にか奪われていたのですか、私のファーストキス!?

確かに王宮での教育が始まった頃は教師があまりに厳しくてよく泣いていた。王宮の庭で泣いて寝てしまって気が付いたら家だったことが何回かある。


でも、その時から殿下は私に対して冷たい態度だったはずだけど、どうしてキスを?


私の疑問を殿下は察してくれた。


「その…婚約者だと言われてどう接していいのか分からなくて、貴女には長年冷たい態度をとってしまった。すまない。だけど、もう皆の前で発表してしまったし、呪いのことを知った貴女を放す訳にはいかないんだ。どうか、私と結婚してくれ」


こんな事後承諾ってあります??


殿下はどうやら子供の頃に私とどう接していいか分からなくて何度か暴言を吐いてしまい、そしてそれを私が許せずに距離を置いたことで余計に拗らせて、今までどう接していいのか分からないままきてしまったらしい。


でも、だからって殿下は私なんかと結婚なんてしていいの?

キスを百回するだけならわざわざ結婚する必要はないはずだし、王位継承権だって放棄することなかったはずだ。


「殿下、ですが………」


私が言い淀んでいると、カーリー様が呆れたように口を挟んできた。


「殿下は初恋を拗らせちゃってるんですよ。リーナリール様が殿下から逃げたりするから余計に拗れちゃったんです。ここはもう責任取って殿下と結婚して下さい。じゃないと私も困るんですよ。私が捕まったら貴重な大発見が闇の中に葬られてしまうんですよ」


カーリー様………もしかして悪い魔女って…。

私が真実に気付き始めるとレイナ様がわざとらしく咳をして誤魔化してきた。


「リーナリール様が殿下と結婚するのは何も当たり前のことでしょう?それに、殿下はこれから侯爵になるので王子妃になるよりリーナリール様にとってはいいはずですわ」


確かに、私は殿下の正式な婚約者だし、殿下が侯爵になるのなら王妃とか無理、と言っていた私の言い訳は通用しない。

殿下の態度も思春期拗らせただけだというし。


貴族の娘としてなら断るなんて有り得ない話でもある。


チラッと殿下にまた視線を向けると、殿下の惚けたような視線と目が合う。


「ああ…貴女が今、私の隣に居てくれるなんて、夢みたいだ」


殿下の言葉に私は真っ赤になった。

きっと、さっきの胸キュンが緒を引いているのだ。

殿下の熱心な視線に私は頷くことしか出来なかった。



あの胸キュンのタイミングが仕掛けられたものだったことや、悪い魔女の呪いがもっと酷いものだったことを知るのはもう少し後の話………。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通にバッド寄りのうやむやエンドかな。 主人公は元から解消希望だし、 殿下は独り善がりだし学生時代は大勢侍らせて信用0だし。 陛下以下、主人公を婚約者候補モドキに貶めて何も訂正しなかった…
[一言] は? こんな性根の腐りきった恥知らずな屑王子と結婚させるの? 初恋拗らせたってレベルのクソっぷりじゃねーぞ まじでねーわ
2021/09/04 14:28 退会済み
管理
[気になる点] 継承権放棄とか初恋の拗らせとかはそれぞれ語られなかった事情もあるかもしれないけど、主人公としては王族との婚姻なので拒否できなかったし恋愛感情も持ってなかったのに騙し討ちで嵌められて臣下…
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