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5.約束

 雪羽ちゃんにビーズワークを教えてく。九時までには帰る。夕飯は家ね。


 素っ気ないメールを親に送ると、中学生をあんまり夜遅くまで引っ張り回すんじゃない、というお小言が優奈の元に届いた。


 でも雪羽ちゃんの家のすぐそばだから、と適当な嘘でごまかして、それから一時間と三十分。喫茶店で他愛のない会話を交えつつ行ったビーズ教室が終了した。


 工具の名前や目的、使い方。キットの中に入っているビーズの説明。レシピの読み方。基本的な技術を彼女に詰め込み、キットを少し進めたところで終えたのだ。


 彼女が買ったのは、ピンクを基調とした、シュガービーズのブレスレットだ。レッド・ピンク・クリスタルの三色のシュガービーズをピンクゴールドのロールチェーンに取り付けるもの。ビーズにTピンを通し、それで輪を作り、つながるようにする。それを七つ終えるところまで進めた。


 それだけといえばそれだけだが、細かい作業で、案外疲れるものだ。


 雪羽は目を強く瞑り、そして体を伸ばしていた。


「ふあぁぁ、疲れたです〜」


「まぁ、慣れないと時間もかかっちゃうしね。でも、いずれもっと早くできるようになるよ」


 携帯のデジタル時計を確認すると、八時。自宅に帰るまで、ここから四十分程度かかるので、まぁ、この辺が頃合いだろう。


「じゃあ、雪羽ちゃん、そろそろ出ようか」


 そういうと、彼女はぎゅっと眉間にしわを寄せた。


「……もっと優奈さんと一緒にいたいです」


「ごめん。でも時間が、ね」


 雪羽は渋々といった様子でビーズを片付け、店を出る準備を始めた。


「あと一カ所、雪羽ちゃんを連れて行きたいところがあるんだ」


 喫茶店から出たところで、そう言った。ふてくされた様子だった彼女の表情がぱっと明るくなる。


「どこですかっ?」


「近いよ。ほんの、二三分」


 そう。もう、ここから二三分のところまで近づいている。そのためにわざわざ、手芸屋から、駅とは逆方向にある喫茶店を選んだのだ。


 雪羽をつれて、信号を二つ越え、角を曲がった。街の中心部にある公園があり、結構広い。


 そこはクリスマスのときだけ趣を変える。一面光の世界だ。


 赤、青、緑、黄、橙、様々な色に木々がライトアップされている。


 中心の大木は頂点に黄金に輝く星を頂き、他の木と同じく、様々な色の光を葉に、幹に受けていた。


 イルミネーション。


 カップルや家族連れがわざわざ見に来る程度には有名だ。


「……っ」


 公園を見て、優奈を振り返る。そしてまた公園を。何度か繰り返した後、雪羽は公園へ駆けだした。


「綺麗ですっ。素敵ですっ。輝いてますっ。キラキラですっ。凄いですっ。光の妖精さんが、沢山いるですっ!」


 そう、この反応。素直に喜ぶ、楽しむ彼女が見たくて、連れてくることにしたのだ。


 夜は当然、昼間よりも気温が落ちる。しかしそれも感じさせないほどに温かい気持ちにさせてくれる彼女が、少しでも喜んでくれたらいい。そう思って。


「あ、あと、雪羽ちゃん」


 彼女に追いつき、メモを取り出す。急いで住所と携帯のメールアドレス、電話番号を書いて渡した。


「何かあったら、いつでも連絡してね。ビーズのことの相談とか、いつでも受けるから」


 雪羽はそれを受け取り、――優奈が思うのとは、違う反応を示した。


 困ったように、そして悲しそうに眉尻を下げ、瞳を揺らしたのだ。


「嬉しいです。でも、私、連絡できないのです」


「……何で?」


「秘密、ですよ?」


 そう言って、彼女は優奈にそっと耳打ちした。


「―――」


 ぽかんと間の抜けた表情をする優奈に、雪羽はにっこりと笑いかける。


「今日はありがとうございましたです。また、来年のクリスマス・イヴに、一緒に過ごしてくれますですか?」


「あ、も、もちろんっ!」


 楽しみにしてますです。手を振って、彼女は歩き出した。駅とは逆方向。親――保護者代わりの人と約束する場所には、駅を通って行かないから。


「……また、ね」


 呟くような優奈の言葉に、雪羽は振り返り、もう一度手を振った。

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