10話-ギール
スレーター山脈を下山して5日が経った。
山脈を挟んで、西側と東側では周りの景色に違いが見られ、今歩いている東側は、低木がぽつぽつと生えていた西側とは違い、背の高く幹の太い木が目に写る。
ただ、その木もそこまで大量に生えているわけではなく、間隔も疎らだ。むしろ、生えている間隔が広いため地面が見える面積のほうが圧倒的に多く、荒野の感覚に近い。
「幾らなんでも多すぎないか?」
「うんちょっと・・・でも北部に近づくにつれて多くなってるし。こんなものなのかなゴーイくん」
「分カラン、タダ、気ガカリデハ、アル」
「アト半日ほど歩いたら、サーバタウンの影が見えるでショウ。ソコまで行けば何かしラ分かるかもしれまセン」
「*** ***」
ここまでの道中、キャンサーとの遭遇率が高く、早く進めようと思っていた行動予定がむしろ遅れており、その誤差はほぼ半日。
戦闘も多く、ゴーイの損傷のカバーを補う為に、リトヴァの行動が増えてしまい疲労も大きい。
他二名のノイドも戦闘を続けているが、疲労というよりは損傷や磨耗といった具合なので、そこはコスティがカバーしている状況だった。
「ビッグエコーのようナ相手にしにくいキャンサーが現れないと良イのデスガ」
「そうだね。あんなのがまた来ちゃったら、まずいかも・・・?」
「今の状態じゃもう相手に出来ないな・・・相手と状況にもよるだろうが」
コルド村で物資の補給は済ませているが、度重なる戦闘で、弾薬やパーツを補修する部品が心もとなく、コスティ達は、歩みを進めながら今後の行程を話し合っていく。
「現状の遭遇率が続くようなら、脅威となりにくいキャンサーは無視していくしかないだろうな」
「んー。脅威の大小を言われても、私、そんなの分からないよ?」
「いや、なんとなく分かるだろう?こう、あいつは動かないし弱いから、とか」
「わからないよ?」
「今までは・・・」
「全部殴って倒してた!あ、でも倒せなかったときは飛んで逃げたかな?」
「Oh・・・」
聞いてみるとリトヴァの戦い方は、なんとも『突貫』と言えた。今までキャンサーの強さなど気にせず、上空から突っ込んでは殴って倒して、ダメだったら上空へ逃げる。
とはいえ、その繰り返しで酷使され、今まで壊れなかったクラッシュパンチャーの頑強さは、さすがの一言。大型のギールだけはあったといえる。
リトヴァの話を聞いて、コスティは改めてクラッシュパンチャーの酷使されていた状態に理解すると同時に、危険を感じた。
(クラッシュパンチャーがあってこそ、リトヴァの戦いは成り立っていたのか。ただ、危ういなぁ・・・)
そう、クラッシュパンチャーの威力と頑丈さがあってのリトヴァの戦い方であり、助かってきたものとも言えた。
ただ、リトヴァもクラッシュパンチャーの頑丈さだけを利用して、戦い抜いてきた訳ではなく、もう一つ特技がある。
「では、Missキルピヴァーラに索敵ヲお願いシテもらった時に、どんなキャンサーだったノか、一度、降りて来てもらいまショウ」
「そうするしかないだろうな」
「シカシ、Missキルピヴァーラの索敵が優秀で、先手ヲ取れるのは、好都合デシタネ」
「ニハハー。クーイさんにそんな事言われるから、照れてます。ニハハー」
索敵能力の優秀さをクーイが褒めると、満面の笑みで頬を赤くし照れ笑いをするリトヴァだが、その索敵能力は『視覚が確保できる平地』においては、ずば抜けて優秀だった。
自身のインディリティと視力の良さをふんだんに使い、上空から遠くまで見通すことで、動いているキャンサーを見て捕捉すると先手必勝で攻撃を行っていた。
ノイドがおおよそ400~600mをレーダ等で索敵するのに対し、高く飛び、上空から遠くを見るリトヴァの索敵は『見て探す』だけならノイドを上回っていた。
「まぁ確かに、リトヴァがいてくれて、助かったな」
「コスおじさんが言うとなんか、裏がありそうで、いやらしー」
「おまっ。大概に失礼だな。ほんとっ」
「ニハハハー。冗談だよー」
この1週間ほどでコスティの扱い方が、段々と分かってきたリトヴァもゴーイのように遠慮がなくなってきた。
ジョークを言っても、良い意味で打ち解けているのは、リトヴァの明るい性格の影響なのだろう。
「ところでさ。コスおじさん」
「ん、どうした?」
「最近、気になってたんだけど、その腰の銃つかわないの?」
「イヤ、これはだな・・・」
「リトヴァ。コスティニ、銃ヲ撃セタラ、イケナイ」
「なんで?」
リトヴァの疑問はもっともだった。予備でもない武器を持ってるのに使わないのは、リトヴァにとっては不思議だろう。例えそれが、一発の小さな銃弾でも戦況を変えることなど幾らでもあるからだ。
ただ、コスティに限って言えば、その一発の銃弾には前科がある。
クーイとゴーイがこの間、ゴーレム追われていた理由を説明するとリトヴァは堪えきれずに大笑いした。
「ニッハハハハッハっ!あの時ゴーレムに追われてたのって、コスおじさんの当たらない弾が当たったからなんだ。ニッハハハ。あー可笑しっ」
「俺だって、たまたま当たった弾が、ゴーレムに当たるなんて思わなかったんだよ。そんなに笑うな。お前の笑いのツボ、変だろ」
「コスティニ、銃ヲ撃タセルト、仲間ニ当タル、撃タナイホウガ、イイ」
確かに、コスティの銃の腕前は前にいる仲間にあたりそうで怖い。
さすがのコスティでも誤って後ろに向かって、撃ってしまうドジはしないだろうが扱いなれていないものは、よっぽどの緊急時以外は使わないことに越したことはない。
「あー、落ち着いてきた。そうだね。でも、そんなに下手なら携帯するウエポンギール、変えればいいのに」
「とはいってもな・・・剣やハンマーなんか使えないし、他の銃も一緒だろうしなぁ・・・ってなんかデジャブを感じるな。この会話」
「アナタがゴーレムに弾ヲ当てる直前、私たちとシテいた会話と同じ内容デスネ」
ノイドは、自らに起きた出来事はコアが破壊されない限り忘れることはない。これは機械の体を持つ彼等だからこそ出来る記録能力。
その記録できる許容量はコアのサイズにより違うが、容量がいっぱいになる事はまずないだろう。
ただ、長い間サーバタウンに戻らず、データの整理が出来ない状況になったりすると分からないが、現状で言えば何も心配はいらない。
「コスティの場合は、ウエポンギールを扱うというよりも、何かヲ『操作』するほうが向いてイルかもしれませンネ」
「操作か・・・」
「ただ、操作して何かヲ動かすというモノは、緊急のときに対処が難しくなりマスガ」
「うーむ・・・」
クーイの言うとおり、コスティは肉体的にも武具をもって戦えるタイプではない。今まで自らの肉体で戦ってきた事はないし、ましてや遠距離武器のセンスは皆無だ。携帯する武器を銃から弓のようなギールに変えても、そう大差はないだろう。
そこで、クーイは何か兵器的なものを操作することを提案するが、操作する場合は緊急のときなど対処が難しくなってくる。場合によっては何も出来ずに攻撃を受けてしまうだろう。
コスティは鼻尖に握った右手を当てながら考え込む。自分には何があっているのだろうかと・・・コスティもこういった町の移動をする度に、自分が武器を扱えないことには何かしら感じるものがあったのか、わりと真剣に考え出した。
ふとトレーラーを引くナイフのほうを見ると、戦うためのギールについて考えていた思考の霞が晴れたようにコスティの表情が変わる。
「・・・コレだよっ」
「*** ***」
ナイフを見ながら発した言葉は突然で、コスティには珍しく大きな声だった為、ナイフはコスティに首を向けた。
「何か、閃いたようデスネ」
「なになに?コスおじさん。ウエポンギール決まったの?」
「いんや。ウエポンギールは持たない。俺はコレを作る」
「ナイフ君??」
そう言いながら指を指す方向はナイフであり、皆はナイフを眺めるが、ナイフは首を傾げていた。
「俺を守る専用の自立型ギールを作ればいいんだよ」
コスティの瞳は30歳のそれとは違い、少年の目のように光を取り戻し、輝きを見せていた。
「ソレハ、マタ・・・」
「んー?ノイドとは違うの?クーイさん」
「どうでショウ。それだと専属の護衛ノイドを付けても構わないと思いますが、コスティは、昔カラ突拍子もない考えヲ、イイマス」
「コスおじさん。どう違うの?」
コスティが言い出したギールに、リトヴァは食い付く。リトヴァはやっぱりギールが好きなのだろう。スレーター山脈でクーイに質問をしていた時のように興味津々といった感じの表情をしている。
「まぁ。作ればわかるさ。ココじゃ作れないけどな」
「サーバタウンのコスティの住居、Room.1525は、キレイにしていマスヨ」
「あの部屋、まだ残してるのかよっ」
「にはっはっは。クーイさん。まるでお母さんだね」
「~~~っ。やめてくれ・・・」
サーバタウンで幼少期に使い、その場所で育った部屋がまだ残っているという事実をクーイから聞いたリトヴァの反応に、なんとも言えない恥ずかしさが込み上げてきたコスティは、苦虫を噛み潰して困ったような顔になる。
その顔を見ながら、リトヴァはどんなギールが出来るのか楽しみになってワクワクしてきた。
「コスおじさんのギール、出来るのが楽しみだね!着いたらどのくらいで出来るの?」
「まだ思いついただけで、設計図も何もないんだ。付いてからじゃないと分からない」
「そっかー。じゃぁ出来たら絶対見せてね!でも、その前にどんなギールか話だけでも聞きたいっ!」
「わかったわかった。まずな・・・」
キャンサーとの戦闘がない一時の中、コスティが今後扱うギールが決まり、互いに言葉を交わしながら一行は道程を進めていく。
途中、会話に夢中だったリトヴァが偵察の事を思い出し、会話を途中でやめて偵察へ向かった。
「あ、そろそろ上に行って一回、見てくるね」
「おぅ頼んだ」
リトヴァは勢いよく上空に飛び上がり、周りを見渡した。コスティは見上げるがその姿は黒い影にしか見えない。
「パンツハ、見エナイゾ、コスティ」
「パンツを見てるんじゃねぇよ。大体スパッツ履いてんだろ」
「おや、直ぐに戻って来まスネ」
リトヴァはいつも上空に飛び上がると、すぐには降りてこず、数分飛んだまま前方に進む。
それは、キャンサーが見当たらなかったり危険がないか確認を取る為でもあるのだが、今回は何かあったのか旋回しながら速い速度で降りてきた。
「ねぇ!遠くですっごい大きなキャンサーと誰かが戦ってるっ!縦に長いヤツ!」
リトヴァの声は慌てており、伝えるべき内容が足りておらず、肝心なところが伝わっていない。
「落ち着いテ、まずは方角と距離。ソシテ、どのようなキャンサーだったのデスカ」
リトヴァが上空へ飛び、1時の方向へ視線を向けると見えたものは、縦に長い巨大なキャンサーと何かを振り回すヒュニティーだった。その距離、約2km。