16話-起動
「あとは、起動をするだけよ」
サーバタウンの研究施設では〈No.0〉本体の物理的な修理が、進められていた。
すでに、壊れていた箇所など微塵も感じられないほど見事に修復され、後は起動のみ。
わずか一週間足らずでここまでの成果が出せたのは、このラボの技術レベルの高さ故だろう。
「では、電流を送って起動を試みてみようか」
パック族のナイルがコンソールを操作していくと、最後に決定キーを押し込んだ。
すると、ガラス越しに見える部屋からウォォンと駆動音が聞こえだす。
「あとは、どうなるか見守るだけだが・・・」
「〈No.3601〉。これってすぐには動かないのかしら?」
「起動に十分な電力がバッテリーに補充サレルマデ、時間ヲ要しマス。暫く掛カルデショウ」
「そうなのね。電気って不便だわ。ピリッとするし」
現段階での〈No.0〉の修復は、他のノイドと同じではなく、発見された状態のまま稼動が出来るように修復した状態だ。
魂石を利用した『コアード・システム』であれば半永久的に稼動することができるが、今回は〈No.0〉のデータをバックアップする必要がある為に、一度そのままの状態で起動させる。
「てか、コスティのヤツ全然! 顔を見せないじゃないっ。どうなってるの?! ナイル!」
「俺に言われても分からんよ。そんなに顔を見たいなら、会いに行けばいいじゃないか」
「~っ。そ、それはプライドが許さないわ」
「どんなプライドなんだい。面倒な人だ」
アリアナが腕を組み、コスティがラボへ顔を出さないことに、怒りをあらわにしだす。
ナイルはそのアリアナを見ながら肩をすくめ、いつも持っているティーカップに口を付ける。
二人が、コスティの事を話していると出入口の扉が開き、一人の男性が入ってきて二人は固まった。
「よ。アリアナもナイルも相変わらずだな。元気そうで、なによりじゃないか」
入口から入ってきたのはコスティだった。噂をすればなんとやらと言ったもの。
コスティは固まっている二人をみて、自身も片手を上げながら固まってしまう。
「ど、どうしたんだよ固まって・・・ちゃんと生きてるぞ?」
コスティが再度声を掛けると、固まっていた二人が動きだした。
アリアナにいたっては驚いた表情から、また段々と怒り顔へと変化してく。
「コスティ! あんた! ここに着いて何日たってと思ってるのよ?! 顔を出すのが遅いわよ?!」
「なーにをそんなに怒ってるんだよ。こっちにも色々あるんだから、そんなにすぐに来れるわけないだろう」
「まぁまぁ。二人とも落ち着きなよ。まずは久しぶりに再会したんだ。挨拶でもしようじゃないか」
ナイルが、アリアナをなだめながら仲裁に入ると、アリアナはそっぽを向きながら「久しぶりねっ」とぶっきらぼうに応える。
3名は軽い挨拶を終えると、今回の目的である〈No.0〉について話し出した。
「悪いな。あのノイドを押し付けてしまって」
「なぁに。構わないさ、クーイから事情はきいてるよ」
「腕が落ちたんじゃないの? 自分で壊して直せないなんて」
「無理いうなよ。見たことのない造りだったし、部品もない。お手上げだったよ」
「おいおい。僕達だって、最初はなにも出来なかったじゃないか。ノイド達が居てこそ、修復が出来たんだ。アリアナの手腕は確かだが、無茶を言うもんじゃないよ」
アリアナの容赦の無い罵倒にも、まったく動じる事もなく受け流すコスティと、それを咎めながらもフォローするナイル。
この3人のやり取りを見ていると、付き合いの長さを感じさせた。
「分かってるわよ」
「まぁなんだ。二人とも相変わらずそうで安心したよ」
「ちょっとコスティ。それどういう意味よ?」
「あのぉ。話の花を咲かせるのもいいんですけどぉ。そろそろ起動、しますよぉ?」
話が脱線しかけた所で、ショートボブの茶髪の女性がコンソールを操作しながら、3人の会話に割って入ってくる。
「はじめてだな。俺はコスティだ。コスティ・アッツォ・ランミネン。よろしく頼む」
「お噂はかねがね。私は、ミーナ・T・アスカム。気軽にミーナと呼んでくださいねぇ」
互いに始めて会った二人は、簡単な自己紹介と握手を交わす。
「いったいどんな噂なんだ・・・」
「ここ数日、あのノイドが運ばれてからかなぁ。1日に一度は『コスティ』という名前を聞くくらい、お話をききましたぁ」
「ちょっとミーナ! 余計なことは言わなくていいのよ!」
「はいはい。そこら辺でストップだよ3人とも。ミーナの言うとおり、起動用の電力がもう溜まるんじゃないかな」
ナイルが、ストップをかけた所で丁度〈No.0〉に動きがあった。
〈No.0〉の瞳が点滅し、カメラなどの調整を行っているのがわかる。
同時に起動シークエンスを発声し、一つ一つシステムチェックが流れていく。
その音声は、顔に似合った少し幼い印象の声だが品あり、ノイドと思えないほどに流暢だった。
《システムチェック》
《アクチュエータコンソール、クリア》
《レーダーシステム、エラー》
《ウエポンシステム、エラー》
《コミュニケーションシステム、クリア》――
とても機械的なシークエンスがいくつか流れた後、体の稼動確認へと移っていく。
腕、手首、足をなどの動作の確認が終わると、今度は大人びているようで、まだ幼さも併せ持った女性の声でシークエンスのアナウンスが流れていく。
『一部の破損、損傷を確認、オートメーションシステムの起動には問題ありません。――起動します』
コスティを含めアリアナ達も起動する瞬間を固唾を飲んで見守っていた。
裸体の状態で作業台の上で仰向けになっていた〈No.0〉は、起動するとジョイントされているコードを揺らしながら、ゆっくりと起き上がる。
すると、小さな歓声がコンソールルームに湧き上がり、拍手をする者も見受けられた。
「いろいろと壊れてるみたいだけど、とりあえずは動くわね」
「あぁそのようだね。話ができるといいんだが・・・」
「コミュニケーションシステムはクリア。って言ってたから大丈夫だろ」
「ほんと君はそういう所、シッカリしているね。普段からもそうすればいいのに」
互いに顔を見合すことはなく〈No.0〉を見ながら会話をしていく三名。
アリアナは、部下達に指示を出しながら、状況と問題箇所のチェックなどを進めていく。
「すこし、近くで見たいんだが、いいか?」
「ちょっと、今、色々と確認してるから待ちなさいよ」
「見るだけだよ。ナイル、念のため一緒に来てくれるか?」
「全く、しかたないね。君は。〈No.3601〉、一緒に来てくれ」
コスティはアリアナの静止を無視して、作業台の部屋へと入っていき、ナイルと〈No.3601〉はその後を付いていく。
「コスティ、変なことはしないでよ?」
スピーカー越しにアリアナが忠告してきた言葉に対して、手だけを上げて応えるコスティ。
コスティは、〈No.0〉に近寄っていき近くで動作しているところをまじまじと確認してから、感嘆の声を上げた。
「すごいな。まったく違う技術で、今のノイドと同等の・・・いや、こんなに人族に近いモデルで造れるなんて」
「腕や足が鎧みたいなのじゃなければ、一見して分からないかもしれないね。まばたきする所だけを見ると、人族と間違えてしまいそうだ」
二人が、驚くのも無理はなかった。
体全体の動作チェックをまだ行っているのだろうか、首を振ったり手足を細かく動かしている姿は、まだ多少のぎこちなさはあれど、それは今後の修復で問題なく改善できる。
最終的な調整を入れた段階で動作をさせてしまえば、初見では人族との判断は出来ないのではないだろうか。二人はそう感じていた。
コスティはさらに顔を近づけて〈No.0〉を観察していくと、〈No.0〉が顔を向け瞳を細かく動かし始めた。
「網膜の登録を完了。あなたのお名前をお教え下さい」
「ん? 俺はコスティっていうんだ」
〈No.0〉の言葉に若干の引っ掛かりを覚えながらも、敵意をまったく感じないコスティは〈No.0〉の問いに応えた。
「名前の登録を完了。コスティ、共にキャンサーを滅しましょう」
「……はい?」
いきなり振られた「キャンサーを滅する」発言に戸惑い、そのまま固まるコスティ。
ナイルも背後で、〈No.3601〉と共に顔を見合わせていたが、〈No.0〉は構わず言葉を続けた。
「私の起動を可能にした事実を元に、人類は一定の科学的技術を有するまでに回復したと断定」
その場にいる全員が黙した。
〈No.0〉がコスティの行動により反応を示したかと思えば、いきなり何かを話し出す。
「この結果により、あなた達人類を『レイラインの種』へ案内します」
静かな室内で、接続されたケーブルを揺らしながら、〈No.0〉は機械特有の音を響かせ、動き出し、立ち上がる。
その動きは、やはりまだぎこちなく、まだ改修の必要があるのは一目瞭然だった。
「私は、以前『ガーラ』と呼ばれていました。Dr.ピグマーリよりこの体にコンバートされ、現在は戦闘特化型の体となります」
瞬き一つ無くコスティを見つめるその双眸は、オッドアイ。右目は薄い空色で、左目は透き通るような黄色だった。
「Gala of Technical Armament」
〈No.0〉が自分の総称を名乗る姿を、その場にいる誰もが見つめ、耳を傾けて聞いている。
「『ガラテア』とお呼びください」
一点に見つめられたコスティは、ガラテアの双眸の奥にある機械的な仕掛けが動いているのを見つめていた。