1話-二千年先へ導く宇宙旅行
お久しぶりです。
執筆が再開できました。
章管理なども含めて更新しました。
※前回の17話、18話は一度削除して、2章から新たに再開しています。
機械を冷却するファンの音や電子機器特有の機械音が唸る部屋で、カタカタ、タンッとタイピングの音が一際大きく鳴り響いている。
無骨な鉄製の壁や床には、機械同士を繋ぐケーブルが大小無造作に張り巡らされており、気を付けて歩かなければ足を絡めてしまいそうだ。
奥には大きく分厚いガラス窓があり、その向こうは側は真っ暗だが、暗闇の奥にみえる無数の赤い彩光でガラス向こうの部屋が広い空間だとわかる。
部屋には数多くコンソールが置かれており、必要以上の光を灯しておらず薄暗い部屋の中、一つのモニターを覗きながら、白髪交じりの男性が立って作業をしていた。
ジーパンに黒いシャツ、その上から羽織る白衣は薄汚れ、所々に破れが見られ廃れている。
「Dr.ピグマーリ……」
モニターに内臓されたスピーカーから聞こえてきたのは、幼さを含んだ女性の少し歯切れの悪い声。
ピグマーリと呼ばれたその男は、作業の手を止めることなく、モニターの向こうにいる発声者に向かって不愛想に言葉を返す。
「どうした」
「……お休みに、ならないのですか」
そういえば最後に寝たのはいつだろうか、最後に食をとったのはいつだろうか、作業に没頭するあまり彼は、時間を忘れ自身の今の状態がわからない。
思考回路が目の前の作業に偏り、彼女の問いの答えが脳みその奥底に沈み言葉にならない。
瞳には作業をするモニターの明滅が映り、瞬きをすることのなくモニターを見続けるその目は、疲れによる焦燥が見て取れる。
「……あまり、無茶をするのは体に障ります」
「あぁ……そうだな。これが、終わったら……もう少し――」
今度はピグマーリが歯切れの悪い言葉を返し、会話が途切れる。
モニター越しの彼女も沈黙し、部屋はまた機械音と冷却ファンとタイピングの音だけが鳴り響く空間に戻った。
――十四日前、人類はキャンサーとの戦争に敗北した。その報告を持ち帰ったのが、一人の女兵士と一機の自立稼働型陸戦ドローンだった。
ピグマーリはこの敗戦の日から、今まで殆ど休まず働き続けていた。
彼にとって、負けたからといって諦めるわけにはいかなかった。
研究者として、技術者として、キャンサーを撃滅せんとするする一人として、次の一手を考え実行に移すことを優先とし、自身の体は二の次に考えていた。
「ドクター!」
スライドで開閉する扉が開くと同時に、小柄で痩せ気味なブロンドヘアーの青年がピグマーリの愛称を叫びながら駆け込んでくる。
肺が多くの酸素をもとめ、その肩と胸は大きく上下し、両膝に手をつき荒い息を立てていた。
「どうした」
重要な報告をいち早く知らせようと全力で走ってきた青年は、両手を膝についたまま顔だけをあげてピグマーリをみる。
その黄色い双眸の瞳は、焦りがにじみ出ていて、ピグマーリは青年が言わずとも何かを察した。
「ドクター。奴らが――」
体の小さな青年の声は、突如鳴った施設内の緊急アラートで掻き消え、アナウンスが流れだす。
《当施設にキャンサー、タイタロン及びプラントタイプの接近を確認。戦闘要員は配置につき迎撃態勢Bを展開してください》
この場所は、フォートフラッグという場所。キャンサー対策本部を兼ねた巨大な研究施設―施設というよりは殆ど街のようなもの―があり、三万規模の兵士及び研究員とその護衛が常駐している。
人類にとって最後の砦となるこの場所は、敗戦以降、幾度となくキャンサーが攻めてきており、もう何度も襲撃をうけていた。
徐々にキャンサーの攻勢が激しさを増してきているが、今まで施設の破壊を防ぎキャンサーを撃退してた。
「……メロディ隊長が、ここもいつまでもつか分からないと言っていました。ドクターにそう伝えてこいと……」
「……そうか」
「そうかって、少しは自分の身を案じてくださいよ!」
「分かっている。しかし、嘆いたって何も変わらない。俺たちは戦うには非力だからな、出来る事をするまでだ」
ピグマーリ・G・ピルキントン。
彼は、アメリカ合衆国で生まれ育った。幼少期より天才と謳われ、二十歳のころにはアメリカ国防高等研究計画局に所属。
その後、25歳になるころには、アメリカ国防高等研究計画局を兼任しつつ、アメリカ陸軍武器科で陸戦ドローンの開発に従事することになる。
彼が作り上げた陸戦ドローン〈ノイドール〉は兵士たちの労力を大幅に軽減し、また戦地での戦死者の数を圧倒的に減らした。
このノイド―ルがなければビギニング・デイから人類が敗北するまでの年月はもっと早い段階で訪れていた。
そして、ピグマーリは現在この一台のノイドールを次の作戦の要としてさらに改良を加え、ある作業を行っていた。
「そう心配するな。それに、この程度のキャンサーならあいつ……いや、ここの兵士たち全員屈したりしないさ」
「それは……そうかもしれませんが、でも、あなたに何かあったら――」
《現在、エリアD-3までの接近を確認しました。当施設への到着までの約二五分。D-1、C-1にて迎撃を行います。各員急いでください》
会話を遮るように大きなアナウンスが館内を包み込むと同時に、廊下を走る人がより一層忙しさを増す。
キャンサーの到着まであまり時間もない様子にピグマーリは頭を切り替え青年へ振り返る。
ピグマーリが振り返ると、ピリッと背筋が伸びて少し緊張する青年。普段、あまり人の顔をみて離さないピグマーリが見てくる時はかなり重要度の高い内容の話だと青年は思っていた。
「アッツォ、あいつに言伝を一つ頼まれてくれ」
――ゲートを開く。
しっかりと言伝を聞いたアッツォも理解し、頷き返すと一つ返事で了承した。
「わかりました!」
アッツォは部屋を飛び出し、キャンサー襲撃で慌ただしい管内の廊下を、小さな体で人波をスルスルと抜けながら走っていく。
「全く。走るとケガをするぞ。すこしは落ち着かないものか、アイツは……」
飛び出していったアッツォを見送ると、作業を再開するため再度コンソールの操作パネルへと顔を向ける。
「最低でも二〇〇〇年は先だ……」
モニター越しで意図を伝えてくる何者かと会話をしながら、ピグマーリは奥にある黒い棺桶のようなカプセルに視線を向けた。
カプセルの中には、青銀の髪をした一五、六にしか見えない少女、ガラテアが目を閉じて横たわっていた。
「今、お前たちを戦線に出したところで未来はない。なら、戦いに出さないことで未来を切り開くしかない」
人は、自身の生き方に美しさや理由を求める。他の者はその生き方に様々な反応を見せる。憧れ、敬愛、模倣、反発、嫉妬、そして時には恐れを感じる。
ただ、それは人が、人間としての時間を保つことが出来た時に可能な事であり、人間としての時間が得られなくなった時、人は美しさや理由を求めることなど忘れ、今この時を無我夢中に生きるしかなくなる。
その無我夢中に生きるときが、今だとピグマーリは理解し行動する。
「ガラテア、今この時をもって、お前は俺の手を離れ自由となる。見通せない未来で僕の計画を実行するのか……はたまた自身の采配で未来を切り開くのか……といっても、二千年は棺桶の中だ。すまんな」
慣れた手つきで軽快にコンソールを操作すると棺桶型のカプセルがフシュゥウと空気が抜ける高い音とともに閉じていきガラテアの顔は見えなくなる。
カプセルに取り付けられたパネルの表示には〈storage period:2000 years〉の文字。
最低でも二千年――今ピグマーリが技術的に可能とできる最大限界の保管期間(推定)――の保存を可能とする表示が映し出される。
「問題ありません、Dr.ピグマーリ。人にとっては永遠に感じる時間も、私たちにとっては単なる数値でしかありません」
スピーカー越しに聞こえるガラテアの声、それを聞くとピグマーリはコンソールに一文を打ち込む。
《2000 Toward space travel leading》―二千年先へ導く宇宙旅行へ―
タンッと決定キーを押し込むとガラス向こうの暗闇で見えなかった部屋の天井に設置されたライトが列で順番に灯っていき、宇宙輸送用のロケットが姿を現す。
エンジンが三段に分かれた筒状のロケット。一段目のエンジンに取り付けられている噴射口は可動ノズルタイプで、筒状の胴体、先端までの長さは25m程の宇宙に物資を運ぶには小さめのサイズ。
宇宙に行く際、途中切り捨てる部分になる一段目のエンジンの腹には、女の子の形をした西洋人形のシルエットがでかでかと描かれている。
キィィギィィンと高い音を鳴らしながら、天井の発射ゲートが徐々に開き、ロケットの先端に太陽が光線のように差し込む。
それは槍の穂先で光が水のように流れる煌めきだった。
「そうか。安心したよ」
ガラテアを入れた黒い棺桶型のカプセルは、ペイロードフェアリング―宇宙へ運ぶ為の物資を搬入するロケット先端にある空間―にむかって、レールの上を滑るように登っていく。
丸く開けられていた空間にピッタリとドッキングされ、ガコンっと硬質な音とともにアンカーロックされると分厚い扉が回転するように閉まっていく。
「安心なんて言葉を使うとは、Dr.ピグマーリには似合いませんね」
すべての動作が完了すると機材の冷却ファンと機会特有の電子音がまた聞こえてくる。
その音を消すように遠くから振動と爆撃音が鳴り響いた。
「きたか……ここも、最後かもしれんな……後は、この計画が上手くいくことを神に願うだけだ」
「Dr.ピグマーリが『神』と仰るなんて、初めて聞きました」
「っく。ハハハハハ! 確かにな、思えば、俺が神に願ったのはこれが最初で最後だ」
数分後、フォートフラッグから一発のロケットが宇宙に向けて発射され、数時間後にはフォートフラッグ全域から一切の連絡が取れなくなる。
施設内で働いていた、3万人を超える人員の生死は不明。
ただ、この日、地球にある全ての端末に宇宙から一言のメッセージが届いた。
――さようなら、私を創ったお父さん。《Bye bye, the father who created me》