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3.絵本

 空は相変わらずの曇り。気温は相変わらずの低さ。暖かい家の中から出てきた分、余計に寒く感じられた。


「あうぅ、寒いです」


 小さな体をぶるりと震わせ、雪羽が言う。小動物のような仕草に和み、寒さが和らぐ気がする。


 とりあえず、優奈行きつけの手芸店に行くことになった。


 大手の手芸店なだけに、品揃えは豊富だ。優奈の家の最寄り駅から電車で四駅。さらにそこから十分ほどの距離を歩けば、夕方からライトアップされるイルミネーションもある。誰かを案内するには丁度良いだろう。


「雪羽ちゃんは、ここに来たことある?」


 問いかけると、雪羽は考えるそぶりを見せた。


「一応、来たことはありますです。ですが、えぇと、お買い物に来るのは初めてです」


 電車で通り過ぎただけ、とかかな。優奈は曖昧に相づちを打った。


「ところで、優奈さんは何を買うですか?」


「うんとね、白いラウンドカットのビーズが足りなくて」


「ラウンドカット……」


 呟き、雪羽はどこか物欲しげに優奈を見つめる。わかりやすい態度に、笑みが零れる。


「ラウンドカットっていうのは、そのまんま。丸い形をしたビーズを削って角を作ったビーズのことだよ」


 ビーズの形には大雑把な名前がついている。


 ラウンド・ドラック、これが角のない、丸いビーズ。他にオーバル、ライス、ラウンデル、ダブルコーンなど。


 そもそも、一口にビーズと言えど、種類は様々だ。穴が空いて、そこに糸やテグスが通れば何でもビーズと呼ばれてしまう。形様々、材質様々、色様々、大きさ様々。ビーズワークをしようとすると、何かとお金がかかる。


 手芸屋に行くとなると、財布の中のお金は帰るとき、少なくとも三桁になっているに違いない。


 苦笑をしながら歩く。辺りはどこもかしこもクリスマス色だ。洋菓子店はともかく、携帯ショップや家電製品店まで、ジングル・ベルなどのクリスマスソングを流し、売り子もサンタクロースの格好をしている。


 大手の書店の前では、クリスマス用絵本などの店頭販売が行われていた。


「―――」


 一つの絵本に、目がとまった。


「どうしたですか?」


 無意識に足を止めていたらしい。一歩分先で、雪羽が首を傾げている。


「あ、ごめん。――懐かしい絵本があるな、って思って」


「懐かしい? 何か、思い出の絵本なのですか?」


 彼女の問いかけに、首を横に振った。


「特にないよ。小さい頃、読み聞かせてもらった絵本の一つ」


 ただ、結構気に入ってはいた。


 水彩で描いたような、輪郭のない、ぼんやりとした絵。明るいわけではない、どちらかというと地味な色。でも、その絵の雰囲気も好きだった。


「どのようなお話ですか?」


 話の内容。どんなものだったか。店頭に置かれている一冊を手に取った。


『サンタさんとお手伝いさん』


 そういえば、そんな題名だったか。


 表紙は群青色。真ん中に二つの人影。白いシルエットで描かれるのは、サンタと――


「天使だ」


「ほへ?」


 雪羽が近寄ってくる気配がしたので、彼女に絵本を見せてやる。


「天使が、サンタさんのことを手伝う話だよ」


「……天使が、ですか」


「そう」


 少し驚いた様子の雪羽に見せるようにして、表紙をめくった。一ページ目には絵本の世界観の説明。下界の光に圧倒されて、星の消えてしまった空の絵だ。


「よくあるサンタさんの話と違って、舞台は現代。煙突の数は減って、夜は明るくなった。サンタさんは仕事をしづらくなっちゃったの」


 ぱらり。


 二枚目には、サンタと天使が登場する。


「サンタさんは人に姿を見られてしまうし、煙突がないんじゃ家には入れない。だから、天使が、手伝いを申し出たの。姿を消すことができるし、壁を通り抜けられるから」


 ぱらり。


 三枚目には子供部屋に入った天使の絵が描かれている。


「天使には一年間で人がやってきた『良いこと』がわかる能力があった。だから、子供がどんな良いところを持っているのかよくわかって、にっこり笑いながら、プレゼントを置いていく」


 ぱらり。


 四枚目。天使が、サンタのソリに乗っている。


「子供たちと直接会えないサンタさんのために、天使は子供たちのことを色々教えてあげる。聞いている人まで幸せになれるような、そんな素敵なことを、沢山話してあげるの」


 ぱらり。


 五枚目では、プレゼントを配り終えたサンタと天使が一緒にクリスマスを祝っている。


「プレゼントを配り終えた二人は、来年のことも約束するの。一緒に配ろう、って。天使の話がサンタさんはとても気に入ったし、天使も素敵なことをサンタさんに伝えられるのが嬉しかったから」


 ぱらり。


 六枚目は、翌日の朝の風景。プレゼントを広げる子供たちの絵だ。


「靴下の中、ツリーの下、あるいは枕元にあるクリスマスプレゼントを見て、子供たちは喜ぶの。サンタさん、ありがとうって。でも、手伝いをした天使の存在には気がつかない」


 ぱらり。


 七枚目には、天界から下界を見下ろす天使の姿が。


「天使は少し寂しく思った。でも、自分は本当はプレゼントを届ける役割を持たない存在。だから仕方がないんだ。そう納得した」


 ぱらり。


 八枚目。一人の女の子がプレゼントと、もう片方の手に純白の羽根を持っている。


「でも、一人、天使の存在に気がついた女の子がいた。プレゼントと一緒に、白い羽根があったから。天使が間違えて落っことしてしまった羽根。女の子は天使が来てくれたことを知って、天使にも感謝する」


 ぱらり。


 九枚目には、澄み渡る青い空。それだけだ。


「おしまい、だね」


「……買ってきます」


 え? と声をあげる間もなく、既に雪羽はレジへと絵本を持って行ってしまっていた。


 買って戻ってきた彼女にそんなに気に入ったのかと聞いたら、彼女は頬を染めて、恥じらう仕草を見せた。小さな声で、はい、と答える。


 恥じらうのは中学生にもなって絵本を購入したからか。案外、絵本にも素敵なものはあるから、構わないと思うけれど。


 袋に入った絵本を両手で大事そうに抱える雪羽と一緒に、本来の目的である手芸店へと向かった。

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