4話-北西へ
まだ日も昇りきらない早朝。ケブーラの門前に乗用車サイズのトレーラーが止まっていた。
このトレーラーはノイド達専用の荷車で物資の運搬などに主に使われ、見た目は灰色で光を反射しないマットな質感している。
後部は荷物を積み込むための扉、上部には顔を出せるようなハッチがある構造をしており、まるで装輪式の装甲車のような形だ。
そのトレーラーにゴーイと〈No18912〉は積荷を運んでいたが、その隣では話をしているコスティとクーイが目に付く。
「積荷を全テ載せ次第、出発しマスヨ」
「や、やっぱり。俺が行くのは無駄だと思うし、胃が痛いので帰りたい」
「アナタは往生際が悪いデスネ。胃が痛いのなら、胃薬を出しまショウ。ホラ、中に用意しておいた薬がアリマスヨ」
「なっ!クーイ!離せっ」
コスティを町から連れ出そうとするクーイと、それを拒否しようとするコスティだったが、抵抗空しく首をがっちりホールドされトレーラーの中へと連行されていく。
さすがに、トレーラーの中に放り込まれては抵抗を諦め流れに身を委ねることしかできなかった。
「コスティ、ナントカナル、3週間ノナガイ、タビダ、ノンビリ、イコウゼ」
「ゴーイは優しいよ。ほんと」
上部のハッチから顔を出し、ゴーイに返事をするコスティ。
すると、ガードナーが門番の休憩所から出ててきて、真っ直ぐ近寄ってきた。
「よぉ。コスティ。朝から顔が青いじゃないの。二日酔いか?」
「うるせぇな。胃が痛てぇーんだよ。ほっとけ」
「お前が久しぶりに町を出るって言うから、見送りに来てやったのにつれないねぇ」
「お前は、楽しんでるだけだろうが」
「まぁ。おおむねその通りだ。ハハハ」
とは言うものの朝早くに来たガードナーである。見送り半分、からかい半分といったところなのだろう。
クーイが後部の扉から出てくると、二人の会話に混ざってきた。
「相変わらず二人はトテモ仲がよいデスネ」
「こいつがこの町に来てからの付き合いだから、そりゃ仲良くもなりますよ」
「俺は、別に・・・仲が良いというか腐れ縁なだけだ・・・」
「ほら、こいつ、こんなんだから30歳にもなって女っけの一つもないんですよ。クーイさんも何か言ってやって」
「私が言った所デ、女性が寄ってくルワケではナイのでやめておきまショウ」
「・・・お前らな・・・」
昔からコスティは、すこし子供っぽい性格をしている為か、からかわれやすい。
本人は子供っぽいとは全く思っていないが、時折見せる言動や行動は、少し落ち着きがない。
そんなコスティを二人がからかっていると、ゴーイが積荷の積込み終了の報告があった。
「さて、積荷の積込も終わったようデス。そろそろ出発しまショウ」
「お、いくのか」
「えぇ。Mrガードナーも体には気ヲつけテ」
「門番さぼるなよー」
「おぅおぅ。気ぃつけてな。コスティ壊すなよー」
「何をだよっ」
ガードナーとの挨拶も終わるとクーイは〈No.18912〉に出発の指示を出す。
〈No.18912〉は銃として扱っていた尻尾を今度は、ヒッチメンバーの様に変形させトレーラーの連結部とジョイントするとゆっくりと歩き出した。
ゴーイはトレーラーを後部から押してサポートしている。その足音は戦闘の時とは違い静かなものだった。
「向かう先は『サーバタウン』デス」
「サーバタウン・・・あの過酷な山登りをまたするのか・・・」
『サーバタウン』それは、クーイたちノイドの街である。かつてコスティがクーイに弟子入りをしギディックとしての修業を5年以上積んできた場所だ。
そこへ向かう事になったのは3日前、例の黒い箱を回収した後の話し合いから決まったことだった。
――― 3日前 ―――
「彼女ノ起動を試みまショウ」
「起動自体には反対はしないが、直せるのか?俺が壊しておいてなんだが・・・」
「確かに手足の半壊具合はコスティの手によるものデスが、ソレ以前に2500年たっていマス。経年劣化による体の損耗もあるでショウ」
「前者の件に関しては、申し開きもございません」
例の黒い箱を回収した4名はその後コスティの工房へ集まり、今後の話を詰めていた。主に話し合われていた内容は、コスティが拾った少女の事である。
ゴーイは巨体で部屋に入れない為、部屋の外で待機していたが、クーイを通じて話し合いには参加している状態だ。
「ココでは、修理する為の設備が整っていマセン。近年のノイドなら修理は可能でショウが、2500年前ノ遺物は根本的に無理がありマス」
「なら、やっぱりサーバタウンへ持って帰って修理をするんだな」
「えぇ。その通りデス。〈No.18912〉ケブーラからコルドを経由してサーバタウンへ向かいマスが、彼女とその他のパーツを乗せても重量過多の問題はアリマセンカ?」
「*** *** ***」
「そうですか、では都度〈No.5001〉に押してもらいマショウ」
「モンダイナイ」
発声機能のない〈No.18912〉の回答は沈黙に聞こえたが、ノイド同士の通信で会話をしたのだろう。その後も問題なく会話が続いた。
元々クーイたち一行は、物資の調達及びギールの提供が目的で村や町を周っていた為、コスティが拾った少女及びそのパーツの事は想定外だった事もあり、運搬するための積載量は計算していない。
その為、クーイは〈No.18912〉に運搬が可能かの確認を取っていたが、ゴーイの補佐によって運搬は可能となった。
「サーバタウンに帰るって事は、またしばらくは会えなくなるな。ハッハッハ。いや寂しくなる」
まったく寂しそうな口調には聞こえないコスティの言葉は、むしろ嬉しそうだ。
どの時代も口うるさい師というものは、感謝や尊敬こそすれど距離を置きたいものなのである。
「いえ、コスティ。今回はアナタにも同行ヲしてもらいマス」
「・・・は?!・・・いや、俺はココを離れられないから無理無理。皆のギールを見なくちゃいけないからな」
「ギールでしたら、コスティ以外にも見れる方が3人はいるデショウ?それに、ソノ3人とは既に話を付けてイマス。アナタが居なくても問題ナイそうなので、快く送リ出してくれるそうデスヨ?」
「なっ。あのジジィども・・・」
「またそうやってお年寄りをジジィ呼ばわりスル。イケマセンヨ?まだ元気な方達ばかりデス」
ケブーラにも数名のギディックが居るが、辺境の町なのもあってかお年寄りが多く一番若いギディックでも30歳のコスティだったりする。
「そもそも、なぜ俺がクーイ達に同行しなくちゃいけないんだ?この壊れた遺物ならクーイたちが持って帰ってくれれば、それでお終いだろう?」
「ええ。コノ少女だけ持って帰って修理をスルのも良いのですが、アナタにはコレの事、つまり遺物の知識を叩き込んでホシイ」
「・・・なんでまた」
「少し、考えがアリマス」
「・・・はぁ。考え、じゃなくて計算の間違いだろう?」
少し考えがある。クーイのこの「考え」は、その時になるまで教えてくれない事はコスティはよく知っていた。
だから、少し間を空ける形で折れたのはコスティだった。
「・・・わーかったよ。わかった。どうせ碌な事じゃないだろうけど、弟子としてちゃんと着いていくよ。それに、過去の遺物・・・いや俺にとっては遺宝だよ。その事もやっぱり気になる」
「遺宝とはイイですネ。さすがデス。私はアナタのそういう所、高く評価シマス」
「ふん。どうせ、これ以上駄々をこねても強制連行だろうが。なら、ギディックとして腕を磨く選択をとる」
何だかんだ言っても、一人の技工士である。知らない技術は気になるし、惹かれるものだ。
「コスティ、マタ、タビガデキルナ、ヨロシクナ」
「あぁ。よろしく頼むよ。ゴーイ」
コスティとゴーイの関係はだいぶ長く、コスティがクーイに初めて弟子入りしていた時からの付き合いで彼此15年程になる。
コスティにとっても気心の知れた仲間なのかもしれない。ゴーイは機械だが。
「しかし、コルド経由となると一度、西へ向かうのか」
そう言いながら、コスティは一枚の地図を棚から取り出し机の上に広げる。
ノイド達は自分のなかにMAPデータが入っているため地図を開く必要もなく会話をしていたが、コスティはそうはいかない。
広げた地図に描かれている大陸は、『始まりの日』以前の地図でいう所の「北アメリカ大陸」
そのアメリカ合衆国とメキシコ付近が描かれている地図だが、地形が若干違う。もちろん年月が経ったというのもあるが、『始まりの日』に起きた際の海水面の上昇および、津波などの災害により地形が変わっていた。
そして、コスティが指を挿しているのはケブーラの町。ここは元々ヒューストンの都市ががあった付近だが、現在は沿岸沿いになる。そこから西方面へ指を動かしていった。
「ケブーラから西へ―――」
「西へ約800kmデス。ここがコルドの村デスネ。ここで一旦物資の補給。主にアナタの食料などを調達します」
「で、北に600kmって所か・・・やっぱり遠いなぁ。しかも山越え・・・すでに気が滅入る」
ケブーラから出発すると、山をいくつか越えなくてならず、西へ約800km、北へ約600kmを〈No.18912〉の足で約3週間の道程になり、サーバタウンの場所はニューメキシコにあるホローマン空軍基地その跡である。
始まりの日以降、〈No.1〉~〈No.9〉のノイドが山脈に囲まれた地形に、年月を掛けサーバタウンを建てた事になる。
「デハ、出発を3日後としまショウ。それまでに、私と<No.5001>で、コノ町の仕事ヲ終わらせマス。〈No.18912〉はコスティに付いて、20日分の食料など旅の必要品ヲ整えてクダサイ」
「よろしくな、No.1891・・・・なぁ〈No.18912〉ってすごく呼びにくいから『ナイフ』って呼んでも良いかな?」
話し合いが終わりかけたころ、コスティが〈No.18912〉の呼び名について提案があった。
〈No.18912〉の下3桁が『ナイフ』と読めるからという理由だけで、とくに意味もなく呼んでみたのだ。
ボルゾイという犬種に似た犬型の彼は、見た目もキレがありシャープな体躯をしている為『ナイフ』という呼称はあながちズレていない。
「*** ***」
「キャノン系統の銃ヲ扱う彼を『ナイフ』と呼びまスカ。〈No.18912〉も良いそうですよ」
床に伏せていた首を上げ頷いているナイフの言葉をクーイが訳してくれる。
彼、ナイフも気に入ってくれたようだ。
「よろしくな。ナイフ」
「*** ***」
ナイフはコスティの顔をじっと見つめ、沈黙で返事を返した。
「・・・やっぱり、喋れないと不便・・・」
少し困った顔のコスティだった。