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悲しきは、魔王。

作者: ASH

 力とは、あらゆる場面において共通して必要なものである。


人を守るとき、憎しみを晴らすとき。正と負、そのどちらにも力とは存在する。



その正と負。それらは自身にしかわからない、限りなくアバウトな表現だといっても過言ではない


例えば、憎しみにより復讐を行う側からの考えでは、それは正しい、当たり前だと思うであろう。故にその行為を実行する。


だが、それの逆側では正反対の考えを思うことになる。何をするんだ、そう思い自身を守る。


その時の自分を守ろうとすることは正しいのか?


憎しみを晴らそうとする行為は間違えているのか?


それは、それを行う者達にしかわかりえぬことで、他のものが理解するのは難しい。

その者と同じ境遇にでもなれば話は別だが・・・。



 話が変わるが、魔王という者が存在する。


その魔王は、すべての人々に恐れられている。


その名のとおり魔族の王。人々は彼を悪と判断している。


つまり、負の頂であり、彼がいなくなれば平和になると信じている。


だが、本当に平和になるのだろうか?


彼の存在を負と考えているのは、同じ境遇に立った人々、一集団でまとめた考えに過ぎないのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 世界はその時、窮地に陥っていた。

強大な力を前に世界は、いや、人類は、もはや風前の灯火。


 そこには、絶望しか存在していなかった。


いつ根絶やしにされてしまうのかわからない恐怖心は人々の生きる気力を奪い去り、絶望の淵へと追いやった。


 そんな中、恐怖心を拭い、人々を救わんとする眩い程の光に満ちあふれた青年がいた。


 その青年の光の力は大きな闇を打ち消し、大いなる光をこの世界にもたらした。


 その青年は人々に称え、崇められ、いつしか皆は敬意を持って彼を、


「英雄」


と、そう呼ぶようになった。


人々に英雄と崇められ、持て余されたその青年は、やがて人前から姿を消し、山奥の小さな山村、誰も知らないひっそりとした場所に身を潜めたという。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それから時は経ち、国々の活動も次第に活発なものになっていく。


やがて人々はあの恐怖を忘れてしまうのだろう。


そして、人々はかつての過ちを正すことはなく・・・再び争い始めるのだろう。


 世界を救った英雄はそう考えていた。


いつの日か、自分の行為は間違いだった。


そうして、俺は後悔の念を抱きながら老衰で逝くのだ。


彼は思う。


この世界はもう何をしても変わることはないのだろうか・・・と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今日の空は快晴。


太陽の日が射し込み植物達を育んでいる。


田んぼを耕し、苗に水をやり、葉についた害虫を取ってやる。


青年は黙々と農作業をこなしていた。


「今日も精がでるね。」


「いえ、これぐらい当然です。」


作業を止め、汗を拭う。そして、いつも世話になっている老人のほうへ顔を向ける。


「今日は早く帰りなさいよ。妹さんの誕生日じゃないか。」


「で、でも…。」


いつでも笑顔のこの老人は、その優しさゆえに、皆に慕われている。もちろんこの俺もその中の一人である。


「いいから、いいから。後は儂が済ましておこう。」


「すいません。それでは失礼します。」


その場で深々と一礼し、早々に歩きだした。


そう、今日は大事な妹の誕生日。 俺のたった一人の家族の誕生日。


===========

 

 俺達には両親がいなかった。


物心つく前に俺は捨てられたか。


否、それは違う。


奪い取られたのだ。


人が生み出す、欲に。



 燃え盛る家々の間に、一人でうずくまっていた。


両面を真っ赤に腫らし、か細い声で両親の名を呼んでいる。


 目の前で人が無惨に殺され、大事な人を無くし、それでも生を掴もうと必死に逃げ惑う。


だが、その気力さえ失うほどの圧倒的な絶望。


気がつけばそこは別世界。かつての町の面影はなく、まさに地獄と呼ぶにふさわしいだろう。

幼き俺を極度の絶望の淵へと陥れるには十分だった。


声はかすれ、疲れ果て、その場にへたれ込む。


幼いながらに、確かに何かを悟ったのだろう。


もう、だめだ・・・と。


 全てを諦めかけたその時、小さな赤ん坊が視界に飛び込んだ。


そんなバカな。俺はその赤ん坊に驚愕した。


赤ん坊は屈託の無い笑みを浮かべていたのだ。


この世でもっとも弱いはずの生き物が、笑っている。


 なぜだろうか?


何も知らない無知な生き物はこの先どうなるか、全く予知も出来ないのだろうか?


俺は泣く事すら馬鹿馬鹿しく思えてしまい、涙を拭い笑って見せた。


抱き寄せると赤ん坊は声を出して笑った。


 その瞬間、確かに俺の中の何かが変わった。


・・・俺はまだ死ぬわけにはいかない。


この子を、生かさないと。


暗く重たかった心も、まるで呪文をかけられたかの様にみるみる治癒していく。


俺は、助けられたのだ。


故に、恩を返さなければいけない、と直感的に俺は感じた。


 全てを失ったはずの俺が、この時、何よりも大切なものを手に入れた。


それは、命。


俺に再び気力を注ぎ込んだ、小さな命。


どんなことをしてでも守らないといけないような気がした。


幼いながらに背負った、使命とでもいうのだろうか?


===========


 どんな事でもした。


重労働から雑用。


 地獄と化した町から抜け出し、命を繋ぐため大の大人がする仕事を俺はこなして見せた。


赤ん坊を養うためなら、どんなことでも引き受けた。


 やがて赤ん坊は大きくなり、気がつけば俺も青年。


 妹は幼い頃から顔立ちは整い、こんな苦しい出で立ちを気にすることはないぐらい、強い芯をもった心の持ち主に育った。


家に帰ればそんな彼女がいたから、彼女の笑みが見れたから、俺は頑張れた。


===========


「ただいま。」


そう言うと、彼女は驚いた様子で俺へ向かって駆けてきた。


「お兄ちゃん!今日は早かったのね?」


「ああ。早めにあがらせてもらったんだ。」


「そっか。じゃあ、ちゃんと覚えててくれたんだ。」


忘れるわけがない。


妹の誕生日。


しかし、妹のとは少し違う。


彼女がいつ生まれたかなんて、実際知る術なんかなかった。


 だが、今日は誕生日。


俺たち、二人が家族に。


新しい家族が生まれたその日を誕生日と呼ぶようにした。


だから、妹の誕生日と言うよりは俺たちと言った方が正しい。


俺は自分の誕生日を覚えているから、妹の誕生日としているだけだ。



「じゃーん! 今日は奮発しちゃった!」


そう言ってテーブルを指す。


「おお〜。これ全部一人で作ったのか?」


「もちろん!」


テーブルの上は彩り豊かな料理で一杯だった。


食欲が湧いてくるのなんの。


「早く食べようぜ。」


「お兄ちゃん待った!お風呂沸かしてるから先に入っておいで。」


「ああ、ありがとう。」


よく出来た妹だと、つくづく思う。


 彼女の笑みはいつでも傷ついた俺を癒やした。


それは今になっても変わらない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 豪勢な食事を終え、他愛ない話をして楽しんだ。


 そして夜は更け、妹は先に就寝した。


余程はしゃぎ疲れたのだろう。


すでに寝息をたてている。


===========


 俺は物心つく頃から力仕事をしていた。


故に、人並み外れた身体能力を手にしたのであろう。


 そして、心も体も大きくなった。なにより「力」があった。


俺は、金欲しさに色んな裏家業をこなすことになる。


殺しの依頼も少なくはなかった。


自己流で剣を覚え、呪術も巧みに扱った。


故に、俺は強かった。


だから、すべての災害から、妹をたった一人で守る事が出来た。


魔王もその災害のひとつに過ぎなかった。



===========


「俺は…幸せだ。」


虚空の先を見つめ、小さく呟いた。


急に目尻が熱くなり、涙が一つ流れた。


苦労の行く先が幸で良かった。


本当に、良かった。


 今のこの暮らし、この状況を俺はいつでも夢に馳せていた。


真の苦労を重ね、夢を掴んだ時、男は弱くていいのだ。


・・・それでいいのだと、自分に言い聞かせた。


「お兄ちゃん?」


寝ぼけ眼で妹が起き上がった。


急いで、涙を拭う。


「なんだ、まだ起きてたのか?」


「なんか、目が覚めたの。寝ないの?」


「もうすぐ寝る。なかなか寝付けなくてな。」


毎晩、頭から離れない。この幸せを噛みしめている今の平凡が、俺の一番の幸せが、突如消えてしまうのではないだろうかという不安。


俺などどうなっても構わない。


妹の事が心配で、心配で。


「ねえ、お兄ちゃん。お嫁さん…もらわないの?」


「・・・は?」


突拍子に投げられたその質問に、俺は思わず声を漏らした。


「・・・だって、お兄ちゃんも大人なんだよ?そろそろ考えなきゃ。」


化粧などせずとも誰もが美人と答えるであろう我が妹も、いつかは俺のもとから巣立って行くのだろう。


願わくば俺より力のある男の下へ行って欲しいものだ。


「・・・お前が誰かに貰われていってから、ゆっくり考えるよ。」


「ふーん。早くしないとおじいちゃんになっちゃうよ?」


「ばか。俺はまだまだ若けーよ。」


そう言うと、小さな笑みを浮かべた。


 俺の手は血で染まっている。


目を凝らせばまだ見える。


俺に殺された人々の怨念や憎悪が。


耳を澄ませばまだ鳴り響く。


悲痛の叫び、落胆の嘆き。


俺はこれ以上幸せになることなんて望んではいけない。


・・・すまない。


===========


 長い、長い戦いだった。何時間もぶっ通しで剣を交え、魔力をぶつけ合い、牽制し続ける。


そうして、互いに倒れてもおかしくない程の疲労が溜まっていた。


『ぐ…ぐふ。』


俺の攻撃を受け、怯んだ魔王。


「はあ、はあ。う…うおおおぉ!」


 目が霞み、視界が揺らぐ。


しかし、最後の力を込めて、飛びかかった。


俺の剣は肩から深くめり込み、そして裂いた。


『グオオォォ…。』


唸り声も小さくなっていき、魔王は地にひれ伏した。


『ぐぶ、…馬鹿な人間だ。

我を退けた所で再び人同士で争うのだ。

それがこの世界にかかった呪い。

人の欲望は止まぬ。

我はそんな貴公等を救おうと思うたのにな。』


「…黙れ。」


『そんな人を救って何になる?気高き人よ。』


「俺には…生きていて欲しい人がいる。」


『後々の争いで失う事になるのではないのか?』


「俺が、守る。」


『ぐ、グフフ。愚かなる人よ。貴公は苦しむ事になろう。貴公は…』


ざく。


無言で、剣を振り下ろした。


 “永遠に続く混沌の中で悶え苦しみ生きるのだ。”


===========


「――ちゃん…。」


「お兄ちゃん!」


目を見開き、むくりと起き上がる。


「もう。遅刻しちゃうよ?」


…朝。そうか夢か。


「悪い、悪い。」


朝食を済まし、いつものように仕事へ向かった。

 

 しばらくの間、平和で、幸せな日常をおくっていた。


しかし、血塗られた過去を土台としている幸せは…そう長くは続くものではなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今日も農作業を終え、家に帰宅した。


何ら変わらない日々だったが、それは突然の来訪者のせいで変わった。


コンコン。


ノック音に気づいた俺は立ち上がり、応答しようとしたのだが、妹が先に応対した。


「おにーちゃん。」


ひょこっと顔を出した妹が、こちらに手招きしている。


「どうした?」


「お兄ちゃん呼んでくれって。」


「・・・わかった。」


立ち上がり、玄関へ向かう。


 嫌な予感が的中した。


この男の顔は見たことがある。


「あなたが英雄・・・。」


「一体なんのようだ。」


男の言葉を制し、冷たく言い放った。


「いえ、あなた様にお頼みもうしたい事がありまして。」


「頼み?」


「はい。我が国の兵士長をお勤め願いたいのですが・・・・。」


・・・。


「現在の戦況はご存知で?」


「・・・帰れ。」


「このままでは両国とも多大な被害を受けるでしょう。あなたの力で一気にけりをつけて頂きたいのです。」


「帰れ。」


「あの魔王を下す程のあなたの力なら、人間など小さな虫と差ほど変わらないでしょう?勿論、報酬は弾みます。一生遊んでくらせるほど・・・」


「帰れと言っているだろう!」


俺の一声は男を退けるのには十分な効果があった。


「・・・では、どうしても力にはなれないと?」


「俺はどこにも力は貸さん。わかったらここには二度と近づくな。貴様の身がどうなるかわからんぞ。」


「そうですか・・・力にはなってくれませんか。残念です。」


そう言い残し、広がる闇の方へ姿を消した。


あの男のあの笑み、・・・気に入らない。


「ふう。」


ため息をひとつ漏らし、家に戻ろうと玄関の戸を潜ると、そこには困惑の表情を浮かべた妹が立っていた。


「お兄ちゃん・・・。」


「どうしたんだ?そんなとこに突っ立って。」


焦りを押さえ、出来るだけ明るい声を出して言った。


「今の人・・・誰?お知り合い?」


「いや、そんな知り合いって言うほどのものじゃないよ。」


「・・・また、どこかに行ってしまうの?」


俯きながら言ったその声は、少し震えていた。


「行かないよ。俺はもうどこにも行かないって・・・。」


「・・・本当?」


「ああ。」


「でも!この前だって、何も言わずに書置きだけ残して行ってしまったじゃない・・・。」


・・・。


「あの時、すごく辛かったんだから・・・。一年以上も帰ってこなかったし・・・。」


「・・・すまない。だけど、俺はもうどこにも行かないから。ほんとだって・・・。」


行く必要もないのだから。俺はもう、どんなことが起きてもここから離れない。離れたくない。


「本当?」


「ああ。」


「ほんとに本当?」


「ほんとに本当だ。」


そう言うと、花びらの開いた朝顔のように屈託のない笑みを浮かべた。


そして、俺の手を引きながら家の中へと催した。


「よかった。もうすぐご飯できるから待っててね。」


「ああ。ありがとう。」


 この時、もっと奴の言動に注意していれば・・・。


あの男の引き際の良さにもっと疑いをかけていれば・・・。


この場所が知れていると言うことにもっと焦りを感じていれば・・・。


 あの惨劇は生まれなかっただろう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あれから数週間が経っただろう。村は以前と変わらず平和・・・だった。


俺はその日、村長から裏山に置いてある木材を村まで運んでくる命を受けた。


『もうじき、極寒が訪れる。山は雪で覆われて入れなくなるじゃろう。裏山の木材を手ごろな大きさに割って村まで運んできてくれぬか?わしら年寄りじゃ運び仕事は体がついていかなくてのお。それに農作物の搾取も人手が足りておらん。すまないが一人で運んできてくれないか?』


『わかりました。お安い御用です。』


村からほんの少しの間だけ離れるだけだ。俺は何の心配もしていなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 材木を割る作業だけでかなりの時間がかかってしまった。


材木を積み終え、下山する頃にはすっかり遅くなり、夕暮れ時を向かえていた。


遅くなっては妹が心配するだろう。早足で山を下っていた。今日の晩飯は何か、などと考えながら。


 村に近づくにつれ、気温が上昇していることに気づく。


過去がフラッシュバックし、冷や汗が頬を伝う。幼少時代の・・・あの時と、同じ感覚なのだ。


いや、まさかな。そんなことはないだろう。


自分に言い聞かせ、なだめようとするも、体は焦燥に駆られ自然に足並みも早くなっていく。


気がつくと走り出していた。


 村が見え始めた頃、俺は自分をなだめることも出来なくなっていた。


村には火の手が上がっている。火事か?


 近づくにつれ、その規模が大きい事に気づく。


積荷をその場で降ろし、無我夢中で走り出した。


 村の門の前まで来ると、俺の頭は真っ白になってしまった。


ゴクリ。唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。


家々から火の手が・・・。


村長が誇りにしていた大農園の草木にも火が・・・。


村の正門にまで火の手が移っている。


人は?逃げ出している人達が見当たらない。


そして、走り出した。何よりも心配している人が待つ家へ、俺たちの家へ。


 火の手の上がる家々を通り過ぎようとしたとき、信じられないものを見た。


家の前で子供を守るように覆いかぶさっているやさしいおばさん。


その背中には金属の棒が生えていた。


近づいてそれを確認する。


その棒はよく見ると剣だ。背中から刺されたのだろうか。いったい、誰が・・・。


===========


『おにいちゃん!高いたかいしてよお!』


『こら!お兄ちゃんはこれから仕事に出かけるの!すまないねえ。』


『いえ、それでは行ってきます。』


『帰ってきたら高い高いしてねえ!』


『ああ、約束だ。』


===========


・・・。


 進むにつれ、倒れている人々が次第に増えていく。その周りを包む赤い血は、業火を映し出し俺の恐怖を駆り立てる。


頭が破裂しそうなほどに、記憶が蘇ってくる。


「ううぅ・・・。」


痛い、イタイ。なんだ。なんなんだ・・・。


痛みに苦しみながら、ゆっくりと足を動かす。


なぜ?


なんで、皆が死なねばならない。彼らに罪があるのか?


俺の家へ向かって歩いていく。屍を何度も目に焼き付けながら・・・。


その途中、うめき声を上げている老人を見つけた。


「村長!!」


痛みを忘れ、走り寄る。


「う・・・。」


「いったい何があったんです!?」


焦点の定まっていない目で俺を見る。そして、話し出した。


「う・・・。あいつらが・・・い、きなり襲ってきた・・・。む、らに・・火をつけ・・。そう・・だ。妹さんを・・・、皆で守・ろ・・とし、た・・・が。は・・・・や、く・・・。」


「村長!!しっかりして下さい!」


それから、村長からの反応はなくなった。


 俺は痛みを忘れて走り出した。


屍の上をも駆け抜けた。


村の少しはずれ、俺の家にたどり着いた。どうやらまだ火は上がっていない。


しかし、玄関の前で居座る鎧を着た集団がそこにはいた。


「き、貴様ら・・・。」


俺がそう言った直後、家の窓から勢いよく火が飛び出した。


「おい!!英雄だ!!!」


込み上げくる未だ知らぬ感情。


激しい憎悪に我を忘れる。


「やっと見つけたぞ!!殺せ!!!」


目にも留まらぬ速さで、先頭の男の持っていた剣を奪い取り、


「うわああ!取られ・・・。」


悲鳴を最後まで聴かず、剣を首に突き刺して一人目の男の息の根を止めた。剣を引き抜くと赤い鮮血が俺に降りかかる。捨てたはずの感情が、もう拭い去ったはずのあの時の俺の感情が、蘇る。


「全員で囲め!!まともにやっても勝てないぞ!!」


多勢に無勢とはいうものの、蟻が何十匹象に向かって行こうが無力に等しい。


俺は鬼神の如き力ですべてをねじ伏せた。



 ドアを開けると、そこはもう俺の知っている場所ではなかった。


部屋は乱雑に荒らされ、火の手が上がり真っ赤に染められている。


ああ、赤い。


記憶が重なる。


あの時と、同じだ。


「・・・結局、英雄なんていないじゃないか。」


家の奥から話し声が聞こえる・・・。無事なのか?

まだ、生きているのか?


「ちっ!それにしても殺すのが惜しいな。とんでもねえ上玉じゃないか。」


今にも意識が途絶えてしまいそうなほどに、胸が、頭が、激しく・・・苦しい。それでも、奥に向かって歩みを進めていく。


「ああ、持ち帰りたいがな。そんなこと出来る立場じゃねえだろう?」


「まあな。ていうか、もう死にかけてるじゃねえか。」


その場所にいたのは三人。


甲冑を脱ぎ捨て、身軽な格好をしている男が二人。


そして、女性が一人。


服は無惨にも剥ぎ取られ、剣を肩に突き刺されて壁に貼り付けられた状態になっている。

その彼女の瞳からは涙が止めどなく流れていた。


「あ、ああ…。」


俺の愛するただ一人の家族が…。


「うあ、…ああ。」


あんなに優しい俺の妹が…。


「おい!英雄だぞ!間違いない!!」


なぜだ。彼女はそれ程の罪を犯したのか?


「表の奴らは何をやってるんだ!まさか、やられたのか?」


何でこんなことに…。


なぜ?


なぜ?


お前が悪い。


どうして?


世界の秩序を破ったから。


どうすれば?


憎め。


何を?


人を、全てを。


俺は…。


憎め。


俺は……。


『うぉ…うわああああああぁぁァァァァ!!!!!』


まさしく、殺戮。


「あが…。」


反撃など認めない。


憎悪に満ちた鬼神の暴行。


「たすけ…」


言葉を発する事も認めない。


「うあ――――。」


悲鳴など論外。喉元を声が出なくなる程度に、けれど命を絶つ程の力は込めず。


人間に備わる機能…全ての五感、四肢を奪う。


だが、息の根は簡単には絶やさない。


 のたうち回る生けた屍を見つめるているうちに、俺は、我に帰った。


妹・・・。


俺の妹は・・・?。


そっと近寄り、突きつけられた剣を引き抜く。


重力に逆らわず倒れていく妹をそっと抱きかかえた。


「…にい…ちゃん?」


もはや声に生気はなく、震えながら呟く。


「お…兄ちゃん。…どこ?」


焦点の定まらない瞳を必死に動かす。血を流し過ぎている。


俺を、探しているのか?


俺はここにいる。


すぐ側にいる。


「ここに・・・、すぐ側にいるよ。」


両手で妹の手を握り、か細い声で呟いた。


「お兄ちゃん・・・。良かった。」


例え、こんな状況だったとしても、妹の笑みはどんな花よりも綺麗だった。


「ごめん。ごめんな・・・。」


涙が、溢れ出てくる。 約束したはずなのに。

ずっと側にいると。


「お兄ちゃん・・・。う、うぅ・・・。」


妹の笑みは消え、悲痛を表した表情へと変わった。


どこか痛むのか?


俺は何でもしてやる。何がしてほしい。


そう言うと、彼女は再び笑みを取り戻し、弱々しい声でこう言った。


抱きしめて欲しい。


・・・と。


俺は黙って抱き寄せた。傷に響かぬように、ゆっくりと。


・・・ごめんね。お兄ちゃん。


確かにはっきりと彼女はそう言った。


俺はすぐに反論する。


お前は何も悪くない。


ちがう。


彼女は首を振り否定した。


お兄ちゃんを一人にしてしまう。


この子は、俺の大切な妹は、わが身に起きた不幸よりもこんな俺の身を案じてくれるというのか?


もうひとつだけ、お願いがあるの。


そう言うと、俺の返事を待ってから彼女は言った。


・・・キスして欲しい。


彼女は確かにそう呟いた。


俺は、そっと彼女の唇に触れる。


ありがとう。

お兄ちゃん・・・大好きだよ。


 その言葉を最後に、彼女はぐったりとうな垂れた。


もう二度と彼女は動くことは無いんだ。


家が燃えゆく音意外、何も聞こえない。


静寂の中俺は瞬きすらできなかった。



彼女は、俺のことを想っていた。


そして、俺も・・・。



『う、うおおおおォォォォォ!!!!!』


彼の雄たけびは、夜を迎えても鳴り止むことは無かった。


彼の流すその涙は、燃え盛る業火のせいか、真っ赤で・・・まるで、血の涙を流している様であった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この手で、埋めた。


その時は何も感じない。


俺が何を成すべきなのか、神からのお告げを聞いたから。


 ここでやるべき事を終え、すぐにあの地へと出発した。


何をやるか、簡単な事だ。


“人を憎む”


ただ、それだけ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「陛下!大変です!」


「何事だ。騒々しい。」


「陛下のご想像通り、英雄がこの地へやってきました!」


「で?」


この時、この王は軽く考えていた。


英雄といえど、所詮人。

こちらは何万という兵をこの居城に構え、さらに伏兵、トラップ、重兵器。圧倒的な武をあらかじめ用意していた。


まず、ここには届くまい・・・と。


彼は、この国王はそう考えていた。


「いくつものトラップも、伏兵部隊も壊滅。重兵器も全て破壊されました!」


「な、なに?」


「すでにこの城内に潜入!あれは、人間ではありません!!」


この一兵士の察する通り、もう彼は人間ではない。人を、捨ててしまったのだから。


ガシャン!!


戸をぶち破る凄まじい音。その音と共に彼は現れた。


「ま、まさか・・・全ての兵がやられたと?」


返り血を浴び、身体の隅々までが赤く染まってしまったその姿は、まさしく・・・魔王。


兵の一人が彼に向かって飛び掛った。


しかし、彼のたった一振りの剣で兵士は息絶えた。


「頼む!命だけは・・・。」


「・・・・・・。」


「命だけは・・・、は、はは。」


こうして、ここに新たな王が生まれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 彼はこれから、人を憎み続ける。


憎み、妬み、それらの負の感情により制御不能に陥った魔王は心行くままに人を滅ぼし続ける。


そうして訪れた暗黒の時代に、再び一縷の光が現れ、光で灯すときが来るのかもしれない。


だが、末路は変わらない。

呪いの如く、同じ過ちを犯してしまうのであろう。


 この循環を作り出したのは、言うでもなく人である。


なんと哀れな生き物か。


何が正しくて、何が悪いのか。


もはや、迷宮入りの疑問であるといえよう。


しかし、それでも私達人間は生きて行かねばならない。


何時の日か、永遠に曇らない光の時代が来るのを信じて・・・。





お読み下さって、誠に有難う御座います。

初めて残酷な物語を作りました!(今までは、一応ハッピーエンドの形しか思いつかなかった)


この作品について、誤意字、脱字等がありましたら是非ご報告願いたい限りで御座います。



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― 新着の感想 ―
[一言] 作品の書き方はまだまだ延びるて仮定して星4つ!!! ストーリーは悲しいから俺的に3でも内容は感想で言ったように短編て言う限られた中でよーかけてたから星4やと思う!! 本を出すとしたらストー…
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