3話-No.0
昼下がり、ケブーラに近い砂浜をコスティとクーイ一行が柔らかい砂に足跡を残しながら歩いていた。
彼等は、先ほどクーイが言った『先祖にあたる金型』が何処で見つかったのかを確認する為、その場所に向かう途中だ。
「もうちょっと行った所だよ。ほらあの黒っぽい変な箱の所だ」
進行方向正面。昨日コスティが見つけた黒い箱、人型のノイドに似た少女を拾った場所を指差しながらクーイに伝える。
「あれデスか、〈No.18912〉先行して周囲を見てきてクだサイ」
「***」
クーイの命令に対してボルゾイに似た犬型ノイド〈No.18912〉は特に発声することなく駆けていった。
「無口な彼、初めて会うけど話せないの?」
「1ヶ月ホド前に修理を終え再起動したところデスが、発声機構は組み込んでいません。〈No.18912〉は主に運搬と戦闘が役割デス。ソレニ、私達の間での意思の疎通は可能なので問題アリマセン」
「やっぱり会話しなくても意思疎通が出来るのは便利だよなぁ。俺達ヒュニティーはテレパスの能力がある人が一方通行で出来るだけだからな」
「ヒュニティーノ、テレパスハ雑念ガ、マジル」
「たしかに、可愛い子にテレパスすると下心が駄々漏れになりそうだ。さすがゴーイ、よく分かってる」
コスティがゴーイと呼んだのは後ろを歩いているノイド〈No.5001〉の事だ。
ノイドは自分達の事をプログラムによって動いている機械に過ぎないと考えている。
名前を付ける習慣はないので製造番号で個体の識別をしているが、ヒュニティー達にとっては到底プログラムとは思えないようなコミュニケーションを有する為、機械生命体に近いと考えている事もあるし、製造番号では非常に覚えにくいという事もある為、コスティに限らずノイドをあまり製造番号で呼ばない。数字からの造語や特徴を名前にして勝手に呼び合っている。
「30歳にもなって何を言っているのデスカ」
「下心が出てしまうのは男の性なんだよっ」
「アナタは何を言っているのデスカ。30歳にもなればあなた達ヒュニティーは十分な大人でショウ?」
さっきクーイが90歳が若いのなんだの言ってたから30歳なんて赤子同然なのでは。それに下心に年齢なんて関係ないんだっ―――と思うコスティであったが、正確無比で容赦のないノイドに対して口論ではまったく歯が立たない為、言葉を飲み込んだ。
ふと視線を正面に戻すと先行して箱に向かっていた無口な犬型ノイド〈No.18912〉が海のほうを向き、後ずさりしながら警戒態勢を取り出したのが見えた。
ほぼ同時にクーイとその後ろを歩いていたゴーイも同じ方向を向き歩みを止めると、空気が一変する。
「コスティ警戒を。キャンサーです。〈No.5001〉戦闘態勢に移行。〈No.18912〉と共闘してくだサイ。私はコスティと共に動きマス」
クーイが即座に指示を出すと後ろを歩いていたゴーイは、地面に手をつき前屈みだった上体を起こし、上半身と足を180度回転させ逆関節の状態へ変形した。
同時に左の肘から先の腕が上半身を覆うほどの巨大な盾に変形したかと思うと砂の上とは思えない地響きを出しながら〈No.18912〉の元へ走り出す。
逆関節にすることで、上体を起こした重さと激しい動きによる付加に耐えているのだろう。
〈No.18912〉も肩甲骨の両サイドに2つの銃と、先ほどまで地面に垂れ下がっていた尻尾が頭上まで伸び、銃身の長い銃に変形して3つの銃口が海に向けられていた。
「さて師匠。俺は何をしようか。あの岩に隠れていようか?」
「アナタも戦うに決まっていルでショウ」
「ソウデスヨネ」
常日頃から、工房に篭ることが多いコスティはあまりキャンサーとの戦闘はしたことが無い。普段もキャンサーを見るなり、なまった足を全力で動かし脱兎のごとく町へ逃げていた為、事戦闘においてはずぶの素人である。
逃げたいが、師匠からは逃げられないと悟ったコスティは普段腰に携帯している『ハンドシューター』を手に掛けるとクーイが一歩近づく。
「コスティ。今日はコレを使ってキャンサー共ヲ引っ張り出しマス」
そう言いながら渡されたのは、手のひらサイズの重みのあるボールで、押し込み型のスイッチが付いている。
「これは?」
「使い捨てのギールです。合図をしたら、ここのスイッチを押し込んデ海に向かっテ投げて下サイ」
「海に?俺にあまりコントロールは期待するなよ?」
「問題アリマセン。適当に投げてくレレば海の中で効果は出マス。アナタにはあらゆるギールを知ってもらう必要がアリマス」
「なるほど。分からんが、分かった」
クーイ達ノイドには何かしらのセンサーで海の中のキャンサーが見えているのだろう。ゴーイと〈No.18912〉がまだ変化の起きない海へ視線を向けている。
クーイもまた正確に敵の情報を伝えてくる。
「3体イマス。シェルネイルでしょウ。私達もモウ少し前へ行きまショウ」
「うぇ。モザイクを用意して・・・」
先行して警戒を続けていたゴーイ達と合流するタイミングで動き出したのは、キャンサーの方からだった。
勢い良く海から2本の触手が飛び出してくる。その先端は人の指先に似ており、爪が鋭利に尖っていた。先端が鞭がしなるように伸びて飛んで来る。
その「伸びた指」の見た目は気持ち悪い。
ゴーイがその巨体とは裏腹に機敏な動きでカバーに入る。盾に変形した左腕を前に出し、少し傾斜をつけて構えると金属と金属がぶつかるような音が浜に響く。
飛び出した勢いのままゴーイの盾によって弾かれた触手を2本とも右手でそのまま掴むと、ゴーイは思いっきり上半身と腕を回しシェルネイルを一匹地上へ引っ張り出し、放り投げた。
投げられた勢いで落下中のシェルネイルを〈No.18912〉が肩甲骨の両サイドの銃と尻尾の銃で打ち抜いていく、その弾道は正確無比で一発も外す事はなくシェルネイルが地面に付くころには破片が飛び散り、もはや原型が分からない。
「コスティ!」
ゴーイと〈No.18912〉の動きに見とれていたコスティだったがクーイの声で我に返る。名前を呼ばれた瞬間に合図だと分かり反射的に体が動いた。同時にコスティとクーイは先ほどのボールのスイッチを押し込み海へ投げ込む。
一瞬で1体のシェルネイルを倒している間にも他の2体はすでに動き出していた。海の中から一匹は同じようにゴーイへ触手を伸ばし、もう一体はクーイへ触手を伸ばしてくる。
一直線に投げ込んだクーイのボールと放射状に投げられたコスティのボールが海に入った瞬間。電撃が海一帯を駆け巡る強烈な音が聞こえた。
すると、迫っていた触手がピタッと止まり眼前で砂浜にドサドサと落ちる。
「これは、電気・・・?」
「そうデス。よく覚えていましタネ。コレは高出力の電気デス。浅瀬の敵には電撃が一番デスヨ。〈No.5001〉お願いシマス」
コスティたちが生きる現代では自然現象でおこる放電現象以外で電気は存在していないため、コスティも見たのは久しぶりだった。この時代では、魂石などの電気以外のエネルギーの活用が主流で電気は使われていない。
先ほどの電気に関して思案するコスティを他所に、ゴーイは4本の触手を掴むと勢い良く引っ張り出す。
伸びきった触手の先にある本体は、三角錐の形をした貝殻にヤドカリのような足が生え、貝殻には先程飛んできた指先のような触手が何本も無数に生えており、やはり見た目は気持ち悪い。
ピクリとも動かないシェルネイルだったが、地上に放り出されると一体は〈No.18912〉が尾っぽの銃で止めを刺し、一体はゴーイが自慢のパワーで潰していた。
シェルネイルの原形がハッキリと残ることはなく、貝殻が散り、指のような触手は辺りに転がっていた。コスティの言うとおり、倒しても倒さなくてもモザイクを掛けたくなる見た目である。
「Oh...やっぱり、モザイクフィルタープリーズ」
「バカなことを言ってイナイデ、例の箱ヲ調べますヨ」
箱の直ぐ傍で行われた戦闘だったため、数メートル先に箱がある。クーイが箱に近づきコスティはそれに続いた。ゴーイと〈No.18912〉は、形態を元に戻し周囲の警戒をしている。
箱は昨日コスティが開けたままの状態で置かれていた。
「コスティ。コレがなにか分かりますカ?」
クーイが箱の中をあさり見せてきたのは、長方形の黒い箱だった。
「また、箱か?分からないが、なにかの部品なのか?」
「これは、バッテリーと呼ばれる電気ヲ蓄えるものデス」
「バッテリー?初めて聞くが、その蓄えた電気をさっきの爆弾みたいに使うのか?」
コスティにとっては、疑問だらけの物体だった。それもそのはず、現代にない電気はその目的も使い方もなにも分からないのだ。
「コスティが知らないのも無理はアリマセン。コレは〈始まりの日〉と呼ばれたキャンサーと人類の大戦が行われていた時代ノ遺物。その当時は電気がエネルギーの主流でシタ」
「・・・は?いやいやまてまて。その、電気やバッテリー?があったのはまぁいい。どうしてそれがここにある。〈始まりの日〉って言伝えじゃ確か2000年は前だろう?」
「2503年前デス」
「2500年って・・・普通砂になるだろ。なんか、いろいろ考えられねぇ」
コスティは少し混乱した。普通、2500年も前のものがこんなに状態よく残っているだろうか。足元にある大きな黒い箱の外観は、所々に錆もあり腐食も見られる。
しかし、箱の中身はどうだろう。先ほど完成しましたと言わんばかりの保存状態だ。一日放置して砂が入っているのを除いてもキレイなままで、本当にそうならコスティにとってはそう『失われた技術の一端を見ている』そんな気分だ。
「さすがに、このバッテリーは使えないでショウが、2503年前に2503年経ってモこの保存状態のモノを作れる者がいるとしたら一人しかいまセン。あらゆる科学に手を染め、その才は過去の偉人ヲ凌駕すると言われた『ピグマーリ・G・ピルキントン』その人デス。・・・そして、ピグマーリ博士は私達ヲ作り出したNo.1からNo.9のノイドを作り上げた人物」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりそんな事を言われても、困るし、分からない事だらけだ。ピグマーリ博士?がこの箱を作ったのは・・・置いといて。No.1からNo.9がお前達を作ったって・・・」
「コスティ。No.1カラNo.9ハ、俺タチ、ノイドヲ作リ出シタ最初ノ、ノイドダ」
「・・・」
「コスティも知っているデショウ?私達は私達自身で改造し、改変し、進化ヲ遂げ、仲間を増やしてキマシタ。私達は何も急に現れたわけではありまセン」
「・・・それは、そうなんだが・・・」
ノイドが急にこの時代に現れたわけではないのは百も承知だが、コスティにとって生まれた時から当たり前に居たノイドは、すでに確立された種族でしかなく、うまく自分の中で消化しきれないでいた。
「そして、私はアナタも知ってのとおり〈No.91〉。997年前に製造サレ、今まで改修ヲ繰り返し時を越えてきマシタ。〈No.1〉から〈No.9〉は2503年間、起動し続けてイマス。もっとも現在は、データサーバーの中枢と一体化していマスガ」
「ピグマーリ博士ノ、ソンザイガ、ナケレバ、オレタチハ、イナイ」
次々とクーイ達から語られる話をコスティは黙って聞くことしか出来なかった。
「コスティ。先程、私が祖先にアタルと言っていた彼女、アナタが工房に持っテ帰った少女は恐らく『No.0』プロトタイプだったのではナイかと推察しマス」
「・・・No.0?」
「この箱は全て回収していきましょう。〈No.5001〉トレーラーまでお願いします」
ゴーイが箱を持ち上げ、〈No.18912〉が運搬のサポートをはじめた。
コスティは開いた口が塞がらない。まさにそんな状態だった。