9話-登頂
「んーっ。山登りをしながらのエセルちゃんお手製クッキーは美味しいねっ。景色も最高だよー。コスおじさんも食べる?」
「ム゛リ」
リトヴァはコルド村を出る時に、エセルから貰ったクッキーを頬張りながら元気よく歩く。コスティは全く覇気のない返答を返し、呼吸が少し荒い。
「コスおじさん。大丈夫?」
「ム゛リ」
「ソコデ、寝テロ、後少シシタラ、折リ返シデ、下山ニナル」
「ずまん」
スレーター山脈―――
3000m~5000m級の山々が連なるこの山脈は、元々はニューメキシコ州からテキサス州西側にある平地に小高い丘や山が続く一帯であり、山脈ではない。
始まりの日に起きた災害により、この一帯は隆起し、その後2500年の間で噴火や隆起が続きニューメキシコ州からメキシコまでを繋げる大きな山脈となった。
コスティ達は、コルド村を出発してから2日目でスレーター山脈の折り返し付近まで来ており、ゴーイとナイフのおかげでほぼノンストップで登ってきていた。
山登りとは言うものの、山脈の中で一番低いルートをノイドたちが整備した広めの山道があり、山脈を緩やかに、斜めに突っ切るように作られている。
そこを歩いていくだけだが、高所慣れしているリトヴァはさておき、コスティは段々と空気が薄くなっていく状況に体が付いていかず、トレーラーの上で動かずに大の字で寝そべっていた。
その右手には小型の酸素ボンベが握られている。
「コスおじさんって、ギディックとして優秀ってクーイさんに聞いたけど・・・なんで壊したの?あの子」
「いや゛・・・あれは・・・だな・・・」
「Missキルピヴァーラ、それは仕方アリマセンよ。アレは技術体系がそもそも異なるのデス」
「?・・・」
リトヴァが唐突に言い出したのは、トレーラーの中で眠っているノイドと思われる少女の事だ。
先ほどリトヴァが見つけたときは驚いたのだが、ゴーイが「問題ナイ」とだけ言い、説明不足極まりなかった為、聞きたい事がいっぱいあるらしい。
コスティは息苦しいのか、話し方に間があり、酸素ボンベを吸いながら話す為、上手く会話がこなせていない。
クーイは、コスティの変わりに掻い摘んで概要を話し、説明を終える頃にはリトヴァは驚きが隠せなかった。
「えぇっ!?じゃぁ、あの子は大昔の機械なの?」
「そういう事になりマスネ」
「にふぉーー」
リトヴァは驚きと関心が入り混じった不思議な奇声を発しながら、クーイの話に耳を傾けていた。彼女もギールを武器として扱う討伐屋の一人として、多少なりと機械には興味があるのかもしれない。
「それにしても、外見がクーイさん達と全然違うから、最初はビックリしたよ。トレーラーの中に人がいるーって」
「外見が違うのは、なにか理由ガあるかも知れマセンが、私たちも分かりかねマスネ」
「そーなんだ。クーイさん達でも昔の事は分からないものなんだ」
「データとして残っていれば、分かるのデスガ。彼女をサーバタウンで修理し、起動させる事が出来れば、私達には無いデータが分かるかもしれマセン」
「なるほどー。あの子の持っている記録を暴いちゃうわけかー。なるほどー」
分かっているのかどうなのか、曖昧な反応を見せるリトヴァだが、その表情は興味津々といった顔をしており、分からないなりにも色々とクーイに質問を投げかけていた。
リトヴァとクーイが会話をしながら歩き、ようやく下山になるといった所で、ノイドの3名が歩みを止める。
「センサーニ、反応ガ、アル」
ゴーイがそう警告を促すと遠くのほうからピリピリと重低音が響くほどの咆哮が聞こえてきた。
「おぃ!やべぇぞ『ビッグエコー』がいる!!」
トレーラーで寝そべって山頂付近を見ていたコスティが一番にその姿を捉え、酸素ボンベを吸いながら大きく声を荒げた。
コスティの視線の先には山の頂上の崖から物凄いスピードで駆け下りてくるキャンサーが一体。
その姿は、全身を剣山のように針まみれになった馬。大きさは通常の馬と同じくらいだが、駆けるたびに長く白色の針が揺れており、その針は太陽に反射して銀色のように輝いて見える。
「マタ、ナンデ、コンナ所ニッ」「なっ!?パンチャー装備したら私は上に行くよ!」
「まてリトヴァ!パンチャーじゃあの針はムリだ!自分と同じくらいの重さの岩を一緒に持って飛べるか!?」
「うん!大丈夫!!」
「なるべく硬そうな岩を頼む!」
「わかった!」
キャンサーがビックエコーだと分かると、すぐに反応を示したコスティの指示は早く的確だった。リトヴァは指示を受けると、適当な岩を見つけ上空にすぐに飛ぶ。
「ゴーイ、あの突進を止めてくれ!近づかれて吼えられたら、俺たちはお仕舞いだっ」
「任セロ」
ビッグエコー。見た目は針まみれの馬だが、その恐ろしさは針だけではない。最も恐ろしいのは、その咆哮。
かなり遠くから吼えたにもかかわらず、その空気が震えるほどに大きい鳴き声をしている。近くで鳴かれたらヒュニティーの鼓膜は一発で破れ、眩暈や嘔吐を起こし、意識など保てない。
聴いた瞬間に痛みが走るほどの大きな鳴き声だが、ノイドなら集音機能こそあれど、音の大小で壊れたりはしない。
ゴーイは逆関節になり、戦闘モードへ移行すると直ぐにビックエコーへ向かって半歩跳ぶ様に走り出した。その速度は全力で疾走しており、ビックエコーと衝突する勢いだ。
衝突の寸前、左腕、右腕ともに巨大な盾を展開し、後ろに飛ばされないよう腹部から射出したアンカーを地面前方に打ち込み、踏ん張る。
ビッグエコーはゴーイが近づいてくると、鬣の箇所にあたる長い針の方向を前方へ向け、串刺しにしてしまおうという意志が見受けられた。
互いの衝突の瞬間、凄まじい衝突音と針が折れる音と共に、ビッグエコーの咆哮が山に響き渡る。
《NeeeEEEEeeeeEEEiiiiiIIIIiiiiIIIIIIIIiiiiGH!!!!!!!!》
「ぐぅっ。この距離なのに、うるせぇぇっッ」
「ハヤク、シロ、持タンッ」
ビッグエコーとコスティの位置は、100m以上は離れているが、それでも耳を塞いでおかないと耳が痛いほど大きな声の咆哮。
咆哮の中で二人の声は互いに聞こえていないが、ゴーイが片膝を地面に付き、右腕は棘がめり込んでいる姿を見て、コスティは直ぐにリトヴァに視線を送り、指示を出した。
「リトヴァ!落とせ!」
「そういう事かーっ」
リトヴァは、ゴーイがビッグエコーを受け止めている状況を見てすぐに理解した。この岩をそのままヤツに落とすだけ。そう理解したときには勝手に体が動き、ビッグエコーの直上で岩をぶん投げていた。
ゴーイはビッグエコーを押さえながらも、リトヴァが投げた岩があたるように位置を調整した瞬間、岩がビッグエコーに当たり地面にめり込む。
「ナイフっ、クーイ!」
「・・・ ・・・」「分かってイマス」
「撃て撃て撃てっ!うてぇぇ!!!」「ナイフ君、クーイさん!やっちゃえー!!」
ナイフはキャノンを展開し、クーイはライフルを構え、ビッグエコーに近づきながら火花を散らす。
その照準はさすがノイドであり、一発も外さず、着弾点であるビッグエコーは弾着の煙で覆われていった。
「撃ち続けろ!針が邪魔して、致命傷には程遠いっ」
すでにビッグエコーの周りは弾着の煙でゴーイごと覆われ確認は出来ないが、ノイドにはそんなものは関係ない。センサーで捉え、弾が切れるまでただひたすらに撃ち続けていった。
ナイフとクーイが全弾一発も外さずに撃ち終えると、辺りは静寂に包まれ、風の音だけが耳に残る。
「オーバーキル、スギル」
煙幕が流れ、様子が見えてくると『ドシン』と地面を揺らす音とともにゴーイの声が聞こえてきた。
「ゴーイっ!」「ゴーイ君!」
二人が声を上げる先には、腕の周りと胴体部分に火花を散らしながら尻餅をついたように佇んでいるゴーイの姿があった。
「無理をさせてすまん。無事・・・じゃないが、動けるか」
「コア、ト、脚ハ無事ダ、問題ナイ」
「にわわわーッ」
ゴーイの無事を確認するが、両腕と胴体にビッグエコーの大きな針が何本も刺さり火花が散っている。コアがある胸部が無事だったのは不幸中の幸いだった。
「取り合えズ、少しだけ山を降りまショウ。ココではどうしようも出来まセン」
「あ、あぁそうだな。リトヴァ、ナイフ。あいつの魂石の回収を頼む」
「う、うん。行こう、ナイフ君」「*** ***」
ゴーイの姿をみて、どうしてよいか分からずに、あたふたしていたリトヴァはコスティの指示で動き出した。ナイフも頷きながら、ビッグエコーの元へと向かう。
「まだ、生きてる・・・さっさと回収しなくちゃ」
キャンサーはそのコアを破壊するか、摘出し回収することで完全に葬ることが出来る。
コアの外装を覆う肉体の破壊をすることで行動を不能にできるが、死んでいるわけではない。
放って置くと、他のキャンサーにコアを食べられ、より強くしてしまうか、固体によっては回復してしまう為、行動不能にしたからといってコアは放っておけない。
ナイフはコアのある胸部を銃で打ち抜きコアを剥き出しにすると、リトヴァがコンバットナイフの様な刃物型のウエポンギールでコアの周りの肉を削り、摘出する。
すると、いままで呼吸をしていたキャンサーは途端に動かなくなり、完全に死骸となった事が伺えた。
「うぅぅ。ゴーレムと違って血糊が気持ち悪いよぉ」
「*** ***」
ゴーレムなどは岩や鉄の塊で出来ているので血は出ないが、先のようなビッグエコーやシェルネイルには血が巡っている。その色は固体によって異なり、赤や青、透明など様々だ。
ビッグエコーの血は、赤色でヒュニティーと同じ血色であるのだが、ヒュニティーと違う所は、キャンサーは出血多量では死なない。
キャンサーは出血をしても行動が出来なくなるだけで、いくら出血しても死にはしない。やはりコアをどうにかしないと完全に倒せないようで、謎も多い。
「Missキルピヴァーラ、コレで手を洗ってくだサイ」
「クーイさん。ありがとうっ」
飲料用の水で、クーイはリトヴァの手にかけ血糊を落としたあと、魂石にも水をかけて綺麗にした。
「魂石の回収、してきたよ」
「あぁ、こっちも取り合えず動ける。さっそくここから移動しよう。ナイフ頼む」
「*** ***」
ゴーイは両腕をパージし、トレーラーの後部に取り付けた荷台の上に載った後、脚だけを動かしトレーラーをナイフと共に動かし始めた。
「私も微力ながら、押すよ」
リトヴァもゴーイの負担が少しでも減らせるよう押し始めるが、殆ど山の折り返し地点に来ていたのが幸いした。十数分歩いたところで、下り坂になりナイフだけでトレーラーを牽引することが出来るようなる。
「このまま500mほど降りて今日はソコで休息としまショウ。コスティもそこなら大分楽になるでショウ」
「そうだな。ゴーイもそのとき見るから、もう少し頑張れ」
「問題ナイ」
2時間ほど歩き、休憩できそうな場所まで降りると早速、野営の準備に取り掛かり、手早く夕食作りへと入っていく。
その間、コスティはゴーイのメンテナンスに取り掛かり、最低限の修理を進めていく。
「すまねぇゴーイ。咄嗟とはいえ、無理をさせた」
「問題ナイ、ソレニ、最適解ナ判断ダッタ」
コスティの顔色に若干の自責の念が伺える。コスティの咄嗟の判断で皆が動き、結果、ゴーイに損傷を与えてしまった。
あの場では、ゴーイの言うとおり最適解だっただろう。しかし、やはり自分の指示で誰かが傷つく結果になるのは心が痛むものだ。
勿論、コスティはキャンサーが跋扈するこの世界で、誰も傷つかずに生きていけるなど甘い考えは持ち合わせていないが、それとこれは違う話だ。
「右腕は、ダメだな。右腕のパーツを左腕の損傷箇所に当てる。腹部は余ってるパーツで応急処置だ」
「問題ナイ、頼ム」
途中、クーイの補佐も入り左腕と腹部の応急処置を行っていく。誰から見てもその手際は見事なもので、リトヴァも途中からずっとその作業に見とれていた。
「小指と薬指は動かせないだろうが、他は何とか稼動するな」
「ソノヨウダ、コレナラ、サーバタウンマデ、持ツダロウ」
「にほぉー。ほんと凄いね。コスおじさん。素人の私が見ても凄さが分かるよ?」
「そうか?まぁ、応急処置に過ぎない。本格的な修復はサーバタウンに付いてからだな」
「〈No.5001〉何とかナッテ、良かったデス。皆さん、明日からは少し急ぎ目で行程を進めまセンカ」
クーイが行程を早めると言った提案に、ヒュニティーの二人は耳を傾けた。コスティはゴーイの損傷の事など、思い当たる事はあるが一応確認をとる。
「どうした?なにかあるのか?」
「先ほどのキャンサー、気がかりデス。ビッグエコーはこの辺りでは滅多に見ナイ。たまたまかも知れマセンが、北部で何かあったのかも知れまセン」
「私は、初めて見たよ。あんな棘棘したやつ・・・名前と特徴は知ってたけど、ホントに煩いキャンサーだったね。まだ耳の置くが変な感じがするよ」
2500年前のキャンサーとの戦争の時は、北緯35度線を基準にして攻防が続いていた。当時のキャンサーといえば、組織的に動く固体が多く、人類は知的生命体の進行を受けていると感じていた。
だが、2500年経った現代では、少し様相が違う。北緯35度線の基準は今も変わっていないのだが、キャンサーは北緯35度から南側の進行が緩くなる傾向があり、さらに組織的に動く固体が激減している。
キャンサーはヒュニティーを積極的に襲う傾向があるのだが、北緯35度線より南側のキャンサーに関しては遭遇率こそ高いものの殆ど野生動物の出現感覚に近い。
その為、討伐屋の様な力ある者達に各個撃破が行われ、町や村は守られてきた。
「とはいっても、アイツは徘徊型だ。ここまで来てもおかしくはないが・・・警戒しておくに越したことはないか」
「えぇ、その程度で今はよいでショウ。ココからどう急いでもサーバタウンには7日は掛かりマス」
「1時間ほど早く出て、1時間ほど距離を延ばして歩く感じか?」
「いいんじゃないかな?ココから下山は1日で終わるもんね。歩き続けても無理しちゃうだけだし」
「ソノ行程で進めていきまショウカ」