罪なき者の牢獄へようこそ-群青の空-
「.................っ」
突然鳴り響いた無機質な高音に嫌々目を覚ます。
鳴り止まぬ目覚まし時計を押さえつけると、徐にベットから起き上がる。
何の装飾もないシンプルな部屋。
ガラステーブルに、木目調の机、横に並ぶベッド。
静かな部屋に小さな音を響かせ続ける壁掛け時計を眺めると
「..........あ...」
その記憶が脳裏を過ぎるとともに、背筋に寒気が走る。
あもう終わったわ。寝る。諦める。
さあて、二度寝と洒落込みまs....
ピンポーン..と、インターホンの音が鼓膜を震わせた。
また一つ...、また...。今度は連打。
音ゲー如く鳴り響くそれに仕方なく対応することにする。
「はい〜」
インターホンのカメラに映るのは案の定、そいつだった。
「『はい〜』じゃねえよッ!!!今何時だと思ってる?!」
振り返って時計を確認する。その針は2時半あたりを指していた。
「2時32分だが。」
「そゆことじゃねえよ!『色彩』はとっくに始まってる!早く出てこい!!」
独特の訛りが入った声が頭に響く。
「うるせえな...、こっちは寝起きなんだよ。」
「それ以上言ったらこれ使って入るからな!!」
カメラに向かって端末を見せつけてくる。
「うっわ不法侵入。警察呼ぶぞ。」
「俺もお前もそれに近しい存在だろうが!」
馬鹿らしい会話の中に蔓延る不自然さ。
...やはり自覚はあっても、実感は湧かないな...。
...それこそ法的な権力は持っていないものの。というか、どちらかと言えばその権力に振り回される側である。
かといい、端から見れば非常に痛々しい発言をするただの高校生であろうが(高校行ってないけど)。
ここは警視庁公安局のとある課の寮。寮と言っても、オフィス街の少し外れたところにあるもはやタワーマンションのような域なので、課なんてものが所持していいのか、とか思うほどである。
そして...、あえて言い方を改めるのであれば
ここは牢獄である。極度の精神状態に陥った少年少女の行き着く場。
それも、囚われるのは横暴で卑劣な、理不尽極まりない理由である。
カーテンを開けると、もう連日飽き飽きと続いた快晴が顔を覗かせた。
「眩しい…。」
反射的に手の甲で目を覆う。
シャツのボタンを締めながら、充電コードに接続されている端末を眺める。
8月14日....。
....あれから、もう2年近く...か。
「悪いな。」
一言漏らしながら扉を開けると、腕を組んだソイツが待っていた。
「遅い」
たいそう不服な顔で当然のことを述べるのは宇田川友多。
名前負けする友人の少なさが特徴。
「まあ、新谷も遅れてるみたいだから始まってはいないんだが。」
「じゃあいいじゃん。寝よ。」
歯をガチガチに噛み合わせながら、ドアノブにもう一度手を掛けようとするのを全力で妨害する宇田川。
互いに一歩も譲らぬ攻防戦の後、
「「1人で家に引き籠もってるからそんなに力ねえんだろw」」
普段は連携なんて微塵もないのに謎のハモリをみせた。
「それでは只今より、第21回『色彩』を開始します。」
進行役兼記録係の禿澪の声で、その長々とした地獄の会議は始まった。
ポニーテールの大人っぽい感じの人だが、歴とした司令塔の1人である。
恐らく、上層部がもっとも信頼している人物を挙げるとすれば、間違いなく彼女の名が出てくるだろう。
故、こんな強制重労働を受けているのだろう。
『色彩』
その名前とは裏腹に、真っ黒な会議。
ここで行われるのは、常人ならぬ者の「駆け引き」と「奪い合い」。
燦然とした「正義感」と、殺伐とした「緊張感」で溢れかえっている。
そしてその中でも異様さを醸し出すのは、ここにいるほとんどの人物が子供であること。
17歳や15歳、今日は来ていないが中学生だっている。
「今回皆さんにお集まりいただいたのは、PALETTE最大の目的についての情報が出てきたが故にです。」
その一言で一気に皆の顔が引き締まる。
警視庁公安局[PALETTE]—、それが、俺たちのいる課の名である。
特殊な事情を持った子供を一時的に引き取り、適切な判断を下して保護するのが、表向きの理由。
「皆さんの支部でも、すでに全力を尽くして頂いてると思いますが、異能力の件もありますので、さらに気を引き締めて取り組んで頂きたく思います。」
異能力。詳細不明。一切の情報が世間に公開されていない、超常現象を引き起こす、有り体に言えば特殊能力。
と言っても、あるあるなチート級特殊能力を持つのは極少数。
大体は身体能力強化(50m走2秒早くなるだけ)とか、
勘が鋭い(天気当たるくらい、てか天気予報見ろ)、
小動物と意思疎通できる(ちょっと欲しい)くらいのショボいものである。
ショボかろうが、こう言った能力が存在してるだけで世間に混乱を招きかねない。
そこで、力を持った者を保護、自分で制御できるようになったら適切な特殊防衛課に配属するのが《PALETTE》である。
いや...、保護なんて云う言い方は全くもって間違いだ。
あれは紛うことなき拉致である。
馬鹿けた言葉とともに、多くの人間の人生が狂い始める。
家族、友人、愛、友情その全てを断ち切り、大切な大切な『日常』を奪い去る。
故に、公安に所属する大抵の者は、この場を忌み嫌う。
何度か保護任務に同伴したことがあるが、あまり見ていて気持ちの良いものじゃない。吐き気がする。余程の嗜虐性を持ち得ぬ限り、そのうち気が狂ってしまうだろうに。
ひたすらに困惑する者、家族との別離に嘆く者、自らの行末を案ずる者....。
ただ拉致しただけじゃ飽き足らず、今度は国の脅威に対する『武器』として利用し始める。
正義なんて、どこに置き去ったものやら...
「もうお分かりかと思いますが、」
溜めに溜めた禿がついに、その言葉を口に出す。
「『魔女』について、新たな情報が出ました。」
...『魔女』。
俺が此処に立つ起因であり、かつての友人の正体であった。
平穏な生活を、奪い去って行った、最低最悪の存在。
だが、世は常に因果応報。
最大に起因は所詮俺自身に過ぎない。
その見返りを、此処に綴ろう。
これは、そんな真っ黒な御伽噺。