11話-木人形とジャイアント
「とは言っても2km先か、全力で走って間に合うといいが・・・」
リトヴァが上空で、キャンサーとヒュニティーが戦っている場所を見たのは、おおよそで2kmほど先。リトヴァの間隔も含まれて入るが双眼鏡のギールで覗き、見ているので距離感は信用できた。
リトヴァは「急いで助けなきゃ」と逸る気持ちが現れていたが、クーイが一旦落ち着かせると現状の最善策を計算する。
「Missキルピヴァーラに先に行ッテもらい、私達が到着するまでの間ヲ繋いでもらいまショウ」
「俺たちは、走っていくしかないな?」
「オ前ハ、トレーラーノ上ダ」
「とりあえず、私は先にいって殴ってくるね!」
「お願いしマス。ただ、無理はシナイデ」
「うん! わかった!」
そう言い残し、リトヴァは先程より高く飛ぶと、滑空するように徐々に高度を下げながら飛んでいく。その姿を見送りながら「私達も、急ぎまショウ」とクーイが先導する。
コスティがトレーラーに乗り込むのを確認すると、ナイフがいつものように牽引し、ゴーイが左腕のみで後ろから押し、走り出す。
その頃にはリトヴァはかなり先のほうへ飛んで行っており、それを追いかけるように速度を上げ、最高速度に到達すると顔に受ける風が息苦しさを感じさせた。
進むにつれ徐々に、その光景が見えてくると縦に長くガッシリと太いキャンサーが動いているのが見えてきた。
リトヴァが上空からキャンサーへ突っ込んでいくのが見えるが、いつものように勢いがなく、どうも様子がおかしい。
「アレは・・・・ツリーマン・・・でかいな」
近づいてみると、とても大きいキャンサーだった為、500m以上先からでも、その姿で何のキャンサーかすぐに分かった。
そして、そのキャンサーと戦っているヒュニティーが一人。リトヴァと共闘し、両手斧を振り回し奮戦するヒュニティーは体の大きさがが特徴的だ。
筋骨隆々とした身体つき。人間族よりはるかに大きい身長。コスティが隣に立てば見上げるほどに大きくガッシリとした男は『ジャイアント族』。
「大きいおじちゃん! あまり前に出ないほうがいいよ!?」
ツリーマンは元々は、動かない普通の木だったとされているが、実際は分かっていない。何かが原因でキャンサーと成り果て、動き出した木のキャンサーと思われているが、分かっている事はツリーマンの種類は一つではない。
樫の木のツリーマンもいれば、杉の木のツリーマンがいたり、ブナの木のように細く小さいツリーマンもいる。
一つだけ一環した特徴が在るとすれば、どのツリーマンも葉が全くない。枯れ木のように葉が抜け落ち、動く異様さは不気味さを感じさせる。
そして、なんと言っても、とても手強い。
「無理だ! この状況では後ろにも引けんっ」
ジャイアント族は、その大きな体とパワーが自慢の種族だが、ジャイアント族を上回る巨体のツリーマンに、男は防戦一方だった。
《OooOooooo...》
それは、声なのか分からない。低い音を響かせながら、ツリーマンは自らの大きい体を動かし暴れまわっていた。相手の攻撃などさらさら気にしないとばかりに無視した動きは、鈍重だが木とは思えないほど柔軟で艶かしい。
枝を薙ぎ払うようにしてくる攻撃は、しなることで威力が増し、一撃が非常に重たく、地面に叩きつけられる度に砂が舞い、砕けた石が弾け飛ぶ。
リトヴァも自慢のパンチャーで殴りつけようと近づきたいのだが、ツリーマンの動きに予測が付かず上空へ退避し、攻撃しあぐねていた。
「ぬぉぉだぁぁぁっらっシャぁぁ!」
ジャイアントの男はキャンサーの攻撃を受け流しては反撃をするが、多少切り込みを入れる程度で致命傷になっていない。巨大で、どこにコアがあるかも分からず踏み込めないでいた。
何より、木の柔軟性と弾力性が邪魔をして、一撃を入れても思ったように刃が通っていない。
防戦が続き、ジャイアントの男が如何したものかと思案を始めると、ナイフのものと思われる銃弾がツリーマンの胴体にヒットし、コスティ達の到着を知らせた。
「おぃ! ジャイアントのおっさん! 加勢する。どうしてほしいっ!?」
コスティは、トレーラーの上部ハッチから現況を見定めると、無理に加勢するのではなくジャイアント族の男に判断を仰ぐ。
「助かる! 4秒だ。4秒、足止めをしてくれぃ! コイツを一撃、食らわしてやるゾ!」
ジャイアント族の男は、リトヴァから増援が来ることを先に聞いていたのか、近づいてきたコスティの言葉に戸惑うことなく反応をした。
振り返ることなく、両手で抱えた巨大な斧を振り回しながら応える姿は勇ましい。
ジャイアント族の男の言葉を聞いたコスティは、即座にナイフとリトヴァに指示を出す。
「ナイフ、あいつのなるべく上部を狙ってバランスを崩せるか?威力が乗るように撃ってくれ。リトヴァ! ナイフの攻撃にあわせて同じ位置に、ソイツを食らわせろ!」
「*** ***」「わかった! 任せて」
両肩の銃と尻尾のキャノンを展開していたナイフは、コスティの指示に頷き返す。
コスティは上空で待機中リトヴァに指示を送ると、リトヴァは両腕のパンチャーを叩きながら、自らを鼓舞し気合を込めた。
「*** ***」
ナイフは脚を八の字にして踏ん張り、3つの銃口を上方一点に向けると火を噴かせる。
その銃声は一発の大きな音に聞こえたが、ナイフは3発の銃弾を極僅かにタイミングをずらして発射し、弾丸を同じ位置に3発打ち込むことで、その場所への威力を数倍に上げていた。
3発の銃弾が、ツリーマンの上部の同じ位置に連続してヒットすると、わずかながら、ツリーマンは動きを止めた。ナイフはツリーマンの動作を確認すると、立て続けに3発、6発、9発、12発と次々と打ち込んでいく。
「こぉこだぁぁぁ!」
ナイフとリトヴァの息はピッタリだったというよりは、リトヴァの突貫行動にナイフが上手く合わせる形で互いの行動が合致する。
15発目の連続した弾丸がヒットしたとき、リトヴァが間髪入れず穴の開いた弾着箇所へパンチャーを食らわせると、パンチャーの威力で外皮が砕け散り、ツリーマンは僅かながら仰け反るようにバランスを崩す。
ジャイアントの男はその隙を見逃さない。
「コレならっっ! どうぅだぁぁあぁぁぁらしぁァァ!」
ジャイアント族が地面を強く蹴り、走りながら両手斧を大きく横に振りかぶる。
両手斧の刃の部分が赤く明滅した後、一気に赤くなると刃の周りの空気が蜃気楼のように歪み、かなりの熱量があるのが分かる。
ツリーマンが仰け反るようにバランスを崩したのは4秒もないだろう。だが、土手っ腹めがけて飛び上がり、振りかぶった構えをそのまま振り抜くように真横に叩きつけると、ツリーマンの胴体にめり込んだ。
「ぬぅっ?!」
叩きつけた両手斧の違和感を感じたのは、打ち込んで直ぐだった。『抜けない』。
力いっぱい引いてもびくともしない。むしろ、中途半端にめり込ませた事で、ツリーマンに武器を押さえつけられている手応えを感じていた。
熱量をもった刃を食い込ませたまま、白い煙が出てきていても、ツリーマンは斧を押さえつけ放さない。
ジャイアント族の男が、抜けないと分かった両手斧から手を離そうとした時、リトヴァはツリーマンに先ほどと同じ箇所を殴りつけた。
「ハルピューマの! 助かった!」
「大丈夫! 大きいおじちゃんも無理はしないで!」
殴りつけた勢いそのままに、ツリーマンの裏側に着地をし、言葉を返すリトヴァ。
リトヴァが殴りつけたことで、ツリーマンの気を引いたのか押さえつけられていた斧はあっさりと抜くことが出来た。
(くそ、ダメかっ。ダメージは入ってるだろうが、致命傷にならない。どうするっ・・・・・いや、まてよ。)
サーバタウンの周りには、町を囲うように山が存在する。その山々にはノイドたちが防衛網の一つとして山頂に置かれた砲台や機銃等があり、コスティは、一番近い南側の山を見ながらクーイにある確認をとった。
「クーイ! 一番南の山の砲台から支援攻撃は届かないか!?」
「『タウンマウンテS1922』デスか。問題なく届きマスが、あの山にあるのは曲射砲デス。とても危険ですヨ」
曲射砲とは弾を上空に打ち上げることで、弧を描くように放物線軌道で弾を飛ばす砲の事で、山頂から撃てばその飛距離は計り知れない。
さらに、ロケット構造の弾を使用すれば飛距離はさらに伸び、弾速と落下速度を合わせた威力はかなりのものになる。
「このままじゃ、アイツを倒す手段がない! 撤退するにしても背中を見せるのは危険だ。それに放ってはおけないぞ!」
「しかたない・・・デスネ。弾着観測は私と〈No.18912〉でしマス。〈No.5001〉はサーバタウン本部に要請ヲ」
「トレーラーノ、設備ヲ利用スル、12秒待テ」
「頼む!」
クーイにとっては目の前のツリーマンが驚異的でも不本意な選択結果だろう。というのも、曲射砲は一発ではまず当たらない。弾着目標のほぼ狙い通りに落とすことは出来るが、まずズレる。
そして、その一発の威力の影響する範囲もかなり広い。そのため、もしコスティやリトヴァに当たってしまっては・・・と確率的に計算してしまうのも無理はなかった。
ただ、現状の打開策としてはコスティの言うとおり曲射砲に賭けるか、もしくは、どうにかして一時撤退を計るか、この二択しかない。
そして、曲射砲を選択したことで、ツリーマンはまず倒せるだろう。問題は『簡単なことではない』という事だ。
「足止めをするぞっ。アイツをあの場から動かすな。ナイフ、さっきの弾を撃ちまくれ! リトヴァは・・・殴れ!」
「なんか、私だけ適当じゃない?! まぁいっか。『なんとか砲』はよく分からないけど、いろいろ考えるより、楽!」
「*** ***」
「ナイフ君、当てないでね! いっくよー!」
作戦は決まった。あまり作戦とは呼べないがクーイ達が曲射砲の要請及び弾着地点の座標を送り、発射までツリーマンをその場に縫い付けてるだけ。
曲射砲は発射後から弾着までの距離が離れているほどタイムラグが存在する。ターゲットが動かれては意味をなさい為、何とかしてその場にとどめる必要があった。
また、コスティ達は味方の支援射撃に巻き込まれるわけにもいかない為、緊張が高まる中での足止めは、鼓動を早くし、息がつまり、こめかみから流れる冷や汗が止まらない。
ナイフは距離をとりながら3点射撃を行いつつ、リトヴァは隙を見ては殴りにかかり、ジャイアントの男は先ほどより距離をとりながらも、適宜攻撃を加えていく。
「要請、完了」
「了解、座標、北緯31°55分22.42、西経106°12分30.40。目視誘導ヲ適宜行いマス・・・準備完了、発射しマス」
「おっさん! こっちへ来い!」
クーイの視界には座標と弾を落とすべき位置が表示されている。その情報はサーバタウンに送られ、南の山『タウンマウンテS1922』の砲身が動き出す。
その砲身は、鈍くくすんだ灰色をしている。光を反射しないマットな質感は山と一体化しており、遠目からは曲射砲があるようには見えない造りになっていた。
「全員、ハナレロ!」
「リトヴァはなるべく遠くへ離れておけ。巻き込まれるなよ!」
「うん!」
北東を向いていた砲身は、クーイの指定する南側の座標へ回り、砲身が僅かに上へ向くと一拍置いて、炎と衝撃と煙にまかれながら砲身の先から、弾丸が鼓膜を突き破るような音と共に射出される。
ゴーイは、ジャイアントの男を衝撃から守るため、トレーラーを移動させ壁になるように配置し、コスティはトレーラーの中へと避難した。
「屈メ、目と耳ヲ塞イデ、口ヲ空ケロ!!」
ゴーイが大音量の声で、注意喚起を飛ばした直後だった。空間を切る鋭い音が一瞬だけ聞こえ、体を突き抜ける衝撃と空気を割るほどの破裂音が鳴り響き、ツリーマンのすぐ後方で土と爆煙が上空へ高く舞い上がる。
「ぐっぁあぁ!」「ぐぅぉぉお」
トレーラーを利用して衝撃を緩和していたとはいえ、伝わる衝撃と音には大の男でも叫ばなくては、耐えられないほどのもの。
直撃こそしないもののツリーマンは、どこから攻撃が来たのか分からず、たたらを踏みながらも、その巨大な枝を振り回していた。
舞い上がった土が地面に落ちだすよりも速くクーイ達ノイド三名はツリーマンの動きを監視し、弾着位置の修正に入る。
「弾着確認、座標誤差修正・・・コンマ3度R4・・・次弾、来まス」
クーイとナイフで弾着観測を2つの場所から行い、より正確な座標位置を本部へ送ると、サーバタウン南側の山頂から2発の煙が上がったのが見えた。
弾着観測の誤差修正は速く、簡潔で的確だった。さすが機械といった所だろう。ツリーマンは先ほどの爆発に警戒したのか、クーイやナイフを無視して、未だに周囲に枝を振り回している。
「次ガ来ルゾ! 屈ンデ耳ヲ塞ゲ! 口ハ、閉ジルナヨ!」
先ほどの衝撃と音で意識が一瞬だけ遠のくも、ゴーイの声が耳鳴りの奥から聞こえてくる。「次が来る」その緊張で時間が長く、長く感じるのに、額で感じる汗だけは時が進む。
コスティは、10秒もない時間を遠く感じながら、もう一度、衝撃に備えると一息分遅れて弾着の衝撃が突き抜け、炸裂音が鳴り響く。
「っあぁっ」「ぐっぉぉ!」
炸裂音の後には静寂が続いた。ただ、コスティの心臓と呼吸は周りの静寂に対して煩かった。
一瞬でも死を感じた衝撃か、まだ何かあるかもしれないという緊張なのかは分からないが、弾着後の静寂に音を立てたのは周囲に土と木片がバラバラと落ちてきた小さな音。その音は何よりも大きく聞こえ、耳に残る。
クーイは周囲の観測しながら、言葉を発することなく佇んでいる。ツリーマンが立っていた周囲には脚だったと思われる木片が散らばり、土が焦げて白い煙が上がっていたが、ナイフはその周囲を索敵し始めていた。恐らくコアの存在の有無を確認しているのだろう。
「ちょっと・・・舐めてた・・・」
「ダカラ言ったでショウ。危険だと」
コスティ自身、衝撃や音に備えて覚悟はしていただろうが、頭で思うことと実際に肌で感じるのはやはり違う。
クーイの声を聞いて、次の弾が飛んでこないと分かり安堵したのか、それともキャンサーを倒したと分かって安堵したのか、トレーラーの中で深い溜息が出る。
「おっさんは、無事か?」
「おかげさまで無事だよ。助かった。礼を言おう」
「まぁ気にするな。なんだ、通りかかった舟だ」
気持ちも落ち着いてきて、体が動いてくれるようになると、コスティが後部の扉から出てきてジャイアントの男の無事を確認する。戦闘中に会ったときとは違い、体中が土にまみれ顔の周りも汚れていた。
クーイやゴーイ、ナイフも土だらけになっており、コスティは「こりゃぁメンテナンスが大変だ」と言葉をこぼす。
「にわわわっ。あ、あれ大丈夫なの?音も凄いしココまで衝撃がきたよ・・・静かになったけど・・・」
リトヴァは離れた上空から弾着地点を眺めていた。遠くから眺める光景は未だに土煙が舞い上がり、遥か上空から土の粒が落ちて行くのが見えていた。
上空で若干慌てながらも、様子を観察していると段々と土煙も薄くなり戦闘が終了したことがはっきりと分かる。
「にふぉー! 倒してる! 凄いすごーい。クーイさん達さすが!」
もちろん、リトヴァも足止めや戦闘の補助など様々な面で活躍を見せた。リトヴァは、自分のパンチャーでは倒せなかったキャンサーを圧倒的火力で倒したクーイ達に興奮しているようだ。
ただ、ツリーマンを倒せた高火力もサーバタウンの近くまで来ていたのが幸いしていた事は間違いない。
リトヴァはこの先、もし、あんなのとまた出合ったらと考えてしまうと思わずには入れられなかった。
(私も、もっと高火力の大きいギールを・・・あ、もてないかな?んー)
先ほどの戦闘を反復しながら、自身のギールの高火力化を真っ先に考えている辺りは、とてもリトヴァらしい思考回路だった。