15話-エスコート
「にきー! ナイフ君、ひどいよね。通路で見たなら、大声で呼び止めてくれたらいいのにっ。ねぇ?」
「*** ***」
「いや、あれは無理だって。見えたの一瞬だぞ? ナイフに確認してやっと分かったんだから」
コスティとナイフは、リトヴァの観光に付き合わされていた。
歩みを進める中、リトヴァはプリプリと冗談交じりに怒りながら、ナイフと共に前を歩く。
「ここら辺は見ての通り、工業区だな。で、ここから先は生産区になる。ギールやノイドのパーツなんかはここらへんで――」
コスティは住宅区から歩いて10分ほど進んだ地点にリトヴァを案内して場所の説明をはじめたが、リトヴァからストップが掛けられてしまった。
「ねぇ、コスおじさん。案内不精って言われない?」
コスティが案内いている現在の場所は、サーバタウンの生産中枢ともいわれる区画。
周りは工場や倉庫のような大きい建物が並んでおり、人の流れや、物流を眺めているとノイドが造り上げただけあって、とても合理的な印象を感じさせる。
ただ、観光するにはマニアックな選択であるのは間違いなく、リトヴァが求めているのはここではない。
「案内不精ってなんだよ。初めて聞いたぞ、そんな言葉」
「今作ったもん。まぁ、こういう場所も悪くはないよ? でもね普通、まずは食べ物とか、名所じゃない?」
リトヴァが言うのも、もっともだコスティの案内する場所は、一部の人間にしかウケないだろう。それも、かなりの通でないと好まれない。
「俺が、そんな器用なエスコートが出来るように見えるのか?」
「見えない。全然」
「おい」
今日はゴーイがいないので、いつもの二人の微妙なコントを突っ込んでくれる人がいない。
二人のコントをナイフが見守る中、前方から体の大きい男、ホルストンが歩いてきているのが見えてくる。
「お、コスティとハルピューマの嬢ちゃんじゃないか。二人ともこんな所でなにをしてるんだ?」
「こんにちは、ホルおじさん。今日はね。コスおじさんに観光案内を頼んでたの。にはは」
「観光? ここでか?」
「そうっ。コスおじさんに案内を頼んだら、こんなところにつれて来るんだよ?」
「しかたないだろう、どこに連れて行けばいいか分からないんだから。行きたい場所を言ってくれ。場所を。」
コスティはこの街で育ったので、けっして街の事を知らないわけではない。
ただ、コスティの性格を考えると行きたい場所を言ってあげないと、うまく案内してくれないだろう。
「ダーラッハッハ。どれ、そういう事なら俺が案内してやろう」
「ほんと?! いいの?」
「構わん。小さな恩返しだ」
「にほー! ありがとう!」
そう言うとホルストンは先導をはじめ、飲食街、雑貨、露店、服屋などを回って行き、町の主要な箇所を制覇していく。
歩いてみると、街はどこも綺麗に区画整理されていた。
電光看板や足元の道に案内表示などが常にあり、行きたいところが決まっていたら、余程の方向音痴で無い限り迷わない造りになっている。
人の流れも均一で、どこかに流れが偏るという現象が起きていないのは不思議な光景だった。
しばらく観光を堪能しながら歩いていると、リトヴァがガラス越しに飾られているディスプレイのギールを見て足を止めた。
「大きいギールのお店だ。はいってみていい?」
「・・・じゃぁ俺は向かいの店に――」
「もちろん構わん。コスティも一緒に行くぞ」
コスティはリトヴァが入ろうとしているギールの販売店を見るなり、向かいのパーツショップに足を運ぼうとしたが、ホルストンによって肩を掴まれ歩みを止められてしまう。
「なんだ。俺は、こっちのパーツの店に行きたい」
「まぁ、顔を見れば訳ありなのは分かるが、ここはレディーファーストだ。付き合え。ダッラッララ」
なんともナイスガイな台詞を吐くホルストンだが、その巨体、身長から来る圧は暑苦しく有無を言わせない迫力があった。
コスティは圧に負け、抵抗することもなくも心が折れる。
「*** ***」
ナイフが二人のやり取りを見守る中、コスティはホルストンに引きずられるように、先に入店したリトヴァの後を追う。ナイフは外で待つようだ。
入店してみると、店の外見ほど売り場は広くないが、ジャイアント族が歩くには困らない程度には広い。
壁や棚に、剣やハンマー、ハンドシューターなどのウエポンギールから、ミキサーや掃除機のようなライフギールまで多種多様に置いてある。
「らっしゃーい。ん? なんだコスティじゃねぇか。何年ぶりだ?」
パック族のお爺さんがカウンター越しからコスティの姿を確認すると、皺の入った声で話しかけてくる。
店内では数名の従業員が働き、他の客はギールを物色したり、店員に何かを聞いている姿が見られた。
「10年以内だ。覚えてねぇよ。羊爺」
「ジャジャジャ。相変わらず生意気よのぉ。その分じゃ、息災とみえる」
羊爺と呼ばれたパック族の男性は、目を細め、片目を吊り上げながらコスティを値踏みするのだが、小柄な事もあり、その仕草は少し可愛くみえる。
「そりゃ。こっちの台詞だ。相変わらず変な笑い方しやがって」
「なになに、お爺ちゃんと知り合い? なんか髪の毛がモコモコ」
「おぅ。ハルピューマの譲ちゃん。お年寄り扱いとはいただけないな。これ、頭を触るでない」
もこもこで、真っ白な頭の毛に、リトヴァはつい手を伸ばしてしまうが、羊爺からパシンッと手を叩かれてしまう。
「にぅ。気持ちよさそうなのに・・・」
凄く残念そうにするリトヴァを置いて、コスティと羊爺は話を続けた。
「実際、爺だろうが」
「ジャジャジャ。違いない。ところでコスティは、やっとこの店『羊の180年』を継ぐ気になったんかの?」
なんとも、捻くれた店名のこの店は、これでもサーバタウンで有名なギールの一商店。
変わり者の店主だが、客にとっては最高のギールを提供してくれる店だ。だが、コスティにとっては羊爺は少しだけ距離を起きたい存在である。
「んなわけ無いだろう。色々あって、一時的に帰ってきてるんだよ」
「なんじゃい。老体にそろそろ気を使ってくれても構わんだろうに」
「なんと、コスティはこの店の跡取り候補だったのか」
「何度も断ってるんだよ。羊爺もいい加減諦めろ」
「しかたないの。まぁ商品でもゆっくり見ていきな」
お爺さんといっても、パック族の寿命は120歳~180歳と長寿の寿命をもつ種族で、羊爺は現在135歳。
まだまだ、現役バリバリだ。コスティが仮にこの店の店主になっても、コスティがお爺さんになった頃に羊爺も長寿を全うするだろう。
羊爺とのやりとりを済ませ、店内のギールを全て物色し終えると、満足するリトヴァとホルストン。
コスティはギール本体の物色よりも、やはりパーツが気になり向かいの店へと足を運んでいた。ナイフは相変わらず、道路わきに座り込んで3人を見守る。
コスティが気になったパーツを買い終えると、ホルストンは次の名所へと案内を再開した。
そして現在、4名はサーバタウン中央にある塔の近くに来ている。
ここは、塔の周りが広場のようになっており、広い空間と芝の緑、遊歩道、通り抜ける風は心地よく憩いの場となっている。
「にーふぉー。遠くから見てても大きかったけど、下から見ると圧巻だねー!」
「そうだろう、ここはサーバタウンの一番の名所だからな。ダッラララ」
サーバタウン中央に立つ巨塔は、光りを全く反射せず、全てを吸い込むかのように黒い。
近くまで来るとその大きさが際立ち、下から見上げると、まるで壁が天を突いている様だ。
「でもさ。なんでここに塔が建ってるの? 街のど真ん中に」
「んん? んー。言われて見ればそうだのう。コスティは、なにか知ってるか?」
問われたコスティの横顔は塔を見上げており、少し考え事をしているような顔だった。
その表情は一瞬だったが、間をあけてリトヴァの疑問に答え始めた。
「・・・これは、煙突みたいなもんなんだ」
「煙突??」
コスティは少しだけ、言葉を濁すように説明を続けた。
「簡単に言うと冷却装置であり、通風孔なんだ。中は空洞になってて風が渦を巻いている」
「? よくわからないけど、なにかの役割があるんだ?」
「言われてみれば、この塔の真上には雲が掛かったのを見たことがないのう。その渦巻く風のせいだったのか」
塔の上空を見てみると、確かに雲が掛かっておらず、その光景はまるで、雲が塔を避けているようだ。
「この街は地下の大部分が、ノイドやギールなどの開発施設やキャンサーなどの研究施設になっている。その関係で機械が多いんだよ」
「なるほど。その施設の機械の冷却装置という事か」
「まぁ、そういうことだ」
あまり多くを語ってはないが、嘘ではない。ホルストンは何かを察してか、あまり問い詰めることはせず、その場は流すことにした。
「そろそろ、腹も減ったし何か食べにでもいこうかの。俺が奢ってやる」
「ほんと?! いっぱい食べてもいいの?!」
「あぁ。構わんとも」
「にほー! 太っ腹ー!」
花もいいが団子も好き。やはり、食べることは人を幸福にする。ましてやリトヴァは食べることが大好きだ。
リトヴァの嬉しそうな顔を見て、ホルストンは大きな笑い声をあげてオススメの店へと案内した。
「おいしー!」
「たしかに、これは美味い」
「ダラッハッハ。そうだろうそうだろう。ジャンジャン食え」
まるで、自分が作った料理かのように自慢するホルストン。
彼らが食べているのは、ビッゴスというトマト煮込みをした豚肉やキャベツなどの野菜を、中をくりぬいた大きいパンに入れて焼いた料理。
トッピングにチーズやバジルを振りかけており、トマトの酸味と濃厚なチーズ、バジルの香りがくせになる。
器になっているパンも一緒に食べれて、ボリュームも味も大満足の一品。食べるペースが止まらない。
「にはー! 美味しかったぁ!」
「これは・・・また来よう」
「気に入ってもらえて何よりだ」
おなかも膨れ、満足した3人は食後のお茶をすすり雑談を始めた。
その雑談の中、リトヴァはこの街でふと思ったことを二人に聞いてみた。
「ちょっと気になったんだけどさ、この町ってノイドも当然多いんだけど、パック族の人がほかのヒュニティーより多いよね?」
「ん。あぁ確かにそうだな、でも昔から・・・少なくとも俺が子供の頃からこんな感じだったぞ」
「ふむ。パック族は長寿だからのぉ」
「あと、パック族は研究施設にも多いんだよ。長寿で頭がいいし、ギディックやノディック、医療関連の従事者もパック族は多いな」
「それに、東側の大陸にはパック族はあまりおらんな。主に西側の山間部に集落があるが、ランバートシティにもパック族は多いぞ」
種族によって、体の特徴から住む場所がある程度限られていたり、あまり移動をせずに一定の場所に定住することは、よくあることだ。
ジャイアント族で言えば『砂漠と海の街 サークルランバートシティ』を中心に生活圏を確保しているし、ノイドはここサーバタウンが拠点となる。
ハルピューマ族も本来は南部の森や山を拠点としており、あまり移動する種族ではない。
大陸全土に分散して生活圏を確保しているのは、人間族位だろう。パック族に至っては、大陸の西側ではよく見るが、東側ではあまり見ない。
「へぇ。そうなんだ。西側にはあまり来たことなかったから、気付かなかったや」
「ほほう。では機会があったらランバートシティにも来てみるとよい。ランバートは魚が美味いぞ。ダラッハッハ」
「おぉ! お魚いいね! 絶対行くよ! ニハハー」
食べ物の話でリトヴァは食いつき、その後も3名はいろんな街の特徴や食べ物、見所などを話していた。
ホルストンは商人だけあって、さすがにいろんな街を知っている。リトヴァもそうだが、コスティに関しても他の町の事はあまり知らない。
ホルストンの話す内容は貴重な情報源となり、3人の絶えない会話は続いていった。