5話-ハルピューマ
空を飛ぶ鳥の鳴き声が遠くから聞こえ、トレーラーの車輪が地面を噛む音は足元から聞こえる。
黄色がかった大地には低木が生え、その周りには雑草がぽつぽつと広がり、平地の乾燥した空気は時折吹く風に若干の冷たさを感じさせた。
遠くにある連山が肉眼でもはっきり見える位置まで来ており、コルド村の位置を教えてくれる。
「あと2日で、コルド村に着くって所だな」
「えぇ。ソンナところでショウ。」
「予定ヨリ、ハヤク、ススンデ、イル」
「思ったよりキャンサーに出くわさなかったのもあるよ」
ケブーラを出発してから5日が経った。
この5日間、何度かのキャンサーとの戦闘はあったが静かな時間が流れることが多く、今のところ順調に道程を進めていた。
「でも、あー・・・さすがに暇だな」
トレーラーの天上に居座り暇をもてあますコスティ。
時折、監視塔のごとく双眼鏡を覗いては周囲を警戒しているが、レーダー塔のようなノイドが3名もいてはコスティの警戒、索敵は一歩遅れる。
「暇ト言うのデシタラ、腰にぶら下げているハンドシューターの練習デモしてミテは?」
「・・・ZZZ」
「ネルナ」
クーイの暇つぶしの提案を受け、コスティはゆったりと倒れこみ寝ることを選ぼうとするも、ゴーイのツッコミが厳しい。
「まぁ、そうだな。たまには練習でもしておかないとコイツの活躍する場もないしな・・・」
「ちなみにコスティ。ハンドシューターを今まで使ったコトは?」
「ないな」
「「「・・・ ・・・」」」
表情のないノイドだが、何を訴えているのか伝わる沈黙に堪えかねたコスティは、黙ってハンドシューターをホルスターから抜いた。
コスティは移動を続けるトレーラーの上から、両手でハンドシューターを構え、適当な岩を目掛けて引き金を引く。
このハンドシューターは武器として作られたウェポンギールで、主に女性が護身用に携帯する小型の銃である。
ギールなので火薬を使っているのではなく魂石のエネルギーを圧縮して爆発させ弾を射出するのだが、射撃時の音はサイレンサーを付けているように殆どない。
ただ、手に伝わる反動はシッカリとありコスティはこれを制御できないため弾道が安定しないでいた。
その後も何度か引き金を引き、残弾がゼロになるも一発もあたらなかった。
「アナタの射撃技術は絶望的ですネ」
「うるさい。ほっとけ。俺はギディックだっつーの」
そういいながらも、弾を補充し何度か引き金を引いては的にした岩に当てれないでいた。
「コスティはハンドシューターをどういッタ理由で選んで使っているのデスカ?」
「んー・・・理由は特に無いな。携帯できるし邪魔にならないし、俺でも撃てるし・・・程度だな」
「護身として持つにシテモ当たらなければ護身にもなりマセン。アナタに銃を扱うセンスは無いヨウですが、携帯する武器を変えてミテは?」
「っぐ・・・その通りなんだが・・・そう言われてもなぁ・・・あ」
話しながらも射撃を続けていたコスティだったが、反動で銃口が上に向いた状態で誤って弾を発射した際、弧を描いて飛んだ弾が、何かに当たったのが分かった。
遠くのほうで何かが動き出すのが見えたからだ。
「オイ、コスティ、余計ナモニ、当テルンジャ、ナイ」
「**** **** ****」
「ナイフ。黙って俺の顔を見ないで・・・何か喋って・・・」
200mほど先にあった大きめの岩だったものが、ゆっくりと起き上がりコチラに向きを変えた。
見た目は大きい岩トカゲといった感じで、大きさはナイフが引いているトレーラーくらいはあるだろうか。
四速歩行で向かってきており、その歩調はゆっくりしたものだったが近づいてくる度に、だんだんと足音は大きく、早くなっていった。
「おぃおぃおぃ。やばいんじゃないの。あの大きいキャンサー、ゴーレムなんじゃないの?!」
「的に当てラレズ、よりにヨッテあんなものに当てマスカ?しかも、レーダーでも捕捉しずらいゴーレムを・・・」
また、溜息の出ないクーイから溜息が出た気がした。
「ク、クーイ、現状の装備であれを倒せるかっ?」
「現状の装備デ倒せる見込みは5%といった所でショウカ」
「・・・よし逃げよう。そうしよう。さぁ逃げよう」
「あのゴーレムをそのままにシテはおけマセンが・・・仕方アリマセンね。このまま走りマスヨ」
ゴーレムに関して言えば、何かしらの刺激を与えない限り襲ってはこない。
一度、敵と認識されてしまえば地の果てまで追ってくる性質を持つゴーレムだが、ゴーレムを倒すには岩の中にあるコアを破壊するしかなく、破壊力のある武器か兵器で外装になっている岩を吹っ飛ばす必要がある。
クーイ達はそんな重装備を今回は持ち合わせていない。この岩トカゲが岩でなく、硬い鱗で覆われた通常のトカゲなら何とかなっただろうが、我侭は言ってらない。
「ナイフ、すまねぇ。全力で走ってくれっ」
「〈No.5001〉モ戦闘モードでトレーラーの走行補助ヲお願いしマス」
「モンダイナイ」
ゴーイが逆関節モードに移行するとトレーラーを後ろから押し始めた。
クーイはトレーラーの横を走りながらライフル銃で牽制しているが、外装になっている岩を多少削ぐだけで全く足止めになっておらず、そのスピードは徐々に速くなっている。
「あいつ、走るのがだんだん早くなってやがるぞっ」
「コスティ。オ前ガ、走ッテクレタラ、65kg分、速クナル」
「バカ言えっ!殺す気かクオラァっ!」
トレーラーの上部ハッチから上半身を出し、岩トカゲを観察していたコスティにゴーイは容赦のない事を言ってくる。
現在、おおよそ時速35kmは出ているだろうか。とても人間が走って出せる速度ではない。
「彼等ゴーレムは、念動力を扱って体ヲ動かしていマスからネ。宙ヲ蹴って走ってイルようなものデス。」
「インディリティか・・・っ」
『インディリティ』とはヒュニティーやキャンサー問わず、科学的ではない力の事である。2500年前、始まりの日以降に子供達に現れ始めた特殊な力。
これは、個々で力の形は違い、肉体的に影響するものや、触れてもいないのに物質への干渉が出来たりと多種多様にその力は存在する。
そういった特殊な力を総称して『インディリティ』と人々は呼んでいる。
「シカシ、コノマ走ッテイテハ、俺達ガ、オーバーヒート、スル」
「っオイ。石が飛んでくるぞっ!」
そもそも念動力は『感知できる無機物を操れる』能力で、ゴーレムは物を集めて密集させ念動力によって動かしている。
このゴーレムは念動力によって集めた石や岩をそのまま飛ばしたり、また周りにある石を飛ばして攻撃を行っているのだ。
「コチラで対処しマス」
コスティの声に反応し、クーイが飛んでくる石をライフルで打ち落としていくが、数が多く、幾つかはトレーラーに当たり、外装に傷をつけていく。
クーイは周りを観察し、策を計算しながら走るも、なかなか良案が算出されない。そんなときセンサーに反応があった。
「上空にナニか―――」
何かいる―――そうクーイが伝えようとしたが、起きたのは一瞬の事だった。
後方の岩トカゲの位置から爆発音とともに砂柱が天に昇っていた。
ナイフとゴーイは急には止まれず、勢いそのままにトレーラーをしばらく前進させていたが、クーイは足を止め、コスティは速度を落とすトレーラーの上部ハッチから砂柱の方を見ていた。
「な、なんだ?!」
コスティがおもわず声を出し、爆発音が聞こえた位置を双眼鏡で注視するが、先ほどの砂柱が砂煙となってしまって視認がしずらい。
続けて、砂煙の中から2度3度と何かを叩くような激突音が聞こえる。
クーイはライフルを構え警戒し、ゴーイもクーイの近くへ駆けつけ左手の盾を展開すると、いつでも防御できるよう警戒態勢をとった。
「うおぉぉりゃぁぁぁぁぁ!」
砂埃の中から、気勢のこもった女性の掛け声が聞こえたかと思うと、先ほどの激突音が再度響く。
この激突音を最後に、しばらくの沈黙が続き次第に砂煙が薄れていくと、そこには崩れ落ちたキャンサーとヒュニティーの女性の立ち姿があった。
端整な顔立ち、目は大きく切れ目で瞳の色は若草色。耳は少し長めで尖っている。
髪の色は桜色で毛先にいくにつれ白髪へと変化している髪は腰まで長く、その髪をポニーテールで一つにまとめていたが、体のつくりが人族とは大きく異なる部位が目に付く。
「ハル・・・ピューマ?」
コスティが双眼鏡を覗きながら呟き、クーイとゴーイは警戒態勢を弱めていた。
ハルピューマ族。その大きな特徴は、肩甲骨から生える翼と足である。
翼は体を包み込むほどの大きく、着ている服も翼の邪魔にならないように肩と背中に布がない。
腰から下の足は人族のそれとは異なり、膝や踵の関節の位置、そして関節の数などに違いが見られ鳥類のものに近いが、鳥類と違うとすれば、腰から足先まではしっかりと人肌で、ハルピューマ専用のブーツを履いている所だろう。
そして、彼女の翼である翼角や前縁は黒く、雨覆や風切羽は燃えるような赤色をしている。
「えっと・・・追われてたみたいだったから、倒しちゃったけど良かったよね?」
ハルピューマの女性は、そう言いつつクーイとゴーイに右手を突き出し見せてくるのは、手の平に乗ったゼリー状の物体。
そのゼリー状の物体の中に直径10cmほどの球体が一つ確認できる。
「ソレは構いまセン。イロイロと聞きたい事はありマスが、まずはお礼ヲ。ありガとうございマス。とても助かりまシタ」
「いいよいいよ。仕事の内だし困ってたらお互い様だよー」
彼女の話し方はフランクな印象を受け、見た目からも年の若さが伺えた。
とても女性らしい体のラインに引き締まった体躯をしており、その流麗なラインを強調するかのように体にフィットする服と鎧をまとっている。
下地に着込んでいるハイネックのオフホワイト色をしたニットのワンピースは膝上ほどまで長さがあり、その上から緑を基調とした動きを阻害しない軽装の鎧で、胸周りと腰周りを纏っていた。
そして、もう一つ目に付くのが彼女が腕に装備している大型のギール。
「そのウエポンギール。重量級のギールをあそこまで軽々と扱うハルピューマは珍シイ」
「あぁ。これは私の相棒なんだ。私のインディリティと愛称がいいし、私はコレしか使えないんだ」
彼女が装備しているギールは『クラッシュパンチャー』と呼ばれる殴りつけるタイプのウエポンギールである。
通常の打撃を加えた後、強烈な衝撃が相手に伝わり、普通の岩などは簡単に粉砕できる代物で、大きさも腕を覆うほどある。
ジャイアント族以外のヒュニティーが装備できるものではないのだが、彼女はその重量級のギールを左右の腕で軽々と振り回していた。